第3輪
「ああもう、眩しいわね…」
顔に当たる日の光で目が覚める。
二度寝しようとしたが、とてもそんな気にはなれなくなってしまった。現在時刻は7時34分、夏休みに早起きは部活に入っていない私には全くと言っていいほど意味はない。しかし、起きてしまったのなら仕方が無い。とりあえず顔洗って、歯磨いて、適当に何か食べようかな。と、リビングに入る。
「あ、お姉ちゃん、おはよ」
「…早いわね」
おかしい、去年までは普通に午後1時くらいまでは寝ていたのに、柚子がこんな時間に起きているなんて…、事件だわ。
「柚子、何かあったの?」
「え?何で?」
「いつもの夏休みより早起きじゃない。何かやりたいことでもあるの?」
「ふふふ、朝からゲーム。それだけよ!」
あー、思い出した。そういえば昨日一緒にゲームやってたわね。結構楽しかったけど。でも私のキャラは夜じゃないと狩り出来ないからなー。と、そんなことより早く顔洗って来よう。
「お姉ちゃん、ご飯食べたらログインしてきてねー」
「…はぁ、柚子、宿題は?」
「少しずつやってるよ。そういうお姉ちゃんは?」
「もう終わってるわ」
「ゑ?まだ夏休み初日ダヨネ?ナンデ?」
「発音が色々とおかしいわよ、それと宿題なんて学校でやればあのくらいすぐよ」
「おのれ、学年3位…」
「テストはあなたもまあまあでしょうに」
少し様子がおかしくなり始めた柚子を適当に流しつつ洗面所へ行く。WWOでは8時から夜か、これ逃すとしばらく狩りに行けないわね。それに夜が終わるのはちょうど12時、昼時になるし、ちょうどいいかな。
洗顔、歯磨き、朝食等を済ませてログイン。現在時刻は7時58分。もうすぐ夜になる。
「ん、よいしょっと」
ログインして宿屋のベッドから起き上がる。すでに太陽は沈み切っており、あたりには暗い空が広がっている。起きたのはさっきなのに、もう夜ってなんか調子狂うわね。
今日はまず狩りに行ってそのあとに街をゆっくり見ることにしよう。昨日はユズとサクラ姉ぇのせいで見れなかったから、町の全体図も埋められてないし。大剣も早めに新調しておきたい。攻略サイトで確認したのだが、昨日は筋力に物を言わせて戦えたとは言え、この初期の大剣では攻撃力が12しか上がらないのだ。切れ味も悪く、昨日ユズ達が魔法で倒していた昆虫系の魔物なんかは刃が通らないだろう。
「やっぱり暗いわね。《暗視》」
フィールドに出て《暗視》を使用。自身の両眼がわずかに光り、使用中であることを知らせる。これによって、某蛇のゲームの赤外線スコープが涙目になるくらいの精度で暗い場所を見ることができる。今はレベルが低いため遠くまでは見れないが。
リアル時間の関係もあるかもしれないが、夜のフィールドは昨日に比べると人が多い。《暗視》持ちでないプレイヤーは松明やランタン等で視界を確保している。
『チチチチチ…』
ふと何かの鳴き声が聞こえて振り返る。そこには蝙蝠が数匹飛んでいたが、敵対心を持っているわけでもなく、倒しても経験値がほとんど入らなさそうだと考えて無視する。大半の魔物は他のプレイヤーの出す光のせいでそちらに集まってしまっているため、《暗視》を使用している私の方には魔物が来ない。
「困ったわね…」
街の近くで魔物が狩れないとなると、基本は町から離れた場所で魔物を集めるべきなのだろうが、情報の少ない今は一人で行くわけにも行かない。ここは仕方ないと割り切ってフレンドチャットを開く。このフレンドチャットはゲーム内でのメール、ボイスチャットを可能にする便利機能だ。一覧からユズをボイスチャットで呼び出す。少し懐かしめのコール音が鳴り、その後に声が聞こえる。
「モミジお姉ちゃん?どうかしたの?」
「今狩り場が無くて困ってるのだけど、何か情報持ってないかしら?」
「それなら、今からサクラお姉ちゃんと町の外に出るところだけど、どこに居るの?」
「昨日一緒に出た門の近く」
「じゃあ、今から行くから少し待ってて」
「早めに頼むわよ」
「はーい」
