第47輪
「ほら、すぐ終わっちゃった」
「ぬぐぐぐぐぐ…」
2回目は結果は惨敗だった。というか勝負と言っていいのかすらわからない。始まったと思ったらユズの姿が消え、次には後ろから胸を貫かれてHPが無くなったのだ。流石に心臓をやられれば即死らしい。少なくともプレイヤーは。
「というか、その消えるのは何なのよ!」
大体の原因を言えば、1回目も使っていたがユズが姿を消すせいだと思っている。自分の情報を他人には教えないと言うのが分かっていても聞かずにはいられない。
「詳しくは言えないけど、移動技の1つだよ」
「…1回目の戦闘で開始時に私の目の前まで近づいてきたのは違うの?」
「あれは足に力を入れて…」
まあ移動技くらいは有るわよね。でも1回目の最初に接近してきたのがアーツじゃないのが色々と怖い。もしかしたら、装備を軽装にして敏捷に補正のかかる装備を付ければ私でも出来るかもしれないが、最初はなんだかんだ言っていたが今の装備のデザインを気に入ってしまっているので暫く変えたくない。
「さて、2本先取だったっけ?」
「サクラお姉ちゃん、いつの間に」
いつの間に観客席から降りてきたのか、多少の威圧感のようなものを放ちながらサクラ姉ぇがユズの言葉を遮るように口を挟んでくる。私が対戦相手、つまりユズの情報を手に入れるのを防いでいるようだ。徹底していると言うか、何と言うか。
「たった今降りてきたところよ。モミジはこれで分かったんじゃないかしら、ユズの手札の怖さ」
「そうね、即死とか何の洒落にもなってないわ」
接近されるだけならまだどうにかなるかもしれないが、移動した後に的確に弱点を貫く精密さは気をつけなければいけない。と言っても2回目の戦闘があっという間に終わってしまったせいで使いそびれてしまった手札で対処はできる。
「時間も勿体ないし、早速始めよう!」
「ええ」
「じゃあ、私はまた上に居るから」
ルールは2回目と同じ。デスマッチ、回復あり。5メートルほど距離をとり、今日3回目となるカウントダウンを見つめる。油断はしない、手加減もしない。やるなら完膚なきまでに叩きのめすつもりで。
カウント3、2…1、―――0。
「2度目は効かないわ」
「…ッ」
先ほどと同様に開始と同時に私の背後に回り込み剣で突きを放ち、体を貫こうとしたユズだが私が来ている服の表面で刃先は止まる。ユズが一瞬動きを止めた隙に足元に《ダークネス》を目眩ましに放つ。
一旦距離を取り、《ダークネス》の霧が晴れるのを待つ。《警戒》スキルを起動してユズの位置を確認したが移動はしていないようだ。用が済んだので《警戒》スキルは切っておく。
「またあの見えない糸?結構丈夫なんだね」
「さあね、でも人1人持ち上げられるくらいには強度があるわよ」
うんざりしたような顔で言うユズに軽い調子で返してやる。1本取られた原因でもあるせいかいつ引っ張られても良いようにと言った感じで身構えている。私の手札はそれだけじゃないのよ、さっき瞬殺された代わりに目に物見せてやるわ。
「面倒だなぁ…」
ユズは頭を掻きながら呟くと再び姿を消した。しかし、その場からほとんど動くこと無く再び姿を現す。銀色のワイヤーに巻かれて。
「…」
「なるほどね」
機嫌が悪くなったように見えるユズが私のことを睨んでくる。私の仕掛けた罠に気がついたようだ。と言っても大したものではない。さっき《ダークネス》で視界を塞いだ時にユズの周りに不可視の鋼線を張り巡らせておいただけだ。長さはMPを使うことで自由に変えることが出来るのでユズが姿を消した時に短くしただけだ。
これで分かったことはどこぞの瞬間移動みたいに空間を跳躍してくるのではなく、しっかりとした移動が必要だと言うこと。何か目印をつけられれば姿を消しても見ることが出来るかもしれない。
「《月衝波》!」
動けないユズに三日月の衝撃波が直撃する。ワイヤーも切れてしまうが仕方が無い。ちなみにワイヤーは私の攻撃によって切れはしたがアイテムロストしたわけではないのでちゃんと手元に残っている。
「容赦ないね」
「ゲームとはいえ躊躇いもなく実の姉を刺すことのできるユズほどではないと思うわよ?」
ユズの言葉に私が答えている間に、ユズが私に接近してきて剣を振り上げる。ユズが剣を振り下ろすタイミングに合わせて大剣を振り、受け止める。
「そうかな?」
「ええ」
ユズが突然後ろに下がったため、大剣を地面に叩きつけてしまったがその間に接近してきたりはしなかったようだ。ワイヤーを警戒しているのだろう。
「あら、攻めてこないのね」
「…むぅ」
