第5輪
親が帰ってきていないので、夕食も私が作り、食後に紅茶を飲んでログイン。今の時間は9時。ゲーム内では夜に入って少ししか経っていない。とは言っても3時間なんてすぐにすぎてしまうのだけれど。
「さて、と…」
何をしたらいいんだろう。と顎に手を当て考える。こういうゲームでは最初の町から出たら他にも国や町があってもいいと思うのだが、そんな話は全く聞いていない。誰も探索していないか、難易度が高くて進めないかのどちらかだろう。
とりあえず森は行ってみたものの、その先には行っていないので、そっちに行ってみることにする。森の手前までの道中は別段強い魔物が出るわけでもないので、せっかくだからまだ使用していない、《魔術・結界》とか、《吸血》とか使ってみようかしら。でも、前者はともかく、後者はなぁ…虫なんかの体液なんか吸いたくないし、噛みつくのも嫌ね…。
「はぁ…」
結局、《吸血》を使うことは諦めて《魔術・結界》を中心に使うことにした。しかしこのスキル、β版にもありながら全く使われること無く、ゴミスキルの烙印を押されていた。その原因が魔法を使ってもなにも起きない、と言うことだった。正しくは、使っても魔法陣が自分を中心に広がるそうなのだが、それ以外何も起きない。と言うのがwikiに乗っていた情報である。
こればっかりは自分の手で調べるしかないだろう。そうと決めたら行動を起こさないといけないわね。時間は有限なのだから。
魔物を探して3分ほど、この辺の魔物は松明やランタンのプレイヤーへの普及が容易だったためか狩りつくされてしまったようだ。その証拠に、魔物を発見どころか、警戒にも引っかかっていない。それなら仕方ないと、何処か目立たないところを探して実験するしかないだろう。この夜は無駄になりそうね。
そして来たのはゲーム内時間で昨日来た洞窟、その最奥の広間。ここに来るまでに誰にも見られていないから場所が割れることもないし、何を試しても恐らく大丈夫だろう。いっそのこと拠点ここにしようかしら。でも何か建てるにしても色々面倒ね。まぁ拠点の話はユズ達と話し合うとして、今は実験ね。
「《サークル》!」
《魔術・結界》の第一の魔術を唱える。私の居る場所を中心に大体半径5メートルほどまで五芒星の魔法陣が広がる。…20秒ほどたったが何も起こらずに消えてしまった。確かに使い方のわからない魔法ね。どうしたものかしら…。と、ここで生産系スキルの《研究》を思い出す。もしかしたら何かわかるかもしれないわね。今は使わない《大剣》を控えに移して《研究》をメインに入れる。すると、今までは普通に見えていたものに色々と表示が出始めた。とは言っても全部、【研究進行度0%】と出ているだけだけれど。
「気を取り直して…《サークル》!」
同じように半径5メートルほど魔法陣が広がるが、それに対しても研究進行度が出てきた。どうすれば進行度が上がるのか、全く予想がつかない。とりあえず手を置いてみる。なにも起こらない。次、魔法陣をじっくり観察して見る。すると進行度がゆっくりと上がっていく。だが、その速さはとても遅く、残されていた時間では3%までしか上がらなかった。効率悪いわね。仕方が無いけれど、今はこうやって研究度を上げるしかなさそうね。
「はぁ…はぁ…《サークル》…」
20分ほど続けてみたが後半から全くと言っていいほど研究度が上がらない。こちらの魔力も枯渇してきたのでそろそろ休憩を入れるしかなさそうね。残りの時間は2時間と少し、結構もったいないのだけどね。疲れるときは疲れるわ、それにこの魔法普通の魔法よりMPの消費量が結構高い。これ不人気の理由と行ってもよさそうね。なんか、こんなことばかりしてるから仲間ができないような気がしてきたわ…。考えると悲しくなってくるからこの辺にしておきましょう。現実でも研究なんてそんな簡単に進まないわよ。それに回数が必然的に増えるため《魔術・結界》のスキルレベルは4になっている。戦闘よりは伸びが悪いけれど分からないまま魔物に突っ込むよりは幾分ましね。
