第14輪
「じゃあ、私は離れてるわ。頑張ってね」
「いや、手伝ってよ!モミジさん!」
「嫌よ、ワンパンで死ぬし」
そう言い残し、反対方向に3人を見失わない範囲で離れる。余計なフラグを立てるからこうなるのよ。見る分には面白いから良いのだけれどね。私は終わるまで草むしりね。
―――side Yu-ji―――
「余計なことをしてくれるな。全く…」
「いや、狙ったわけじゃないからね!?」
「こんな綺麗にフラグが回収できるとは思わなかったな。そもそもあれで立ったと言うのも変な話だけどさ」
俺と同じように呆れたような顔をしてため息を吐くセイヤ。ミオが変なことを言わなければいかにもボスですよ、と言った感じの敵が出てくることも無かったと思うんだがなぁ…。
「まあ、やるしかないか」
「そうだよ!良いドロップ貰えるかもしれないじゃん!」
「楽観的すぎるでしょう…」
会話で緩んでいた気を引き締め、出てきた魔物をまっすぐと見据える。見た目は〈グレイベア〉と良く似ているが、実際の強さがどうなっているかわからない。〈グレイベア〉より強いかもしれないし、もしかすればあの〈ゴブリン〉のように弱いかもしれない。出てきた熊はこちらを敵と見なして一回吠えたあと、静かにこちらの様子を窺っている。そして、その静寂を破ったのはセイヤの突撃をかける音だった。
「いきなり突っ込むなって!」
「先手必勝!《ハートブレイク》!」
セイヤの使う武器は槌、この武器は大剣に匹敵するリーチと、破壊力が重要な武器だ。大剣ほどではないとはいえ、この武器も重く取り回しが悪いため使っている人は少数だが。槌のアーツを使用して熊に強烈な一撃を入れようと思ったのだろうが、以外に速いんだよな、熊って。不意打ちだったからこそ、大ぶりの一撃が当たったが、熊は状態を横に逸らし、多少のダメージを軽減したのがうかがえる。まあはっきり言ってバランスを崩しているから俺にとっては只の的なんだけど。俺は熊との距離を詰め、
「《ライトニング・ブレイド》!」
剣アーツ中速さでは上位に入る技で斬りかかる。シャリン、と耳に残る音を残した時には煌めく剣閃を残し真一文字に振りぬかれている。ダメージは少ないが、連続使用ができるので使い勝手は良い。もちろん、アーツ使用によるMP消費も少ない。
「そこだっ!《ライトニング・ブレイド》!」
2回目の《ライトニング・ブレイド》で足を斬り体勢を整えさせない。そのうちにミオには魔法の詠唱をしてもらう。セイヤはすでにこちらに向き直り槌を上段に構えている。その槌には赤いオーラのようなものが出ており、次の攻撃が強力な物であることを感じさせる。
「《パワースマッシュ》!!」
「2人共離れて!《シューティングレイ》!!」
セイヤの振り下ろした一撃は熊の頭をとらえ、そのまま地面に叩き伏せる。そして、ミオの声に反応して熊から離れた直後、レーザーが地面ごと熊を焼き爆発を起こす。…俺も離れるのが遅れたらあれに巻き込まれてたのか。そう考えると危ないな。ちなみに熊は先の爆発で吹っ飛んでしまったらしく死体は見当たらない。やっぱり弱かったのか。
「いやー、清々しいね」
「お前だけだろ、それ」
「巻き込まれたら結構ひどいことになってただろうな」
「で、肝心のドロップアイテムは…」
「テント、だね」
ドロップで出てきたのはどこからどう見てもテントに見えるものが2つ。なかなか大きいが、1つに2人入って寝っ転がるとなると多少狭いかもしれない。今日はもう日が落ちかけているから多少狭くても我慢するしかなさそうだ。
「で、モミジはどこだ?」
「そこで木の幹に背中預けて寝てるぞ」
「すー…すー…」
「寝顔可愛いね」
「…」
「ユージ、どうかしたのか?」
「ああ、いや」
こんなところで寝てるせいで折角の服に土がついてるじゃないか…後で払っておこうかな。それにしても今のコイツの事見てると少し昔のこと思い出すな…。
数年前、大体このアバターと同じくらいの身長の頃は俺の家でも外でも遊んだあと夕方になると必ず壁やら木やらに背中を預けてこんな風に寝ていたな…。と言っても今もそんな変わらないけどな。単純にこのくらいの歳になって遊ばなくなったのは俺の家で遊び疲れて寝ると迷惑をかけるから、とか言ってた気がする。
「じゃあ、森を抜けてテント張ろうか」
「魔物に襲われたりしないのか?」
「説明確認したんだけど、このテントを張った場所の周囲10メートルはセーフティエリアになるんだって」
「へぇ、結構便利だな。イベント終わった後も使えるのか?」
「いや、イベントが終わると無くなるそうだが、設計図は残るらしい」
「…なるほど、そういう意味でも生産職が必要になってくるわけか」
「さてと、じゃあ行こうか」
静かに寝息をたてているモミジを背負い、先に進む。コイツの近くに散らばってた草は一応回収しておいた。それにしても身長と一緒に心まで子供に戻ってるんじゃないか?
