第28輪
「…寝てるのかな?」
宝箱の底の方にモミジお姉ちゃんが埋まっていたので掘り出してみたけど返事が無い。俯いているから顔までは見えないから良くわからない。
すると、ユージさんが私の横に来て、モミジお姉ちゃんを宝箱の中から引っ張り出す。一緒にそこそこの量の宝が地面に落ちてガシャガシャと音を立てるが、それでも反応は無いようだ。
「あー、ただ寝てるだけじゃないな。目の周りが赤くなってる。多分箱の中で泣いてて、泣き疲れて寝た感じだろう」
「あ、本当だ。モミジお姉ちゃん周りに誰かいないと暗いところとか狭いところとか苦手だもんね」
「最近そういうのが無いから忘れてたが、そういえばそうだったな…、多分モミジが起きたら3番目に面倒なことになりそうだなぁ…」
このユージさんの言う、何番目に面倒だ、と言うのは今まで過ごしてきてモミジお姉ちゃんが泣きだした時とか、怒って不機嫌になった時の対応の事である。一応私は20番目くらいまであるのは知ってるけど、ユージさんならもっと細かく番付をしているかもしれない。それにしても、5番目以内に入るというのはなかなか久しぶりのことだ。ちなみに20番目は涙目になって延々とこちらから目をそらし続けると言うもので、目線の先に立つのを何回かやっていると、両手をパタパタと振りながら頬を膨らませて逆にこっちをにらんでくる。かわいい。
「じゃあ、早く出ましょう。こんなところでやられたら面倒だわ」
「相変わらずサクラさんは対応が冷たいと言うか何と言うか…」
「私の方に泣きついてこないのが残念なんだもん」
サクラお姉ちゃんはモミジお姉ちゃんが泣いても自分の方に来ないことを何となく悔しがっている節がある。サクラお姉ちゃんとしては頼ってほしいのかもしれないけど、モミジお姉ちゃんはそれが恥ずかしいのかもしれない。かといって妹の私やユージさんの方に行くのはどうなのだろうか…。私はそっちの方が恥ずかしいと思うけどなぁ…。
「こっちに出口らしきものがありましたよ」
色々と話しているうちにセリカが出口を見つけたようだ。早速そっちに行ってみると上り階段が確かにある。皆が躊躇わずに上って行くので私も進むことにした。モミジお姉ちゃんはユージさんが背負っている。
「またすごいところに出たわねぇ~…、一応出口で間違いないんでしょうけど壁に描かれている物が気になるわぁ~」
上り階段が終わると結構広い部屋にでた。中央には青い光を放つ魔法陣のようなものがあるのでそこに乗れば外に出れそうだが、魔法陣の放つ光で壁が照らされ色々と描かれているものを見ることができる。それと見て何人かのプレイヤーがスクリーンショットで保存しているので私も保存しておくことにする。ちゃんとモミジお姉ちゃんとか、他の皆にも送っておかないと。
「なんかこの絵、不気味やなぁ…」
壁画のスクリーンショットを撮って回っているといつの間にか近くまで来ていたのか、すぐ近くにユカの姿があった。その視線の先にはなんだか黒い霧みたいなものをまき散らす、天井にまで書かれた大きな黒い何かと、その霧から逃げる為だろうか、逆向きに走って行く人が書かれていた。黒い奴と人の大きさを比べると大体10人分位の高さを持っているようだ。レイドボスか何かの情報かな…、正直ここまで大きい相手とは戦いたくないなぁ…。
「なんや、いつの間に近くに来たんやユズ」
「周りのを撮ってたら近くでユカちゃんの声が聞こえたから気になって」
「さよか、それにしてもどこもかしこも不気味な絵ばっかやで」
「そうかな、撮ることに集中してて絵をあんまり良く見てなかったから…」
「十分撮ったと思ったらゆっくり見てみたほうがええんちゃう?すぐに出発する言う訳でもなさそうやし」
「そうする」
10分くらいかけて部屋の壁を一周すると、今度はじっくりと壁画を見るために部屋の中を回り始める。黒い霧に包まれた魔物が赤い目をして人を襲っている絵とか、足から粉々に砕けていく動物とかの絵もあった。ボスらしき魔物の出しているこの霧は何なんだろう。何かしらの状態異常を起こしそうな気はしてるけど、何となく思い当たるものがない。一応今の段階でこのゲームないで確認されているのは毒、麻痺、疲労、各ステータス減少くらいだけど…。
「さて、そろそろ私は行くけど、ユズはどうするの?」
「私も一緒に出るよ。そのあと一緒に行動ってできないかな?」
「難しいわね、ギルドの運営方針とかそういう話も出てくるからあんまり聞かれると良くないし。まあ、レイドボス戦になったら一緒に戦うことになるんだし、その時にね」
「うん、分かった。じゃあ明日ね」
出来れば一緒に居たかったんだけど、無理言うのも良くないからここはおとなしく言うことを聞いておく。とは言っても遺跡を出るところまでは一緒に居たけど。やっぱり一緒に居ないと結構寂しいな。でも、レイドボス戦でちゃんと会えると思う。サクラお姉ちゃんが約束を破ったことはほとんどないからね。それよりもモミジお姉ちゃんが起きた時の方が面倒そうだなぁ…。
部屋の中央の魔法陣に乗ると、遺跡の入り口に出てきた。大体夕方くらいかな。予定よりも大分早く出てきているのでレイドボスが出ると思われる5日目までまだ余裕が1日もある。
