第35輪
黒い霧の影響を受けたと思われる魔物、プレイヤー間でカースモンスターと呼ぶようになったそいつらは森の奥から次々と姿を現し、次々とプレイヤーに襲いかかって行く。幸いまだボス側のプレイヤーと分かれて対応できるだけの数しか出てきていないので何とかボス側に被害を出さずに戦闘を続行出来ている。
「くそっ!攻撃が当たらねぇ!」
「悪いが、こんな奴の攻撃を真正面から受けたらタンカーの俺でも持たない!攻撃は隙をみてやってくれ!」
「…わかった、できるだけやってみる」
しかし、明らかにカースモンスターの相手をしているプレイヤーの方が不利だ。こちらは素早い動きと強い力によって押され、こちらは動きについていけず、ダメージを受けるのみ。いくら防いでいるとはいえダメージは蓄積し、タンカーが倒れてしまえばあとは防御の薄いプレイヤーから倒れて行くだけだろう。
しかしまあ、これだけ敵が強いとなると精神的にも色々と来るなぁ…。大分疲れてきた。まだ30分もたってないのにな。
「おい!そこの軽戦士のプレイヤー!ぼさっとしてるとやられるぞ!」
「ん、ああ、すまない。疲れ始めてきたみたいで…」
どのくらい立ちっぱなしだったのか分からないが、他のプレイヤーに指摘されて自分が動いていないことに気がついた。森の中から魔物が来ている以上キャンプに戻ってモミジを連れてくるのは無理か。こういうときにああいうアタッカーが居ると助かるんだけどな。
…理想を求めても仕方がないか、現状の戦力で何とかしないと。とりあえず、今できることを考える。敵の動きが早く攻撃を当てることは困難。また、攻撃力が高くタンカーでもじりじりと削られている。俺が受ければ1度ならともかく、2度目は無いだろう。
攻撃できる隙があるとすれば、タンカーが攻撃を防いだ直後、もしくは突っ込んでくるときの前の一瞬の溜めのような動作、そして攻撃直後だろう。このうち俺が十分に剣を振れる隙があるのは攻撃直後、爪を振り下ろした後だ。
「想像するのは簡単だけど、やるのは相当難しいな…」
攻撃法を思いついてから2度、熊の動きをタンカーの陰から観察してみるが、何度見ても速い。実際あんな風に動こうものなら体の方が悲鳴を上げそうなものだが、ゲームに、しかも魔物にそういうのを求めてはいけないのかもしれない。
まあ、そういうのは置いておいて、やるしかないだろう。ギリギリタンカーの陰から出るような、若干離れた場所で剣を右肩の上に乗せるように構えて、熊の次の攻撃を待つ。
『グラアアァァァッ!』
「うおおおっ」
「…今だっ!《ライトニングブレイド》!」
熊が咆哮を放ちながら襲いかかる。タンカーのプレイヤーは雄たけびを上げてそれを受け流し、その瞬間に出の速いアーツで一撃を放つ。熊の足を狙ったつもりだったが、威力が足りず機動力を奪うことはできていなさそうだ。それどころか、ヘイトが向いてしまったらしく、こちらを睨みつけてきている。
それに気がつくと、即座にタンカーの陰に隠れる。正直悪いとは思うが、戦力の低下は避けたいところなので分かってくれるだろう。
「なるほど、軽装備の奴は今のと似たようなやり方で攻撃するぞ!」
「分かった!」
俺のやったことを見ていたのか、他のプレイヤーが周りのプレイヤーに指示を出す。出来たのは半分くらいは偶然なんだけどな。
と、他のところを見ている間に攻撃をするために熊が走り出す。それに対して腰を落とし盾を構えるタンカー。
「なにィ!」
「と、跳んだ…!おい、そっち行ったぞ!」
「マジかよ…」
次の瞬間、助走をつけた熊は俺の前にいるタンカーを跳び越えて俺の方に来る。俺は無意識に思ったことを口に出しながら、それをまるで水中にいるかのようなゆっくりとした時間で眺めていた。タンカーが前にいてくれるからと油断をしたのがいけなかったのだろう。幸い跳んだあとの落下速度まで速いわけではないようなので回避はできるが、そのあと熊がどんな行動に出るかが問題だ。
「うおおおっ!」
横っ跳びに避けるとその直後に俺の居た場所に熊が地面を揺らしながら着地する。恐らくあそこにとどまっていたら踏みつぶされていただろう。
「くっ…」
「こっちだ!速く!」
「助かる!」
タンカーの人が俺に声をかけながら駆けよってくる。影に隠れろと言うことだろう。
「攻撃を当ててきた奴を優先的に狙うのかもしれないな」
「一理あるな。もしくは最も戦闘力のあるプレイヤーを狙うのかもしれない。最初は見た目で重戦士、今度は実際にダメージを与えた俺だった」
「そうなると魔術師プレイヤーは泣くしかないな…」
「攻撃が通りにくい以上物理防御の関係ない魔術が欲しいところなんだけどな」
攻撃を受け流しながら目の前の熊について考察するタンカー。それに俺の意見も加えて様々な可能性を考慮する。実際、俺の言った通りの行動パターンだった場合、魔術師は戦力としてカウントし辛いだろう。
「盾の方は大丈夫か?」
「ああ、最初は真正面から受けたからあれだけ大きな痕がついたが、受け流していけば簡単に壊れることはない…、と思いたいな。あとはさっきよりも攻撃が軽くなった気がする」
「そうなのか?」
「ああ、動きの速さは変わらないが、受け流して受けるのとは別に最初の一撃と比べて威力が低い」
正直、内心でこの人を凄いと思う。ただでさえ魔物の攻撃にさらされ続けているのにその中で相手の状態を把握している。余程慣れているか、常に冷静さを保つ方法を持っているかのどちらかだろうか。
「原因はわからないのか?」
「ああ。だが、何かしらの理由があるんだろう」
攻撃の軽くなった理由があるとすれば何だろうか。魔物にも疲れがあるのか、それとも強い攻撃が出せない状態になったのか…。
「そらっ!」
俺達が話しながら、攻撃を受けているときに、熊の攻撃後の隙を突いて打撃を与えるさっき索敵をしていてくれたプレイヤー。攻撃をした後はその足を生かして森の中へ木から木へ跳び移って消えて行く。
熊が追っていかないところを見るとダメージはほとんど入っていないのかもしれないが、攻撃をした彼からすれば再び隙を見つけるための時間が出来て好都合なのかもしれない。
「また跳んだぞっ!」
「くそっ…ん?」
誰かがまた熊が跳んでタンカーと跳び越えたことを知らせるが、その熊はこちらに再び襲いかかってくることはなく、森の方向の何処かへと走り去って行った。
「…一体何なんだ?」
「見ろ!他のところの奴も散って行くぞ!」
突如起こった理解の追いつかない出来事に場が騒然とする。カースモンスターが逃げだすような特定の条件でもあったのだろうか、分からない。
「なにはともあれ、居なくなったのは好都合だ!ボスを攻めるぞ!」
「分かった!」
「悪いが俺は少し時間を貰うぞ。回復しないと持たない」
「ああ…」
場は困惑の雰囲気に包まれながらも戦闘が続行されていく。