「あ、モミジさん起こさないと夕飯ないね…」
「そういえば…」
「でもなぁ…寝ている子供起こすのって結構抵抗あるんだよな」
テントを張り、一息ついたところで結構重大な事実に気付く。この中で料理スキル持っているのがモミジだけなのだが、当の本人が寝ているため調理できる人間がいない。さて、割と困ったな。
「仕方ない、起こすか」
「えぇ~、せっかく可愛い寝顔が堪能できるのに…」
確かに抵抗があるにはある。真っ白な肌に柔らかそうな頬。その頬はわずかに熱を帯びており微かに赤くなっている。髪は無造作に広がっているがさらさらとした髪は艶やかでその幼い顔立ちとは裏腹に謎の色気を感じさせる。息遣いに合わせてゆっくりと上下する胸は…とても貧相です。しかし、他の奴から見ても確実に美少女になるのは間違いないだろう。それにしても、よくこんなゴシックドレスのまま寝れるな。頬を突いて起こそうとしてみる、がモチモチとした感触を返すだけで起きる気配はない。よし、ここは…
「前言撤回、俺らだけでどうにかするか」
「料理スキル俺持ってないぞ」
「私は取ったばっかで…」
「初耳だな、いつ取ったんだ?」
さっき料理スキルがあるのはモミジだけと言ったがあれは違ったようだ。持ってると持ってないとでは結構違うからな。持ってない俺らだと手伝えるのは食材を切るくらいか。
「野菜とお肉はあるんだよね、じゃあ単純に肉野菜炒めでも作ろうか」
「そうだな、それが無難だろ」
「リアルでも料理できない俺らは何すればいい?」
「俺らに野菜を切る以外に仕事はないぞ、セイヤ」
「了解」
幸いにも切り株が近くにあったのでそれを適当な大きさに切り、まな板の代わりにする。俺とセイヤがそのまな板モドキを使って肉は一口サイズ、野菜は細く切り、ミオがそれをフライパンに入れて炒める。順番なんかは結構適当だが、味付けと火加減さえ間違えなければ悲惨なことにはならないだろう。なかなか上手くやってくれているようで、良い匂いがしてきた。これなら大丈夫そうだ。
「できたよ」
「おう、至ってシンプルな見た目だな」
十分に火が通ったところで、4人分の皿に移していく。製作評価は4、普通より少し上と行ったところだろう。しかし、俺もこのゲームで料理スキル取ったらリアルでもそこそこ料理ができるようになったりしてな。それまでには結構時間がかかりそうだが、モミジの言っていたように生産は根気が必要だろう。リアルでも役に立ってくれるなら時間くらいかけてもいいかな。嫁の飯がマズイなんて事になるよりかは相当マシだろう。
「モミジさん、起きて。ご飯の時間だぞ」
「むに~」
「ほら、早く早く」
「ん~…、あれ?私どのくらい寝てた?」
セイヤが声をかけると薄眼を開けて言葉になっていないことを口に出しながら上半身をゆったりとおこす。なんかセイヤが赤くなっているが気にしないでおこう。そして目を少し擦った後、ぱっと何かを思い出したかのように目を見開き、周りをきょときょと見回し、焦った様子で質問をしてくる。
「そうだな、大体1時間経ってないくらいか」
「…迷惑かけたわね、ごめんなさい」
「いやいや~、良いもの見れたから構わないよ~」
「いつものことなんだから気にするなよ」
「いつものことって…うう…」
本当に申し訳なさそうに謝ってくるモミジに軽い言葉で返すミオ。俺が本当の事を言うと更にへこんでしまった。別に気にしなくていいんだがなぁ…。
「おっと、脱線しかけたが、夕飯だぞ」
「ああ、そうそう」
「ん」
「じゃあ、いただきます」
ミオが手際よく皿に盛ってある肉野菜炒めを全員に回し、食べ始める。箸はなかったようなので、全員フォークで食べている。味は評価4なので可もなく不可もなく、よりはやや可よりの味である。しかしこれだけだと少し少ないかな。ゲームだから満腹度はちゃんと回復するのだが、気分的に満腹にはならない。ここは、そうだな…
「モミジ」
「何よ」
「何か食材になりそうな魔物狩ってきてくれないか?」
「…分かったわ」
俺の突然の要求を少し思案したものの、以外にもあっさりと飲みこむモミジ。今は夜なのと、さっきまで寝ていたのが申し訳なかったのか、素早く準備を済ませてセーフティエリアから出て行く。
「…女の子を1人で出歩かせるなよ、しかもこんなに暗いのに…」
