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第45輪

「…お姉ちゃん、本気で言ってる?」


 私の言葉にピタリと動きを止めて、感情を抑えつけているような声で言う。私の位置からだと見上げる形で、しかも横顔しか見えないためどんな表情をしているかはほとんど分からないが、1つだけ確実に分かるものがある。


 …ユズは笑っている。楽しさや喜びからでるようなものではなく、獲物を見つけた獣のような獰猛な笑みを浮かべている。見なくても、それだけは感じ取ることが出来る。既に堪え切れないと言うようなことを雰囲気で語っている。


「サクラ姉ぇ。案内、頼めるかしら?」

「…わかったわ」


 サクラ姉ぇに案内を頼む。私に対して静かに頷くと立ちあがり部屋の扉を開け、ギルドに入った時に一番最初に来たロビーと思われる部屋に一旦戻り、入口正面に位置するカウンターにいるプレイヤー…とは雰囲気が違うので雇用したNPCだろう、と何かやり取りをしたあと戻ってくる。


 そのまま結構な数ある扉の左から2番目を空けると地下へと続く階段があった。サクラ姉ぇが迷うことなく降りて行くので私とユズも後に続く。やけに長い階段を下りている間も会話はせず、原理は分からないが《暗視》を使用せずとも足元が見えるくらいの明るさの中を乾いた足音が響くのみだ。


 階段を下りていくその先に一際明るい光が見え始めると、金属同士を打ち鳴らすような甲高い音が聞こえてくる。当然ながら他のプレイヤーが闘技場を使っているのだろう。


 階段が終え、光をくぐると闘技場の全貌が目に飛び込んでくる。円形の空間に外周には何メートルか昇ったところに観客席。コロッセオか何かを想起させるそれはまさに闘技場と言うにふさわしい。現在は2人のプレイヤーが使用中で順番待ちをしなければいけないとのこと。


 戦っているプレイヤーは2人とも剣を使っている。片方は茶髪の人族、もう片方は狼の耳を生やした獣人だ。早く終わらないだろうかと思う一方で、そのプレイヤー達の剣を扱いに目を引かれる。互いに一瞬の隙を探し、攻撃を防ぎ、受け流す。単純に思える動作の1つ1つに繊細さと技術の高さが見て取れる。また、アーツを使っているようには見えないのでPVPでアーツを無暗に使うことは命取りとなるのだろう。


 速度は獣人のプレイヤーが勝っているが、その連撃を人族のプレイヤーは最小限の動きで剣と、反対の手に持つ小盾で防ぐ。獣人のプレイヤーは盾を持っていないので攻撃重視なのだろう。数分同じような光景が続いていたが、最終的には盾で剣を弾かれた獣人のプレイヤーが両断されたことで決着がついた。


「…モミジ、対戦形式は?」


 サクラ姉ぇの言う試合形式と言うのは何をすれば勝ちなのかを決めるものだ。相手に一定回数攻撃を当てる、相手のHPを一定値まで減らす、相手にアーツを一定回数使わせたら勝利、など色々ある。


「どうせペナルティもないわけだし、デスマッチでいいわ」

「そう来なくっちゃ面白くないよね」


 デスマッチは相手のHPを0にしたら勝利の至ってシンプルなルールだ。またHPの自然回復は無い。PVPはこのルールで行われるのが基本だと聞く。また、HPが0になっても死に戻りもなく、デスペナルティも受けないらしい。だからこそのデスマッチだ。


「あ、お姉ちゃん。2本先取ね」

「わかったわ」


 2本先取と言うことは最大3回まで戦うことが出来ると言う訳だ。一応使用許可が下りているとは言えギルドからすれば部外者なので少し気まずいところがある。サクラ姉ぇが何も言わないなら良いと言うことなのだろうけれど。


 メニューを開いてPVPを選択し、ユズを対象に申し込む。対戦形式をデスマッチ、開始を10カウントに設定する。本来なら場所の設定も有るようだが、現在地が闘技場に設定されているからか自動的に場所が決定される。半径30メートルがPVPの範囲で他のプレイヤーは範囲内から出るように指示が出される。ちなみにこの戦闘範囲のことを決闘スペースと言うらしい。


