表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/85

第9輪

「紅葉お姉ちゃん、まだ起きないの?」

「すぅ…すぅ…」

「早く起きてよ、もうすぐ朝ごはん出来ちゃうよ?」

「すぅ…すぅ…」

「しょうがないなぁ、それっ!」

「わふ!?」

「起きた?」

「え、ええ」


 ああ、頭がぐらぐらする…。柚子に起こされるとは思わなかったわね…、まさか今度は私が枕を取られるとは。えっと今の時間は9時47分。昨日はいつもと同じ時間に寝たはずだったのだけれど。


「そういえば、朝ごはんは?」

「もうすぐパンが焼けるよ」

「そう、すぐ行くわ」


 着替えて、顔洗って、と色々済ませてから、リビングに行く。まだ頭がさえていないけれど、大した問題はないわね。柚子がひどかった時は歯ブラシに洗顔料つけてたけれど。


 そして、朝食を終えたあと、少しリビングのソファーに座って寛ぐ。ここ数日ミルクティーを飲んでいなかったから今日は起きられなかったんだわ、きっと。そういえば食べ終わったのに柚子が自分の部屋に行かないわね、何かあったのかしら。


「柚子、今日はログインしないのかしら?」

「いや、するよ?でも今ゲームのバージョンアップ中でログインできないの」

「そう、初耳だわ」

「そりゃそうだよ、夜中の3時ごろにインフォメーションが出てきて、5時からアップデート始めるって急に言ったんだから」

「それで変更点は何かしらね」

「えっとね、」


 柚子から得た情報をまとめると以下の通りになる。

 今回のアップデート内容は、満腹度の追加、全NPCにAIの搭載、NPCの販売物の一定以上のグレードの物に残量を設定、それに伴い、全生産NPCの能力を調整。描写のクオリティーアップ、ギルドシステムの追加、スキルの種類の増加、細かい仕様変更、そして、第二陣のプレイヤーに対応するためのサーバー強化だそうだ。


 満腹度は名前の通り、何か行動をするたびに減るパラメーターの追加、ローグライクゲームだと有名だろう。行動の種類によって減り方は違うらしい。移動でも歩くのと走るのでも違うし、戦闘をすれば減る量は増える。もちろん0になればペナルティが発生するし、放置すると餓死するらしい。


 次に全NPCのAI搭載。名前の通り、今まで一部のみだったAIがNPC全てに搭載され、街に活気やNPCとの交流がしやすくなるのだろう。少なくとも今回のアップデートで日常的な会話、雑談などができるレベルになるようだ。運営曰く、そのうちNPCとは言わせなくしてやる、だそうだ。


 次が結構重要で、今まで簡単に買えた武器などに購入制限がつき、無くなれば買えなくなり、NPCの能力も調整され、武器の質が高いと修理してもらえなくなるのだろう。空腹度と合わせて生産職に役目をあたえるためなのかもしれない。生産職を抱え込もうとする人が出てきそうで面倒だけれど。


 描写のクオリティーアップは服の揺れ方、髪のなびき方、草の揺れ方、花弁の散り方、などの視覚的情報、肌に触れるもの、匂い等の五感で感じるものをリアルに近づけたりするそうだ。ますます現実と見分けがつかなくなりそうで怖いわね。


 ギルドシステムは言わなくてもわかりそうだが、複数のプレイヤーで1つのグループを作り、情報の共有やポータル等の便利機能などの共有もできたりする。また、ギルドに加入しているとそれなりのボーナスがもらえたりするそうだ。私は入る気がないから関係なさそうだけれど。


 スキルの種類増加はこれまでより習得できるスキルの数が増え、既存のスキルでも派生先が多くなったりなど、戦略の幅が広がり、プレイヤー個人によるオリジナリティが追加された。


 細かい仕様変更はスキルによるステータスの補正のオン、オフを切り替えたり、生産道具の使い方の変更などだ。この辺は言われてもわからない物もあるので自分で確かめることにする。