2人と一緒に遊べることを懐かしみつつ、今日はどのスキルを上げるか考える。数年前はよく室内で遊んでいたのだけど、ユズだけは外で遊びたがっていたのを思い出した。
「《大剣》戦闘してれば勝手に伸びるから狙って上げることはしなくても大丈夫だし、最初に上げるべきなのはもうすぐレベル5になる《魔術・闇》かしら。回復は昨日使い損ねて1のままだし…」
何のスキルを重点的に伸ばそうかしばらく思考を巡らしていると、
「あ、いたいた」
「モミジ、待った?」
「待ってないけど、きてすぐに頭を撫でるのをやめて、サクラ姉ぇ」
「素直じゃないわね」
頭を撫でるサクラ姉ぇの手を払いのけつつ、他愛もない会話をする。そこへ…
「よう、オネーサン方。俺とパーティー組まない?」
この瞬間に、2人とアイコンタクトを交わし、スルーを決め込むことにした。
「で、ユズ。町からどこへ行くつもりだったの?」
「えっと、ここから西に行ったところにある、ダンジョンかな」
「あら、もうダンジョンの攻略に行くの?」
そもそもダンジョンなんてこの近くにあったのね、知らなかったわ。
「ええ、そうよ。やっぱり攻略するなら一番前を走りたいじゃない?」
「サクラ姉ぇはゲームでは譲らないわね」
「当たり前よ。これでも伊達に廃人やってないわ」
廃人をやっている時点でどうかと思うけれど、話が面倒になりそうなのであえて突っ込まないことにしている。
「おおー、サクラお姉ちゃんかっこいー」
「チョット?オネーサン方?」
「煩いわね、相手にしていないのが分からないのかしら?」
ああ、サクラ姉ぇの機嫌がどんどん悪くなっていく…、これは少し拙いわね。眉間にしわが寄って眼が鋭くなり始めているわ…
「い、いや、あなたたちのような綺麗なオネーサン方だけで冒険するなんて…」
「生憎、間に合っているわ」
「いや、でもあなたと、そこの獣人さんはともかく、そこのおチビさんは…」
こいつ、私の一番気にしていることを…
「だ、だから…」
「申し訳ないけれど、」
「は、はい?」
流石にチビと言われたことは許せない。と言うか許さない。《威圧》を展開して言葉を続ける。
「貴方のようなド低脳が話しかけてくるせいでこちらの貴重な時間が削られているの。分かったらとっとと消えてもらえないかしら。目に毒だわ」
「…っ!」
《威圧》のせいか、一歩下がり、腰が引けるプレイヤー。腰が低い、人に媚を売る、度胸が無い、私の嫌いな3点がバッチリそろっているこのプレイヤーを相手にしているとこっちの気分が悪い。ついでにそんなに言葉に詰まるのなら話しかけてこないでほしい。
「し、失礼しましたーっ!」
それだけ言い残すと、まるでギャグ漫画のように走り去っていく男性。私としてはいつでも堂々としている方が好みなのよね。
「まったく、時間の無駄だったわ。なんであんなのが絡んで来るのかしら」
「あー…」
「モミジお姉ちゃんもかっこいー」
「格好いいのはいいから、頭を撫でないで頂戴」
「あ、つい癖で」
何が癖だ。そんな癖ができるほど何をしていたのか小一時間ほど問い詰めたい。
「リアルでやったら叩くわよ」
「はーい」
「で、話の続きだけれど、」
「だ、ダンジョン攻略ね。とは言ってもそこまで難しいわけでもないし、ポーションが足りてれば十分ね。状態異常持ちもいないから、安心して潜れるわ」
「ならいいかしらね。2人はポーションいくつ持ってるの?」
「私は12個」
「私は4個よ」
「サクラ姉ぇは結構使ってるのね」
自分のポーションの数を確認する。鞄に入っているのが25個、このうち大半は自作なので性能が低かったり高かったりと少し問題があるけれど、効果の高いポーションを取り出し、
「4個じゃ心もとないでしょう。8つ渡すから、しまっておいて」
「え、いいの?あなたもポーション使うでしょう?」
「場合によっては使うでしょうけど、自分の分くらい確保してあるわ」
足りなくなればその場で作れば問題もない。鞄には容量がありすぎて埋まることはないと思うけれど、余りすぎて邪魔になるくらいなら誰かに渡しておいた方がいい。