 ユズはPVPをノータイムで承認し、獰猛な笑みを私に向けてくる。サクラ姉ぇは既に上の観客席に移動し終えていて私とユズに視線を向けている。決闘スペースを円形闘技場無い全域に設定したため他のプレイヤーも観客席に移りサクラ姉ぇの周りに集まって興味深そうにこちらを見ている。


 互いに5メートル以上の距離を取るとカウントダウンが始まる。現在は夜、つまり私は十全に力を発揮できることになるが、一筋縄ではいかないことくらい分かっている。カウントが残り5になったところでいつも使っている大剣を装備し、ユズも剣と盾を取り出す。大剣は下段に構え、防御をしやすいようにしておく。残りカウント、3…2…1……、0。


「えへへ…」

「な―――」


 戦闘開始の合図とほぼ同時に5メートルの距離は一瞬で詰められ、嬉しそうな笑い声が聞こえた時には振りあげられた剣が眼前へと迫っていた。まさに振り下ろされる瞬間だった。


 下段に構えていた大剣の柄を叩き剣を撃ちあげるように振りあげ、重量を利用して上空へと飛びそのまま《飛行》で滞空する。いかに身体能力に優れている獣人と言えど流石に異常ではないだろうか。さっきのプレイヤーでさえここまで早くは無かったはずだ。


 剣先が頬を掠めたらしく、若干のHPの減少とヒリヒリとした痛みがある。ユズは振りあげられた大剣を宙返りで回避し若干距離を取っている。表情は依然として楽しそうだ。


「ちぇ、避けられちゃった」

「こっちは驚いたわ」


 軽口をたたくユズに若干の憤りを覚える。こっちはあれでもぎりぎりだったと言うのに、余裕そうな表情をしているから余計にだ。慣れているのか、根っからの戦闘狂なのか。斬られても傷口からでる血を舐めとりそうな感じだ。


 飛んだは良いものの、素直に着地などさせてはくれないだろう。などと考えているうちに三日月形の剣戟が飛んできたので大剣を横に振って打ち払う。油断も隙も有ったもんじゃないとユズを見ると耳を揺らしながら鋭い目でこちらを見ている。兎どころか熊でも殺せそうな鋭い目をしているくせに口元が三日月を描いているのが我が妹ながら恐ろしいものだ。猫耳に尻尾付けて可愛げのある容姿をして置きながら中身は百獣の王すらも喰らいそうな獰猛な性格をしているとはね。


 いつまでも行動を起こさないのも面白くないので久々に《威圧》を起動する。プレイヤーに効果があるかは分からないが、私が行動を起こしたに気付いたユズが身構える。


「《月衝波》」


 さっきのお返しとばかりにアーツを放ち、ユズが回避行動を取った隙に着地する。レベルが上がってきたことで消費魔力が減ってきたとは言え常に消費し続ける《飛行》を使うのは避けたいところだ。


 アーツによって巻き起こった砂埃が晴れたが、ユズの姿が無い。同時に《警戒》を起動する。敵の位置を表す赤い点はしっかりと有るので思い浮かぶ事と言えば、上か。


 上から剣を突き出し落ちてくるユズの攻撃を防ぐために《シャドウシールド》を展開する。闇色の盾に金属がぶつかった音とともに舌打ちが聞こえるがそんなことは気にしていられない。盾は透明ではないため視界の妨げになるので、すぐに解除して距離を空ける。すると、丁度ユズが着地をするタイミングだったので弾速の速い《ダークパイル》を着地点に向けて撃つ。


「《シールドバッシュ》!」

「…」


 しかし、飛んでいった杭に盾のアーツをぶつけてその勢いで壁へと跳び、壁を足場に私の方へと突っ込んでくる。よくもまあそんな動きが出来るものだと思いながら、ユズの攻撃を防ぐ。足が地面に着いた後も私に向けて剣を振ってくるのでそれを何とか防ぎつつ次の対抗策を考える。


 ユズの片手剣と私の大剣では手数的に私の方が不利になっている。ステータスのおかげで防御が追いついてはいるが、かなり厳しい。技術的な面でユズに負けている以上長引くほど状況が悪い方向に転がるのは考えなくても分かる。


「《シールドチャージ》!」

「くぅ!?」


 振るわれる剣を防いでいると突然の盾を正面に構えての突撃に対応できず吹き飛ばされる。体勢を立て直し大剣を構えるとユズが走って距離を詰めてくる。魔術を牽制代わりに撃つが全て剣で弾かれる。