 最後に、第二陣のプレイヤーに対するサーバー強化。これによってサーバーが落ちにくくなり、同時に第二陣プレイヤーが参戦する、と言うことになる。また、満腹度などの関係によって生産職が増えそうではある。もちろん第一陣の人にも居ただろうが、これまでのゲームの状態では表立ったは行動できなかっただろう。しかし、これからは生産職も重要視されるようになると思う。


 最後に、第二陣プレイヤーはアバター[吸血鬼]を選択できないらしい。これは現段階で色々運営が試した結果、吸血鬼がバランスブレイカーになりかねないかららしい。そもそも吸血鬼を選んだプレイヤーは片手の指に収まる数らしいが。本当にそうだとしたら、吸血鬼を選んだ私が結構危ないわね。無理にギルドに入れられそうになったり、いちゃもんつけられたり。不審な人物がついてきたりしたら逃げようかしら。それと翼を隠す必要もあるわね。これについては結構簡単で翼で体を包むようにしておけばそのまま服を着てもばれることはない。それでも本格的にどこか目立たない場所に拠点を立てないといけないわね。NPCに依頼しようかしら。


「なるほどね、結構面倒なことになるわね」

「でしょ?」

「それにしてもこのタイミングで武器や防具の購入制限をつけるとは思わなかったわ。本当に何を考えているのかさっぱりね。」

「それよりも、二陣プレイヤーが入ってくるってことは、何かしらのイベントが起きてもおかしくないよね」

「…ありえなくはないけれど、仮にそうだとしてどうするつもり?」

「情報が入ってくるまではレベル上げかな」

「ふーん、私ももう少し積極的にレベルを上げてみようかしら」

「じゃあ一緒にやる?」

「そうね、夜なら付き合ってもいいわ。ところで、アップデートが終わるのはいつなのかしら?」

「12時には終わるらしいよ」

「そう、じゃあ私はそれまでアニメを消化しようかしら。紅茶も忘れたらいけないわね。ゲーム内でも飲めればいいのだけれど、どうにかして作れないかしら」

「が、頑張ればできるよ…多分」

「そうね、まずは薬草から試して見るわ」

「何を?」

「薬草茶」

「うわぁ…まずそう」

「物は試しよ、今日やることが早速一つできたわね」


 そして、久々のアニメ消化タイム。とは言ってもほとんど土曜や日曜になるようなものが多いので、1週間程度ではそこまでたまらない。すぐに見終わってしまい、暇になってしまったので、茶菓子でも作ってしまおう。用意するものは小麦粉、バター、卵、砂糖。まずバター溶かしをボウルの中に入れる。そこに砂糖を入れて混ぜ、クリーム状になるまで混ぜる。後は卵黄と小麦粉を入れて生地がまとまるまでヘラで良く混ぜる。混ぜ終わったら冷蔵庫に入れて30分放置。それも終わったら生地をちぎって丸めてから平たく伸ばす。後は焼くだけでクッキーの完成だ。


「あ、お姉ちゃん、私にも頂戴」

「勝手に取りなさい」

「はーい」


 アップデート終了予定時刻まで後30分ほど、残りの時間を、今作ったクッキーと共に紅茶を飲んで過ごす。我ながら結構手抜きだな、と思いつつも気にせずに食べる。味が悪いとかは特にないとは思うが、売ってるのと比べたら比べ物にならないだろう。時間をかけてもっと手の込んだやり方をすればどうにでもなるけれど、私にとって一番手っ取り早いのはこの作り方だ。最初はクリーム状ってなに?ってレベルだったのだからこれでも成長したほうだろう。それと、余った卵の白身はバニラエッセンスと砂糖を混ぜてメレンゲにして焼く。これもまたそれなりの出来だったりする。


