第19輪
―――side Momiji―――
「そろそろ降ろして…」
「だめ」
「…ミオ、この人どうにかして」
「ん~?楽できてるんだから良いんじゃない?」
山を登り始めて何回目かのため息を吐く。楽をするのは好きだけれど、子供みたいに扱われるのが抵抗あるのよね…。戦闘にでもなれば降ろしてくれるかもしれないけれど、どうせ戦闘に参加させてくれないと思うのよね。
「カリナさん、前方に魔物」
「あら、本当。モミっちはここでじっとしててね」
「警戒張り忘れてたわ…」
「気にしなくていいのよ~」
カリナは私を木の陰に降ろすと、魔物の居る場所まで向かって行った。本当にやることが無いので戦闘が終わるまでその辺に生えている生産に使えそうな草を引っこ抜いていく。この山で取れるものの中には見たこと無いのが時々混ざっているから後で研究するのが楽しみね。
「もう出てきて良いよ~」
そんなことを考えながら数分草を採取しているとミオから出てきていいと言われたので木の陰隠れて周囲を見渡して魔物が居ないのを確認してから2人の居るところに移動する。こういうときこそ運んでくれればいいのに。
山に来てから少なくとも1時間ほど経ったとは思うけれど、脅威と言えるような魔物は一匹も出てこない。出てくる魔物はと言えばヘルメットのようなものに、つるはしを持った〈ゴブリン〉だけだ。経験値も余り手に入らないらしく、2人の会話からレベルが上がったような話は出てこない。
「それにしてもどこまで続いてるのかな?」
「山なんだからどうせ登ってれば頂上に着くわよ」
「それまでは私がしっかり守ってあげるわよ~」
「…はぁ」
十数分置きくらいにため息を吐いているような気がしなくもないが、もうどうでもいい。私にも活躍の場があってほしいところだ。
「モミジさん、そういえば〈ゴブリン〉のドロップアイテムの中につるはしがあったんだけど、これってまだ使える?」
そう言って、今手に入れたらしいボロボロのつるはしを手渡してくる。つるはしは手持ちが心許なかったから、こういうドロップは助かるわね。それにしてもこんなところでこういうドロップがあるということと、それからこのイベントの目的を考えるとこの先に採掘場所がある可能性が高いわね…。いや、絶対あるわね。《警戒》のミニマップの端の方に不自然なほどのプレイヤーの反応があるし。大半が生産職と考えてよさそうね。…生産を主としているプレイヤーがこれだけ居ると考えると何か嬉しくなってきた。
「説明を見ると普通より結構壊れやすいみたいだけど、使えないことは無いわね。あと、私のスキルが正しいならこの先にプレイヤーが集まってるわ。ここ周辺で手に入る道具の事を考えると十中八九、採掘所ね」
「なるほどー、ならモミジさんの出番と言う訳ね」
「モミっちが採掘…アリね」
「何を言っているのか分からないけれど、進むわよ」
「はーい」
いつものことだけれど、何を言っているのかよくわからないカリナの言葉を無視して早く進むように催促する。こんなに駄弁ってばかり居たら時間の無駄ね。私としては走ってでも行きたいところだけれど、生憎とカリナにガッチリと抱きしめられているためぶら下がるくらいしか出来ない。
「お、開けたばしょが見えてきたよ」
「到着かしら~、良いものが取れると良いわね」
「じゃあ、早速良いものを採るために降ろしてくれるかしら」
「はいは~い」
1時間とちょっとの間足を降ろしてなかった地面になんとなく懐かしさを覚えつつ、私たちの出てきたところから見て正面にある洞窟の入口へと進んでいく。入って少しの間だけ真っ暗だったが、進んでいくうちにいくつかの明かりが見えてきた。ゆらゆらと揺れるような明りから察するに松明の明かりだろう。そして、この壁に反響する音。ここまでくれば間違いはないわ。
「失礼、そこの…ドワーフ?かしら」
「ん?俺の事かい。おうよ、俺はドワーフよ」
周りに居るプレイヤーと比べると体毛が多く背が低めの声が普通の若い人なのに見た目でおっさんにしか見えないプレイヤーに話しかける。背が低めと言っても私より高いのだけど。
「ここで何をしているのかしら」
「見ての通り採掘だ。つるはしを持っているなら壁の至るところにあるこのひび割れみたいなもの目掛けてつるはしを振り下ろして見ると良い。必ずと言う訳じゃないが何かしらの鉱石、運が良ければ宝石が取れるかもな」