それと、現在66%まで研究度合いが進んでいるのだけど、どうやらこの魔法陣、魔力に反応するらしい。ということで次に出すときは何か魔法でもぶつけてみようかしら。
…それにしても疲れたわ、本当にゲームなのかしら。肉体的な疲労ではないのだけれど体がだるい。このまま寝てしまおうかしら…、ああ、そう考えたら…だんだん…眠く…
「………んぅ、…あっ!しまったわ…」
つい寝てしまったようだ。さっきの時間と比べると1時間以上たっている。リアル時間が11時23分だから、残りの夜の時間が37分…帰りは日傘をさせばいいのだけど、現実で寝ないとなると色々と問題があるわね…。ここはさっき決めた事だけを試して、早く街に戻るべきね。
「《サークル》!《ダークニードル》!」
《サークル》で広がった魔法陣に向けて《ダークニードル》を放つ。すると、魔法陣が黒く染まり、
「きゃ、ちょっと、危ないわね!…って私には当たらないようになってるのね…。焦って損したわ…」
黒くなった魔法陣から無秩序に《ダークニードル》が突き出す。それと同時に研究度合いが100%になり、メニューに研究結果というものが追加された。早速その項目をタッチして追加された項目を読む。
《サークル》
発動後、自身を中心に半径5メートル+《魔術・結界》のレベル×2の距離に魔法陣が広がる。
この魔法陣に自身の魔法をぶつける事でその範囲内にその魔法を拡散する。受付時間は20秒+《魔術・結界》のレベル×3秒。
拡散した魔法は術者が敵とみなしたものにのみダメージが通る。
また、結界以外の魔術のラストワードに《サークル》をつけることで前述した事と同じ事が起こる。
この魔法陣は使用者にはついていかず、その場にとどまる。
…β組のみなさん、色々とお疲れさまね。効果さえ把握すれば結構便利じゃない、これ。もしかしたらこれに気づいているプレイヤーもいるのかもしれないけれど、隠しているだけかもしれないわね。やれやれだわ…。
「さて、目的も達成したし、帰りましょうかね」
洞窟を出るまでに出現する魔物はスルーして、とっとと街に帰る。すると当然のようにユズとサクラ姉ぇが待ち構えていた。
「…どうしたのよ、こんなところで」
「あ、モミジ。いや、今ちょうど街を探しに行かないかユズと話していたのよ」
「街を?」
「そう。そろそろ新しいところをみたいじゃない?」
「それを今から?リアルだともうすぐ夜中よ?」
「だからこそだよ、モミジお姉ちゃん!」
「え?」
「ゲームで徹夜、これこそ夏休みの醍醐味だよ!」
「サクラ姉ぇ、ユズが深夜テンションでハイになってるんだけど、大丈夫?」
「大丈夫よ、問題ないわ」
「…本当にそうなら良いのだけどね。じゃあ、私は寝るから、頑張って」
ガシッ
不意に肩を掴まれる、首を回して後ろを見ると、そこには満面の笑みを浮かべたサクラ姉ぇの顔が。
「な、なによ…」
「あら、言わないと分からないかしら?」
「もしかして、ついて来いなんて言わないわよね…」
「大・正・解!!」
「煩いわよ、ユズ。…で何で私がついていかないといけないのよ、そんなものは攻略組に任せればいいじゃない」
「そうね、普通の考え方ならそうかもしれないわ」
「なら、」
「でも、一番乗りって気持ちいいじゃない」
「…それだけ?」
「それ以外に何が必要だっていうの!?モミジお姉ちゃん!」
「…寝ないと精神衛生上よくないのだけど…」
「まぁ、そんな堅いこと言わずに、ね?」
このままだと延々と付き合わされそうね、仕方ないわね。ここは、
「分かったわ、ついて言ってもいいけれど、サクラ姉ぇ達が狩った魔物の素材をこちらにある程度回してもらえるかしら?」
「それだけで良いの?」
「ええ、それと、素材集めの依頼を出すことがあるかもしれないけど、手が空いている限りは手伝って頂戴ね」
「うん、いいよ」
「交渉成立ね、早速行きましょうか。私は戦闘にほとんど参加できないけれど」
「じゃあ回復宜しくね」
「あなたたちが怪我をするなんて余り思えないけれど…」