「それにしてもお姉ちゃんそういうことだけは得意だよね」

「どういう意味よ」

「なんかいつも見てるとベッドかソファーに寝て漫画とかアニメとかみてるイメージあるから」

「否定はしないわ、でもそればかりだと飽きるから暇つぶし程度には色々と手を出しているのよ」

「ふーん」

「柚子にも教えられないことはないけど?」

「私はやめておこうかな。色々と危なそうだし」

「そう、残念ね。小遣いせいでこき使って上げようと思ったのだけれど」

「なおさらやりたくなくなったよ、今」


 と、他愛のない話をしていると、アップデート終了まであと10分。そこで公式サイトに動画がアップされたと、桜姉ぇからメールがきた。


「柚子」

「うん、見てみようか」


 柚子の部屋にお邪魔して、PCの電源をつけて公式サイトを確認。確かに動画が一本上げられていた。長さは6分。多少短いけれど、どんな内容なのだろうか。早速再生するよう柚子に言う。


「じゃあ、再生するね」

「わかったわ」


 そして柚子が再生ボタンをクリックする。画面に映し出されたのは一人の男、見た目は大体20代後半から30代前半くらいだろうか。


「はじめまして、WWO公式サイトをご覧の皆さま、私はWWOを製作している会社、オミクロンの代表取締役の柳沢(やなぎさわ)和己(かずみ)だ。」


 柚子が黙って動画を見ているので、余程真剣に見ているのだろう。こういうときの柚子は邪魔をされたり話しかけられたりすると機嫌が悪くなるので、私も黙ってみることにする。それにしてもこの若さで社長なのね。結構苦労しそうだけれど。


「今回こうやって顔を出させて貰ったのはWWOの大型アップデートによって全プレイヤーに通達することができたからだ。まとめて話すと分からない人が多そうだから、2つに分けさせてもらう。まず1つ目。アップデート内容にも書いたように今までNPCにまかせっきりだった武器や、防具などに制限をつけることで、生産を主に楽しんでいる人にも活躍してほしいと思ったのと、生産職なんかは特に、もっとプレイヤーとも、NPCとも交流をしてほしかったからだ。それに伴って、素材アイテムの販売、また、生産用アイテムの価格を下げることにした。これによって是非生産職にも今後のゲームを楽しんでほしいと思う。」


 なるほど、それほどまでに生産職の扱いはひどかったのね。でもなぜ正式サービス開始時からそうしなかったのか、すごく謎ね。


「次に2つ目。これより2日後に生産職、戦闘職の交流を兼ねての大規模なイベントを行おうと思う。内容は実際にイベントに参加してから知ってほしいので、ここでは言わないが、イベントの間、参加するプレイヤーは特別サーバーに接続してもらう。これにより、ゲーム内の時間約5日間がこちらの時間の1時間となる。このサーバーに接続するにいたって精神的に負担のかかる可能性があるので、参加は自己責任にしていただきたい。また、イベントの参加中は生産職のレベルの上がり方が早くなることも伝えておこう。私の話は以上だ。これからもWWOを存分に楽しんでほしい」


 動画を見終わって柚子が大きく息をつく。そして私の方を見て、


「だって!楽しみだね!お姉ちゃん!」

「そ、そうね…」


 とても興奮した様子で短く告げる。確かに楽しみではあるけれど具体的な内容が分からない分色々と不安要素が残る。とりあえずはイベントの内容がどんなものでも対応できるようにスキルのレベルを上げておくべきだろう。そこまで考えて、すでに12時を周っていることに気がつく。


「私先に行ってるね~!」


 柚子の声が後ろから聞こえてすでにログインしているのが目に入る。私もログインしておきましょう。

自室に戻りすっかりなじんだVRギアをかぶりログイン。いつもの感覚の後に街が目の前に広がるが、いつもと比べてものすごく人の数が多い。


「生産職の人募集中だよ!」

「第二陣の方一緒に狩り行きませんか!」


 なるほど、このほとんどは第二陣なのね。おっと、先に翼隠さないと。このままの恰好だとばれそうだからいつもの白いワンピースではなく、服が〈グレイベア〉に破かれた時サクラ姉ぇに押しつけられた黒いワンピースに着替える。それから翼を縮めて服の中にしまう。背中も部分に本来翼を出すために縦に切れ目が入っているが、そこから翼がはみ出すことはない。ついでに服の色とかぶっているので翼があるとばれることもない。吸血鬼のプレイヤーなんて知れたら後の方で使いつぶすために勧誘されかねないものだからここからは慎重に行動していきたいわね。