「《ダークパイル・サークル》!」


 それならば接近を許さなければいいと思い、範囲攻撃で防ごうとする。魔術の発動と同時に足元に広がった魔法陣から無数の杭が突き出てくるが、それさえも剣の腹を地面に向けることで防ぎその勢いで上へと跳び、上空からこちらを狙ってくる。さっきと全く同じ方法で攻めてきているが、有効な手が無いのもまた事実だ。


「《クエイク》」

「くっ…」


 上から来るユズに気を取られて地面から襲い来る魔術に反応が遅れる。無理なバックステップで回避すると、自らの魔術で出てきた先端の尖った土の柱の側面を足場にユズが跳びかかってくる。完全にデジャヴだ。


「《ハイスラッシュ》!」

「《ライトニングブレイド》」


 アーツを使って迎撃を試みるが、ユズもアーツを使ってそれを防ぐ。決定打をぶつけるどころかダメージを与えることすらできていない。まだユズのHPは全く減っていないのに対し、私のHPは若干ではあるが削られている。


 勝ち筋が見えない。諦めたわけではないが、ユズの方が圧倒的に優れているのを認めざるを得ない。自分が劣っていると明確に感じるのはいつ以来だろうか。そして、以前同じような状況になった時、どうやって切り抜けただろうか。


「もうおしまい?降参しても良いんだよ?」


 私にそう告げる目はPVPが始まる前とは違い、失望感が浮かんでいる。確かに相手から挑んできたにも関わらず、その相手が弱ければ失望したくもなるだろう。


「…まだ切り札はあるわ」


 しかし、尻尾を揺らし詰らなさそうに言うユズに口角をあげて返答する。何も正面から立ち向かう必要などないのだ。それに、私がユズよりも劣っているのは今のところ技術面だけだ。出来るのにやっていないことなど山のように、と言うほどではないが結構な数がある。悲観的になるのが早すぎた。


「ふーん、じゃあ早速やって見せてよ!」


 余裕そうな表情を崩さずにユズが正面から向かってくる。開始時のように一瞬で距離を詰めるようなことはしてこないが、それでもかなり早いと思う。私はそんなユズに向けて左手に持つ大剣を全力で投げる。


 流石にこれは予想外だったのか、派手に回避行動を取ったのでそこを目掛けて前方に跳ぶように駆けだし、そのままの勢いで蹴りを放つ。大剣の重量が無い分動きは格段に速い。そのまま蹴りは吸い込まれるようにユズに当たり、真っ直ぐに吹き飛ばされていく。


「これで互いに一発ね」


 漸く一撃を入れることが出来たことに多少安堵し、大剣の方に向け歩いていく。投げた後は勢いを失い落下したのか1本の溝を刻んだ先で地面に突き刺さりその場に鎮座している。


「減らされた、HPが全然違うけど、ね」


 砂埃をあげる壁から出てきたユズは背中を擦りながら言葉を返してくる。HPは2割ほど吹き飛んでいるが意外と余裕そうだ。ユズにかわされて地面に刺さったままの大剣を取り、鎧に付いた砂を払うユズに向けて構える。


 ユズが剣を構えなおすのを待つ。手加減とかそういうのではなく、ユズの次の行動に備えるためだ。少ししてユズが剣を構えると上段に振りあげ、アーツ名を叫ぶと共に振り下ろす。


「《クレセントセイバー》!」


 飛んでくる三日月形の剣戟。戦闘開始からそう経たないうちにも飛んできた攻撃を左に半歩ほど移動することで回避し、アーツを放ったユズの動きを追う。壁を走ると言う非現実的なことをしながら距離を詰めてくるユズを待つまでもなく《飛行》を使い上空に移動し、MP消費の少ない《ダークニードル》をばら撒く。


 自分に当たる軌道を描いている物だけを弾き時折三日月の刃を飛ばしてくるユズを見下ろしながらそろそろ仕掛けるべきかと考える。戦闘が長引けばユズなら私の行動を読むこともしてくるだろうから出来れば早急に勝負を決めたいのだ。しかし、勝負を決める時と言うのは必ず賭けと大きな隙が出来る。