「あいつなら大丈夫だろ」
「ならいいけど…」
―――side Momiji―――
…このゲームを始めて幾度目かの失態にため息を吐きながら森の中を進んでゆく。便利なことに、さっきまでいたテントの場所にもマーカーが点いているので迷うことはなさそうね。それにしても、すぐに疲れて眠くなるあたり本当に困ったわね…。また昔みたいにユージに運ばれることになるなんて思いもしなかったわ。外で遊んでた時は決まっていつも私が寝落ちして家まで背負っていってもらってたし、ユージの家で寝た時も起こされて家まで送って貰ってたわね…。何か私って他人に頼りっきりね。こういう時くらい役に立たないと合わせる顔がなさそうだわ…。
「《魅了》、さて、片っぱしからやってやるわ」
《魅了》を発動させて、魔物を引き寄せる。多少かかり具合が悪いけれど大した問題ではないわね。やってきた魔物を1匹ずつ確実に仕留めていく。ドロップアイテムは自動的に鞄の中に入るようにしているので、周りに散らばって邪魔になることはない。敢えて周りに散らばらせて必要な物だけ回収と言うこともできるけれど、その作業が面倒だし基本手に入るものは全て持っておくのが私のプレイスタイルなのでそちらを選ぶことは恐らくないだろう。
「ふっ!」
《魅了》で集まった魔物の最後の1匹を大剣を横に振り切り捨て、額の汗を拭く。ドロップを見て食材になりそうな魔物がいなかったことを確認して、別の場所に移動する。セイヤの言っていた豚の魔物が出てきてくれれば助かるのだけど、そううまくは行きそうにないわね。場所を変え、再び《魅了》を発動させる。同じ森の中だから、出てきても熊かしらね。熊肉は手に入っていないから恐らく食用にはならないのかしら。薬を作る素材くらいにはなりそうなのだけれど。今引き寄せている魔物の殲滅が終わったら少し離れたところまで移動しようかしら。その方が色々面白そうだし、夜が明けた時に探索がはかどりそうだし。
「《ハイスラッシュ》、《月衝波》」
アーツを使用し、次の場所に移動するため殲滅速度を上げる。ここまで敵がなぎ倒せると、実に清々しい気分ね。一曲歌いたいくらいだわ。横に振えば上と下で体がさよならをし、切り上げれば上に吹き飛ぶ。振りおろせば豆腐でも切るかのようにスルリと斬れる。おっと、気づいたらもう魔物がいなくなってるわね。どっちに行こうかしら。ここはちょうどベースキャンプの辺りだし、セイヤが行った方向に進むのも良いわね。《魅了》のレベルも上がっているから範囲も広がるし、移動する距離も多少短くなるわね。
「《魅了》、…何が釣れるかしら」
セイヤの進んでいった方向に行くと余り時間を使わず森から抜けられたため、拓けたところで《魅了》を発動。範囲が若干とは言え広がっているので、さっきと比べると引き寄せられる魔物によって点灯するマーカーが多い。しかし、数だけ増えたところで何かが変わるわけでもなし、結果は同じね。
「ふふふ…」
余りの楽しさに笑いが漏れ出してしまう。ユズに感謝しないといけないかしらね。ここまで楽しい気分なのは久しぶり…すこしくらいハメを外してもいいかしら。
「《横薙ぎ》、《月衝波》、《ハイスラッシュ》、《横薙ぎ》、《クロススラッシュ》…」
MPが余っているのでせっかくだから非効率的だけれど、アーツを連続使用する。周りに攻撃の爪痕が残りながらも、出てくる敵はまだまだたくさん居る。マップに付いた攻撃の痕はすぐに無くなるけれど、倒した敵は山へと変わっていく。もちろん数秒したらドロップに変わって消滅するのだけれど。
「あれ?やりすぎちゃったかしら」
いつの間にか敵はいなくなり、いくら《警戒》スキルの範囲を広げても敵の赤いマーカーは光らない。その事実に多少の寂しさを覚えながらも、恐らくボスに入る魔物であろう豚を模した魔物を探して歩を進める。そして10分が過ぎたあたりで急に赤い点が灯る。振り返ると
『ブヒヒ、ブモー…』
私の5倍の大きさはあるかしら。とても大きな豚…と言うよりは若干猪っぽいのだけれどこれがセイヤの行っていた魔物かしら。その魔物の目は縄張りを侵されて怒り狂ったようで、私を確実に排除しようとしている目だ。楽しくなってきたわ…。
『ブモーーー!!』
「ウフフフ、最高に『ハイ』って奴だわ!!』