 さて、時間はまだ朝だから採集に出掛けることにしようかしら。街の周辺は恐らく第二陣のプレイヤーで埋まっているから森の中にしましょう。一応時間が朝でも、森の中で出会う魔物で〈グレイベア〉以外なら逃げ切ることくらいはできる。もちろん《飛行》を使ったりしてだけれど。


「すみません、そこのお譲さん」

「私のことかしら」


 振り向くとそこには、魔族であろう、赤い鱗が腕や顔の一部に生えた、高身長の少し不気味な笑顔を貼り付けた金髪で緑色の目をした男性プレイヤー。


「君、第二陣?それなら一緒に狩りに行こうよ。レベル上げ手伝うよ?」

「気持ちはありがたいけれど、お断りしておくわ」


 前にもこういうのが居たなぁ、と思いつつ最初は普通に断る。すると


「そんなこと言わずにさ、いいだろ?一緒に山攻略しようぜ、メンバー集めてんだ」

「しつこいわね、私は自由にやらせて貰うから他の人とやってくれないかしら」

「そこまで言うなら仕方が無いけど、一応このゲーム体格もステータスに反映されてるんだから、早く仲間見つけないと難しいぞ」

「ご忠告ありがとう」


 ふぅ、やっと引き下がってくれたわ。なんかもう面倒になってきたわね、薬草の採集は街周辺でいいわ。


「あー、やっぱり人が多いわね、とは言っても取りこぼしが随分と多いみたいだけれど」


 私から見るとちゃんとした薬草でもレベルが低い第二陣生産職の方々は気付かずにスルーしている。私はそのスルーされた薬草だけを取って鞄に仕舞う。これが終わったら生産に使うアイテムを見に行こうかしら。安くなったって聞いたし。


 そしてある程度素材が集まるたびにポーションにしていく。《薬師》レベルが5を超えた時に習得した《一括作成・薬》のおかげで一つ一つ作らなくてもまとめて作れるようになったから便利な物である。それを見た周りのプレイヤーが思いっきりこっちに視線を固定しているような気がするが気のせいだろう。暫く続けているとポーションが99個、つまり一マス埋まってしまったのに気がついた。


 ただ、初心者にポーション売っても過剰回復になりやすいのよね。薄めたら初心者用のポーションにならないかしら。そう思って、ポーションを一本取り出し、水を加えていく。割合は1対1。すると案の定初心者用のポーションに早変わり。NPCからも買えるがプレイヤーが作ったものの方が回復量が多いのは恐らく知っている人は知っているだろう。作ったポーションの半分を初心者用ポーション作り変えて街に戻る。《薬師》スキルはレベル9まで上がっている。10になったらまた何か覚えるかもしれないわね。今日はそれを達成したら街を見て回ることにしましょう。


 そして街の広場。一枚大きめの布を敷いて座り、自作のポーションを並べて販売を開始する。値段はNPCだと初心者用50G、通常の物だと100Gなので、色をつけて初心者用55G、通常の物を110Gで売り始める。評価はNPCの物と比べると2つほど高いので妥当な値段だと思いたい。売る量は初心者用は100本、ポーションは30本。


「さて、半分も売れれば良い方かしらね」


 いくつ売れるか楽しみね、などと考えていると早速最初のお客さんがやってきた。犬の耳と尻尾を生やした金髪で青い目の男性だ。それにしても最近男性プレイヤーにばかり声をかけられているような気がする。


