第18輪
―――side Yuzu―――
茨で完全に囲まれ、脱出方法が思い浮かばずに時間だけが刻々と過ぎていく。このままだと砂漠による地形ダメージでHPが0になってしまうのが目に見えている。どうにかしないとこれは本当に大変だね…。
「植物なら火で燃やせないの?」
「今ユカさんが魔術を詠唱中です」
「なんか、時間かかってるね」
「レベルで言うと大体25位の魔術ですから」
なるほど、私だけじゃなくて皆も強くなってきてるんだ。多分この蔓は《クレセントセイバー》じゃ切れないんだろうな…。少し置いてかれてるかもしれない。悪いけど、ユカの今撃とうとしている魔術にかけさせてもらうしかないかな…。
「よし、いくで!《ファイアジャベリン》!」
魔術の詠唱時間が終わり、人の体の大きさほどもある炎の槍が蔓の一部分に向かって飛んでいく。そのまま着弾した槍は爆発を起こし、周りに砂煙をまき散らす。正直飛んできた砂が体にあたって痛い。強風が吹いているときに外で体育をやって、風が吹くたびにふくらはぎに砂が当たるときよりも痛い。
「やったか!?」
「ユズさん、なんかそれは色々と問題だらけになりそうな気がする言葉なのですが…」
「問題あらへん、直撃したんやからそれなりにはダメージも通って…」
「ないですね、あれで本当にダメージ入ったのでしょうか…」
「せ、せやな…」
風が吹いて煙が晴れると出てきたのは先ほどの《ファイアジャベリン》など物ともしていないかのような囲まれた時と全く同じ状態の蔓の姿だった。火を放たれて燃えない植物を本当に植物って言っていいのか誰かに問い詰めたい。
「…打つ手無し、ですかね」
「このまま干からびるん待つ?」
「それは私たちが干からびるのを待つの?」
「敵が干からびるの待つにきまっとるやん…」
「それは少し難しいですよ、砂漠はHPが徐々に減少していきますから」
「ああ、そうやった…」
相手が普通の植物だったなら干からびるのを待つのも良かったかもしれない。しかし、実際は恐らく熱に強い耐性を持っている魔物なので、先に干からびてしまうのは私たちの方だろう。それにHPが減っていくのと言うのも辛い。大きく減少するわけではないけど、確実に減っているのは確認できている。暑さで体がだるいとかなら何度も経験してるけど、命の危険までは感じたことが無いのでどう対処すればいいのかわからない。まして、弱点と思われた攻撃が効かない相手ならなおさらだ。まあどうせ死ぬならいくらでも復活しそうな蔓を延々を攻撃して剣スキルを上げてからのほうがいいかな。
「さて、と」
「何か案でも出ましたか?」
「いや?ただどうせやられるなら頑丈そうな蔓を剣でずっと斬ってればそれなりにレベル稼げるかな、って」
「開き直ったなぁ…」
モミジお姉ちゃんが時々言う無駄が少ないだったかな?そんな感じ。そうと決めたら即行動、早速剣を振り始める。茨を斬った感触は普通の植物系の魔物に攻撃をした時と何も変わりはない。こうやってスパスパ斬れるのが楽しい。
「ん、レベル上がった!」
「さよか…」
「ユズさん、ユカさん。茨が崩れて行ってます!」
「え?何で?」
「…知らん」
レベルが上がったのを確認した途端、突然私たちの周りを囲っていた茨が崩れ始め、無くなってしまった。そこには何もなかったかのように本体らしきものも消えていた。
「んー?なんでだろう」
「仮説を立てるなら、レベルが上がると消えてなくなる、と言ったところでしょうか」
「まあそれが現実的やんな。レベル上がったってユズが言うた時に崩れた訳やし」