「《エリア・ダークネス》」


 レイドボスの時は使わなかった《魔術・結界》の新しい魔術を使用する。正直に言って使い方などは微塵も知らないのでぶっつけ本番と言う奴だ。だが、予想に反して効果は出たらしくユズを中心にドーム状に出現した魔法陣が闇色の霧のようなものを吹き出して爆発する。


 同時に体が浮力を失って落下を始めたので何事かと思えばどうやらMPが尽きたらしい。確かに常に《威圧》を起動させていた上に《飛行》まで使用し、上空に飛んだあとに1番弱いものとは言え魔術をばら撒けばMPも尽きるだろう。


 焦っている暇もないので無様に地面に背中から突っ込んだあと急いで立ち上がり未だに晴れない闇色の霧の方を見る。少しすると霧が晴れ、HPが残り3割ほどになったユズが剣と盾を持つ手をぶら下げているようにしてその場に立っているのが確認できた。


「…それが切り札かな、お姉ちゃん」

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわね」


 ユズが抑揚のない声で私に聞いてくる。意図してやったわけでなく、賭けとして行った結果なので切り札と言うのは少し厳しい。私の返答を聞いたユズはこちらにゆっくりと振り返り剣と盾を正面に構える。姿勢を低く、陸上のクラウチングスタートにも似た体勢からは一体どれほどの加速が成されるのか。


 私が警戒心高く動けずにいると一瞬ユズの姿がぶれ周囲に響く重々しい音とともに姿が消える。戦闘開始直後に見せたあの加速と同じものだろうか。相手の姿が見えないなら、まずは自分の周囲の安全を確保するべきだと判断し、大剣を自分の体を軸に1回転して振りまわした直後に跳ぶ。


 先ほどまでの戦闘時にもここまでのスピードは出ていなかったことからアーツか何かかとも思ったが、アーツ名を口にした様子もなかったのでそれも少し考えづらい。これがユズの切り札、奥の手なのかもしれない。体が落下し始めるといつの間にか姿を現していたユズが不満げな顔で私の方を見ている。


「なんで避けるのさ」

「危なそうだったから」


 地面が近づいてきた私に剣を振りながらユズが不満を隠さない声で言う。誰だって攻撃されれば反撃するだろうし、物をなくせば探すだろう。似たようなことだと思う。


「でも1つだけ分かったことがあるよ。もうMPないでしょ?」

「どうかしらね」


 余裕を装い軽く返すが、確信しているだろう。アーツ使用にもMPは必要なのでここからは本当に技術が問われてくる。大剣を左手だけでなく両手で握り直し正面に構える。HPと違ってMPはPVPでも微量ながら自然回復をするようで、時間さえ稼げればユズのHPを削りきれるかもしれない。などと考えているうちにユズが駆けだしてくる。私がMP切れと言うことで一気に押し返すつもりだろう。ユズが今の私と同じ状態だったら同じことをするだろう。


 下段から振りあげられる剣を体をのけぞらせることで回避し、左足を軸に後ろ回し蹴りを放つ。盾で防がれるがバックステップで2歩分くらいの距離をあけ、大剣を突き出しながら距離を詰める。ユズが私の剣に自身の剣を這わせ受け流し、そのまま横薙ぎに剣を振ってくる。


 それを頭を下げて避け、そのままの体勢でユズに体当たりをする。ユズがバランスを崩したので左足を軸に一回転で斬りはらう。鎧のおかげか、アーツと違い威力が無いからか、それともユズが上手くダメージを逃がしたのか。大してHPが減ったようには見えなかった。


 しかし、ユズは剣の勢いに吹き飛ばされ2、3回ほど後方に転がったあたりで停止。後頭部を擦りながら起き上がり剣を構える。ユズとの距離が広がったことで一呼吸挟む余裕ができたので良しとする。しかし、油断をすればすぐにでもユズのペースに乗せられかねないので大剣の柄を握り直し気を引き締める。


「《フレア》!」


 ユズの使用した魔術の予兆を見て大剣を盾にするように正面に構える。火属性特有の爆炎が大剣の横から吹きぬけてくるが、ダメージにはならない。爆炎の残滓を振り払うとユズが近くまで接近してきていた。


