第1輪
「紅葉お姉ちゃん、準備できた?」
「ん」
声をかけてきたのは妹の柚子。さて、何の準備なのか説明すると、少し話は遡る。
「うー…」
「余り動き回らないで欲しいのだけど、特にTVの前」
「だって、だって!」
「だって、何?」
さっきからチョロチョロと部屋の中を動き回っているのは妹の柚子。
明日は終業式、予想でしかないけれど、夏休みが始まるのが待ち遠しいのだろう。中学生なんだからもっと落ち着きを覚えてほしい。
「明日はWWOの正式サービス開始なんだよ?」
「何それ」
「えっとね、WWOって言うのは…」
妹の話によれば、WWOと言うのは一年ほど前から普及し始めたVRギアを使ったMMORPGで、ゲームの名前がWorld Wheel On-line だからWWOと呼ぶらしい。
そしてこの妹はβ版、つまりテストプレイからやっているらしく、正式サービスによってさらに広い世界を冒険できるのが楽しみなんだそうだ。でも私は紅茶とアニメと漫画があればいい。ついでにミルクティーが私のジャスティス。
「で、お姉ちゃんも一緒にやろう?」
「何でゲームの説明からいきなり一緒にやる話になったのか説明して」
「実はね、桜お姉ちゃんから紅葉お姉ちゃんのVRギアも一緒に来たんだ」
「そんなうれしそうに言われても…」
柚子が言っている桜お姉ちゃんと言うのは、私たち三人姉妹の長女、現在は大学に行っているわけだけれど、重度のゲーマーだったのを覚えている。妹もそれに影響されてゲームが大好きだ。
「で、せっかくあるんだから私にも一緒にやれ、ということ?」
「うん」
「お断りさせていただきます。運動嫌いだし」
「じゃあ桜お姉ちゃんにこのVRギア返すの?そしたら多分怒ってこっちに飛んでくるよ?」
「それは困るわね…」
普段はおっとりしている姉なのだが、怒らせると非常に怖い。なので普段から怒らせる事の無いようにしているのだが、私はゲームをやりすぎると精神的に悪影響だと考えているのでゲームは控えたいところ、しかし姉に一緒にやれと言われた時点で詰んでしまっている。
「それに、ゲームの世界でやるだけなんだから、筋肉痛にもならないよ?」
「余り外に出たくない」
柚子は活発で運動好きだから良いかもしれないけれど。
「家の中でベッドにねっ転がってれば良いんだよ?」
「眩しいの嫌い。暗い所がいい」
髪が傷むし。
「紅葉お姉ちゃんはキノコですか」
「失礼ね、せめて書庫の中の本って言ってほしいわ」
「で、やらないと桜お姉ちゃん怒るよ」
「仕方ないわね、やればいいんでしょ?」
こうして、渋々やることになり、物語の冒頭に戻るわけだ。
サービス開始と同時にアバターの作成から始まる、と妹から聞いているけれど、やり方とかは聞いていない。ついでにお勧めも教えてくれなかった。理由は、
「そこまで教えたらこのゲームの醍醐味の自由な姿で自由な冒険、ができないじゃない」
だそうで。そこまで嬉々として言われてもこちらは戸惑うしかないのだがこういう性格をしている以上これ以上何を言っても仕方がないだろう。
「サービス開始まで1分切ったよ」
「ん」
もう少しでサービス開始の1時かー、なんて思っていると、体に軽い浮遊感を感じる。VRギアをしているので何も見えなかったのだが、視界が明るくなってきたのでサービスが開始された、ということだろう。
真っ白な空間に出てきたのはメッセージウィンドウ。カー○ィのボスのアレ見たいな感じ。表示されている内容は
アバターの種族を選択してください。
この一文のみだ。種族って言われても、と思ったところで選択肢が3つ出てきた。選択肢は人族、獣人族、魔族。それぞれの特徴を一言で表すと、人族は全体的なバランスが取れているけれど一部低いものがある。また、人族だけでも3つに分かれていて、人間、エルフ、ドワーフから選ぶことができる。また、それぞれのステータスの違いだが、人間は全てが横一列に並んでいる。エルフはHP、耐久力が低いが、MPと魔術耐性が高い。ドワーフはMPが低いが、HPと筋力が高い。
エルフやドワーフは人族に入れてもいいのか疑問を持つところだけれど、人の考え方は人によって違うので、スルーしておく。
次に獣人族。人間と何かしらの動物が混じったような外見をしており、全体的に身体能力、つまり基礎ステータスが高いそうだ。どの見た目でも一部を除いて基本的には同じらしい。それと、満月の日はアバターの外見が多少変わり、能力が一部上昇するそうだ。
獣人も色々と分かれているが一つ一つ説明をすると長くなってしまうので省かせてもらう。
最後に魔族。どのアバターを選んでも高い強さを誇っているが、それなりのペナルティがあるらしい。アバターの種類はゴブリン、リッチ、リザード、吸血鬼…吸血鬼!?