「まあ、そういうことにして置こっか」
障害物も無くなったのでまたさっきと同じ方向に進んでいく。今度はどんな魔物が出るんだろう、出来れば普通に倒し易い魔物がいいんだけどなぁ…。そんなことを考えても仕方が無いかな、倒せない魔物は出てこないはずだし。
「はぁ、喉渇いちゃった…水ある?」
「残念ながら持ってないです」
「うちも持ってへん」
こういう暑いところだと水とかによく困るんだけど、すっかり忘れてたなぁ…。仕方が無いのでとりあえず砂漠の暑さのせいで減っているHPを回復させてから行動を再開する。こういうときお姉ちゃんだったらどう考えるかな。
「でも、砂漠で水分が必要になった時、どうすればいいかばあちゃんから聞いたことはあるで」
「え、ホント?」
「確かな、サボテンが水分豊富やからそっから手に入れるって言うとった気がするで」
「なるほど、確かに植物からなら水分が手に入るかもしれませんね」
「他には植物の葉っぱを袋で括ったりすると良いとも言ってた気がするなぁ…」
「じゃあ、サボテン探そう!」
と言うことで、早速サボテンを探し始めるものの…まあ、そう簡単には見つからないよね。植物はいくつか見つけたけど、皆萎れてて水分が残ってるようには見えなかったからスルーした。結構な数の植物があったんだけどなぁ。
「なかなかあらへんなぁ…」
「そうですね。体内渇水度がそろそろ危ない領域です」
「それが危なくなるとどうなるんだっけ?」
「疲労状態になって動きに支障がでます」
体内渇水度は空腹度と一緒に実装されたシステムで空腹度より若干減りが早く、定期的に水分を取らなければさっきセリカが言ったようなペナルティを受ける。これを防ぐためにも水を手に入れようとしてるんだけど、これがなかなか手に入らないから困っている。
「ユズさん、ユカさん。魔物が来てます」
「今度は何?〈ゴブリン〉?それとも、あのよくわからない魔物?」
「いえ、あれは…魚?ですかね」
「魚?砂でも泳いでるんか?」
「あー…こっち来た。完全に砂の中を泳いでる感じだね」
周囲の砂を吹上げ、背びれらしきものだけを砂上に出して猛スピードでこっちに近づいてくる謎の魔物。砂の中ってどうやって攻撃すればいいんだろう…。
「また面倒なのが来たなぁ…」
「いや、本当に魚だと言うなら一応身にあたる部分に水分があってもおかしくは無いと思いますよ」
「よし、狩ろう」
「せやな」
よし、これで希望は見えた。久々に張り切っていこうかな。まだイベントの期間は長いし、こんなところで水分不足が原因で脱落しました、なんて冗談にならないからね。とは言っても向こうがどうやって攻撃してくるかもわからないから最初はわざと接近させる必要があるんだよね。変な攻撃してきたら嫌だな。色々と考えている間にも砂を泳ぐ魔物は距離を縮め、私達との距離が10メートルほどになったところで止まった。そして、砂が盛り上がったと思ったら、魔物がその姿を現した。
『シャアアアアアアァァァァ!』
「出てきたね」
「〈デザートシャーク〉、噛まれたらひとたまりも無さそうやな」
「魔術を使ってしまうと恐らく焼き魚になりますね」
「刺身じゃないと水分取れないと思うけど、何とかなりそう?」
「せやなぁ…、調理は問題なさそうやけど、なるべく素材が取れそうな感じにダメージあたえて倒したいところやな」
目の前に魔物が現れたのに倒し終わってからの話をする私たち。普段ならもっと別の事を考えるかもしれないけど、まあ今は仕方が無いと思う。というか、鮫って食べられるかのかな?