「《シールドチャージ》」


 そのまま盾を正面に構えての突進技が来るが、振り払ったばかりの剣を切り返すのは難しそうだったので正面に向けて蹴りを放つ。俗に言うケンカキックと言うものだ。足が盾を捉え鈍い音を立てた後拮抗状態が続く。


「ぬぐぐぐぐ……」

「くっ…」


 アーツの効果が切れても無理矢理押し込もうとするユズを押し返そうと足に力を込めるが、互いに動きそうもない。すると、ユズが体を逸らし私の横を抜けて行く。足に力を入れたままだった私はそのまま地面を踏み抜く。靴の形に数センチくぼんでいるが気にしない。


「アーツを蹴りで抑え込むって、どんな馬鹿力してるのさ」

「さあね、壁を足場にしたりするような貴女には言われたくないわ」


 私のやったことにユズが呆れているようだが壁などを散々足場にして飛びかかって来る出鱈目な動きに比べればマシなものだと思いたい。…でも地面を陥没させたことを考えると否定しきれないのが痛い。


 後ろに居るユズへと振り向き、息を吐く。ステータス上、肉体的な疲れは無いがこれだけの時間戦闘を続けることはほとんどないのでやはり疲れてくる。若干体のだるさが気になってきた。だが、そろそろユズもMPの消費が無視できないはず。そのはずなのだが、依然として余裕そうに構えるユズは何処か不気味さえ感じさせる。


 MPはアーツ初期アーツ1発くらいには回復をしてくれている。これをどこで使うかが勝敗を分けるだろう。しかし、大剣のアーツは出が遅いものが多くユズを捉えるにはただアーツを放つだけでは厳しい。つまり、そろそろ勝負を決める為には本当の切り札を切るときだろう。


「………?」


 ユズに接近するために踏み出そうとした足が、重い。少なくとも明確な違和感を覚えるほどに。


「やっと効いてきたのかな?」

「…どういうこと?」


 耳と尻尾を揺らしながら笑みを崩さないユズに対する私の問いに、ユズは目を細める。その途端に笑顔の印象が楽しさから来るものから、一気に邪悪なものに変わったような錯覚を受ける。


「えへへ、ちょっと麻痺毒をね」


 麻痺を引き起こす道具など、今のところ耳に挟んだことは無い。持っているにしてもイベントの時に痺れ草の毒の抽出をした私や、私と同じようなことをしたプレイヤー位しか居ないはず。それに、いつの間に毒を盛られたのか。


「何考えてるか分かるよ。だってお姉ちゃんだもん。麻痺を起したのはイベントの時の報酬アイテムの効果で、いつ盛ったかって言うと、一番最初。お姉ちゃん頬っぺたに私の剣掠ったでしょ?」

「そんな…」


 一番最初、ユズに接近されたときに出来た頬の傷に思わず手を当てる。それと同時に膝が力を失い、崩れる。楽しそうに笑うユズはゆっくりと近づいてきている。まさかユズにここまでしてやられるとは。


 だんだんと近付いてくるユズに痺れが回り動かすのが億劫になりつつある腕を上げ、手のひらを向ける。ユズはそれを見て意外そうな顔をする。


「…魔術かな?もう撃てるようになるまでMPが回復したんだ。でも、そんな風に構えられたら防ぐのって簡単だよね」


 ついに私の目の前まで来たユズはそんなことを言いつつ立ち止まる。久々に苛立つほどの上から目線だ。私の状態がこんなでなければとっくに殴りかかっているかもしれない。


「すっごく楽しかったよ、お姉ちゃん」

「そう、残念ね」

「うん。ちょっと残念かな。だってこんなに楽しい時間が終わっちゃうんだもん」

「本当に残念ね。だって貴女、最後の最後で油断しているのだもの」

「えっ―――わわっ!?」


 剣を振り上げ、少し残念そうにするユズを前に突き出していた手を握り、渾身の力で引っ張る。同時にユズの体が宙づりになり、突如銀色の糸がユズの足に巻きついているのが見えるようになる。


「な、何これ!?」

不可視の鋼線インビジブル・ワイヤー。チェックメイトね。《横薙ぎ》!」


 一文字の剣戟と共にユズのHPは0になり、PVPが終了した。

姉妹対決の回でした。長い上にあまり得意ではない戦闘シーンでしたが、面白かったと言ってもらえれば幸いです。次回はサクラさんからありがたいお言葉を頂く回になりそうです。




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