「すみません、このポーションは売り物ですか?」

「そうよ、気軽に買って行ってもらって構わないわ」

「じゃあ初心者用を10個」

「550Gだけど、良いかしら?」

「若干高いみたいですけど…」

「回復量が多いからその分少し高くさせてもらっているのよ。普通の初心者用ポーションならNPCからでもかえるでしょう?」

「そうなんですが、今道具屋があの状態で…」


 と、男性が指をさしたのは道具屋の方。そこには行列ができていて暫く待たないと買えそうにない。


「なるほどね、それでポーションを並べている私のところに来たのね」

「はい」

「で、どうするの?」

「買います」


 と短く告げた男性が550Gを差し出してくるので、初心者用ポーションを10本渡す。男性はそのまま短くお礼を言って去って行った。ノルマなんかは決めていなけれど、売れるなら多く売れたほうが良い。だからと言って宣伝すると面倒なのでやらない。暫くは初心者が作ったNPCと効果の変わらないポーションが出回るだろう。せっかくの生産職が日の目を見るチャンスだ。皆それぞれ頑張ってほしいところね。


「店番やるって言うのも結構暇ね、何もできないし、もっと材料とっておけばよかったかしら」


 物を売るのは私が勝手に始めたことなのだが、客を待っているだけで何もできないのは時間の無駄だろう。このまま放置して勝手にやり取りをできるようなのがあればいいのだけれど。一応NPCに依頼することもできるのだが、それなりの信用を得ていないとNPCに物を任せるのは難しいらしい。やはり、雇うのが早いだろうか、でもまだそこまで利益があるわけでもなし、雇用費を払うだけで自己破産しそうだ。


 さっきの男性以外買う人も出ないし、もう素材の採集に戻ろうかしら。まだ開いてから30分ほどしかたっていないけれど、今優先したいのは経験値。一旦片付けて街の外に出ることにする。


「…」


 街からでて薬草を採集しようとして見た光景は、男女問わず、結構な数のプレイヤーが乳鉢を擂っている現場だった。確かに必ずやることにはなるけれど、ここまで数は居なくても良いんじゃないだろうか。はっきり言って一種の恐怖を覚える。できるだけスルーしよう。そう決めると、黙々と薬草の採取作業に取り掛かる。一応素材を集めるだけでも、その素材を扱えるスキルの経験値がたまることは分かっているので、目標数は300程度、鞄3マスと2個だ。そんなことを考えながら採取作業に没頭していると、それなりに聞きなれた声が、


「お、やっぱり居たのか」

「なによ、ユージ」

「生産職が重要視されるようになったから今なら積極的に活動していると思ってな、それにしてもその日傘、目立つぞ」


 そう、幼馴染でお邪魔虫、ついでに成績下位のユージだ。そんな奴でもリーダーシップやらやる気やらでオール3程度は維持しているから何とも言えない。


「うるさいわね、日傘差さないとこっちはやってられないわよ、用が無いなら他のところへ行ってもらえるかしら」

「いや、用はあるんだ」

「なによ」

「ポーション余ってないか?」

「一応あるにはあるけれど…」

「譲ってくれ!頼む!」

「一本110Gね」

「若干高いな、おい」

「評価が通常の2じゃないんだから少しくらい高くても払えるでしょう?」

「…ならいいか。で、何本あるんだ?」

「30本あるわ」

「じゃあ全部」

「先払いよ、商品渡した瞬間に逃げられたりしたらたまったものじゃないもの」

「はいはい、用心深いな。ほら」

「ん、確かに受け取ったわ。ほらポーション」

「サンキュ、じゃあな」


 それだけ言うと走って行ってしまった。本当に邪魔しかしてないようなものね。ずっと下を向いていたせいで顔にかかっていた髪をどけて作業再開。今はひたすら薬草を集めることにする。いつの間にか《薬師》がレベル10になって《時間短縮Ⅰ》を習得していた。詳細は薬草をすりつぶす時間を短くしたり、鍋で濃縮する時間を短くする、というもの。こういうパッシブスキルは今日のアップデートでオン、オフの切り替えができるようになったので、使いにくかったらオフにして今まで通りのやり方でやることもできる。私はもちろん使えるものは使うし、使えないなら今後楽をするため使えるようになるまで練習する。


「あ、失敗したわ…、随分と勝手が違うわね…」


 《時間短縮Ⅰ》をつけて早速ポーションを作ろうとしたが、失敗。本来の濃縮時間がすごく短かったため、しっかり見ていても変化の濃縮の速さに驚いてタイミングを逃してしまった。これは結構玄人向けの仕様ね…、失敗したポーションは使い物にならないので処分。元に戻したいなら噂に聞いたスキル《錬金術》を習得するしかない。とは言った物の条件すらまだ分かっていないのだが。






