第36輪
カースモンスター達が居なくなってから10分ほど。いまだに戦場は困惑の雰囲気に包まれたままではあるのものの、対処する魔物がボス1匹になったことで、傷ついたタンカーや近接戦闘を主にするプレイヤーは一旦下がる余裕が出来た。
今、戦場には魔術が生み出す爆音や武器による攻撃やアーツの音が聞こえるだけだ。比率として魔術の音の方が大きいのは攻撃できる部位、つまり触手が無くなってきているからだろう。流石に水の上に立って戦うのは不可能で、潜って接近戦をするような迂闊な真似はできないだろう。
「さっきと比べると大分楽だな」
「ああ、かと言って気を抜くわけにはいかないが」
俺の零した独り言にさっきまで奮戦してくれていたタンカーの人が言葉を返してくる。恐らく俺が気を抜いてしまっているように見えたのかもしれない。
「こっち方面の触手は無くなったみたいだな、向こうに回ってくる」
「了解」
俺のいる付近に来る触手が無くなったのを確認して、周りのプレイヤーに自分のすることを報告してから移動を始める。湖の外周は大きいのか小さいのか良くわからない微妙な距離で移動に若干時間がかかる程度だ。
「あ、ユージさん」
「おっす、ユズちゃん。捗ってるか?」
「ん~、あんまり…」
見た目最も触手の多そうな場所に行くとユズちゃんが居た。となると近くに他の4人も居そうだ。
「まあ、出来るだけ手伝うよ」
「はーい」
話しをしている間に飛んできた触手を受け流しながら軽い返事を返すユズちゃんに若干頬をひきつらせながら俺もボスの方を見る。すると、丁度そのタイミングで今ユズちゃんが受け流したばかりの触手に魔術が殺到し、千切れ飛ぶ。
触手は2、3回跳ねると動きを止めて霧散していく。今のところプレイヤーに影響は無いみたいだが、この先どうなるか。少なくとも魔物に影響は有ったのだからそれだけでも警戒はするべきだ。
「触手残り1本だ!」
どこに居るのかは分からないが、プレイヤーが突然大声を出してそれを伝えてくる。触手を全て切り落としたら第2形態になりそうだな…。
同じことを周りのプレイヤーも考えているのか、皆それぞれ距離を取り始める。やはりこういうボスには複数の段階があるのは皆の共通見解らしい。安直と言うべきか、何と言うか。
「切れたぞ!」
流石に早いな。全プレイヤーが1本の触手を攻撃していたわけではないが、攻撃が集中すると処理速度は格段に上がる。さて、そんなことは置いておいて、どうなるか。
最後の触手が切れたのを皮切りに、ボスがサイズを縮め自信を黒い霧で覆って行く。出来ればこういうときにもダメージを稼ぎたいが、変身中に何か余計なことをすると悪い結果が待っているのが何となく分かっているので、手は出さない。
そのまま数分が経過すると、大きな袋のような形に変形したボスの姿が現れる。縦が小さくなった分、横に広がり、本体の端っこが湖の範囲から乗り出してきている。これなら近距離のプレイヤーでも直接攻撃が出来そうだ。
「待て、まだ突っ込むな、何か仕掛けてくる!」
俺と他十数名のプレイヤーが接近しようとしたときに離れたところから見ていたプレイヤーが声を上げる。大きいせいで分からなかったが、確かに良く見ると何かしようとしているのが分かる。ぐっと体を縮めて力を込める姿はまるでこれからジャンプをする子供のようだ。
「気をつけろ、何か撃って来た!」
どこから見ればそんな詳細な情報が得られるんだとかそういうのは気にしないでおこう。力を込めたと思ったら、火山の噴火か何かのように上空に何かを発射したように見えた。実際何かを撃ったと言っているのだからそうなのだろう。
そして、落ちてくるそれに目を凝らすと振ってきているのは魔物だった。流石に熊のような大型のものは見えないが振ってきているのが全て魔物だとすれば数の面で脅威になる。しかも、たった今大量の魔物を放出したばかりだと言うのにもう次の発射態勢に入っている。