他人が見たらどちらが魔物かわからないかもしれないわね、でも今はそれどころじゃないわ。こんなに気分が良いんだもの…楽しまなくっちゃ。雄たけびとともに突進してきたその巨体を大剣で受け流し、がら空きになった後ろに《横薙ぎ》を放つ。
『ブルル…』
「来なさい、全力で相手してあげるわ」
頭を地面すれすれまで下げ、突進をしてくる魔物を《飛行》スキルで避ける。恐らくは受け流そうとしたところを上に吹き飛ばそうとでもしようとしたのかしら。気分はハイでも油断をしているわけではないのよ。
「《月衝波》!」
《飛行》をやめ、重力に引っ張られて落ちる体を下向きにして、アーツを放つ。もちろん、私を見失った魔物は戸惑い、隙だらけなので避けられる訳もない。背中にあたる部分にアーツは直撃したものの、毛皮が硬いらしく、大したダメージは入っていないようだ。どうやら武器の相性が少し悪いみたいね。
『ブルッ、ブモォォォォ!!』
「うっ!?」
再び雄たけびを上げる魔物だが、今回のは違うようだ。周りに衝撃波を起こし、私にも確実にダメージをあたえてくる。…煩いわね、私はどちらかと言えば静かな方が好きなのに。
「全く、煩いわね!《ダークネス》!」
『ブモッ!?』
さっきから私が武器を使って戦っていることから魔法を使うとは思っていなかったのか、明らかに驚きの声を出す。魔物なのに感情表現ができるとはこちらも驚いたわね。しかし、驚いたのと戦闘は別だ。見せた隙を逃さず、再び《飛行》で飛び、今度は相手の背中にのる。そして、
「《ダークニードル・サークル》!」
私を中心に広がる魔法陣から無数の暗い色をした針が突き出る。それは豚のような魔物の背中を容易く貫き確実にダメージを与えていく。それにしても結構時間がかかるわね。背中から降りる前に《クロススラッシュ》を放ってから背中を思い切り蹴飛ばし距離を取る。いくら優勢だからと言っても気を抜くことはしない。魔物のほうを確認すると、すでに突進の体制に入っていたが、《ダークネス》による状態異常によって明後日の方向を向いている。そろそろ決着をつけたいのだけれど、ああ、そういえば大剣のレベルが20になった時のアーツをまだ試してなかったわね。実験台になってもらうわ。
『ブモォォォ!!』
再度狙いを定め、こちらへと突進の方向を修正してくる。それを受け流し、《ハイスラッシュ》でダメージを稼ぎながら、回復が追いついていない分MPポーションを飲んで回復させる。サクラ姉ぇから貰ったのより、効果は薄い分普通に飲める。
『ブモモッ!』
受け流して突進を避けたのだけれど、まだだと言わんばかりに方向転換をしてそのまま突っ込んでくるが、突進の速度自体がそこまで速くないので、簡単に避けられる。しかし、隙を与えないつもりなのか、それとも最後の踏ん張りなのか、突進をやめない豚、…もう猪で良いわね、は何度も方向転換を繰り返し悪あがきを続ける。まあまともに受け流していたら武器が持たないので、《飛行》で飛んだまま曲がるときにどうしても出来る隙に《ダークボール》打ち込んでいるのだけれど。
「あら、飛行時間の限界みたいね」
飛び続けようとする意志とは別に高度が下がるのを確認し、突進のコースに入らないよう地面に降り立つ。そこをチャンスだと言わんばかりにスピードを上げてきた猪に対し、
「《ダークシールド》」
『ブモゥ!?』
闇属性の盾を張り激突させる。そしてぶつかった衝撃で起こした目眩が解けないうちに右側の足二本を《ハイスラッシュ》で斬り、一旦距離をとる。そして目眩が治り突進をしてきたのを避け、先ほどと同じように曲がろうと右側の足に体重がかかった瞬間バランスを崩し、猪は大きな隙を晒す。戦闘が始まったばかりの元気な時ならこの状態から起き上がれたのだろうが、消耗している状態ではそれは不可能に近い。そして、私は大剣の第5アーツを頭に思い浮かべる。それを察知したシステムアシストが私の体の動きを補助する。助走をつけて上に縦回転で跳び、勢いをつける。猪の体が射程に入ったところでその回転のまま大剣を振り下ろす。
「うふふ、楽しい時間をありがとう。《グラビドン・クラッシュ》!!」
直後、とてつもない衝撃がフィールドを襲った。
たまにはこんなモミジさんが居ても良いかな、なんて思ってみたり。