こ、これは吸血鬼しかないでしょう。ロマンでしょう。夜の帝王的なところとか、邪悪の化身みたいなところとか。おっと脱線した。
仮選択で吸血鬼を選択する。画面が切り替わり、ステータスの確認画面、特徴などの欄に移る。注意書きの欄に赤文字で太陽の出ている時間はステータス75%ダウンと付いているが、気にしない。
次、アバターの外見。一から作ると時間がかかりそうなので、写真から作成。髪の色をシルバー、目の色を紅に変えて決定。深い意味は無い。
最後にスキル。自分が使いたいものを入れながら、柚子が使えない、とぼやいていたやつをあえて選択する。その結果、
メインスキル 《蹴り》《大剣》《身体能力強化》《警戒》《見切り》《投擲》
《魔術・結界》《魔術・回復》《魔術強化》《器用》
サブスキル 《鍛冶》《薬師》《裁縫》《木工》《研究》《細工師》《栽培》《料理》
となった。メインスキルは10枠で、サブはいくらでも取れるらしい。ちなみに私が使えそうだな、と思ったものの大半はサブスキル、つまり生産スキルと言われるものである。私は人に頼るのとか嫌いだし。
それとスキル自体にレベルがあり、それが上がると特技を覚えたり、ステータスが上がったり色々あるらしい。また、ステータス上昇自体はサブスキルにあっても効果があるらしいので、全部極めることができたら俗に言う「俺TUEEEE!」ができるらしい。私は女だけど。
で、何やら固有スキルと言うもの出てきたので確認してみる。どうやら、種族によって固定されているらしく変更はできない。
固有・強制習得 《魔術・闇》《魔術適正》《吸血》《暗視》《威圧》《魅了》《自然回復向上》《飛行》
以上の8つである。またこれらのスキルは分類的にはメインスキルに入るそうだが、枠を埋めない。と下の方に書いてあった。実質メインスキルが18個あると考えれば良いだろう。
最後に名前…モミジでいいや。を入力して決定。細かいステータスは後で確認しよう。
そして最後にゲームシステムの簡易説明。プレイ中に死亡した場合、ステータスが半減して最後にログアウトした町に戻るらしい。また、フィールドでログアウトした場合はその場にアバターが残ることはなく、次回ログインの際はログアウトした場所から一番近い街になるそうだ。
次に、様々な場所に休憩所のような場所があり、そこでログアウトした場合はその場所からのログインとなる。
さて、ゲームにログイン。
どんな感じの街なのだろうかと考えた瞬間に、いきなり背中にとてつもない重量を感じて前に倒れる。何かものすごい重量のものが私の上に乗っかっているようだ。
「お、重い…。何これ…」
煉瓦でできた道の上でしばらくジタバタしたり、起き上がろうと踏ん張っていたりすると誰かの声が上から降ってくる。
「…大丈夫?モミジお姉ちゃん」
「あー、なるほどね。この組み合わせだとこうなるのにも納得がいくわ」
顔だけを上に向けて声の正体を確認する。金髪に金色の目、それから猫耳と尻尾を生やしているが、前者は妹の柚子。プレイヤー名もそのままユズだ。そしてそのあとに話しかけてきた水色の腰の長さほどもあるポニーテールに明るいエメラルドグリーンの目をしているのが、私の姉、桜。私がこのゲームをやることになった元凶だ。
「で、この組み合わせ、ってどういうこと?」
起き上がれないので、倒れたまま質問する。周りからみるとプレイヤー2人に平伏しているかのような感じに見られるのではないだろうか、と心配して首だけを回し、周りを確認する。周りの目が…全然痛くない。むしろ和んでいる男性プレイヤーが多数。女性は少数だ。
「吸血鬼のステータスダウンちゃんと見た?」
「見た」
「大剣の重量説明は?」
武器の説明とかは私が面倒くさがって読んでいない。ただ、勘でこれだ、と決めた感じである。そもそも、初期の武器は最初に取った武器の名前を冠したスキルで決定するので、武器自体の説明が確認できたことを知らなかった。
「そんなもの知らないって顔してるわね」
「どうしようもないなー…」
「なんとかしてよ」
「とりあえず、装備から武器をはずしなさいな」
「うん」
言われるままに装備から大剣をはずす。やっと立ちあがれ…あれ?