「そう、なら安心ね、ところでモミジ、あなたがどの程度戦えるか見ておきたいのだけど」
「なら道中の魔物は私が担当するわ」
「え?モミジお姉ちゃん大丈夫?って、昨日グレイベア倒したって言ってたよね…。なら、桜お姉ちゃん、別に見なくてもいいんじゃない?」
「いや、実際に見ておきたいものってあるじゃない?たまに口だけで何もできないのがいるのよ」
信用されていないと受け取ることもできるけれど、こういうことは実際に目で見て確認しておかなければ気が済まない人は多数いるだろう。それに、確かに嘘は言っていないけれど話を大げさにする人も中にはいる。
「それは私も経験あるからわかるわ。サクラ姉ぇ」
「と言う訳。私は1回見れれば十分だけど、全部担当してくれるのかしら?モミジ」
「そうね、1回普通に戦った後はスキルレベル上げたいから色々使うつもりだけれど、問題があるなら今の内に言ってくれると助かるわ」
「いえ、ないわ。好きなようにやって頂戴」
「分かったわ、サクラ姉ぇ」
そうと決まればいつ魔物が来てもいいように武器を取り出しておくべきね。鞄から大剣を取り出す。
「じゃあ、魔物が出るまで歩きましょうか」
「そうね」
そして歩くこと約3分。ミニマップに赤い点が灯るのを確認したので、そちらに向かうことにする。ゆっくり近づいていくと次第に敵の姿が見えてきた。そこにいたのは、昨日お世話になった〈コボルト〉だった。見た目はやはり直立した狼と言った感じでこれと言って付け加えるようなことはない。〈ウルフ〉と比べればこちらの方が弱いのは気にしないでおこう。
「〈コボルト〉ね、少しがっかりしたわ」
「あら、昨日何もできなかったのにやけに自信満々ね」
…少し認識を改めさせた方がよさそうね。
「そう、なら小物だからと言って遊ばずに本気でやろうかしら」
〈コボルト〉視界に入れた後、一気に駆け出し、と言うよりは前方に跳躍と言う表現のほうが正しいかもしれないが、距離を詰める。格闘ゲームのような人間離れしたダッシュなら視界ぎりぎり、約20メートルなど3秒もしないうちに詰められる。強く踏み込み過ぎたせいか、地面ごと草が舞い上がる。〈コボルト〉はいきなり距離を詰められ、驚いているのか、体が固まって動かないようだ。しかし、ここで手を抜いたりはしない。私が剣を振り上げたところでようやく〈コボルト〉が少し体を動かしたが、そのまま剣を振りおろす。重量のある大剣と、高いSTRによって〈コボルト〉は真っ二つにされ、光の破片となって消えてゆく。倒してから思ったが、振りおろして斬るより、振り上げた時に斬ったほうが良かったかもしれない。
「これで十分かしら?」
と後ろを振り返ると、
「昨日の掲示板の騒ぎの犯人はやっぱりあなただったのね…」
と、サクラ姉ぇが苦笑しながら何やら意味深な発言をしていた。
「どういうことかしら?」
「実はね…」
サクラ姉ぇにネット上にある掲示板の話を聞かされる。聞いた話と昨日やったことを照らし合わせると私であることは間違いない。確かに、とんでもないことをやっていたとは思うけれど、みられていたとは思わなかった。こういうのにも《警戒》が発動してくれればいいのだけど。レベルが上がったらできるかしら。
「じゃあ、さっきからチラチラみられているのはそれが原因かしら?」
「あー、気づいてた?」
「モミジお姉ちゃんも気づいてたんだ。私は人にジロジロみられるのって嫌だから早くダンジョンに行きたいんだけど…」
「そうね、慣れない人には厳しいわよね。なんかもう私たち3人の専用のスレ立てられているらしいし」
私たち3人は全員PCを使った経験があるので、掲示板は結構見ていたりする。自分が話題の中心に立たされるとは思わなかったけれど。
「サクラ姉ぇ、そのスレは削除とかできないのかしら。というか、3人?」
「ほら、自分で言うのもなんだけど、私たちの容姿って整ってるじゃない」
「そうだね」
「そうかしら?」