「軽戦士や動きの速い奴は周りの魔物の相手をしてくれ!タンカーは魔術師のカバー、重戦士などの動きの遅く一撃の重い奴はボス本体に接近!!」
誰かは分からないが的確とも言える指示を出してくれるプレイヤーのおかげでパニックにはなりそうにない。声からして指示を出したのは女性のプレイヤーだと思うが…。
そんなことに考えを裂いていると魔物に囲まれそうなので、そこで思考を打ち切り、降ってくる魔物に意識を向ける。通常のフィールドでも見るような雑魚にも見えるが、決定的な違いは全身真っ黒と言う部分だろうか。これもカースモンスターだとしたらなかなか厄介だ。仮に、カースモンスターじゃないとしても恐らく何かしらの強化補正が入っているはず。
とりあえず俺の前に立ちふさがったのは〈ゴブリン〉のような魔物が3匹。どれも真っ黒な体に不気味な赤い目を光らせている。ユズちゃんはいつの間にか他の場所に行ったのだろうか、姿が見えない。
「《ライトニングブレイド》!」
出の速いアーツで横に一閃。3匹を的確に捉えたそれは3匹の真っ黒なゴブリン達の体に真一文字の傷を刻む。
「はあっ!」
真ん中の1匹を剣を突き出しての突進で倒す。
「《サークルスラッシュ》!」
そして、左右に居る2匹を回転切りを繰り出すアーツで仕留める。黒い霧になり霧散していくのを確認し、周りの警戒をする。背後からの不意打ちだとどうしても慌ててしまうのでそれを防ぐためだ。
「第2波来るぞ!」
「くそっ、もう来るのか…」
一戦を終えただけで次の魔物を放出し始めるボス。魔物が落ちてくるとさっきよりも着地するときの音が鈍いのが耳に入る。俺の近くにも2つほど落ちてきたので見てみると今度は中型の魔物のようだ。見た目は大きな狼のような感じで〈ウルフ〉を3周りほど大きくした感じだ。これもう虎とかライオンで良いんじゃないかな、ネコ科だけど。
『グルルルル…』
「盾持ってない俺には少し厳しいな…」
俺の周囲を回るように移動する狼たちを観察しながら呟く。周りの人はそれぞれの対処で必死だろうし、まあ自力で何とかするしかないか。
「《ライトニングブレイド》!」
『グルァッ!』
丁度目の前に来た狼をさっきも使ったアーツで斬る。それを待っていたかのように背後に来ていた狼が俺に跳びかかってくる。
「《クレセントセイバー》!」
『ギャン!』
それを返す刃で放つアーツ《クレセントセイバー》の三日月の刃で斬り裂き、2匹が纏めて視界に入る位置に移動する。1匹は既に大ダメージで起き上がってさえいないが、もう1匹は憎々しげに俺の事を睨んでいる。
『ガァア!』
「《スラッシュ》!」
安直に跳びかかって来たのを正面から初期アーツの《スラッシュ》で迎え撃つ。狼を吹っ飛ばしたものの、惜しいことに爪にあたってダメージらしいダメージは与えられてなさそうだ。しかし、狼の爪は砕けたようで、真っ黒で分かりづらいが辺りに破片が散らばっている。
「さよならだ!《クレセントセイバー》!」
狼の着地点を狙って、もう1匹の方に大ダメージを与えたアーツで攻撃する。三日月の刃が当たると霧散していく狼を確認してから、倒れたままのもう1匹にとどめを刺す。
「次が来るぞ!」
ここまでテンプレと言うか、予想通りだと逆に気が滅入ってくる。次に出てくる魔物に備えてボスの方を見ると、一瞬だが何か黒いものが飛んで行ったように見えた。
「も、森から魔物の大群が来るぞ!」
「おいおい、マジか…」
その何かが飛んで行ったのを見た直後にそんな叫び声が聞こえて、森の方を見ると木々の間を通り抜けながら、熊やら狼やらゴブリンやらの大群が押し寄せてくるのが目に入り、大きなため息とともに武器を取り落とした。
「これは、もうダメかな…」
一瞬で森に近い範囲がまるで葬式のような空気に変わり、どこからともなくそんな呟きが木霊した。
ちょっと早いですが、更新です。レイドボス戦が片付くまで後2~3話くらい必要かもしれません。