「何で二人ともそんなに大きいの?」
「あんたが小さい」「お姉ちゃんが小さい」
「そんな口をそろえて言わなくてもいいじゃない。私はもともと小さいわよ」
リアルでも妹より小さい152cm。誰か身長を下さい。16にもなってこの身長は流石に色々と思うところはある。
「でもいくら私が小さいと言っても見上げるくらいって…」
「あなたのアバターの身長、確認してごらんなさいな」
「あ、はい」
あ、あった。えっと、あれ?ちょっと小さすぎませんか。身長128cm…大体小学校5年の時と同じくらいの身長だ。なぜか髪の長さだけそのままになっているので足首くらいまである。椅子に座ったりするときに地面につかないようにしないと髪が汚れてしまうだろう。あと、今気付いたけど背中に身長の半分くらいの大きさの黒い翼が生えてる。意識するとパタパタと動く。もう少し大きくてもいい気がする。
「納得、できた?モミジちゃん」
「ちゃんと姉と呼びなさい」
「その見た目で言われても、仕方ないわよ?モミジ。でも何でそんな小さいアバターにしたの?」
「普通にやったと思ったのに…」
まるで私が一番下の妹になったかのような感じだ。いや、リアルでも私が一番小さいから遠くに出かけると結構間違われるけど。
「ま、まあ一緒にフィールド行こう?お姉ちゃん…」
私は建物の大半が石造りのこの街の雰囲気を楽しみたいのだ、と言おうとしたとき、サクラ姉ぇが口を開く。
「待ちなさい、ユズ」
「なぁに?サクラお姉ちゃん」
「吸血鬼は日中フィールドに出ると1秒で1%HP減少」
「あっ」
「…わたし、もうやだ、これやめる」
吸血鬼だから仕方が無いだろう。しかし、こういうゲームではフィールドでレベルを上げる時間に制限があると言うのは致命的だろう。某名言集に影響されて吸血鬼が好きだから、と言う理由で簡単に選んでしまった自分に後悔する。アバター作りなおそうかな…
「ああ、お姉ちゃんの心が折れた。背中の羽もショボーンってしてる」
「放っておきなさい。そのうち戻るわ」
「ねーね、なんとかならないの?」
「武器屋に行くわよ」
「何で武器屋なの?」
「日傘ってあるでしょ?」
「ああ。あのβの時に使い道が分からなかった、アレ?」
「うん。これなら使えるでしょ」
「まって、あるくの、はやい」
初日は町をゆっくり見て回ろうと思ってたのに、2人とも戦闘狂ですか。と言うかおいてけぼりを喰らい始めてる。急いで追いつかないと。
2人の歩幅のほうが私より広いので、2人が歩くのに付いていくために小走りになってしまう。効果音をつけるなら、とてててて、といった感じだろう。周りのプレイヤーはなんかとってもにっこりしてます。特に男性。
「日傘って言っても色々あるのね」
「全部100Gだけど」
「初期の所持金3000Gって少し多いよね」
「良いんじゃない?中にはこういうの苦手な人がいるし、ポーション使った挙句死に戻り、とか普通にあるんだし」
「そうだね」
「ま、私たちはこんなに必要ないんだけどね」
当事者の私を抜いて話を続けるユズとサクラ姉ぇ。まあこの辺は任せておこう。ユズが何処かに走って行ったけど気にしない。その間に私は《投擲》用の投げナイフを買っておく。これは消費アイテムなので投げると消滅する。ちなみに一本10Gだ。店員NPCにお金を払った直後に
「はい、これあなたの日傘ね」
「私は服買ってきたよ。あとヒール」
「日傘は良いけど、服?」
「うん。吸血鬼なのに布の服ってなんかアレじゃん」
「そうね、ナイス気配りよユズ」
「私は欲しいって言ってないんだけど…」
と、目的の日傘と、なぜ持ってきたのか分からない服を渡された。確認するとユズが持ってきたのは白のワンピース。あまりこういうの着ないから結構抵抗があるのだけど…。まあ確かに茶色っぽい色をしたいかにも初期装備です、って感じのする服よりかは良いと思うけど、思いっきりフリフリしているのを選んできた所に悪意を感じる。こういう格好よりは動きやすそうな格好ほうが好ましい。でもゴスロリとかありかも知れない。そのうち自分で改造しようかな。《裁縫》スキルあるし。