ユズが攻勢に出ることが出来ない理由がわかった上で挑発をしてみる。頬を膨らませて不満を表しているが、目は鋭く私のことを捉えている。油断ならない妹だこと。待っていても動きそうにないのでこちらから攻めることにする。
「―――ふっ」
「えっ」
「《横薙ぎ》」
「《ピンポイントガード》ッ!」
地面を少し砕くような音が聞こえ、ユズとの距離が無くなる。距離を詰められたことで驚きを見せるユズに比較的発生の速いアーツを放つが盾のアーツで防がれてしまった。
なるほど、確かに地面を思いっきり蹴ればそこそこの距離なら一瞬で詰めることが出来る。ユズの言っていた足に力を入れるというのはあながち間違ってはいなかったようだ。ただ、ユズは種族上の身体能力、私の場合は出鱈目なステータスってだけかしらね。
「お返し1つね」
「なんで真似するのさ」
「良い物は取り入れて行かないと」
ユズの言い分は分からなくもないがこっちだって勝つために必死なのだから、敵だろうと味方だろうと使えると思った物は参考にしなければ勝てるものも勝てなくなるだろう。まあ、口ではああ言っているが顔はワイヤーに絡まった時とは違いとても楽しそうなので気にしてない。
「お姉ちゃんのそういうところずるいよね、私には手札見せないし」
「見せても真似できないでしょう」
「またそうやって馬鹿にして」
私の言葉に不満を返すと同時に姿を消すユズ。そう何度も同じ相手に使っていいような技とは思えないのだけどね。
「ふっ!」
「うわっ、な、なんで!?」
姿が消えて時間があまり経たないうちに、私の右側を剣で一閃するとユズが驚きの声とともに姿を現した。HPが減っていることから防御はできていないらしい。攻撃されるなんて予想していなかったのだろう。
確かに、ユズの姿を消して移動するこの技は強力だと思うけれど、これを破るための仕掛けはしてあるので少なくともこの戦闘中はもう通用しない。
「あと、おまけね」
「えっ!?」
攻撃された事への驚きが抜けないユズに私の手から離れた大剣が切りかかる。流石に見えていれば防御は間に合うようだが、完全にこっちのペースに乗せることが出来ている。ユズに切りかかった大剣を私の手まで引き寄せる。
「何それ、ずるい!」
「2つ目の手札を切っただけよ」
ユズはまだ見つけることが出来ていないみたいだが、大剣の柄の後ろの部分とユズが左腕につけている盾に1本づつ、私の来ている服と同色の糸が巻きついている。一番最初にユズの攻撃を防いだのもこれだ。
その正体は魔剣・無名糸、という名前の変わった武器だ。糸なのに魔剣と言うのは多少気になるところではあるけれど、魔剣だからと言って剣の形をしているとは限らないと言うことだろうか。
性能はワイヤーと同じでMP消費で伸縮自在、強度は武器なので糸と思って侮ってはいけない。ユズの攻撃を防いだだけでもその硬さが分かるはず。次にMP消費で分裂すると言う点。現在は大剣の柄の先とユズの左腕にある盾で2本に増やしている。ユズの攻撃を防いだときは長さと本数の両方を増やして背中を守っていた。
そして何よりも変わっていると言えるのは魔剣本体にレベルが存在していると言うこと。使いこむほどプレイヤーと共に成長し、進化する。今の状態でも十分強いと思っているのに、この先どうなるのか楽しみなところではある。
「また不思議なもの使って…」
「言っておくけど、まだ3つ目は使ってないわよ」
「ずるい!もういいもん、怒ったもん」
私の手札が3つあることを忘れていたのか、頬を膨らませて怒りだすユズ。怒ったところで何かが変わるわけでもなさそうだが、勝手に怒らせておけばいい。
「《ミラージュソード》!」
私の事を睨みつけてくるユズをそのまま見ていると、ユズの左手に霧の塊のようなもので出来た剣のようなものが出現する。今までに見たことのないアーツなので最近になって使えるようになったのを隠していたと見てよさそうだ。あるいは戦闘中にレベルが上がったか。
「ていっ!」
「なっ―――」
ユズは霧の塊のような剣を無造作に振り下ろしてくる。頭上から足元へ真っ直ぐ振り下ろすだけの単純な攻撃だ。とはいえ、何があるのか分からないので防御をしようと大剣を振りあげるが、その瞬間霧の剣は私の大剣をすり抜け、魔剣での防御をも無視して私を斬る。
「くぅっ…、防御無視とはまた洒落た攻撃をしてくれるじゃない」
「べーっ、っだ!」
まるで子供のような仕草をするユズに内心呆れつつも、大して強そうには見えなかった今の攻撃でHPが1割ほど吹き飛んでいることに気が付く。割合ダメージなのか、防御力0でユズの攻撃を受けたらこれだけ減ることになるのか、どうせ誰かが調べているだろう。今はユズを倒すのが先だ。
