第16輪
走るユージ達についていくうちに戦闘音らしきものは大きくなっていく。相当戦闘は激しいらしく叫び声が普通に聞こえるのがその激しさを物語っている。
「もうすぐだ!」
セイヤの声が響くとほぼ同時にこちらに流れ弾であろう火の魔術が飛んでくる。離れていたため当たることはなかったが攻撃を避けられると言うことは回避能力の高い魔物である可能性がある。
「大丈夫か!?」
「え、ユージさん!?」
戦闘が起きている場所に飛び出すと、ユズの姿が確認できた。そういえば開始時以外で他のプレイヤーの顔を見るのは初めてかもしれない。
ユズが居たことにも驚いたが、その後ろには重症と見られるダメージを負い、気絶状態になっているユミの姿が見られた。何があったのかは分からないけれど結構危ない状態であることには変わりなさそうだ。放っておくとユズがその場から動けないのでとりあえずポーションを振りかけで移動させる。
「モミジ、知り合いか?」
「ええ、ユズの組んでいるパーティーね」
「へぇ…」
「何よ」
「いや、モミジさんも他の人とかかわったりするんだな~って」
「関わらなかったらあなたたちともここに居ないわよ」
「で、とりあえず知り合いって言うんなら加勢するしかないだろうな」
「お姉ちゃん、いいの?」
ユズが攻撃をさばきつつこちらを見て聞いてくる。どうせまたユズが何かしてこんな状態になっているんだろうからそういう意味でもこの場一時期だけでも加勢するべきだと私は考えている。ユージと私は良いとして、残りの2人が問題だけれど。
「セイヤとミオは良いかしら?」
「当然」
「多分こいつがこのへんのボスって言ったところだろうな」
「でしょうね」
「ボス戦が一番面白いのにそれを逃す手はないぜー!!」
どうやら2人も良いようだ。そんなこんな言っているうちでも4人で攻撃を続けているユズ達のほうに向きなおり、静かに頷いた後各々自分の武器を構え、(私は取り出していないが)隙の出来ているボスらしき熊の形をした魔物に攻撃を仕掛ける。ユージの攻撃は上手く通ったようだが、動作の大きいセイヤは交わされてしまった。それなりに大きい体のわりに高い敏捷性を持つ魔物、これは結構な強敵になりそうね。ちなみに、私も《ダークネス》を使って視界を塞いだりしている。
「《ライトニングブレイド》!」
「《ファイアボール》!」
「《スラッシュ》、《シールドバッシュ》!」
「《シャイン》!」
「《ハイスマッシュ》!!」
ユージがアーツを使い始めた、一気に攻め込んで弱らせてしまおうと言う魂胆だろう。それに続けて他のメンバーもアーツを叩き込む。視界が塞がれているからか、攻撃は確実にダメージを与えているようだった。見た目では分かりずらいのが難点だろうか、表面に傷ができているだけなのだが、敵のHPバーが減っているのがわかる。
「よし!効いてるな」
「倒せると分かっただけでも結構楽になるのよね~」
「頭に攻撃が当たればスタンさせられるんだがな…」
「セイヤ、それは流石に欲張りすぎだと思うよ」
どうやら確実に攻撃が効いているのがわかって皆の士気も上がってきているようだ。私は隣で寝かせているユミが早く起きてくれると助かるのだけれど、気絶を解除させるには時間経過か気絶専用の回復魔法しかない。
「《ダークニードル》」
日があるうちはダメージを出せる攻撃を撃てないので行動を阻害するために動くことしかできない。そんな状況だからこんな嫌がらせ程度の攻撃しかできないのだ。そのうち朝でも動けると良いのだけど。
「ユズちゃん、右足に《ライトニングブレイド》行ける?」
「問題ないです、《剣》のスキルは16まで上がっているので」
「結構伸ばしてるな、じゃあ合図出したら《クレセントセイバー》まで繋げるか」
「そうですね」
何やら2人が相談をしているようだが、よくは聞こえてこない。まあ無謀なことはしないと思うから安心できるけれど、周りのことも考えて行動してくれると助かるわね。主に私の方に攻撃が来ないようにって意味で。
「はぁ…、任せてばかりいるのも癪ね…」
少しずつ私の中でモヤモヤしたものがたまっていく。夜は確かに無双出来るのだけど、日が昇った途端にこんなだもの。少しくらい見せ場だって欲しいし戦闘の後に文句言われそうで困るわね。そもそも何で日が出ているとステータスが下がるのかがよくわからないわね、日光を防げればダメージは受けないのに。まあこんな状態でも隙を作るくらいはできるけれどね。