「そんなこと言ってうれしいくせに」
「ほら、背中の羽、パタパタしてるわよ?」
「え?あ…」
感情が羽に出てしまうのね。おのれ運営、余計なギミックを…。別にうれしくないし、感謝してるだけだし。
「じゃあ気を取り直してフィールドに行こう?」
「ようやく、って感じね」
「初日だからそこまで戦えると思わないけど」
「そうかしら、分からないわよ?」
そして町から出るまでの間に、色々とこのゲームのコツと設定などを聞かされた。
重要なのは、ゲーム内では、リアルタイム換算で朝2時間、昼4時間、夕方2時間、夜4時間の合計12時間。ログインのタイミングによっては夜の狩りをすることになる。おまけとしてゲーム内で8日に1度が満月の日らしい。要するに私がまともに戦えるのは4時間だけ、と言うことになる。そしてログインしたのは午後1時。よって夜まであと7時間ほどある。
そして、フィールド。街をでると広がっているのは草原で、見晴らしがよく、魔物が来てもすぐに発見できるだろう。今の時間は太陽が出ているため日傘を差しているが、日傘は武器として装備をしなくても差していれば良いらしい。ステータスの減少は無くならないが、HPは減少しない。傘をどかして見て色々やってみたところ、体の3割が日に当たるとジリジリと痛みがきてHPが減っていく。
そして、フィールドでもこっちを見てくる人が多い。中には戦闘中にもかかわらず武器を振う手を止めて、こちらに目を向ける人も。まあ、ワンピースに日傘だから目立っても仕方が無いんだけれど…。あ、こっち向いていた人が吹っ飛ばされた。
初日だから街の周辺のフィールドに人が多いなーと思いつつ、微かに吹いてくる風を感じていると、
「あ!お前、神崎!?」
「え?」
後ろから突然声をかけられる。
反射的に3人とも振り返ると、そこには私の幼馴染の佐藤雄二が立っていた。
「あー、やっぱり、ちっこいし、それっぽいなーって思ったんだよな。それにしても更にちっこくなったな。薄い胸がさらに薄くなってるぞ。それに、周りの目線がっちりゲットしてるぜ」
「相変わらず煩いわね。それとちっこいって言うな」
「それにその格好…ププッ、どっかのお嬢様じゃあるまいし…」
明らかに笑いを堪えているユージ。確かにこの格好は自分でもどうかと思うが、半ば無理矢理着せられた物なので正直苛立つ。
これだから私は人と話すのが嫌いなのだ。
「あまり、モミジをからかわないで貰えるかしら?」
「そうだそうだ、お姉ちゃんはれっきとした吸血鬼のお嬢様だぞ!」
「ユズ、フォローになってない」
「え、そう?」
お嬢様は勝手にユズが言っただけだ。私はそんなものになろうとは思っていない。というかますます私の心を抉っていく。そして、次の一言でとどめを刺される。
「それにしてもネットのwikiで上がってた使えないアバターランキング1位の吸血鬼を選ぶとは、なかなかのもんだな」
「ユズ、わたし、もうやめたい…」
「あ、またお姉ちゃんの心が折れた」
「あー、一度こうなると面倒なんだよな。神崎って」
「ユージくん?ゲーム内ではプレイヤー名で呼びあいましょうか」
「あ、はい。サクラさん」
「よろしい」
ユージは私と一緒に遊んでいるときにサクラ姉ぇを怒らせたことがあるので、サクラ姉ぇの言うことを良く聞く。まるで犬のように。
「そうだ、ここでフレンド登録しとこうぜ」
「あ、賛成」
「私も賛成ね。何かあった時、手伝ってほしい時は呼んでね。時間が空いてれば駆けつけるから」
「かってにやって…」
「じゃあフレンド送るから、了承してくれ」
「はーい」
私もメッセージが出てきたので、了承を選択する。
これでユズ、サクラ姉ぇ、それからユージがフレンドに登録された。ユージは今すぐにでも解除したいところだけれど。
フレンドに登録すると、ログイン状態のフレンド間でやり取りができたりする。似たようなものに、ギルドがあるが私はそっちには興味が無い。