「あら、結構するのよ?」
「うん、もう《魔術・回復》のスキルレベル6になってるもん」
「へぇ…。前に渡したポーションはどうなったの?」
「そんなのもうとっくに使っちゃったわ」
「うん、回復量が普通に売ってるやつより高くて便利だったなー」
「そう、良かったわね」
「また欲しいな、あのポーション」
「作る暇が無いから無理ね」
「くっ、連れまわし過ぎたようね…迂闊だったわ」
「色々と飛んでないかしら、それ」
「そういうのは置いといて、早く行こうよ」
「はいはい、モミジ、逃げちゃだめよ?」
「…はぁ」
と、言うことで話がまとまったので一度街に入り、消耗品を買いそろえた後いつもの東門からでなく、反対側の西門から街をでる。サクラ姉ぇに理由を聞いたら、西門の近くにある山を越えてみようかと思ったらしい。そんな簡単に街が見つかるとは思えないけれど。
「で、山を越えた人はこれまでに何人居るの?」
「0よ」
「え?」
「だから、0人。誰もまだ攻略出来ていないのよ」
「…一応聞くけど、何で?」
「山に巣を作っていると思われる蜂の魔物の集団に襲われて全滅」
「うん、そうなんだよね。範囲攻撃でまとめて潰せばいい、って考える人もいるけど、そんな簡単に行かないんだよね。魔術系統の一番レベルの高い人が今17くらいって聞いてるかな」
「回復さえちゃんとできれば大丈夫かも、って考えた人もいたけど、向こうの数の暴力のせいで回復が追いつかないのも多々あるのよね」
「よくその状況を知ってて3人だけでやろうと思ったわね。色々と感服したわよ」
2人の話を聞くだけでもう疲れた気がする。そもそもそれだけ手ごわいんだったら複数のパーティーが協力して挑むものではないだろうか。もしかしたら魔物の意外なところに穴がある可能性も否定できないわけではないけれど、どちらにしろ、正攻法では不可能そうね。少なくとも今のレベルでは。
「で、サクラ姉ぇ。その蜂に弱点とかはないのかしら」
「んー、火がなんとなく効きやすいような気がしたんだけどね」
「気がした、って行ったことあるの?」
「何回かね。全部デスペナもらって帰って来たけど」
「運営はこの世界を冒険させる気があるのか謎だよね」
「わざわざ山を越えなくても何処か別のところを進めば簡単に見つかりそうな気がしなくもないのだけれど?」
「あー、それもあるんだけどね、やっぱり…」
少し含み笑いをしながらサクラ姉ぇが私の質問に言葉を返す。こういうときはたいていくだらない理由が帰ってくる。
「苦労して見つけたほうがいいじゃない?」
「良くないわ。私としては楽をしたいもの」
「分かってないなぁ、モミジお姉ちゃんは」
「何がよ」
「こういうのは苦労してこそ価値があるんだよ。すでに隅々まで攻略法を実際に見てもいないのに調べて、その通りに進んで楽しい?」
最近、サクラ姉ぇに影響されてしまったためか、ほとんどゲームをやらない私には少し理解し難い発言をするユズ。
「私としてはどうでもいいわ。やりたいようにやるだけだし」
「ダメだこりゃ」
「ま、そんなこと言ってないで、ほら到着したわよ」
サクラ姉ぇのがそういうとユズのほうにむけていた視線を前に移す。そこに広がっているのは岩肌の露出した山。ものすごく見辛いが上の方に横穴があいているので、そこが洞窟になっているのだろう。恐らくそこをくぐり抜ければ山を越えられるのだろう。でもなぁ、もう朝になり始めてるし、あの横穴に行くまで4分の1のステータスで行けるかしら。魔物に襲われたら一発でアウトになりそうなのよね。
「…人はほとんどいないのに道だけちゃんとしてるのね」
「そこは突っ込んじゃ駄目だよ、お姉ちゃん」
「分かってるわよ。それはそうと…」
「どうしたの?」
「山なんだから鉱石の1つや2つでてもおかしくなさそうって思っただけよ」
「あー…、モミジお姉ちゃん生産スキルほぼ全部取ってるもんね」
「そういうこと。無理矢理私を連れてきたんだから、採掘している時くらい待ってくれたって良いわよね?」