「《飛行》」
翼を広げ、森から飛び出ない範囲で熊の上に位置取りをする。
「モミジお姉ちゃん、何やってるの!?」
「こっちは良いから、攻撃の手を止めない。ユージと何かやるのでしょう?」
「でも…」
「ユズちゃん、あいつはこういう場面で動くときは何か考えがあるときだけだ。気にしなくていいだろう」
「…変なことしないでよ?」
「はいはい」
熊の頭上を旋回しながらタイミングを見極める。カリナやユカの魔術の煙とかで熊の位置がイマイチ掴めないのが難点ではあるけれど、逆に言えば煙が晴れれば結構なチャンスとなるだろう。
アーツや魔術、攻撃を防いだために発生している火花を見るに結構派手に戦っているなー、なんて考えたりもしているけれど、重要なタイミングは逃さない。煙が晴れたその時、鞄に手を突っ込み大剣を取り出す。重さに負けて落ちそうになるのを一瞬堪え、
「せめて一仕事はしないとね、《グラビドン―――」
アーツ発動の際に思い浮かぶイメージにそってパワーを乗せて、確実に熊に狙いをつけ、
「―――クラッシュ》!!」
昨日の夜に起きた大地震の原因であるアーツを叩き込む。頭にあたった大剣は鈍い音をさせて熊を地面にたたきつける。…ステータスが低いから大半はアーツの威力ね、これは。
攻撃が命中した時にスタンも起きたらしく、熊は倒れたまま痙攣を続けている。ちなみに大剣はすでに鞄の中にしまっている。いつまでも出しておくと皆の攻撃の邪魔になるし。
「「《クレセントセイバー》!!」」
「《シューティングレイ!》」
一瞬呆けていたがユズ、ユージ、ミオの3人はすぐさま行動に移る。ユズとユージの2人は大きな三日月を描く剣撃を飛ばし、ミオはレーザーとも言うべき攻撃を放つ。着弾後の爆発で視界が塞がれるが、多分もう少しの間は起き上がって来ないだろう。
「ふ、《フレアバーン》!!」
「《刺突》、《火突》、《毒突き》!」
「《アイシクルスタンプ》!」
爆炎を見て我に返ったのか、続いてユカ、カリナ、セイヤがアーツを打ち込む。さて、どのくらい削れたかしらね。煙が晴れると6割方HPを失った熊が姿を現し、
『グルアアアアァァァァァァ!!」
咆哮を発し、それとともに全身の茶色い毛が赤く染まり逆立っていく。相当怒っているようにしか見えない。ボスの中にはダメージを受けると強化される奴がいるのだろうか。それにしても…
『グルルルルル…』
確実に目線をこちらに向けている。スタンを起こした攻撃をしたのが私だと分かっているのだろうか、一撃でも貰ったら危ないと感じた私は《飛行》を発動させ木の上に避難する。が、そんなこと関係ないとばかりに私の立っている木に近づいてきて、次の瞬間、まるで割り箸が折れるかのような音を立てて木が傾き始める。
「ど、どんな怪力してるのよ!」
木が倒れる前に別の木に乗り移るが、同じようにへし折られていく。それどころか、木を殴る力は増しているようで、倒れる間隔が早くなっている。このままじゃどうにもならないわね…というか、死ぬ。結構シャレにならないわね。焦りながらも後ろを振り向くとユージ達が攻撃を仕掛けているのが見えるが、そんなものどうでもいいとばかりに私の方にのみ向かってくる。これはユージ達の攻撃で熊が倒れるか、熊が私を倒すのが先かの勝負になりつつあるわね。
「ちょっと、しつこい、って、きゃあ!」
木に近づいて殴ってへし折るような動作からすでに腕を横に突きだし、突進。そのまま木に腕をたたきつけることによってへし折る形になっている。その速さたるや殴るのと比べ何倍も早く、木の枝の上でバランスを崩し何とか飛び移ったもののもはや枝にしがみついている状態になっている。ユージ達も攻撃を続けてはいるもののまだHPは3割ほど残っている。何か決定的な一撃を加えなければ振り向かせるどころかその場に居ることを主張することすらできないだろう。…なんで冷静に解析しているのかしら、私。
「っ、《飛行》!」
そして、自分のしがみついている木に突進をしてきた熊を確認してから《飛行》を発動。もう諦めて欲しいところではあるが、その考えを打ち砕くかのように常にこちらを見続け追いかけてくる。その進路上にある木々は根こそぎ倒され1本の道のようなものが出来てしまっている。
「早く倒してよ…」
