第39輪
「皆離れ始めたわね。そろそろ何かしようかしら」
数分何が出来るのかを考えながらボスの足元に群がっていたプレイヤーを観察していると、ボスが立ちあがり始めるのと同時にプレイヤーが離れ始める。
そういえばボスを攻撃するように言っておいた魔物達が居なくなっている。効果が切れて野生に戻ったのだろうか。ボスにやられてしまった可能性もある。体が大きければ大きいほど脅威になるだろうから逃げていてもおかしくは無い。あんな巨体に踏みつぶされたらそれだけでやられてしまうだろう。居なくなったならいつまでも気にせず次に出来ることを考えるべきだ。
何をしようかと色々考えているうちにボスが完全に立ちあがる。そして、顔らしきものをこちらに向け、腕を振るって攻撃してくる。そこまで速さがあると言う訳ではないがその大きさのせいで実際に振っている速さよりも数倍速く見える。とりあえずその攻撃を回避して攻撃の届かない場所へ移動する。
「さっきの攻撃で完全に狙われたみたいね。そうなると迂闊には近づけそうにないわね…」
近接攻撃は迎撃される可能性があるから少し怖い。となるとさっきも使った魔術を使うべきなのだろう。威力が低めだからそこまでダメージに期待はしていないけど、これはレベルを上げるチャンスかもしれない。そう考えると目の前の巨大な人型をした魔物が良い的に見えてくる。
ならば、と使うなら出来るだけレベルの上昇が早いであろう高レベル習得のものが望ましい。そう思ってステータスをじっくりと見て行く。自分のステータスを見て行くと《魔術・闇》がレベル15を越え、《魔術・結界》もレベル10を越えたようで使えるものが増えていた。《魔術・闇》は《ダークネスシールド》。名前からして防御用の魔法だろう。これは使えそうな時に積極的に使ってみよう。《魔術・結界》はレベル5で《エリア》、レベル10で《フィールド》が増えていたが結界系の魔術は色々と検証をしないと使えそうにないのでこちらは置いておく。
攻撃系の魔術が増えていなかったため、攻撃は引き続き《ダークボール・サークル》でやることにする。防御は《見切り》スキルのおかげで回避が間に合うので余り使うことは無いだろう。
とりあえず、攻撃の当たらない私に向かって無駄に拳のようなものを振っているボスにかまってあげましょうか。
「《ダークボール・サークル》!さて、一体どこまで持つかしら?」
発動する数を2つにし、私の近くから離れないようにしておく。これで避けながら継続的な攻撃が出来るはずだ。1回の発動につき魔法陣の持続時間は10秒程度。この時間が伸びるかどうかは知らないが、持続時間を過ぎたら再使用すればいい。
近づかなければ魔術が当たる前に消滅してしまうので接近。ここぞとばかりに私に向かって拳のようなものを振るってくるが、振るわれた拳の周りをらせん状に回るように回避しながら腕に魔法陣から放たれる魔術をぶつける。回避の仕方に深い意味は無い。
腕を振り上げるように私を攻撃してくるが、腕を足場にして回避、この間に一旦発動時間を過ぎた魔法を再発動。
それにしても、さっきからずっと《飛行》を使っている上、魔術まで使っているのにMPが減っているように見えない。回復速度の方が上回っているのだろうか。どちらにせよ、減らないならそれだけ使わせてもらうだけだ。
『オオオォォォ…』
驚いたことにボスが頭部と思われる箇所の人であれば口があるあたりにぽっかりと穴をあけ、そこから地の底から響くような声のようなものを発する。空気を振動させるほどの低く重々しい音が辺りに響く。
「…あれは、魔法陣?」
余りにもうるさいので耳を塞いでいたが、ボスの方を見ると私の方を向いた巨体に見合っただけの巨大な魔法陣が浮いているのを発見する。口のようなものが出来たことで魔術まで使ってくるようになったのだろうか。