「《ライトニングブレイド》!」
「《麻痺突き》!」
「ていっ!」
魔物も出てきたので早速戦闘に入る。この手の潜る魔物は一度潜らせると面倒なのでも潜る前に倒すのが一番いいってサクラお姉ちゃんに聞いたことがある。と言う訳で現在使える中で最速のアーツを使う。カリナも潜らせないつもりなのか、動きを封じるアーツを使っている。アーツが魔術に限られるユカは杖で殴りかかっている。ダメージは低いと思うけど、無いわけではないので無駄にはなってない。
「よし!このまま行けそうだね!」
「油断は禁物ですよ」
と、少し気をそらした瞬間に来た〈デザートシャーク〉の尻尾を弾きながらカリナが返事をする。
「ん、ごめん」
「この程度なら問題ないですよ」
「私、魔術使ったらあかん?」
「だめ」
「困ったなぁ…」
魔術なんか使ったら鮫の身の水分が飛んでしまいかねないので却下。今渇水度が危ないことになってるのに水分減らしてどうするのさ。確かに1人だけ活躍出来ないって言うのはわかるけどそのうちユカにしかできないことだって来るはずだしね。今は我慢してもらおう。
「それにしても、潜らせないとものすごく弱いようですね、この魔物は」
「そうだね、もう見てわかるほどに弱ってるし」
「まあ今回は調理で活躍させてもらうつもりやから2人とも頑張って」
戦闘が始まって3分くらいだろうか、もう動きが鈍り始めている〈デザートシャーク〉にカリナが幾度目かの《麻痺突き》を放ち、〈デザートシャーク〉が状態異常にかかる。
「《クレセントセイバー》!」
「《刺突》!」
この麻痺をしている時間で何とか倒したいな、と思い大技を放つ。向こうのHPも10分の1を切っているし、このまま押し切ろう。
「《スラッシュ》、《ライトニングブレイド》!」
「ていっ!」
「せいっ!」
「よし、これで、とどめっ!」
相手のHPがほぼ無くなったのを見て首のあたりめがけて剣を振り下ろす。すると〈デザートシャーク〉の身体は粒子になっていき、ドロップウィンドウが開く。
「【デザートシャークの肉】…3つもドロップした」
「私もそのくらいです」
「本当に海に居るような魚と同じような身なのかが問題なんやけど…これなら大丈夫やな」
【デザートシャークの肉】を取り出すと、見た目はサーモンみたいなブロック状の身が出てきた。これなら大丈夫だね。
「じゃあ、ユカさん。調理お願いします」
「任されたで、と言っても皮はいで、食べやすいように切れば大丈夫やろうけど」
と素早く皮をはぎ、刺身にするユカ。いつの間に取り出したのか簡易テーブルと醤油まである。…いつ醤油作ったんだろう。そんなことは今はいいとして、早速食べよう。魚は新鮮さが命ってモミジお姉ちゃんも言ってたし。
「いただきまーす」
「いただきます」
「ほな、まだ結構あるから、多めに食べても大丈夫やで」
醤油をつけて食べて見ると、見た目がサーモンのような感じがするけれど味はマグロの赤身のような感じで飲みこむのと同時に渇水度も少しではあるが回復していく。砂漠でどうやってこんなに水分をため込んでいたのか考えると眠れなくなりそうなのでやめておく。
「さて、これで一応水分的な問題は何とかなりましたが、過信しすぎると良くないですね」
「せやな、やっぱり植物辺りからちゃんとした水貰うんが一番いいやろ」
「それか、オアシスでもあるといいんだけどね」
一応解決したとは言え、不安が残っていることに変わりはないのでこの後どうするかを話し合う。余り1か所に固まっているとまた魔物が来そうなので食事は素早く済ませてもう移動を始めている。この砂漠のボス魔物を確認するのも1つの目的だし、建物のようなものが無いのか砂漠のマップを埋めるのも目的の一つだ。まだ両方とも達成できていないし、砂漠の広さがどの位かわからないけどマップに関しては10分の1も埋まってないと思う。まだやることは多いことを再確認して一旦森側に折り返している。
「それにしても何で森に戻るの?」
「森の中には湖のようなものがあったと聞いたのでそこで水を確保してからもう一度こっちに来ます」
「それやと、時間ちょっと足りへんような気もするけど?」
「ですから、今回は砂漠全体を埋めるのではなく、半分程度に収めておこうかと」
「えらい方針変えたなぁ…」
「まあ少し位妥協も必要かな」
セリカの言うことも一理あるので私はそれに乗ることにする。今回で水が大切なのも随分と思い知らされたし、常に危険が伴うのなら少しでもリスクを減らしておくのも重要だしね。でもこっちに戻って来れるのは日が落ちてからになりそうだなぁ…。
「日が傾き始めてますね」
「そうだね、まあ夜の砂漠のほうが多分楽だよ」
「いや、夜の砂漠はえらい冷えるらしいで」
「そうなの!?」
私防寒具持ってないんだけどなぁ…。どうしようかな。鎧の下にもう一枚服着たら何とかなるかな。何か便利な道具があればよかったのに。
「夜が冷えるのは多分本当でしょうから、砂漠で寝るときの暖はユカさんにお願いしますね」
「そんくらいやったら任しとき」
「じゃ、一旦森に戻ろっか」
「はい」
「せやな」
そう言って落ち始めた太陽を背に森へと歩き出すのだった。
更新ペースが元に戻せるかは怪しいですが、少しずつ再開していきたいと思いますのでこれからもよろしくお願いします。
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