確かにやや垂れた優しい印象を与える目で、モデル体型、美しい魚を思わせるように揺れる滑らか髪をしていて周囲におっとり系美人を印象付けさせるサクラ姉ぇと、明るい印象のあるパッチリとした大きな目、活発に動く少女らしさと、それをさらに好印象にさせるショートツインテールで周りから人気のあるユズならともかく、釣り目で常に睨んでいるような印象があり、髪が無駄に長く、少しやせ気味の体系。これと言って容姿がいいとは思えないけれど…
「で、それよりもモミジお姉ちゃんが言ってたスレの削除は…」
「無理ね、諦めるしかないわ」
「えー!!」
「そのうち慣れるわよ、きっと」
「…仕方ないわね」
「モミジお姉ちゃん、何かいい案ないの!?」
「そうね、生産系統のスキルレベルが上がったら何処か目立たないところに拠点を立てるしかないわね」
「いや、モミジ、拠点を立てるってそんな生産スキル…」
少し遠慮がちに発言するサクラ姉ぇの言葉を遮り、自分の考えを伝える。
「《大剣》のスキルレベルがもうすぐ10になるから、その時手に入るSPで《建築》取るからいいわ」
「いや、そんなことにSP使ったら取りたいスキル取れないでしょうに。それに拠点立てるのにどれだけ高いレベルが必要だと…」
「問題ないわ、私は私のやりたいようにやる」
「そ、それならいいけど…」
さらに遠慮をしようとするサクラ姉ぇの言葉を再び遮り、自由にやりたいことを伝えるとようやく折れてくれた。
「じゃあ早くダンジョン行こうよ!」
「はいはい、ユズはいつも元気ね」
走りだすユズの背中を見ながら、サクラ姉ぇと目を合わせて苦笑する。何であんなに元気でいられるのかしら。今度秘訣でも聞いてみようかしら。
追いかけるとユズはそばに大きな岩があるだけの場所で待っていた。
「…本当にここなの?サクラ姉ぇ」
「そうよ」
「何もないように見えるけれど」
「フリーダンジョンは結界か何かに守られてて、普通には見れないようになってるらしいよ」
私の疑問にユズが答える。わざわざそんな風にしなくてもいいでしょうに。
「それはまた面倒ね。で、そんな風になってる理由はあるのよね?」
「簡単に見つかると詰らないかららしいわ。」
「せっかくのVRなんだからもっと冒険しろってことかしらね」
「そうだね。その方が私は楽しいからいいかな」
「ユズは結構気楽でいいわね」
「ゲームなんだから楽しまないと」
「そういえばそうね。結構現実感あるからつい本気になってたわ」
仮にこのゲームが現実だったら大変なことなのだが。ゲームで良かった。
「モミジお姉ちゃんってハマると結構すごいよね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
昔から何かに熱中するとなかなかその熱中したものから離れられないのは自覚している。現在アニメと漫画にはまっているのも同じ理由だったりする。今度はゲームにはまるのかしら、忙しいわね、私。
「それじゃ、行きましょうか」
「はーい」
「そうね」
サクラ姉ぇの言葉に軽く返事をして岩に近づくと、何かが体を通り抜けたかのような感覚とともに目の前の岩が穴をあけた。
「何か変な感覚があったのだけど」
「結界を抜けただけよ。気にしない気にしない」
結界で思い出したけれど、《魔術・結界》を取ってたわね。このダンジョン終わったら人気のないところで色々試してみようかしら。
「あ、そうそう。ここは洞窟型のダンジョンだから松明かカンテラ、《魔術・光》の《ライト》が必要になるけれど、ちゃんと持ってる?」
「私は持ってるよ」
「必要ないわね」
「大丈夫そうね、行きましょうか」
洞窟の入り口は夜の闇よりも深く、それでいて心を揺さぶるかのように冷たい風が吹いてくる。ここまで五感を感じさせているとゲームではなく現実と思いこんでしまっても無理はないと思うのだけど。
「ところでサクラ姉ぇ、この洞窟には何人くらい人が来ているのかしら。」
「んー?私たちが初めてだけど?見つけたのもユズと私の2人でやってる時だったし、昨日はモミジ1人で〈グレイベア〉狩りに行ってたじゃない」