「よし、何とか5つまでならまとめて作れるわね」


 あれから集めては作る、集めては作るを繰り返して5つ分の材料までなら《時間短縮Ⅰ》を使っても作れるようになった。おかげでゲーム内時間的には昼の中間あたりまで経ってしまったが。それでも時間が短くなるということはやりたいことが早くできるようになるということであり、将来的な利益でいえば大きいだろう。それにしても、同じことをしている人が近くに居るだけでも結構やりやすくなるものね。場違い感が無くなって良かったわ。って…、


「…何か用があるのかしら?」

「あ、すみません」


 いつの間にか多数のプレイヤーが自身の作業を止めて私の近くに寄ってきていて、作業にくぎ付けになっていた。そこまで珍しいことはしていないのだけれど…、と一拍置いて周りのプレイヤーが口を開き始める。


「えっと、どうやったらそんな短時間で作れるんですか?」

「レベルを上げなさい」

「まとめて作っているのは?」

「これもレベルを上げればできるわよ」

「何か効率のいいやり方は…」

「自分で見つけなさい」

「コツは何かないですか?」

「慣れよ、慣れ」

「君をテイクアウ―「何か言ったかしら?」―――何でもないです…」

「ハァ…もう自分の作業に戻りたいのだけど?」

「「「失礼します」」」


 …やっぱり一人で静かなところで作業したいわね。そういえばまだ残りの生産スキルの為の道具を買いに行ってなかったわね。今から見に行きましょう、時間はあるし。


 というわけで街の道具屋。さっきの行列は無くなっていたため、時間をかけずに商品を見ることができた。前に来た時と比べると随分と安くなっている。携帯型の溶鉱炉がなんと2万Gで手に入る。山に入って鉱石を採掘した時の為に買っておきましょう。これで残りの所持金は37940G。ちなみ拠点を建てるのが最初の目標だが家をNPCに建てさせると普通の家でも100万は簡単に飛ぶらしい。普通の家が100万で建てられると考えれば結構安いものだと思うけれど。そのうち店を持って、拠点を持って、その二つをポータルでつなげたいな、などと考えてはいるもののまだ先になりそうだ。ポーションを売って、夜は狩りに全力を注げば、店だけなら何とかなりそうだけれど。


 残りは防具の新調に使おう、とは言っても普通すぎるものを買うと、ユズとサクラ姉ぇが煩そうなので、見た目も重視したい。とは言った物の、余り目立つものは却下。まあ今と同じようなのを選べば良いだろうか。今の服に色々細工をして強化するという手もあるが、それは自分の《裁縫》スキルが低いのでもっと上げてからでないと安心してできない。まあ次は防具屋に向かうことにしようかしら。それとも普通に洋服店に行った方がいいのかしらね。などと悩んでいると、