「それと、せっかくだから一緒に「やだ」…」
「お姉ちゃんがこうなったのユージさんのせいだからなー…」
「モミジがやだって言ってるし、今日は…」
「わかったよ」
「じゃあ暇があればその時で」
「その時は宜しくお願いします」
誰が私の心を抉った張本人とパーティーなど組むものか。ユズとサクラ姉ぇは別として。
それだけ言い残すと、走りさっていった。後ろから魔法でも当ててやろうかしら。
「じゃあ私たちは向こうの人が少なめの場所に行きましょう」
「そうだね。たぶんβ組の人たちはあっちだと面白みがないからこっちに居るだけだろうし」
「なんで?」
「魔物の動きが遅いから倒すのが楽、と言ったところね」
確かに動きが遅いなら倒すのが簡単だろう、イメージとしてはチュートリアルのようなものだろうか、私はゲームはほとんどやらないからわからないけれど。
「スキルのレベルを上げるならそっちの方がいいと思うのだけど?」
「確かに最初のほうは良いんだけど、レベルが上がり始めると経験値にうま味がないんだよ」
「効率が悪いってことかしら?」
「ま、βと違うところがあったら慣れないといけないし、最初はこっちの敵で良いわね」
「モミジお姉ちゃんは…スキルないけど私の剣貸してあげるからそれで何とかして」
と剣を差しだしてくるが、受け取らずにユズに返す。
「この格好だととても戦いにくいのだけど?」
「そこは慣れなさい」
「せめてもう少し動きやすい服を…」
「大丈夫だよ、そのうち気にならなくなるから」
二人の発言から、こういう服を装備していると、行動に支障をきたすことが分かる。リアルですらドレスなどは裾を持ってもらったり、駆け足になるときは自分で裾を持ち上げているのにこっちでも動きずらくない訳がない。もう少し質素なデザインのワンピースならば普通に行動できたのかもしれないが、かといって初期装備の布の服が着たいわけでもない。
「もういいわ、自分で作る」
「え、生産スキル持ってるの?」
人に頼るのが色々と嫌だから私は生産スキルを持っているが何か問題でもあるのだろうか。こういうゲームでは結構重要だと良く聞くのだけど。
「確かに持ってるわよ?何か問題でもあるの?」
「いや…その…ねぇ?」
やけに言葉を濁すユズに替わってサクラ姉ぇが口を開く。
「実はね…生産スキルで作れるアイテムって。NPCの売ってるアイテムと大差ないんだよね」
「いや、装備なら、」
「装備もNPCに頼めば作ってくれるんだよ?」
「ま、まぁ私は自分でやるから大丈夫…」
「頑張ってね。モミジお姉ちゃん」
「スキルのレベル上げたいなら私たちで素材取ってきてあげるから、頑張れ、モミジ」
生産スキルの弱点をズバズバと指摘してくる2人。不遇なスキルを取ってしまったが故に、リアルでは全く頼りにならなかった2人だけど、ゲームの時くらい信用する気になれる。実際これに関しては私より優れているのは事実だし。
「そうさせてもらうわ」
「よろしい、たまには頼ることも大切よ?」
「モミジお姉ちゃん人の力借りるの嫌いだからねー」
「もしかしたら、それが理由で生産も取ったのかもね」
「あー…、絶対そうだよ」
やっぱり長く一緒に居ると簡単にこちらの考えがわかってしまうようだ。それにしても2人の息が合いすぎていて、私が何かを言う隙を与えない。
「毎回思うのだけど、すぐに私を会話から外すのをやめてくれないかしら」
「あー…ごめんなさい、モミジ。なにも喋らないから話したくないのかと」
「サクラお姉ちゃんと同じ。もっと積極的に話して見たらどうかな」
「いやよ、のど渇くし」
「そんなんだから、学校でも残念美少女って言われるのよ」
「それは関係ないわ、サクラ姉ぇ」
「そんなこと無いと思うよ」
「とりあえず、陣形の確認でもするわよ」
「はーい」
どんな陣形を組むか話し合った結果、ユズが前に出て攻撃、サクラ姉ぇが後ろから魔法を打ち、私は主にユズの回復。私が攻撃を任されなかった理由は、
