第52輪
「むぅ……」
現代日本のように舗装のされていない道を走る馬車は道の僅かな歪みでもがたがたと揺れるため、結構な振動がくる。また、生地の厚いドレスのおかげで御者の男性よりは幾分かマシなのかもしれないが尻が痛い。
男性が平然としているのは慣れているのか我慢しているのか。もしも自分で馬車を持ったならまずは乗り心地の悪さをどうにかするだろう。車輪に布を貼り付けるだけでも結構変わりそうだ。
しかし次の街を目指して進み始めてから1時間は経っているのだが、未だに魔物は1回しか出てきていない。その1回も御者台に座ったまま魔術を連発するだけで倒せたのだから昼が夜に比べてどれだけ安全なのか分かると言うものだ。
「何だ?酔ったか?」
「酔っては無いけれど、お尻が痛くて……」
なおダメージは無い模様。しかし戦闘以外の痛覚だけ再現に力を入れ過ぎではないだろうか。ジンジンする。《建築》で建物を造るときに金槌で誤って手や指を打ったらどうなるのだろうか。考えただけで寒気がするわ。
「貴方は痛くならないの?」
「俺は慣れてるからな」
余裕そうな表情で言ってきたのに少しイラっとしたが、そういうものなのかと頷いておく。男性は私がどう思っていような気にしないように馬を操っているが。
しかし、短い時間で思ったことではあるが、この商人は私のイメージとは大分違った印象がある。
偏見かもしれないが、大抵物語に出てくるような商人は胡散臭そうなどことなく信用ならない笑みを浮かべて、こちらの機嫌を窺うように丁寧な口調で話しかけてくるようなものだと思っていた。
しかし、こちらの機嫌を窺うような素振りも見せなければ口調も淡々としたものである。例えるなら腐れ縁の異性の幼馴染と話すような感じだろうか。……警戒心が薄いのかしら?
「ああ、寝るときは後ろの荷台を使っていいからな。冒険ばかりの嬢ちゃんには静かに進むだけなのは退屈だろう。夜になって活性化した魔物はともかく、夕方までに出る魔物なら俺1人でもどうにかなる」
「そう?なら少し休ませてもらうわね」
「分かった」
男性の言う寝るとはログアウトのことで良さそうだ。セーフティエリア外でのログアウトはその場で寝ている扱いなのね。迂闊に街の外とかでログアウトすると魔物に襲われて死亡するのが容易に想像できる。
馬車の荷台の荷物の間で寝転がってログアウト。ゲーム内で夜になる時間、こっちで大体午後8時ごろになったらもう1度ログインしよう。夜以外は何とかなるって言ってたし。
「向こうにまだ紅茶が無いのだけが不満なのよね……」
長時間寝転がっているせいで固まってしまっている体を起してぐっと伸びをする。プレイ事態には全く影響が無いことではあるけれど、個人的に紅茶が無いのはいただけない。
「あ、お湯沸いてない……」
時間的には昼をもう回っているが柚子はまだログアウトしてきていないようだ。珍しい。ダンジョンでも攻略しているのだろうか。柚子が使っていればいつもなら沸いてるんだけど。
まあ、柚子が何をしていようと私には関係ないはずなのでポットの沸騰ボタンを押してから昼食を作り始める。昼食を済ませるころには沸いているはずだ。
ちなみに昼食は焼きそばにした。柚子は戻ってきたら勝手に食べるだろうから、別の皿に分けてラップをして置いておく。コッペパンが有ったので挟んで焼きそばパンにしてみた。作る側としては手早く済ませたかったのだ。
昼食を済ませても次の夜までまだ6時間ほどある。また溜まっているアニメを見ても良いし、近くの本屋で漫画本を漁っても良いかもしれない。お気に入りの漫画の最新刊が出ているかもしれないし。
本屋に行くにしてもアニメを消化するにしてもその前にティータイム。昼食直後なので少し少なめに淹れたが、ゲームならお腹の具合とか気にしなくても良いからいくらでも飲めそうだ。でもそれだと私のことながら時間を忘れて飲んでそうだから気をつけないといけないだろう。
「あ、お姉ちゃん今日のお昼ご飯は!?」
「焼きそば。そっちにコッペパンあるから挟んで食べても良いんじゃない?」
「じゃあ半分は普通に食べて……」
暫く紅茶を飲みながらのんびりしていると柚子が慌ただしくリビングに入ってくる。時計を見るとそろそろ3時半を回ろうかという時刻だ。
「いつもなら催促してくるくらいなのに今日は遅いのね」
「ん?まあ色々あってね。レベルも上がってきたから、皆と一緒にそろそろ本格的に次の街を目指そうかなって」
「ふーん」
何となくだが、柚子が行こうとしている場所と、私の行く場所は違う気がする。現段階で街はまだ2つしか見つけていないけれど、もしかしたら既に他の街も見つかっているかもしれない。
「柚子、街って今いくつ見つかってるの?」
「珍しいね、お姉ちゃんがそういうの聞いてくるって」
何時の間にか焼きそばを食べ終わっていた柚子に聞いてみると意外そうな顔で返してくる。
「まあ、良いじゃない」
「お姉ちゃんネットほとんど使わないしね。グランドクエストに関係してない街を含めると今は6つだよ」
「……大分多いわね」
「進む人は進むからねー」
その後も色々と柚子に聞いてみると、第二の街のように番号が付いている街は到達するとインフォメーションが出て全プレイヤーにそれが知らされるようで、それ以外の街は見つけてもインフォメーションは出ないようだ。私が知らなかったのもこれが原因だろう。
この話を聞いた後に自分で少し調べたことでは、グランドクエストは明確には進行状況などは出ず番号付きの街を見つけると1つ達成、何かしらの新機能が追加されたりするらしい。なお、番号のつかない街はフリーと呼んで区別しているようだ。
「なるほどね。つまり攻略組って言うのは番号付きの街を探しているプレイヤーのことでいいの?」
「うん、それで間違いは無いよ。それと、番号の付いてない街はベータ版には無かったから行ってみて損は無いかもね。ポータル登録もできるし」
柚子から聞いたことから色々と推測すると、私が行こうとしているのはフリーの街で柚子が目指しているのは番号付きの街かしらね。場所も変われば色々と変わってくるだろうから出来れば全部足を運びたいところではあるけれど、PVPが終わるまではひとまずお預けかしら。
「頑張ってね」
「……?」
柚子が何処か意味深な笑みを浮かべて自分の部屋に戻って行ったが、気にしなくても良いだろう。
「食べ終わったならお皿片付けて行きなさいよ……」
柚子がそのままにして行った皿を片づけてから冷めてしまった紅茶を温め直して夜までの残りの時間を過ごしたのだった。
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。