「あの時はもうすぐ夜になるときだったからね」
「じゃあなんで今日は朝に来なかったのよ」
「公式調べたらダンジョンの魔物は昼夜は時間関係ないらしいのよ」
「なら攻略しやすいように、モミジお姉ちゃんも連れてこようかなって」
「そういうことね」
何か利用されている感じが気に食わないが、レベル上げられるならいいな、と割り切ることにした。
「それと、ダンジョンは3種類あるらしいのよ」
「3種類?」
「そう、1つは財宝が隠れている物、もう1つはボスがポップする物。最後はクエストに関係するもの」
「クエスト?」
「そういえば言ってなかったわね。WWOには受けるどころか、発見すら困難なグランドクエストがあるのよ。グランドクエストは個人で進めるものじゃなくってWWOに参加しているプレイヤー全員で進めると言うのもこのゲームの醍醐味ね」
「よくあるキャンペーンやイベントと同じかしら」
「そう考えてもらった方が早いわ」
大雑把に言うとそうなるだけで本当は結構違うけれど、とサクラ姉ぇが付け足す。
「それで、もしかしたらそれがここにあるかもしれないと」
「わたしたちが来た理由はボスと戦いたいからなんだけどね」
「戦闘狂か何かなのかしら、ユズは」
「ユズと私は戦闘メインでやっているのだけど?」
そういえばそうだったわね、つい自分のプレイスタイルで話をしていたわ…
「そう、私はゆっくりやらせて貰うわ」
「でも生産で作れるアイテムはNPCのお店で買えるんだよね?」
「ええ、正直モミジには悪いけど、盛大なハズレスキルよ」
「…き、気にしてないわよ」
そのうち見返してやるわ。プレイヤーの作るアイテムのほうが最終的には需要があるのよ。
「あ、サクラお姉ちゃん、敵」
「あら、後ろからなんて随分といい度胸ね。しかも全部蝙蝠」
「おかしいわね、私の《警戒》には何も反応しなかったけれど」
そういえばさっきも居たわね、蝙蝠。あのときも《警戒》に反応は無かった。
「判定に失敗したんじゃないの?」
「そんなことはないはずよ」
「じゃあ、放っておいてこっちに攻撃してくるようなら撃破、何もしてこないなら放置。それでいいわね」
「随分と簡単に決めたわね」
「ここは妹を信じてみるだけよ」
「そう」
その後50、いや80はいるであろう蝙蝠が十分攻撃出来るであろう範囲まで来たが、やはり敵対反応はない。それをサクラ姉ぇに伝えると、気にせず先に進みましょう、と視線を奥に向けた。
「戦闘が無くてつまんない…」
「ユズ、ダンジョンは戦闘が全てじゃないのよ、中には頭を使う仕掛けもあるし、戦闘に入ったら絶対に勝てない敵の目をどうやって欺くか、はたまた、大量の敵の中を制限時間内に駆け抜ける、とか面白い要素だってあるんだから」
「サクラ姉ぇ、VRでそれは結構きついと思うのだけど…」
「何言ってるの?今まで体では味わえなかった緊張感が実際に体験できるせっかくのチャンスよ!絶対に見つけてやるわ!」
認識を改めないといけないわね、サクラ姉ぇは戦闘職ではあるけれど、戦闘が命なんじゃなくて、ゲームに関してドM思考なだけだったわ…。ただでさえ涼しい洞窟なのに、サクラ姉ぇの考えに寒気がする。
「そうだね!お姉ちゃん!私も頑張るよ!」
「もう好きにしなさい…」
高まる二人のテンションにため息をついたところでミニマップに敵対反応がでる。
「ユズ、サクラ姉ぇ、敵対反応。数は4ね」
「じゃあ先制攻撃ね。ユズ少し下がって、魔術が当たっちゃうから」
「うん」
「《ファイアボール》!」
サクラ姉ぇが数秒の後にキーワードを発すると30センチほどの火の弾が洞窟の奥へ直進していく。そして一定距離、魔物がいる場所まで飛んでいったところで炎をまき散らし、霧散した。今の攻撃で反応が1つ消え、残りの3つがこちらに近づいてくる。近づいてきたのは3体の人型の魔物。定番と言っていい〈ゴブリン〉だ。手にはそれぞれ、木でできた棍棒、刃がボロボロになっている斧、錆びついている短剣だ。
