第37輪
「な、なんだ!?」
「うおぉ!?」
「なんやなんや、何事やーっ!」
森の周りの葬式ムードとは違い、ボスの近くはまだ戦闘が続いている。そんな中突然地震に襲われ近くのプレイヤーが悲鳴を上げる。揺れに耐えられなかったのか、ユカが転がってくるのを受け止める。
「た、助かったで…、って前、前ぇっ!」
「こんなに揺れてんのに何でこいつら平然と走れるんだよ!」
「ん、大丈夫」
人が軽く転がるほどの揺れだと言うのにスピードを緩めることなく奔ってくる魔物たちに悪態をつく。ボスが居る側は何か盛り上がってるし、何が起きてるのか分からない。
一瞬武器を落としてしまっている両腕で顔を覆うが、大丈夫だと言う声に守ろうと必死に上げた腕を降ろす。
「ユージさん、あれ」
「ユミ、いつの間に…」
いつの間にか俺の近くに立っていたユミが先に森を飛び出し始めた魔物を指差す。何か有るのかと思いそちらを向く。
「プレイヤーに襲いかからない…?」
「自分にもそう見えてるから、幻覚ってわけでもなさそうやな…」
「ん、私も」
そんなことを呟きあっているうちにも森の中から魔物が走り抜けて行き、俺達を素通りしてその先へと走って行く。その方向にはボスしか居ないはずだが…。そう思って特に深く観察するわけでもなく、1匹の魔物の後を目で追っていく。
「!?、うわっ!」
「転がりたくないから掴まらせて貰うでー」
「ん、私も」
「俺は柱じゃない!周りのプレイヤー達もそんな目で見るな!」
魔物を事を目で追っていると2回目の大きな揺れが辺りを襲う。それと共にユカとユミの2人がしゃがんだままの俺にしがみついてくる。そして今の俺を恨めしそうな目で見るプレイヤーの視線が痛い。
「まあ、掴まるのは良いとしておいて置こう」
「言質とったで」
「おいて置こうな?それで、揺れが来る一瞬前にボスが何か変形した気がするんだ」
「…?」
まあ、俺もこんなことを言ったところで理解してもらえるとは思っていない。変形したように見えたのは数秒だったし、揺れに気を取られて下を向けば見逃すのも納得できる。しかし、あの瞬間のボスは変形したとしか言うしかないだろう。
「ボスの方をもう少し見てればもう1回来るかもしれないから、ボスに注目してみろ」
「はいな」
「うん」
2人の視線をボスへと促す。もしも本当にへこんだりしているのなら、先ほどから降って来ない魔物にも納得がいく。相変わらずボスに向かって行った魔物の説明はつかないが。
「うおぉ!」
「見えたで!」
「私も」
3回目の揺れに襲われる。どうやら2人ともボスが変形したところを見れたようだ。
「なんか凹の字みたいになったで」
ユカが杖を使って地面に文字を書きながら説明する。こんなことに使っていいのかとも思ったが、まあ問題は無いのだろう。
「それにしても何が起きているのやら…」
「あ、ユズちゃん来おったで」
「ユージさんさっきぶり!」
「ユズちゃん、無事だったか。他のみんなも揃って…」
魔物が出てこなくなったせいなのか、俺達だけでなくそこらでパーティで集まり始めているのが目に入る。重戦士のプレイヤーも下がってきているようだ。恐らく揺れが激しくて揺れの発生場所になっていそうなボスのいる場所から離れてきたのだろう。
「おーい、ユージ!」
「結構離れたところに居たのね」
「ああ、セイヤ。ミオも来たか。そっちは何か有ったか?」
数十分ぶりに集まった皆の顔を見ていると、セイヤとミオも合流する。セイヤは攻撃力が高いから前線に行っていただろうと思い、情報交換を兼ねて質問する。
「前線で見てたから分かるが、後ろから来た魔物が真っ黒な奴らを攻撃し始めてな、黒いの倒したら今度はボスに攻撃を始めたんだ」
「まあ、プレイヤーを無視していくならそう何だろうと予想はしてたな。でこっちだが、揺れが起こる直前にボスが変形するのを確認してる。…変形と言うよりは何かに一部分を叩きつぶされているような感じもするな」
セイヤからは聞かされたことは一応予想していたことなので、特に驚くようなことは無い。それを聞いた後に、さっき見たことを踏まえて俺の感じたことを皆に話してみる。
「あの大型のボスを一時的にそこまで変形させるほどの一撃を放つことのできる人、ですか」
「そんな攻撃が出来るなら初めからやってくれって感じだな」
セリカが一言呟きながら考えるしぐさをする。それにセイヤが反応して、尤もらしいことを言うが、その言葉を聞いた途端に頭の片隅に何かが引っかかる感覚がした。
「限定的な時間でしか使えないからここぞと言うときに取っておいたんじゃないの?」
「ここぞと言うときに使うにしてはえらく長続きしてる気がするわね」
限定的な時間…、強力な力、なんだか、何かを忘れてる気がしてきたぞ。必死になって忘れてたけど、ここ最近は何かちっこいのが俺の近くに居たな。
「夜になった時のモミっちは強いわよねぇ~」
「あ、それだ!モミジの事すっかり忘れてた!」
「「「えー!!」」」
俺の言葉に全員が驚く。カリナが言ったから思い出したが、ここに来る前にモミジが寝たから置いてきたのをすっかり忘れていた。多分色々大変だった戦闘のせいだな。
「あれだけ仲良さそうにしておいて忘れるユージはどうかしてるわ」
「さすがにそれはない…」
大きな叫び声を上げた後、ミオが呆れた顔と声で言い放ち、ユミが不満そうな顔で言う。
「昔から1つの事に集中すると周りが見えてないって良くモミジに言われたなぁ…」
「似たようなこと色々言われてるんやないか?」
「私が覚えてる中で1番古いのは私が4歳の時だったかな?」
「良く覚えてるな、ユズちゃん」
「褒めているのか分からないけど、何か複雑な気持ち」
前から色々と指摘してくるなとは思っていたが、そんな昔から言われていたとは思わなかったな。大体10年前くらいからか?