「ご丁寧に情報ありがとう、失礼するわね」
念のため確認をとってみたがここは採石場で間違いなさそうね。出来れば人の少ないところで作業をしたいところだけれど、良い場所は無いかしら…。まあ奥の方に行けば大丈夫よね。
「あらあらモミっち、口がつりあがってきてるわよ?」
「あ、ホントだ」
「ふふふ、生産職のプレイヤーが新たな素材が手に入るところで笑みがこぼれるのは不思議なことではないわ…」
「あらかわいい」
後ろから声をかけてくる2人のほうを振りかえらずに奥の方へを足を運んでゆく。途中でプレイヤーの数が減り、明かりが無くなってきたので、自分で持っている松明に火を灯す。ここから奥には赤い点、つまり魔物の反応があるが、気にせず進んでいく。2人に任せきりにするわけじゃないけれど、恐らくどうにかなるだろう。
「人が少なくなってきたね」
「大分奥の方に来ているからね、あとこの奥は魔物がいるわよ」
「まだ仕事は多そうね」
洞窟の構造が分からないから魔物との距離に気を付けて進んでいく。とは言っても山に出てきた魔物と大して変わらないものばかりなのでさほど気にはしていない。光源が少ないせいか、いきなり現れるのに肝を冷やすが、距離は分かっているので不意打ちを受けることはない。
「ひやっとしたよ、いきなり来るんだもん」
「まあ仕方ないわね、道が曲がってたりすると明かりは先の方へは届きにくいから」
「私はスリルがあって楽しいわよ?」
まだまだ余裕そうだな、と思った矢先、通路より開けた空間に出る。ボス部屋と言ったところかしら。中央に赤い点があるが、良く見えないのでその方向に向けて松明を投げる。松明が部屋の中央の方へと転がって行き、出てきた敵は…
「大きいわね…」
「そうねー、潰されたら洒落にならないね」
「魔術効くかしら…」
体長は4メートルくらいありそうな、ゴツゴツとした巨人、恐らく〈ゴーレム〉だろう。珍しくカリナが真面目な顔で呟いている。そして、〈ゴーレム〉が動き出したのを合図に全員戦闘態勢をとる。
「モミジさん、何でつるはし構えてるの?」
「え?だってアレはどう見ても鉱石の塊じゃない、切り崩して素材入手のチャンスよ?」
「モミっちって素材になると性格が変わるのかしら…」
そんなことを言っているうちにこちらへ鈍い音を立てて近づいてくる鉱石の塊。どこから崩せばいいかしら…。さっきのドワーフの話を参考にするとひび割れているところを叩けば良さそうだけれど。とりあえず《飛行》を使って〈ゴーレム〉のような魔物の全身を観察する。
「つるはし持って飛び回るゴスロリ吸血鬼…なんかシュール」
「うるさい」
私のことなんか解説してないで自分の事考えなさいよ、と言おうと思った矢先に〈ゴーレム〉振った手の指先が体に当たってギャグマンガか何かのように転がっていくミオ。戦闘中だと言うことをしっかりと覚えておいてほしいものね。それにしても全身鉱石だけあって本当に堅そうね。適当に叩いていこうかしら。
「モミジさん、そんなに飛び回られると巻き込みそうで危ない…というかそんなに自由自在に飛べるものなの?」
「飛んでる間はMPを継続的に消費してるわ。そろそろ7割くらい無くなるわ」
「私の胸の中に飛び込んできてもいいのよ?」
「お断りします」
一瞬、下で両手を広げて待っているカリナの胸の中目掛けて蹴りを入れてやろうかと考えたけれど、無駄なことをしている暇はないわね。〈ゴーレム〉の視界から外れてから着地。そのまま足に近づいてとりあえずつるはしを振り下ろす。
「まあ、思った通りね」
つるはしは〈ゴーレム〉の足を削ること無く弾かれる。つるはしは壊れなかったが、魔物からドロップしたようなボロじゃいつ壊れてもおかしくないから気を付けておかないといけないわね。
「《ライトニングレーザー》!」
「…貫きはしてるけれど、ダメージ低そうねぇ」
「あー、手が痺れてきたわ」
時々《飛行》を使いつつ、色々なところにつるはしを振り下ろしている傍ら、2人はMPの回復と攻撃を繰り返している。今のところ見た感じだとあまりダメージが通っているような様子は無い。《ゴーレム》の動きも変化が無く、私、ミオ、カリナの誰かを狙っては手を振りおろし?




