第54輪
後ろを狼を2匹に任せてから約10分ほど。《警戒》スキルのレベルが上がったのか、マップの端の方に赤い点が灯る。群れを統率しているのは恐らくこいつだろう。
それにしても遠くから高みの見物とは随分と偉そうな狼だ。すぐにでも引っ張り出してやりたい所だがまずは周りの狼達を倒すのが先ね。
残りは25ほど残っているが、そのうち10体ほどはダメージを受けているからかやや後ろに下がっている。獲物として仕留めるのではなくどう生き延びるのかを考えているように見える。
「《ダークネス・サークル》!」
後ろに下がられては大剣のアーツも届き辛いので、後方の敵の辺りを指定して魔術で攻撃をする。闇色の霧は夜の闇のせいで尚更見づらく避けづらいだろう。
今更ながら霧でどうやってダメージを与えているのか疑問なところだけれど、細かいことは気にしてはいけないのだろう。
今ので何体かは倒せたようで残滓を残しながら消えて行く。
『ピギィ!』
後ろから甲高い鳴き声が聞こえたので振り返ると、私がさっき使役下に置いた狼の内の片方がやられてしまったようだ。流石に囲まれたら厳しいわよね。お疲れ様。
「さて、操っていた私が言うのもどうかと思うけど、仇討ちと行こうかしら?《月衝波》!」
1匹やられてしまったとは言え、まだもう1匹残っているので後方は引き続き狼に任せて、前に向き直る。
飛びかかってきそうなのが居たので、《威圧》を一瞬発動して動きが固まったところでアーツを放つ。横薙ぎに振るった剣から放たれる衝撃波は等しく前方の敵を吹き飛ばしていく。
「敵のボスに動きは無し……、もう半分切ってるのに呑気なことね」
私としては半分を切る前にこっちに来ると思っていたけれど。下っ端が獲物を弱らせてから止めを刺そうとでも考えているのかしら。
もしそうならボスはタイミングを待っていれば良いわけで、下っ端が失敗したならその場から立ち去るだけで済む、と。
「ふっ、《ハイスラッシュ》!《横薙ぎ》!」
敵に囲まれたまま考えていても仕方が無いので、ユズと戦った時のように一瞬で距離を詰めてアーツで1匹切り裂く。続けてすぐ横に居た奴を斬る。
「少し浅かったかしら」
横に居たのはおまけ程度で攻撃をしたので倒すには至っていないようだ。《ダークパイル》で止めを刺しておく。
「戻ってきなさい」
『ガルッ!ハッ、ハッ』
数も少なくなって来たので使役下にある狼を呼び戻す。結構傷を負っているがゆっくりと再生しているようだ。
「休んでていいわよ」
再生していると言っても流石にすぐに敵を何体も相手にさせて無事で居られるとは思えないので適当に休ませておく。
その間は私が《魅了》で敵を惹きつけながら戦えば問題は無い。攻撃がこの狼に向かないとも限らないけれど。
「さぁ、かかってきなさい。1匹残らず素材にしてやるわ」
《魅了》を発動すると敵の意識がこっちに向き、そわそわとした雰囲気が感じられる。そんな中何やら無造作に、心ここにあらずと言った様子で近づいてくるのが数匹居たのでとりあえず適当な魔術で倒しておく。
「《魅了》の効果が上がったのかしら。まあ役に立つなら何でもいいわ。次に来るのは誰?」
魔術でHPの尽きた狼の居た場所から目を離してゆっくりと近づいてくる狼に視線を向ける。それが止めになったのか、一斉に狼たちが飛びかかってくる。
「全員で来られても困るのよね、ちゃんと順番を決めなさいな。《ダークパイル・サークル》!」
足元を指定して《ダークパイル・サークル》を発動し、飛びかかって来た狼たちを返り討ちにする。初期に比べると大きくなった魔法陣は私の体を軽く隠せるくらいの大きさはある。
隠せると言っても魔法陣の向こう側は透けて見えているわけで、串刺しにされている狼たちが目の前に居るわけだけれど。
しかしHPは0になったいたようで狼たちは残滓を残して消えていく。特定の時を覗いて血の描写が無いとは言え、素面で見ていて気持ちのいいものでもないので色々と助かったわ。
「残りはボスになるわけだけれど……」
《警戒》マップを確認すると少しずつ離れていくのが分かる。このまま逃げる気でいるらしい。
「まぁ、逃がさないけれどね。近付いてくる敵がいたら頼んだわね」
『ガウッ』
逃げる、というよりは住処に帰るような速さで移動している狼達のボスをインビジブル・ワイヤーを回収してから空を飛んで追いかける。商人を守っているシールドの周りの番は狼に任せておく。
番を頼む時に少し撫でてみたのだけれど、毛が硬かったのが少し残念だった。もっとモフモフしたの居ないかしら。
「追いついたわよ」
飛行時間の限界まで飛んでは地面に降りてもう1度飛ぶのを繰り返しながら約30分。向こうもなかなか早い上に、《警戒》マップ内だからとそこまで距離は離れていないだろうと思っていたせいで時間がかかった。
そのおかげというべきだろうか、無事に追いつくことが出来たのだけれど少し問題が出てきた。
「大きいわね……」
さっき殲滅した狼達よりも3回りは大きいと思える巨体。踏まれれば足1本で押さえつけられそうなくらいの大きさは有りそうだ。
