第51輪
昼食を済ませてログインをしたけれど、これと言って特に変わったことは無く行商人のところにも行ってみたが、珍しい物が有るわけでもなかったので、その日の残りは各スキルのレベルを上げてログアウト。
次の日の8時ごろから再びログイン。予定としては夜の間はレベル上げをして、朝になったら行商人を探して他の街に行くのに同行するつもりだ。行商人は門の近くに居るので探すような手間は無い。
「夜なのは良いんだけど、どうしようかしらね」
街の外に出たは良いが、スキルが多いせいでどのスキルのレベルを伸ばすべきかで迷う。最近は大剣と魔術を使ってばかりいるので必然的にレベルが高い。この2つは狙って伸ばさなくても良いだろう。
しかし、主戦力は大剣と魔術なのでそれ以外で伸ばすとなるとレベルが高めの《見切り》や《蹴り》だろうか。……武器や魔術に頼らない戦闘をして見るのも良いかもしれない。と、言う訳でバスタードソードを鞄に仕舞って、朝になるまで攻撃手段は蹴りだけで戦ってみることにする。
「最初はあまり強くない魔物が望ましいわね」
蹴りをメインに使う戦闘などほぼやったこと無いようなものなので、この周辺で出来るだけ弱い魔物を探す。暫く街の壁の周りをうろついていると、人型の魔物を発見。このあたりでは出現頻度の高い〈デミゴブリン〉だ。
洞窟に居たゴブリン等よりも動きが速かったり、簡易的な武器を持っていたりと重量武器を扱うプレイヤーなどは少し苦戦しそうな魔物だ。私はステータスに物を言わせて大剣を振りまわすので集団で来ても鎧袖一触、一網打尽だったりする。
しかし、今回は武器を使わないので少し手間取りそうだ。3匹で固まって行動をしている。1匹ずつおびき出すなんて面倒なことはしたくないので真正面から向かっていく。すると、向こうもこちらに気がついたのか、跳びはねるような動作でこちらに近づいてくる。
『ゲギャァーッ!』
「馬鹿ね」
近付いてきた勢いのまま、1匹私に跳びかかってきたので蹴りの射程に入るのを待ってから顔を正面から蹴り飛ばす。傍から見ればヤクザキックそのものだが、気にしても仕方が無い。
蹴り飛ばされた〈デミゴブリン〉はそのまま後ろに吹き飛んでいくとHPが尽きたのか光になって散って行った。当たりどころが悪かったのだろう。蹴ったのが胴だったなら生きていたかもしれない。
『グギギ……』
残りの2匹は仲間が一瞬で倒されたことに警戒しているようで徐々に距離を縮めてくる。攻撃を仕掛けてくるのを待っているのも時間の無駄なので跳び上がり、片方を頭から踏みつける。もう1匹はそれがチャンスと思ったのか、棍棒のようなものを振りかぶり跳びかかってくる。
それを体を逸らして避けると、踏みつけている〈デミゴブリン〉をボールのように蹴り飛ばし、棍棒を振り下ろした勢いで地面に激突してまだ起き上がれていないもう1匹の頭を踏み抜く。
頭が地面にめり込んだそいつをそのままに、戻ってきた奴を相手取る。ボロボロのナイフを横に半歩移動して避け、顎を蹴りあげると首に横蹴りを入れる。バキリと鈍い音がすると光になって消えて行った。首の骨でも折れたのだろうか。
もう1匹の姿もないので踏み抜いた時にHPが0になっていたか、システム的に有るのかどうかは分からないが窒息でもして力尽きたのだろうか。
「このくらいなら結構余裕あるわね」
ドロップ品が何も無いことを確認しながら、次の獲物を探して移動をする。もう少し動きの速い、前の場所なら〈ウルフ〉のような動物系の魔物なら戦いがいもあるだろう。
などと考えていると《警戒》敵の反応が出る。私を中心に一定の距離を置いて周囲を高速で移動している。反応はいきなり現れたので近くで沸いたか、マップに移動の軌跡が残らない速さで《警戒》の範囲内に入ってきたことになる。なかなか厄介そうだ。
「……見っけ」
目を凝らして《警戒》に表示される赤い点の通りに視線を動かすとその正体がわかった。〈ブラックウィーゼル〉と名前の付いたこの魔物はイタチだろう。良く知られる妖怪の鎌鼬なんかはつむじ風に乗って人を斬りつけるなどと言われている。動きが速いのもそれに倣っているからかもしれない。おまけに黒いせいで姿を捉えづらい。