「くっ…」
私の使う魔術と同じ、恐らく《ダークボール》であろうものが飛んでくる。もちろんこれも巨大だ。私の現在の身長の数倍は軽くあるだろう。それを済んでのところで回避するが、着ているドレスに掠ったようで末端が煙を上げている。高かったのに。修繕出来るかしら。
「大分厄介になって来たわね…」
どうやら休んでいる隙はなさそうだ。魔術を使うようになってから連射するように《ダークボール》らしきものを放ってくる。離れれば何とかなる近接攻撃はまだしも、魔術まで使われると攻撃する隙が見つけづらい。ついでにボスに向かって飛んでいく私の魔術はボスの《ダークボール》で全て打ち消されてしまう。
少しの間回避に専念する必要がありそうなので、それを伝えるべくボイスチャットを呼び出し、ユージにつなぐ。コールしてから10秒もしないうちにユージの声が聞こえてくる。
「どうした、急に繋いできて」
「悪いんだけど、暫く攻撃できそうにないから、攻撃は頼んだわ」
ボイスチャットを繋ぎながらもボスからは目を離さない。近接攻撃の届かない範囲だと分かったのか魔術を連発してきて、目を離したら致命傷となりそうな一撃を貰いそうになるからだ。
「どういうことだ?」
「さっきのボスのうなり声聞いたでしょう?あれの後からボスが魔術使うようになってきて、こっちの攻撃が打ち消されるし、接近も出来そうにないから近接攻撃もできないのよ。だから、気は引き付けておいてあげるから、その間に攻撃して頂戴」
「なるほどな、周りのプレイヤーにも伝えていいんだよな?」
出来るだけ早口で、それでも聞きとりやすいようにユージの疑問に答え、私のしてほしいことを伝える。魔術を避けているうちに近接攻撃の射程内に入っていたらしく、拳が私の横をかすめて行くのが目に入った。
「ええ。話していると少し危ないから切らせてもらうわ」
「ああ」
これ以上離しているのは危険だと感じ、ほぼ一方的に切らせてもらったがこういうときにしつこく聞いてこないユージはなかなか好感が持てる。飛んでくる拳を後方に飛ぶことで回避し、そのままの勢いで距離を取る。
「さて、少し被弾覚悟で行かないと駄目かしらね」
足元で多数のプレイヤーに攻撃されているにも関わらず、私の方を攻撃してくるボスを見据える。足元のプレイヤー達より、ボスの肩を抉った私の一撃を警戒しているのか、プレイヤー達は脅威となりえないのかどうかは分からないが、どちらにせよ足元注意という言葉が似合いそうね。
「《ダークボール・サークル》、《シャドウ・ソルジャー》、《リベリオン》」
エンチャントを施した兵士を10体、《ダークボール・サークル》を20発動し、接近する。兵士は足元のプレイヤーに加勢させる。《シャドウ・ソルジャー》の維持時間がどの程度なのかは分からないが、恐らく兵士たちの攻撃でも私に注意が向くだろう。
「《月衝波》!」
私が魔術を唱えている間に飛んできた巨大な闇色の球に三日月の形をした斬撃をぶつけ、叩き斬る。避けることはできそうになかったので少しでも威力を削いでから新しく習得した魔術で防御しようと思ったのだが、斬れるとは思わなかった。
「ちっ…」
ボスの魔術が眼隠しとなって対処の間に合いそうに無かった拳に大剣をぶつけて弾かれるように上に飛ぶ。何とか逃れたと思ったら狙い澄ましたように飛んでくる魔術に思わず舌打ちが漏れる。私の魔術をぶつけることで飛んでくる勢いを弱めることが出来ているのは見て分かるが、威力まで弱くなっているのかは分からない。
「《シャドウシールド・サークル》!」