「色々消費してMPにも余裕があまり無いからさっさと潰すわよ」
『グルル……AWOOOOOOOOON!!』
「……!」
相手に武器を構えると、突然辺りに響く咆哮をあげるボス狼、〈ウルフコマンダー〉。それと同時に背筋にゾクリとしたものがしたものが走る。こちらにプレッシャーを与える効果があるのだろう。
ついでに、というよりはこちらが本来の目的なのか、《警戒》マップに赤い点が集まってくる。従えていた狼はあの36体だけでは無かったわけね。もしかしたらここが住処に近いのかもしれない。
……集まってきた狼達の動きが良い。この〈ウルフコマンダー〉は味方を指揮下に置く事で強化させる能力でも持っているのかしら。厄介な。
「獲物を包囲するのが常套手段ってわけね」
私の残りMPを考えると《エリア》系の魔法は使えない。夜なのに珍しくMPが50%を切っているのは間違いなく設置してきたシールドのせいだろう。既に遅いかもしれないが《警戒》を切っておく。
「悪いけど、時間もないのよ」
後ろを取られると厄介なのでまずは後方の狼達に突っ込んで一閃。背を向けたことで後ろから攻撃してくるのもいるが、移動前に設置しておいた魔糸で絡め取ってから長さを短くすることで細切れにする。狼の肉って食べられるのかしら。
前から来る狼は斬り捨てるか上空に吹き飛ばし、後ろから来るやつに対しては蹴りで応戦する。しかし厄介なことに〈ウルフコマンダー〉のせいなのか死角にもぐりこんで攻撃してくるのが居るため所々攻撃が掠って行く。
『ガウッッ!』
「……!くっ!」
いつの間に跳んでいたのか、上空から攻撃をしてきた〈ウルフコマンダー〉の攻撃を剣の腹で受け止める。足が地面にめり込む感じがする。とんでもない力だ。
押さえつけられている私を攻撃しようとしてくる狼達を《ダークニードル》で牽制しながら〈ウルフコマンダー〉を押し返し、少しでも機動力を奪っておきたいので《ハイスラッシュ》を足にぶつけておく。
「多くて残り10ってところかしら。取り巻きの数が少なめなのが救いだわ。《月衝波》!」
《月衝波》を〈ウルフコマンダー〉の足を巻き込むように地面に放ち、視界を奪う。土埃が舞い上がっている間に狼を3匹斬りながら〈ウルフコマンダー〉の後ろを取り、跳び上がって背中に《ダークパイル》を3発撃つ。毛皮が硬いのか余りダメージが通っていないように見えるのが精神的に来るものがある。
今さっき斬った3匹の狼を内1匹を踏みつぶし、1回転して剣を振い左右に居た狼を吹き飛ばす。吹き飛ばされた先にいた狼を巻き込み転がって行くのを確認すると、〈ウルフコマンダー〉に構えなおす。
こちらにゆっくりと向き直った〈ウルフコマンダー〉は足を振り上げて爪を立てて振り下ろしてくる。しかしどうにも動きが遅いので避けることは容易い。スロースターターとかだったりするのかしら。
「……」
気がつけば吹き飛ばされたり転がったりしていた狼が戻ってきて〈ウルフコマンダー〉の前に立っている。数は傷ついた2匹を含めて8匹。
『AWOOOOOOOOOOON!!』
2度目の咆哮が辺りに響く。思わず耳を塞いでしまったが、狼達は視界に入ったままだったので、その変化をしっかりと見ることが出来た。
傷が回復し、灰色の体毛に黄色いオーラのようなものが現れる。〈ウルフコマンダー〉も例外ではない。名前こそコマンダーと言っているが、前衛をこなせるマジックユーザーと言ったところかしら。
『ガウッ』
「速い……」
元々それなりの速さを持っていた狼達の速さが上がっている。辺りを見回すと〈ウルフコマンダー〉と一緒に取り囲まれてしまったようだ。私のことを逃がさないつもりだろうか。
それでもユズほど速いわけではないので十分目で追える速さだ。時々攻撃を仕掛けてくるが十分回避も間に合っている。浅くはあるが、カウンターで斬りつけることも出来る。
『ガァゥ!!』
「うっ……重っ……、《ハイスラッシュ》!」
〈ウルフコマンダー〉の一撃を受け止めると小さなクレーターが出来ると共にHPにダメージが生じる。攻めに回らないとジリ貧になって負けそうね。
『ガッ!?』
「悪いわね、使える手段は使わせてもらうわ」
こちらの邪魔をしようと攻撃を仕掛けてくる狼達を魔糸を駆使して受け流しつつ、仕掛けておいたインビジブル・ワイヤーを引っ張り〈ウルフコマンダー〉の足を1本絡め取る。これで一時的にでは有るだろうが動きを封じることは出来るはずだ。
攻撃をさせまいと跳びかかってきた狼を《ハイスラッシュ》で両断して次の攻撃のための助走に入る。
「《グラビドン・クラッシュ》!」
助走の勢いをそのままに一回転してアーツを放ち、向こうが衝撃で吹き飛ぶところに魔糸を伸ばしてこちらに引き寄せ追撃の《クロススラッシュ》を浴びせる。流石にこれは良く効いているようだ。
着地に失敗し地面を滑る〈ウルフコマンダー〉は憎々しげにこちらを睨みプレッシャーを与えてくる。私に当てはめると《威圧》スキルかしら?