「それは良いけど、つるはし持ってるの?」
「もちろん持ってるわよ」
「…何でそういうところだけちゃんと調べてあるのか少しばかり問い詰めたいところね」
「基本よ、基本」
「まあいいわ。どちらにせよ、死なないように進むのが精いっぱいになるだろうから注意してね」
「うん」
それだけ話すと、不自然に整った山道を登り始める。採掘に必要な《鍛冶》のスキルをそのままにしてあった《研究》スキルと入れ替えておくのを忘れない。
遠目から見るとよくコミカルな漫画に描かれるような山道になっているので、ある程度登っては折り返すのを繰り返す。感覚としては余り登っていないような気がするが、下を見ると着実に山を登っているのがわかる。道から外れると断崖絶壁になっているため下の道までまっさかさまに落ちる。考えただけでもぞっとするわね。運が良ければ落下ダメージで済むかもしれないが、現在ゲーム内は朝になっているので私の場合落ちたら街に戻されるだろう。《飛行》を使えば問題ないのだけれどね。こういうときに便利だわ、この翼。
「ん?どうしたの、モミジお姉ちゃん。背中の翼パタパタさせて」
「え?あ、な、何でもないわよ」
しまった、無意識に動いてたらしい。感情に左右されて動くのが玉にきずね。どうにかして制御できないかしら。
「ホントに~?」
「本当よ。あ、敵の反応」
「どの辺かわかる?モミジ」
「前方に2体。そこまで大きくなさそうだけれど、油断は禁物かしら」
「そうね。攻撃にあたって落ちたら洒落にならないし」
「近づいてきたよ!」
出てきたのは体長2メートルほどの蟻の甲殻部分を岩に変えたような魔物。名前はそのまま〈ロックアント〉だ。
「ユズ、モミジ、見た目で分かってるかもしれないけど〈ロックアント〉は全くと言っていいほど物理攻撃は効かないわよ。魔法で応戦が基本になるわね。MPの残量に気をつけなさい。それと、突進にあたると吹き飛ばされるから避けるようにしなさい」
「言われなくても!」
「問題ないわ。…私は逃げるだけだし」
そう言って私はユズとサクラ姉ぇの後ろに行く。道の横幅は大体大人が3人横に並べるか並べないかくらいの広さなので、サクラ姉ぇの言うように突進に当たれば吹き飛ばされてそのまま山を転げ落ちることになるだろう。
「先手必勝!《アクアボール》!」
サクラ姉ぇが魔術を唱えると40センチほどの水でできた玉が前に立ちふさがっている〈ロックアント〉の頭ににぶつかる。威力がそこそこあるのか、頭の甲殻にひびが入っているようだ。〈ロックアント〉は攻撃を受けたことに怒りを覚えたのか、一対の発達した刃のようなものをカチカチを鳴らすとこちらに突っ込んでくる。
「突進が来たわよ!」
「とうっ!」
「《飛行》」
サクラ姉ぇに言われて突進を確認したあと、サクラ姉ぇは崖とは反対側の岩肌に跳びつき、ユズがどこぞのヒーローみたいな掛け声とともにそれに続く。私は《飛行》使って〈ロックアント〉を飛び越える。〈ロックアント〉は標的を外したとみると突進を止めてこちらに向き直る。ユズとサクラ姉ぇが岩肌から降りてきたので私も《飛行》をやめて降りる。
「よいしょ。二人とも無事ね?」
「うん」
「あの程度、なんてことはないわ」
「モミジお姉ちゃんずるいなー。私も飛びたい!」
「そのうち飛べるようになるアイテムが出てくると思うわよ」
「そうかな?」
「はいはい、話はおしまい。まだ2匹とも倒せてないんだから」
確かに気を抜くわけにはいかないだろう。前に一体、後ろに一体。状況的にいえば少し拙いかもしれないのだから。まあ、少しでも手伝うことにしようかしら。
「《ダークネス》!」
「ちょっと、お姉ちゃん!?」
「大丈夫よ、私が何の策も無しに敵に攻撃すると思うかしら」
サクラ姉ぇに攻撃をうけた〈ロックアント〉に闇属性の魔術をぶつける。ダメージが通らないのは分かっているが、《ダークネス》には特徴がある。それはぶつけた敵を状態異常《暗闇》にすることだ。《暗闇》状態になると、視界が黒く霞み、敵を判別させにくくする効果がある。そして、〈ロックアント〉は《暗闇》にかかってくれたようだ。その証拠に目のあたりに黒い霧がかかっている。