「何しているの?」

「あ、サクラ姉ぇ」


 たまたまこっちに戻ってきていたサクラ姉ぇに防具をどうしようかと相談を持ちかけると、


「へぇ、じゃあ私が選んであげるわ」

「なんかすごく不安になるのだけど?」

「大丈夫よ、今とそこまで変わらないから。あと、何か素材持ってたら渡してくれる?使えるものなら、NPCでも服に使ってくれるから。」

「わかったわ、蜂の羽くらいしかよさそうなのないのだけれど、大丈夫かしら?」

「多分大丈夫ね。じゃあ予算はいくらぐらいかしら?」

「大体2万くらいまでなら大丈夫ね。レベル上げの為に作ったポーション売ればそのくらいは簡単に稼げそうだし」

「じゃあとりあえず一緒に見ましょうか」


 と、言われて手を引っ張られて店内に入る。道具屋は店先にカウンターがついてそこでやり取りをするので店の中に入るのは調理器具と裁縫セットを街の西で買って以来だ。入ったのは防具屋ではあるものの、店の奥には日常生活で着ても問題なさそうな服が並んでいる。Tシャツ、今もきているワンピース、ブラウス、スカート、安いものは布で出来ていて、高いものになると、金属で作られた糸をあんで布にしたものを使用し見た目を重視しているもののしっかりとした防御力を兼ね備えた服もある。そして、サクラ姉ぇが手に取ったのは、黒を基調とした白い幾何学的な模様の入ったゴスロリ衣装。流石にフリフリフワフワなわけではないが、それなりに裾が長いため動きにくそうなのは変わらない。それにしてもなぜここまでこういう服を推してくるのか。まあいいわ、値段は18000Gでこの服の布には一応鉄が編み込まれているようだ。これに持参の素材を使って強化をお願いするらしい。


「すみません」

「はいはい、何でしょう?」


 サクラ姉ぇがカウンターの奥に向かって声をかけると、出てきたのは恰幅の良い中年の男性。短い茶色の頭髪とそれと同じ色の顎に生えた髭はファンタジーで良くいるモブキャラ感を漂わせているが、その雰囲気の中にも、職人を思わせる空気を纏っているから不思議なところだ。


「モミジ、素材出して」

「はい、これ」

「なるほど、あの山に住んでいる蜂の羽ですか、これは服に使うと光を反射して綺麗なんですよ。それだけではなくて、その反射を利用して魔法をはじいたりもできるし、強度と柔軟性もなかなかありますから物理攻撃にも結構な耐性を持っているんです。」

「なるほど、良いことを聞かせて貰ったわ」

「で、これを使って服を作る依頼ですかな?」

「いえ、既存の服にこの素材を使って強化をして貰いたいんです」

「なるほど、でその服とは?」

「これです」


 と言ってさっきサクラ姉ぇが選んだ服を男性に差し出す。すると男性が唐突に笑い出し、


「フフフ、失礼。まさか遊び半分で作った服を買い取って、さらに強化までお願いしてくる人が居るとは思いませんでしたよ」

「遊び半分でこれだけの服を作れるってどれだけ良い腕しているのよ」

「そこは長年の経験です。で、これでいいんですか?」

「はい」

「そうですね、服の値段が18000、素材はどの程度持っていますか?」

「同じのを30ほど持っているわ」

「ならそれをフルに使用して…そうですね。26500Gでどうでしょう」

「若干予算オーバーね、所持金は大丈夫かしら?」

「大丈夫よ」

「そう。ならそれでお願いします」

「承りました。1時間ほどで仕上げてしまいますので、それまでご自由になさってください」

「ありがとうございます。それではまた」


 店を出て、防具は何とかなりそうね、と一息ついたところで、


「じゃあ、次は靴ね、とは言ってももう買ってあるんだけど」

「え?」

「靴って結構重要なのよ?移動速度に影響出てくるし、歩くときに空腹度の減少も靴によって若干違うのよ」

「そう」

「で、買っておいたものがこちら」


 そういって取りだしたのはシンプルな黒いドレスシューズ。おまけにニーハイソックスまで渡してきた。一体私に何を求めているのよ。というか、そういう格好で薬草とってるのってシュールな場面になりそうね。まるで中世ヨーロッパあたりのお嬢様のような格好じゃない。狩りすらもできないわよ、多分。


「サクラ姉ぇは一体何を求めているのよ…」

「吸血鬼と言ったらお嬢様な感じがするのよ」

「そんな理由?」

「私にとっては重要なのよ」

「そう、だからと言って私に押し付けないでほしいところだけれど」

「まあ良いじゃない」

「全く…じゃあ私は薬草採集に戻るわ」

「なら1時間後くらいに迎えに行くわね」

「はいはい」


 それだけ残して、私は街の外、サクラ姉ぇは他の場所に行ってしまった。久しぶり見た、自分とは反対側に走っていくサクラ姉ぇの背中で滑らかに揺れる髪を見て、ゲームと現実の記憶がダブったのはどうでもいい話だ。

 ちゃんとリアルでも会って話がしたいわね。そんなことを考えながら薬草集めとポーション作りに勤しむのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