幸い、ユズの手からは霧の剣は消えているので1回使ったら消えるか、維持できるがコストが大きいかのどちらかかもしれない。しかし、何度も使われれば回避する以外に方法が無い以上技術的に劣る私には厳しいところがある。
「それと、まともに斬られたんだからもう麻痺してくるでしょ」
「…全く、こういうことに関しては抜け目が無いわよね」
斬られた面積のせいか、麻痺にかかる速度が格段に早い。思わず舌打ちをしたくなるがまだ最後の切り札が残っている。ここで使わなければこのまま止めを刺されるだけなのでもう使っても良いだろう。
「これで、止めだよっ!」
「―――《アウェイク》!」
ユズが私に止めを刺すために刺突の体勢を取り、剣を突き出そうとした瞬間に3つ目のアイテムを取り出し、発動ワードを叫ぶ。すると、周囲は一瞬闇色の光に包まれる。
「な、何が…」
「…20秒よ」
「お、お姉ちゃん…?」
私の姿に驚きを隠さないユズ。当然だろう、今使ったアイテムの効果でイベントでレイドボスと戦った時と同じ姿になっているのだから。発動時にHP、MP、状態異常を全て回復し、全能力が大幅に強化される。しかしイベントの時にあった限定解放は無く、効果時間はたったの20秒でクールタイムは2時間と使いどころが非常に限られ、効果終了後10分ほどはHP、MPの最大値が20パーセントまで減少する。まさに諸刃の剣と言ったところか。
「行くわよ!」
「うわぁ!」
大剣を両手で持ち上段から振り下ろす。盾を構えて防ごうとするユズは大剣あ当たった時の衝撃で膝をつき地面が破砕音とともにクレーターのようにへこむ。すかさず蹴りを叩き込み回転しながらの《横薙ぎ》で斬りつける。残り15秒。
「く、《クレセントセイバー》!」
「《グラビドン・クラッシュ》!」
三日月の剣戦を重力を纏った刃で消し飛ばしつつ、地面を揺らしユズの動きを奪う。土埃で周りが見えないので地面を蹴ってユズが居るであろう場所を見ることのできる高さまで跳ぶ。しかし、ユズの姿が見当たらない。移動技で姿を消したようだ。
「せいっ!」
「きゃっ!」
しかし、ユズの左腕の盾に巻き付けてある魔剣…魔糸と呼ぶことにしよう、を引っ張る。すると悲鳴をあげてユズが釣りあげられて出てくる。残り10秒。
「《流星》!」
「《ピンポイントガード》!うぐぅっ……!」
ユズの腹目掛けて蹴りのアーツを放つと、盾のアーツで阻まれてしまったがそのまま踏み潰すような形で地面に叩きつける。苦悶の表情を浮かべるユズだが剣を持つ右腕を振って来たので体の上から跳び退く。それと同時に設置した《ダークネス・サークル》を起動し、ダメージをあたえるのと同時に視界を奪う。残り5秒。
「《ミラージュソード》!」
先ほど私のHPを1割削ったアーツを発動させながら闇色の霧を斬り裂くようにユズが飛び出してくる。こちらに向かってくるユズの姿は威圧感さえあるが、向こうから近付いてきてくれるのは都合が良い。
「わああぁぁっ!」
雄たけびを上げながら剣を振り下ろすユズ。理由は分からないが相当必死なようだ。
「《ハイスラッシュ》!」
「…!な、なん…でっ…」
ユズの霧の剣が私を斬るが、私の大剣もユズの体を斬り裂く。HPが0になったユズは粒子となって消えて行く。最後に何が起きたか分からないという顔をしていたが、武器や防具をすり抜けて敵を斬る剣ではアーツの放たれる私の剣を防ぐことが出来ないのは当たり前だろう。
PVPが終了すると同時に効果時間が切れて元の姿に戻る。すると、すぐにユズが戻ってきた。しかし戻ってくるなり私を過ぎ去りサクラ姉ぇの所へと走って行く。私もユズを追いかけるような形でサクラ姉ぇの所に行く。
「うわあぁぁん!お姉ちゃんに殺されるー!」
「はいはい、もう1回死んだでしょ」
何かすっごく心が痛む。人を殺人鬼か何かのように言って、失礼な。
「あらモミジ、お疲れ様」
「ええ」
サクラ姉ぇが飛び付いたユズの背中をぽんぽんと優しく叩きながら私に声をかけてくる。若干微笑んでいるように見えるが、泣いているユズを安心させるためなのか、私を褒めるためなのかは分からない。
「…ユズ」
「やだっ、来ないで!」
ユズの名前を呼ぶとノータイムで拒絶され、泣きたくなってくる。そんな私を見てサクラ姉ぇが口を開く。
「あー、気にしなくても大丈夫よ。私がボコボコにした時もこんな感じだったから」
「で、でも…」
「まあほら、休憩にしましょう。ユズが落ちついたら反省会よ」
「…うん」
ユズが落ち着くまで一定の距離を置いて待つことになるのだった。反省も後悔もしていないけれど、今はとても傷心している。
少し忙しくなりそうなので早めの投稿。土曜日はありません。