さっき確認して習得していたことに気がついた防御魔術を発動する。《サークル》の効果で出現する魔法陣が真っ黒な鱗のようなもので覆われ、《多重発動》の効果でそれが五重に重なる。恐らく《シャドウシールド》自体は魔法陣を覆っている鱗が人1人覆えるくらいの大きさで、単体で出現するのだろう。
出現した盾に巨大な闇色の球がぶつかり、軋むような音とともに最初の1枚が押されているのが分かる。
「くぅ…っ」
ガラスが割れるような音とともに最初の1枚が砕かれる。続いて2枚目にぶつかる音が聞こえる。このままだと全て砕かれるだろう。そう思った瞬間、魔術の後ろから飛んできた拳によって一瞬で全ての盾が壊される。
「きゃあぁっ!!」
巨大な拳はそのまま私の全身を殴打し、吹き飛ばす。後方に8回転ほどして何とか体勢を立て直すが結構痛い。ダメージをあたえるごとに強くなっているようだ。
飛んでくる魔術を避けつつ、再び距離を詰めながら《ダークボール・サークル》を使用する。数は5つで円環を描いた並びで2つ、計10の魔法陣を展開する。避けることに専念して、隙間が見えればその隙間に魔法陣を向ける。一応あたっているようなので継続してその方法のまま距離を詰める。
「!…っ痛」
魔術や拳を避けることに専念していると後ろから何かに殴打される。それが何かを確認すると鞭のようなものが私の後ろに振るわれたような状態で佇んているのが目に入った。出所を見るためにその先を目で追っていくとボスの背中から出ているのに気がついた。その数6本。命中精度の上がってきた魔術と両の拳の他に避けるものが6つも増えたことに焦りを隠せないが、戸惑っている暇は無いだろう。
「ふー…、《ダークボール・サークル》」
1つ息をつき、持続時間の過ぎた魔術を再発動し、再び接近する。幸い、拳より鞭のようなものはダメージも当たった時の吹き飛びも無いので大した問題は無い。ここまで来ると多少の賭けに出る必要があるだろう。飛行の軌道を出鱈目にし、標準を合わさせない。魔術も出鱈目な方向に飛んでいくが、効果が切れれば再発動するのを忘れない。そして、距離を詰めたら大剣のアーツを叩き込む。
「《ハイスラッシュ》!《クロススラッシュ》!」
ボスの腕に3本の傷を刻み、剣を振り終わったら即座に別方向に飛び、飛んでくる鞭と拳を避ける。私の飛行の軌道を読んで放たれた魔術にぶつかる前に剣を振って遠心力で無理矢理進路を変え、そのままの勢いで胴体に突っ込む。
「《グラビドンクラッシュ》!!」
いつも上空からの降下から使っていた《グラビドンクラッシュ》だが、発動に条件があるわけではない。ただ単に、そうしたほうがダメージが大きいからそうしていただけで地上でも使うことはできる。もちろんダメージは少ないが。
「《ダークニードル・サークル》!」
《グラビドンクラッシュ》で距離を詰めたので単体の《ダークニードル・サークル》をボスの体に設置し、発動する。
「《横薙ぎ》っ!《ダークシールド》…、はぁっ!」
設置した魔法陣から針が飛びだし、突き刺さるのが視界に入るのと同時にその場を飛び去り、飛んでくる6本の鞭を3本はアーツで弾き、1本を防御魔術で防ぎ、2本を大剣を盾にして防ぐ。しかし、大剣を盾にした時にぶつかった鞭の勢いで真上に吹き飛ばされる。鞭の先端の速度は本来ならマッハを越える上、その衝撃をまともに受ければ吹き飛ばされるのは当然の事だろう。これだけ酷使しても傷すら入らない大剣にはすこし疑問を抱かざるを得ないが。
しかし、距離が開いたのは好都合だ。たった今視界の視界の端に《魔術・闇》のレベルが20になり、新しい魔術、《ダークパイル》を習得したと表示されたのだ。これが決着をつけるための鍵になってくれるだろう。
次かその次辺りで決着と事後処理にしたいところですね。すこしでもいいものが書けるように頑張らせていただきます。