「魔物の第3波来たぞーっ!」
「お、漸くか」
「俺とセイヤとユズちゃんは前、セリカを覗く他の皆は後ろ!セリカは隙をついて攻撃してくれ」
「はーい」
「こういうときの切り替えは良いんだけどね、人の事を忘れるのは如何なものかと」
「愚痴なら後で聞くから」
「はいはい」
俺が指示を出すと多少の愚痴を言いながらも皆指示した通りに動いてくれる。呆れられただけで嫌われたわけではないようだ。
『ガァァァアアアアアアアア!!』
「予想はしてたが大型の魔物だよな」
降って来たのは熊。形としてはフィールドボスとして出てきた《グレイベア》と変わりは無いだろう。俺が《グレイベア》を倒した時はセイヤとミオと一緒だったな。今はそれよりも人数が多いから何とかなるはず。
『グウウゥ…』
『ガアアァ…』
『グルルルル…』
『ウウゥ…』
敵の数が1匹だったらな。なんて思っても仕方ないよな。5匹居るなら5匹とも何とかしないと駄目なんだろう。
「ユージさん」
「分かってる」
敵の多さに少し気が引けていたが、ユズちゃんの声で現実に引き戻される。
「「《クレセントセイバー》!!」」
2人共使える中で一番威力の高いアーツを使用する。その理由は、まだ確かなことではないとのことだが、同じアーツを他人と一緒に使うと連鎖が発生して威力が高くなるらしい。それを信じての事だ。
『ガアアアァァァ!』
「あんまり効いてなさそうだな…」
「うおおお、《ハートブレイク》!」
俺とユズちゃんがアーツを撃ち終わった後の若干の硬直時間をカバーするようにセイヤがアーツを使用する。これも余り効いてなさそうだ。
「ほな、いくで!《ファイアジャベリン》!」
『グオオオォォォッ!』
「魔術は効くみたいですね…」
「ユミは魔術を温存して!私が代わりにやるわ」
「わかった」
「《シューティングレイ》!」
ユカの放った魔法を喰らった熊が叫ぶような雄たけびを上げたことから魔術等の魔法攻撃は効くようだ。それを見たユミが行動を起こそうとするが、ミオがそれを制し代わりに魔術を使う。
どちらもそれなりに威力は高いはずだが、まだ1匹も倒せていない。魔術の痕が残る熊が何とか明確なダメージを負っているのが分かる程度で、それでもまだ普通に動けそうだ。
「攻撃来るぞ!正面は俺が、左右はユズちゃんとセイヤが頼む!他は避けてくれ!」
「了解!」
熊が姿勢を低くして一歩引いたのを見てすぐに指示を出す。俺含む前衛の3人はそれで攻撃を受け流す体勢に入り、後衛の皆には回避に専念するように伝えた。
「うおぉ、速っ…!」
飛びかかってくるときのスピードが予想以上に速く、受け流しきれないと思い、その鋭利な両手の爪を受け止めた時、後ろから熊がもう1匹俺に向かって爪を振り下ろしてくるのが目に入る。
「クソッ…!」
今受け止めている爪を体ごとひねって無理矢理流し、迫ってくる爪でのダメージをどうにか軽減しようと体をそらそうと必死になった瞬間、
『ガァッ…!?』
『ギピィッ』
『ゴァアッ』
『グオオォア!?』
『グウ…ゥ…』
どこからか降って来た、俺のよく知るアイツを全身濃い紫色にしたような5体の影が俺達を襲っていた熊を一瞬で切り裂いてしまった。
「こんなの相手にいつまで時間を無駄にしているのかしら?」
「な…、はぁ…?」
「お、お姉ちゃん…?」
熊の後ろから姿を現したのは、ゲームの中でちんちくりんになった姿ではなく、リアルと同じ身長と体格をしたモミジの姿だった。
読んでくださっている皆様、お気に入りしてくださっている皆様、ありがとうございます。気がつかぬうちに35万PVを超えていたので驚きました。これも皆様の応援のおかげです。
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