願うように呟きながら飛び続けるが《飛行》の解除までの時間も近い。一旦木の上に降りようと思っても熊が次々となぎ倒してしまうせいで休む時間すらない。今どういう状態かを確認しようと後ろを振り向くと残りHPが1割ほどの熊のみが私のことを追ってきている状態だった。一体ユージ達はと思って後ろに向き直ると、遥か後方豆粒くらいにしか見えない場所でどうやらスタミナ切れでへたり込んでいる様子だった。この状況を打開する策は何かないものだろうか…。
「…こういう時こそ冷静になるべきね」
熊への恐怖心と、手札の少なさから生じていた焦りを隅に追いやり、今自分に出来るであろうことを考える。こういう状況でも冷静になれるのは恐らく親の遺伝子のせいだろう。前にも言ったような気がするが、お化け屋敷で後ろから追いかけられているにもかかわらず平然としているのだから。その様子に困ったお化け役の人が気の毒だった。
「このまま逃げてるだけじゃどうにもならないわね。《ダークネス》!」
少しでも追いかけてくるスピードを落とそうと魔術を熊に当てる。一瞬だが状態異常にかかったようでほんの少しスピードが落ちた。その隙を見逃さず今まで逃げていた方向と逆に飛び始める。熊の後方にユージ達がいるのなら、そっちに向かって誘導すればいい。飛べる時間はほとんど残っていないけれど、一つだけ手段があるのでせめて悪あがきくらいはさせてもらうつもりだ。いきなり方向を変えたがために1秒ほど隙が出来た分、更に間が空く。追いかける速さこそそのままだが、距離が離れているだけで安心感が持てる。
「《飛行》はあとどのくらい持ってくれるかしら…」
後ろに聞こえる熊の方向と木がなぎ倒されていく音を尻目に思考を巡らせる。《飛行〉を始めてから少なくとも3分くらいたっている。本来なら1分ほどで解除されてしまうが、MPとスタミナと消費することで時間を伸ばすことができる。スタミナをまだ消費し始めてはいないが、残っているMPとその減り方から推察するにあと30秒くらいだろうか。ユージ達は私が飛んでくるのが見えているようで、武器を構えてその場に待機しているのが遠めだが見える。恐らくそこまで30秒で飛んでいくのは不可能だろう。しかし、出来る限りの速さで飛び、少しでも皆との距離を縮める。
「熊はどの辺に…まだ後ろに居るわね」
熊との位置関係を確認し、再び前を向く。一応《警戒》スキルで大体はわかるのだが、実際に見たほうがわかりやすいため面倒な方法を取った。
「そろそろ切れるわね…」
そう呟き、その数秒後に高度が下がり始める。こうなると速度も落ち始めてしまうので《飛行》を空中で解除して、そのままのスピードで《蹴り》スキルを使い地面を蹴りながら走る。普通に移動するよりスタミナの消費が激しいが、現在の熊から逃げるにはこれしか方法が無い。しかし、地面に降りてしまった以上、ステータス減少があるわけで敏捷性は大きく落ちる。つまり、熊との距離も縮まってしまう訳で激しい足音がどんどん近づいてくる。こういう何かに追いかけられる状況は現実だろうと、夢だろうと、ゲームであってもものすごく怖い。
『グラアアアァァァ!!』
熊の放つ方向はすぐ後方まで来ている。私は後ろも見ずに鞄の中のナイフを投げながら走る。しかし、警戒のマップに表示されるマーカーを見るに何の障害でも無いかのように普通に追いかけてきているのがわかる。そしていきなり距離が縮まったので何事かと後ろを振り向くと熊は前方に向かって跳躍し爪を振り上げているのが見える、それを見た直後私は大剣を取り出し《月衝波》を放ちその衝撃を利用して前方へ吹き飛ぶ。しかし、その先には
「っとぉ、よし!今だ!」
「《クレセントセイバー》!」
「《ライトニングレーザー》!」
「《バーニングハイスマッシュ》!」
「《投突・爆短剣》!」
「《怨風》!」
「《シューティングレイ》!」
頼もしい仲間たちがいる!吹っ飛んできた私をユージが受け止め、それと同時に攻撃の合図を出し私とユージを除く全員のアーツが怒り狂う熊を襲う。三日月の斬激が引き裂き、光線が貫く。燃え盛る槌が敵を殴打し、生者を怨む風が切り裂く。光る短剣はもう一本の光線と共に激しい爆発を生み、確実に命を飲みこむ。
「…終わったっぽいな。モミジ大丈夫か?」
「怖かった…」
「じゃあ一旦休むか」
「私も疲れたわ、セイヤはテント張っといて」
「ユージさん、ありがとうございます」
戦闘が終わったことによる安心感か、これまで堪えていた感情が表に出てきてしまった。皆も疲れているようだし、セイヤが休むことを提案する。ミオもそれに賛同しているものの手伝う気はないようだ。それを見ていると、ユズが声をかけてきた。