『AWOOOOOOOOOOON!!』
「っ!また……」
体当たりをして来た狼2匹を切り捨てると、3度目の咆哮で〈ウルフコマンダー〉を含む狼達から赤い霧のようなものが吹き出す。大体分かっていたが、更に動きも速くなり攻撃も重くなっている。攻撃を受け止めると後ろに押される上にカウンターは間に合わない。
攻勢には出れないが、攻撃を暫く受け流したりするうちに気がついたことがある。周りの草木を濡らすほど吹き出している赤い霧は血のようだ。
HPを消費する代わりに大幅に強化を施しているのだろう。そうなると先ほどの黄色いのはスタミナだったのかもしれない。
「速さと攻撃力が上がっても動きが単調になってるわね」
死角に入りこむことすらせず一直線に突っ込んでくる狼を切り捨てながら呟く。本当にHPを消費しているなら力尽きるのは時間の問題なのだから仕方が無いだろう。
私としては倒すのが早くなりそうだから助かるけれど。
「残り4匹、夜明けには間に合いそうね」
夜明けまであと50分くらい。帰るのに30分かかると考えると20分で倒せば問題ない。向こうのHPも常に減少しているのでそれなりに早く終わるだろう。
踏みつぶそうとしてくる〈ウルフコマンダー〉の攻撃を避けつつ回収できていなかったインビジブル・ワイヤーを回収し、魔糸で〈ウルフコマンダー〉の足を引っ掛けてバランスを崩させ、足を狙って隙の小さい《横薙ぎ》を放ち後ろに跳ぶ。
着地点を狙って来た狼の体当たりを《シャドウシールド》で防ぎ、シールドが壊れる前に更に距離を取る。
少しするとシルードが壊れるので、そのままの勢いで突き進んでくる狼に《月衝波》を放ち両断し、上から来た〈ウルフコマンダー〉を前に進みながら剣を振って回避と攻撃を同時に行う。
「……?」
妙に刃の通りが良かったのに違和感を覚えるが、防御力まで下がっているのだろうか。それだと捨て身にも程があると言うものだが。
いくら攻撃力が高かろうと相手によっては完全に防御されかねない上、逃げられない状況になるときも有るはずだ。そうなった場合そのままHPが尽きる可能性もある。解除するという手段を考えるとまた色々変わってくるけれど。
まあ攻撃が良く通るなら悩まずに攻撃を続ければ良い。《ダークネス・サークル》で残っていた狼を倒し、漸く〈ウルフコマンダー〉と1対1だ。
『グググ……』
「仲間が全滅して怒っているのかしら?貴方の指揮能力が低かっただけだと思うけれどね。数は厄介だったけれどチームワークはそこまででもなかったわ」
『グルォァアア!!』
「……がっかりだわ」
怒りの声を上げて突進を仕掛けてくる〈ウルフコマンダー〉をサイドステップで回避して胴体に上段から剣を振り下ろした一撃で溝を刻む。
これでHPがほとんど無くなったのか、かろうじて生きていると言った感じの〈ウルフコマンダー〉の正面に立ち、剣を突きつけながら見下ろす。
「貴方、群れを引き連れるようになってから部下に任せきりで自分で戦ってないんじゃないの?最後の突進もそうだし、攻撃が単調過ぎたわ。周りの取り巻きの方が厄介だったわね」
『グ……グ……』
「次が有るなら自分から戦場に立つことね」
剣を振り下ろして止めを刺す。いまいちすっきりしないけれど、今はそれよりも早く戻らないと。MPも残りが危ないし、向こうまでぎりぎり持つか持たないかくらいだ。急がなければ。




