第32輪
「う~ん…」
謎の寝苦しさに襲われ目を覚ます。朝にはなっているようだけれど、まだ明方らしく誰かが起きているような気配は無い。それよりもこの寝苦しさの原因は何なんだろうと寝ぼけ眼を擦りながら上半身を起こそうとするが、体が重くて起き上がれない。首だけ動かして自分の上半身を見てみると憎たらしいくらい幸せそうな顔をしたカリナが私の胸のあたりを枕にして眠っている…。しかも良く見てみればご丁寧に抱きつくようにしている。私は抱き枕じゃないのだけれど。
「どうしたものかしら…」
水をかけて起こそうにもこの状態では私にも水がかかるし、揺すって起きるようであれば体を起こそうとした時点で起きているはず。叩き起こしても良いのだけど、ゲームとは言え連日戦闘が続いて疲れていないはずが無い。レイドボスというプレッシャーが存在する中で数少ない休息を邪魔するのも気が引ける。
「ん…」
色々考えているうちにまた眠くなってきたので、仕方が無いからニ度寝をしてしまおうと思いカリナの頭を抱き寄せて目を瞑る。案外良い抱き心地で、位置的に丁度いい狐耳の間に顔を挟んでみる。これが結構温かくて気持ちいい。いつもカリナが私に色々してくるから少しくらい触っても怒られないはず…。手を動かして狐耳の裏側を撫でてみる。モフモフ…モフモフ…
「お姉ちゃん、起きて。もう朝だよ」
「ん~…」
「お、お願いだから…も、もう…」
「ん~?」
私を起こそうと誰かが私の体を揺すっている。声からしてユズかしら。それとは別に誰かが息絶え絶えといったような感じで声を漏らしているのが聞こえる。朝からそんなに何かやったのかしら…。
「お姉ちゃん、早く起きてあげないとカリナちゃんが色々と危ないから…」
「ん?…え?」
ユズの言ったことが一瞬分からなくて目を開ける。両頬になにかモフモフしたものが当たっているので何だろうと思いながら軽く撫でてみる。
「ひゅぅ!?」
起きたばかりのあまり回らない頭で何があったのかを色々と思い出そうとして行く。何があったんだっけ。
「………あっ!」
「ほら、早く離れてあげて」
「え、ええ」
寝る前にカリナの顔を抱き寄せていたことを思い出して急いで抱えたままのカリナの顔を離して起き上がる。
「はぁ…はぁ…、ご、ご褒美だと思ったら、拷問だったわ…」
「ご、ごめんなさい…」
カリナは乱れた息を整えながらニヤリとしながらつぶやく。その頬は紅潮しており、目には涙がたまっているようにも見える。大丈夫かしら…。
「もう少しで理性が崩壊するところだったわ…。自分で触る分には何とも無いのに、人に触られると駄目みたいね、この耳」
「そうなの?」
「ユズっちも誰かに触ってもらえばわかると思うわよ~」
うん。軽口を叩けるくらいには落ちついたらしいから大丈夫そうね。それにしても触り心地が良かったわね。友好的な魔物でモフモフしたの居ないかしら。
「良し、お姉ちゃんも起きたし朝ごはんにしようよ。ユカちゃんはさっき起きて準備してるから」
「なら私は手伝いに行かせてもらうわ」
「私はもう少し休んでるわね~」
休むと言ったカリナを置いてテントから出る。ニ度寝する前よりも日は高く上っており周りも明るくなっている。森の中だからそこまで暑くなくて助かるわね。
「お、姉さんおはよう」
「おはよう。早速だけれど何か手伝うことは有るかしら?」
「せやな、じゃあサラダの盛り付けして欲しいんやけど」
「分かったわ」
テントの割と近くでユカを見つけると、向こうも私に気が付いたのか声をかけてくる。挨拶を返した後手の込んだものは作らないとはいえ、量が多く大変そうだったので私に出来ることを手伝うことにする。サラダの盛り付けは適当にやると映えが悪く余り美味しそうに見えないと母親に言われたことがあるので丁寧にやる。丁寧とは言っても時間をかけ過ぎると体温で温まるので手早くやる。
「盛り付けは終わったけれど、他に何かあるかしら?」
「えらい早いなぁ…、じゃあ、後は運ぶだけやから先に向こうで座っててかまへんで」
「お言葉に甘えさせてもらうわね」
調理器具の後片付けをしながら私に座るように流してきたので素直にそうさせてもらう。私より先にテントから出たユズは他の皆を呼びに行っていたようで私が座って待っていると次第に集まってくる。今日やることは昨日のうちに決めてしまっているので食事中は特に作戦会議などを擂る必要はないだろう。
「ん、皆そろったね。じゃあ頂きまーす!」
「頂きます」
皆が席に座ったのを確認したユズが我慢できないとばかりに手をあわせてから目の前の目玉焼きに醤油をかけ始める。気付きたくは無かったけれど、何人かの目が鋭いものに変わったのがわかる。前も同じようなことがあったような気がするがどうだっただろう。目玉焼きに何をかけるのかで揉めるのは家庭科の調理実習でもあった記憶があるので定かではない。この後の展開はお察しである。
「別に何をかけても良いと思うのだけれどね」
「人の好みによるからなぁ」