正体を見破ってから2回ほど跳びかかってきているが流石に速く、避けることはできても蹴りを入れることは出来そうにない。倒すなら広範囲の魔術でも使った方がよさそうだ。
と言っても、攻撃が避けられるのだから《見切り》スキルのレベル上げには持って来いだったりする。敵に攻撃されるより前に倒してしまう私にはこういう敵は経験値的においしい。
「……あら?」
攻撃を避け続けるのを3分も続けると、急に〈ブラックウィーゼル〉の動きが鈍くなる。スタミナでも切れたのだろうか。これなら十分カウンターを入れる事が出来る。
「ふっ!」
跳びかかって来たのに合わせて蹴りを放つと、確かな感触と共に《警戒》マップから赤い点が消えたので、無事に倒せたのだろう。結局はっきりと見ることはできなかったが無事に倒せたので良しとしよう。
その後も《蹴り》スキルをメインにして戦うこと数時間。この数時間の間にもイタチは何回か出てきたが、動きが速い代わりに耐久力が低いようで蹴りを1発入れると倒せた。日も昇ってきたので街に戻ると丁度行商人のNPCが荷物を纏めているところだった。
「なんだ嬢ちゃん、本当に付いてくるのか」
「ええ」
行商人の男に近づくと私に気が付き、顔を上げて話しかけてくる。向こうは私が付いて行くとは本気では思っていなかったらしい。
「嬢ちゃんには悪いが、通る道は魔物がほとんど出ないから大したうまみも無いぞ?」
「構わないわ」
日中だから日傘を差さないと外を歩けないから魔物は出ない方がこちらにとっても都合が良い。そういえば日中と夜とで魔物の出現頻度は違うんだったかしら。
「はぁ……、仕方ないな。すぐ出発だから必要なものが有れば俺が売ろう」
「回復薬も食料も足りているわ」
「そうか」
ため息をついた男は馬車を走らせて来た門とは反対側の門から出る。丁度街中を通り抜けた形だ。
「嬢ちゃんはこの街以外には行ったことは有るのか?」
「ええ。反対側に見える山の向こうにある街から来たのよ」
「あの山には巨大な蜂がうようよしているって聞くが、それを越えてきたのか」
「ええ」
街の門をくぐるときに男が話しかけてくる。この人はあの山を越えたことは無いのだろう。私の返事を聞くと感心したように頷いている。
「貴方は行ったのことは無いの?」
「売り場を広げるならあの山も越えたいところだが、山中には蜂が居るし周りは森が広がっているから抜けるとなると何日かかるか分からないからな」
確かにあの蜂の群れを1人で相手取るのは厳しいだろう。ユズのパーティと一緒に山を越えた時も森で散々道に迷ったから、山を登らずに森を抜けるとなるとユズなら一生出れなくなるかもしれない。
「次の街まではどれくらいかかるのかしら?」
「休みを入れたり、野宿をしたりして3日くらいだな」
「そう」
リアルタイムだと明後日の夜中ごろに着くわけね。私がログアウトしている時ってどんな扱いになるのかしら。ログイン時間をずらした方が良いかもしれない。
「……乗るか?」
暫く馬車を追いかける形で歩いていると、男が馬車を一旦止めたので何か有ったのかと思い、男がいる位置まで小走りで近づく。すると、私を見て少し間をおいて御者台の空いている部分をぽんぽんと叩いて聞いてくる。
「良いの?私が勝手に付いてきているだけなのだけれど」
「……俺もそこまで歳を取っているって訳じゃあないが、子供1人を歩かせるってのもな」
「そう……、じゃあお言葉に甘えて」
どことなく気まずそうな顔で頬を掻く男の隣に日傘を閉じてひょいと座る。一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに前を向き馬車を走らせ始める。
「金は要らないが、魔物が出た時くらいは手を貸してくれよ?」
「そうね。それくらいしかやることは無いもの」
移動が楽ならそれくらいはお安いご用だわ。乗り心地はいまいちだけれど。
クリスマスなんてものは無かった。
これが年内最後の投稿になりそうです。
良いお年を