「なかなか面白いもの覚えてるじゃない、モミジ」
「まあね。今日の午前中にユズに振り回されたから」
「確かに、あれだけやれば嫌でもスキルレベル上がるわね」
「役に立ってるんだから良いじゃん」
「そうね」
《暗闇》状態になった〈ロックアント〉は無茶苦茶に暴れ始め、壁に向かって突進を始める。壁に当たると、〈ロックアント〉にダメージが入っているのだが、岩肌を私たちだと判断したらしく、突進をやめる気配はない。もうこっちの方は大丈夫だろうと判断してもう1匹のほうに視線を移す。どうやらまだ動いておらず、ずっと様子をみていたようだ。
「さて、こいつを倒せば大丈夫そうね」
「そうだね」
「私の出番はなさそうね。ステータス下がってるから仕方が無いのだけど、守られているって言うのがなんか癪にさわるわね…」
「照れてるの?」
「そんなことはないわよ」
「じゃ、攻撃にあたらないように気をつけてね」
「分かってるわよ」
「さて、その辺にしてもらっていいかしら?もう向こうも準備万端みたいよ」
「思いっきりやっちゃうよ!」
「MPが枯渇しない程度にね」
「行くわよ、《クエイク》!」
先ほどと同じようにサクラ姉ぇが最初に魔術を使う。しかし今度は土属性で、〈ロックアント〉の足元がひび割れ、揺れているようだ。足元が安定しないためか、〈ロックアント〉はこちらに近づこうにも動けないようだ。
「ユズ!」
「分かってる!《ファイアニードル》!」
隙の出来た〈ロックアント〉にすかさずユズが追撃の魔術を放つ。使っているのは火の第一魔術だが、まるで雨を降らすように複数打ち出しているのでダメージは結構入っている。残りのHPは7割ほど。しかし、いつまでもそのままでいるほど向こうも馬鹿ではなさそうだ。クエイクの効果がきれた途端に突進を始める〈ロックアント〉。その先には魔術を唱えっぱなしのユズがいる。
「ユズ!避けなさい!」
「モミジ、焦りすぎよ。《フレアバーン》!」
ユズが動けずに突進にあたるかと思ったのは杞憂だったようだ。サクラ姉ぇの唱えた魔術と共に地面から大きな爆発と共に火柱がたつ。それを体の真下で受け止めた〈ロックアント〉は吹き飛ばされてゆく。そのまま崖の下に落ちて退場していった。
「さて、後は…!?」
「しまった!」
もう一匹を確実に倒そうと後ろを向こうとすると背後から、私とサクラ姉ぇの横を〈ロックアント〉がとてつもない速さの突進で通り過ぎて行く。そしてその先には…
「え?きゃっ…!」
「ああもう、《飛行》!!」
〈ロックアント〉の突進をまともに食らって真上に吹き飛ばされたユズを《飛行》で受け止めに行く。《飛行》は結構スピードが出るようで、吹き飛んでいくユズに案外簡単に追いついた。ゲーム内の私の体には大きいユズがずしりと私の両腕に収まるが、
「う~…」
「お姉ちゃん、どんどん落ちてる!」
「これでも精いっぱいよ!」
このありさまだ。懸命に翼を動かしてはいるものの高度を保てずに落ちてゆく。
「まったく、2人揃って手のかかる妹ね。《エアロ》!」
もうだめかと思い、地面にぶつかると思ったが、サクラ姉ぇの使った風の魔術に包まれて落ちる速度が遅くなっていく。そのまま無事に地面に降りることができた。
「ありがとう、サクラお姉ちゃん」
「助かったわ、…ありがとう」
「はいはい、ユズ、よそ見しちゃだめよ」
「はーい」
「それにしても、モミジはいつまでたっても素直じゃないわね。しかし、顔赤くしてそっぽ向きながらこちらをチラ見してありがとうって言った幼女の動画はしっかりと保存させていただきました」
「ちょっと!何やってるのよ!早く消して!そもそもいつから撮ってたのよ!」
「それよりも〈ロックアント〉は?」
「あなたを吹き飛ばした後にそのまま止まらずにまっすぐ行って落ちてったわ」
「あ、そう」
まだ山を2割も昇っていない、先は長そうね。