「なるほど〈ゴブリン〉ね、洞窟を住処にしていたみたいよ」
「結構怒ってるっぽいけど、どうする?」
「先手必勝。情けなんて必要ないわ」
ユズの悪戯っぽい笑みとともに聞かれた質問に対して短く返し、距離を詰める。〈ゴブリン〉は横一列に並んでいるので、《横薙ぎ》で吹き飛ばす。
『グギギ…』
「少し入りが浅かったようね」
真ん中に居た1体はすでに光の破片になって消えて行ったが、残りの2匹はHPを削り切れなかったようだ。それぞれ武器を振りかぶって飛びかかってくるので、《ダークニードル》で迎え撃つ。1匹は肩に当たり、狙いをそらし、もう1匹は胸に当たり、絶命する。体力のギリギリ残っている〈ゴブリン〉にもとどめを刺そうと思ったが、
「お姉ちゃんばっかり戦っててずるい!」
と言いながら突撃してきたユズに斬り伏せられていた。
「あなたが遅いのよ、それにユズは昼も戦闘できるんだからその時暴れればいいじゃない」
「初めてみた魔物とは出来るだけ戦いたいのに…」
「私より速く動けるように頑張りなさい」
「ちぇ…」
「はい、2人とも話は終わったかしら?」
「ええ、先に行きましょう」
周りに敵がいないことを確認し、先に進む。蝙蝠は相変わらず付いてきているが。
「あら?奥が光ってるわね」
「もう最奥なのかしら。結構短いわね」
「モミジ、《警戒》に反応は?」
「…砂嵐みたいになってるわ」
「ジャミングされてるのね。ダンジョンの最後は見えないようにしてあるのかしら。」
「そうだと思うよ。何でもかんでもわかったらつまんないじゃん」
「仕方ないわね、普通に進みましょう」
「そうね」
奥に向かって進むと、開けた場所にでた。奥には1本、木が生えていて、周りが岩壁にも関わらずそこだけ草が生えている。その木にはいくつかガラス玉くらいの光の玉がふわふわと浮かんでおり、幻想的な空間を作っている。恐らくジャミングはこの木の仕業だろう。
「何か強敵がいると思ったんだけど、警戒して損したわね」
「そうだね。せっかく来たのに」
「私はあの木を見てくるわ」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてね~」
罠があったりしてもおかしくはないので、ゆっくりと木に近づく。近くで見ても結構小さい。大体3メートルくらいの木だろうか。幹の太さも成人男性くらいしかない。周りの光の玉は近づくと木に隠れるようにして消えてしまった。良く見ると木にはいくつか実がなっており、そこから少し甘いにおいがする。だからと言って食べたりはしないが、1つだけ貰うことにしよう。木の枝を折らないように、木の実に傷をつけないようにそっと実をもぎ取る。色は少し薄めのオレンジ色をしていて、形は少し縦長だ。
「不思議なものね、こんなところに木があるなんて。この実から種を取って育ててみようかしら」
実を見つめ、何のアイテムか確認する。アイテム名はクコラの実。効果が書いてあったりはしない。自分で確かめろと言うことだろう。実を丁寧に鞄に仕舞い、2人のところに戻る。
「あ、おわった?」
「ええ」
「で、あの木の正体は分かったのかしら。光も含めて」
「いいえ、全然。戻ったら調べるつもりよ」
「そう、頑張りなさないな。こういうアイテムをそのまま使わずに色々出来るのが生産スキルなのよね」
「ええ、だから私はあの木から1つ貰った木の実の種を育ててみることにするわ」
「育てるなら《栽培》スキルが必要だけど?」
抜かりはない。自給自足ができるくらいには生産スキルはそろえている。
「ちゃんと取ってあるわ」
「何でもそろってるね…モミジお姉ちゃん」
「私以外にも生産スキル取っているプレイヤーはいると思うけれど?」
「そうね、何処かに露店を開いているかもしれないわね」
「じゃあ、そろそろ戻ろっか。なんか残念だったなー」
この後、戦闘不足だったユズにゲーム内時間で朝になるまで付き合わされてからログアウトしたのは言うまでもない。続きは昼食の後かしらね。