テントとかは回収してあるし、ここから少し移動して、周りの良く見えるところでテントとかを広げたい。流石に2時間か3時間か、そのくらいで遺跡探索してボス倒してっていうのは疲れた。そもそもボス戦にかかった時間が長かったから少し休みたいんだよね。そう思いながら森を進んでいると広場が見えてきた。多分ここはイベントマップに移動したとき最初に居た場所だろう。青い印が消えているのでセーフティエリアとしてはもう機能していないのかもしれないな。流石に森に囲まれていると全方位から魔物が来てもおかしくはなさそうのなので、砂漠のある方向に移動する。
移動を始めて大体40分くらい経ったかな。2日目の時に来た砂漠が見えたあたりで適当なスペースを見つけてテントを張って、皆が座っても大丈夫そうな空間も確保しておく。
「じゃあ、ユージさんはモミジお姉ちゃん連れて私と一緒にテントに来てください」
「ああ、悪いけど他の皆は別の場所に居てくれ。多分これで見られてたとかなると、また色々と面倒なことになるから」
それだけ言うとユージさんはモミジお姉ちゃんを小脇に抱えて、ため息を吐きながら先にテントの中に入って行った。
「そう言われると覗きたくなっちゃうのが、人間の性よね~」
「天誅」
「あいたっ!」
「じゃあ私たちは向かい側のテントに居るので」
「セイヤ、あんたはそっちの方に転がってなさい」
「うん、知ってた」
その後、私が他の人が来ないように言っておく。カリナが余計なことを言ってユミに拳骨をされているのはいつもの事だから放っておく。それよりもセイヤさんの扱いが気の毒である。それに対して文句も言わないところが諦めているのか、可哀そうになってくる。
「3番目に面倒な時のはどうすればいいんだったかな…」
周りから皆が離れたのを見ると、私もテントの中に入る。すると、モミジお姉ちゃんを寝かせて、その前で頭を抱えて唸っているユージさんが居た。5番目以内に入る面倒な物は本当に久しぶりなので、どうすればいいのか覚えていないのだろう。そういう私も覚えていない。
「あ、目が開いた」
「ほぼぶっつけ本番だな…」
どうすればいいのか思い出そうとしているうちにモミジお姉ちゃんが目を覚ます。上半身を起こして暫くボーっとしていたけど、急に目を見開いて周りを見回すと私と目があったところで動きが止まり、その目から涙があふれる。
「ゆずーっ!」
「ごほっ!?」
どうしようかと一瞬思考が止まったところでモミジお姉ちゃんが私の名前を叫びながらこっちに向かってヘッドダイビングをしてきた。ここまではまだ良いんだけど、何でこうも綺麗に鳩尾に頭が入ってくるのか。こっちまで泣きたくなってくる。
「くらかった…っ」
「うん」
「ひっく、せまかった…」
「うん」
「おもかった…、ぐすっ」
「うん」
うん、思い出した。これは延々と自分の怖かった所を言って泣きついてくるやつだ。そしてこれにはモミジお姉ちゃんが泣きやむまで相槌を打ち続けるしかない。涙を流しながら顔を擦りつけてくるので服が濡れる。
「うごけなかったの…」
「うん」
「俺はまるで空気だな」
「ゆーちゃんっ!」
「だぶっ!ちょっと、タンマ、タンマ、頭をねじ込むな」
「あらら、余計なことを…」
ユージさんが横から口をはさむと、今度はユージさんの昔のあだ名を叫びながら同じく鳩尾に突っ込んでいく。おまけにそのまま頭をぐりぐりと押しつけながら。すこし落ちついたのか、ユージさんに抱きついたまま、顔を見上げて今度は質問が始まる。モミジお姉ちゃんの目からはまだ涙があふれそうなので、少しでも機嫌を損ねればまた私に突っ込んできたときに逆戻りである。
「いっしょにいてくれる?」
「おう」
「…はなれない?」
「おう」
「ほんとうに…?」
「本当だ。ほら、後ろ向け。さっき擦りつけてきたせいで髪がくしゃくしゃだ」
「うん」
ユージさんがモミジお姉ちゃんの背中を優しく叩きながら相槌を打つ。その構図はさながら面倒見のいい兄と妹のようである。私はこんな視点でいいのかな?まあいいや。スクショ撮っとこ。撮れた1枚はユージさんの膝に座り、背中を預けて髪を梳かしているというもの。サクラお姉ちゃんには送っても良いかもしれない。
一応、周りから見たら結構恥ずかしいことを言っているような気もするけれど、今のこの状態のモミジお姉ちゃんに言っても仕方が無いだろう。今は泣きやむか、このまま寝てくれるのを待つだけである。時々私の方に、ユージさんの方に、と言ったように行ったり来たりする。落ちつき始めているからか最初みたいにヘッドダイビングはしない。
「よしよし、可愛い奴め」
「えへへ…」
今はユージさんが頭を撫でている。こうやって褒めるとこの状態のお姉ちゃんは眠気に襲われるのだ。案の定、お姉ちゃんが眠そうに目を擦っている。そろそろかな。
「眠いなら寝たほうがいいよ?」
「そうするー」
数十分後、今回はモミジお姉ちゃんが私の膝を枕にして寝息を立て始めたところで解決したのだった。
一見クールそうでも、寂しがり屋。そういう人って時々いますよね?