「いや~、まさかユズちゃん達だとは思わなかったな」
「私もあんな見計らったかのようなタイミングでユージさん達が来るとは思わなかったです」
「えと、ありがとうございます。皆さんが来てくれなければ恐らく私たちはやられていた可能性が高かったでしょうし、何かお礼をしたいのですが…」
「あー、いやそういうのは今度でいいかな」
「それにしてもいきなり後ろに現れるとは思わなかったわね~」
「私も反応できなくてユミちゃんに怪我させちゃったし…」
「気にしてない」
…お礼を言うのは良いのだけれど、戦闘があったにしてはえらく元気ね。私は正直な話腰が抜けているのだけど。それを知ってか知らずか私を抱えたままのユージは結構気がきくと言えるだろう。それにしてもユミが怪我をしていたのはやっぱりユズが原因の一端を担っていたのね。まあ今回は反省しているようだから見逃そうかしらね。
―――十数分後―――
「テント張り終わったよー」
「スタミナも満腹度も危ないからこういう時にセーフティポイントになるこのテントはありがたいわね」
「それはそうとモミジ、料理頼んでいいか?」
「そうね、戦闘にはあまり貢献できなかったからそのくらいはやらせてもらうわ」
「モミっちは結構頑張ってたわよ~」
「最初追いかけられているときはモミジさんがどうなるか心配でしたが、結果的に無事でよかったです」
テントを張り終わったところで戦闘で減ったスタミナを満腹度の関係で昼食と言うには早いが食事を取ることにする。さっきの戦闘では足を引っ張ってしまったのでせめて良い食事で疲れを回復させてほしいところだ。
―――side Yu-ji―――
モミジが料理をしているのを尻目に雑談に入る俺達と、ユズちゃんのパーティー。流石にあれだけの強敵を相手にしただけあってか、スタミナには自信のあるセイヤですら疲れているようすだ。まあそれはともかく、
「落ち着いたことだし、自己紹介でもさせてもらおうかな。さっきの戦闘でも見ていたかもしれないが剣をメインに使うユージだ。モミジとは同級生でな、まあその辺は省かせてもらう」
「じゃあ次、私ね。プレイヤー名はミオ、光属性の魔術をメインにしてるわ」
「俺が最後か、まあ無駄に目立ってたかもしれないが槌を使ってるセイヤだ、よろしく」
俺達3人の自己紹介が終わったところで礼儀正しそうな子が挨拶を返してきて、その後全員の自己紹介が終わる。それにしてもこの中に男が2人だけって結構気まずいんだよな。相手が幼馴染とかなら抵抗が無いんだがなぁ…。
「ところで、ユカさんだったかな、スイーツを作るって言ってたけど、何か試作品とかはあるのかな」
さっきの自己紹介で気になっていたユカに話しかけてみる。ロールプレイかどうかはともかく関西弁を使っているのが結構ツボにはまった。
「えと、まだこれと言って何か出来たわけではないです。小麦粉とかは普通に買えるんが良いんやけど、果物とかは森とかダンジョンとか行かないと手に入らんもんやから時間がかかってしもうて…」
「そうなんだ、じゃあ出来たらそのうち連絡してくれるかな、フレンド申請しておくから」
「あ、宜しくお願いします。えっとミオさん」
「じゃあ俺達もよろしくしておくぜ」
「セイヤさん、食べ物を作るだけあってユカさんは私たちのパーティーの料理担当だったりするんですよ」
「へえ、モミジとどっちのほうが上手いんだ?」
「姉さんのほうが上手ですよ、レベルは良いとしてプレイヤースキルの問題で色々と」
「ああ、このゲームって結構プレイヤースキルも反映されるからな」
こんな感じで雑談を続けること約30分、話がちょうど切れるあたりでモミジが料理を運んできた。
―――side Momiji―――
「待たせたわね、結構簡単な物で申し訳ないのだけれど、さっきの熊の肉を燻製にして野菜とかと一緒に挟んだサンドイッチがメインで、後はスープとタマゴサラダを用意させてもらったわ」
「卵なんてどっから持って来たんだ?」
「自前」
「なるほど」
さて、食事もできたことだし、私も頂こうかしらね。さっき燻製の味見もしたけれど、熊肉とは思えないくらいに癖が少なかったわね。やわらかくて普通に焼いても美味しそうだったから全部使うのはもったいないと思って半分くらいは取っておいているけれど。まあ今は食事を楽しんでそのあとに色々と話そうかしらね。