私とユージは気分によってかけるものを変えるのでこの話にはノータッチだった。まだ揉めている皆を見ながら私は食器を片付け、少し離れると時間が無いので早速調薬キットを取り出す。
「今持ってる材料だけで作れるといいのだけれどね…」
昔の人は薬を作るときどのようにしていたのか見当もつかないが、正しい作り方などわからないのだから試行錯誤しかないだろうと割り切ってとりあえず各毒草を1つずつ薬草と同じやり方で処理していく。それぞれ単体での毒の抽出は昨日やってみたけれど、製作評価2の睡眠毒やら麻痺毒やら混乱を引き起こす薬くらいしかできなかった。これはこれで使えそうだから作り方はメモしておいたけれど。
「処理が出来たらすり潰して…ん?」
処理の終わった毒草をすり潰そうとすりばちに入れたところで異変が起こる。突如ボコボコと音を出しながら泡を立て煙を吹き出し始めたのだ。
「これはもしかしなくても絶対駄目な奴よね…」
奇怪な反応は5秒ほどで収まったがすりばちの中には真っ黒な炭のようなものが残ったのみである。
《謎の粉末・1》
特定の数種類の物質が反応を起こしたもの。
少なくとも単体では使い物にならない。
すりばちの底に残った粉状のものを適当なものに包んで鞄に入れる。こういう良くわからない物は迂闊に捨てない方が良い。もしかしたら何かに使えるかもしれないし、逆に有害なものとして何かを起こす可能性があるからだ。確実と言う訳ではないけれど。
「次は…どうしようかしら」
薬草と睡眠草を処理してすり鉢に入れてすり潰す。今のところは何も起きていない、これなら大丈夫かな、と思い沸かした鍋の中にすり潰した液体を入れる。少ししてから火を止めて冷ます。冷ました鍋の中を見てみるとさっき入れた液体が分離して固まっているようだ。
「この組み合わせだと熱凝固するのね…、これも失敗かしら」
《安眠ゲル・1》
回復作用のある睡眠薬がゲル状になったもの。
製作評価が悪いため、実用性は低い。
「これはこれでそのうち研究する必要があるわね」
安眠ゲルは薬とは言いづらい紫色をした物体で大きさが私の手のひらほどあるので呑みこむことはできないだろう。何かに混ぜて食べるしかなさそうね。その他にも色々と奇怪なものが出来あがったりなどはしたけれど省略。どうせ使わないだろうから今のところは鞄の中で眠っていてもらう。
「ふー…、イマイチね」
「行き詰っているようですね」
「セリカ、どうしたの?」
「いえ、ユミさんが武器の手入れをするからモミジさんにもどうするか聞いてきてほしいと」
「なら、私のもお願いするわ。ほとんど使った覚えが無いけれど」
最後に使ったのがいつだったかは覚えていないけれどとりあえず鞄から大剣を取り出す。私のペナルティ受けてる朝のステータスでは持てないので地面の上に出現させそれをセリカが持っていった。
「じゃあ、預かりますね。手入れが終わったら私に来ます」
「ん、ありがとう」
私の大剣を抱えて持っていくセリカを見てから、伸びをして作業の続きをする。いい加減何かしらそれらしいものが出来てくれないと困るわね。少なくとも今日の夜までには試薬を作っておきたいところで、それから少なくとも数時間単位で効力を高めるための実験とかしないといけないと思っているし…。やることは依然として山積みと言ったところね。
「あー…、ここまで成果が得られないと流石に困るわね」
「なら少しくらい休んでも良いんじゃないか?」
「ユージ、基本的にボスと戦うのは貴方たちなのにそんないい加減だとそっちが困るのよ?」
いつの間にか私に背後に立ち、能天気なことを言ってのけるユージにため息交じりに返答する。いつもそうだけれど、必ずと言っていいほどどうにかなるさ、と言うような考えを持っているのよね。
「いや、まあそうだけどさ。かといってモミジが無理して調子が悪いとかなってもそれはそれで困るんだな。戦えるメンバーが1人でも減ると、その場所の穴埋めだってしないといけないし、頭の回転の速いモミジが作戦立ててくれたりすればこっちだって戦いやすいだろうし」
「…ユージにしては色々と考えてるのね」
ユージの何時になく真剣な言葉に驚きを感じつつ、このパーティにおける自分の立場についても色々と考えてみる。私としては基本的には役に立たないと思っていたのだけどそんなこと無かったのね。
「失礼な。俺はいつも俺なりに考えてるんだぞ?」
「…そうね。少し見直したわ。ところで、他の皆は何をやっているの?」
「ん?ああ、俺も含めてユミに武器の手入れを任せてるから動けなくてな。悪く言えば何もできない、良く言えば英気を養ってるってところか」
「なるほどね、じゃあ休めるときに休んでおきなさい。私はまだやることが多いから」
「なんだ、行き詰ってたんじゃないのか?」
「貴方と話してたら幾らかリラックス出来たわ」
「そうか」
ユージの能天気な雰囲気に乗せられて墜長く話してしまったけれど、さっきまでの失敗続きの時と比べると大分自分が落ち着いていることがわかる。さて、もう少し頑張ろうかしらね。