「お嬢様にお手を煩わせるわけには…」
「お嬢様、ここは私めにお任せを…」
などと、片膝を地面につきながら通りかかった4人の男性パーティーに聞こえるようにほざいたからである。城の中などでやるならまだ様になったのかもしれないが、ここはフィールド、草原だ。どうみてもシュールだろう。たまにこういう悪ノリがあるからこの2人は色々と面倒くさい。あと、ネットの話題に上がりそうで怖い。
「お、早速ポップしたよ」
「陣形、忘れてないわよね?」
「こんな短時間で忘れるほど、私は馬鹿ではないわ」
「じゃあ、ユズ宜しく」
「はーい」
気の抜けた返事をしながら目の前にわいた敵、《コボルト》に突っ込んでいく。
《コボルト》は見た目は犬のような外見をしているが、特徴は二足で立っていることだろう。しかし、無理やり立っているかのような感じで、フラフラとしながらこちらに向かってくるだけだ。
それを問答無用で左肩から右腹部にかけて斬りつける。流石にスプラッタなことにはなっていないが悲鳴とともに《コボルト》が小さな破片のようなものになって砕け散る。
「うーん…」
「どうかしたの?ユズ」
「もっと強いのと戦いたい」
何か不満そうなユズに話しかけると、どこぞの金髪になったり、髪が後ろに伸びてみたりの戦闘民族みたいな事を言い始めた。
「私が戦闘でほとんど役に立たないからやめて」
「そんな種族選ぶお姉ちゃんが悪い」
「元はと言えば、お勧めを聞いてもそれを教えたらゲームが台無し、とか言って教えなかったのはどこの誰でしょうね?」
「へぇ、ユズはモミジに何も教えなかったと?」
「いきなりVRギアわたされて一緒にやろう、って感じだったわね」
せめてもの復讐にと話を大事なところを省いて説明する。
「ユズ?夜は怖いわよ?」
「も、もしかして森の中で朝になるまで延々と狩りですか!?」
「大正解。経験値も稼げるし、良い機会じゃない?」
「モミジお姉ちゃん!助けて、今日寝れない!」
「良かったわね、大好きなゲームが朝まで出来るわよ?」
私の戦闘は主に夜になりそうだなー、と思いつつ適当に妹の叫びを流す。自業自得である。どうせ最新作のゲームは夜が明けるまでやるんだからそんな叫ぶ必要もないでしょうに。
「ほら、ユズ。次のポップ」
「うう…」
次に出てきたのはなんかでっかいアリ。大体60センチくらいある。名前は《ビッグアント》だそうで。これだとジャイアントもいるんだろうな。気持ち悪そう。
「サクラお姉ちゃん。魔術宜しく」
「はーい。《ファイア》!」
ユズがサクラ姉ぇに指示を出すと2秒ほどの詠唱の後にビッグアントを包むように小さな火が噴き出した。周りの草に燃え移らないか心配したが、燃え移る暇もなく周りの草が燃え尽き、鎮火したのでその心配はなさそうだ。
「こいつは剣で斬らないのね」
「昆虫系の魔物は物理に耐性があるのが多いのよ。だから私の魔法の出番ってわけ。でも、ステータスが高ければ耐性があってもダメージは案外通るわよ」
「でも、弱点を突かないとボスなんて倒せないけどね」
「そうね、ごり押しで倒せるのなんて、一部の攻撃力の高いプレイヤーか、防御の低いボスだけよ」
なるほど、なら日中はステータスが下がっていて役に立たない私でもちゃんと100%を出せる夜なら役に立てるかもしれないわけね。…なんか自分に腹が立ってきたわね…
「…私は基本夜にプレイすることにするわ。昼とかは生産に回ろうかしら」
「何でいきなり?」
「12時間の内、8時間はステータスダウンのせいでまったくと言っていいほど役に立たないじゃない」
俯き、少しやけくそになりながら答える。
「ま、まぁ…そうだけど」
「攻撃しないとスキルの経験値が稼げないなら、基本は生産に回ったほうが良いでしょう?一応生産スキルでもステータスアップが出来るって聞いたし」
「今のところ判明してるのがDEXには効果があるってだけよ?」
DEXは器用度の事でこれが上がると弓などは命中率に影響が出るし、ほぼ全ての生産に影響がでてくる。
「それでも、効率の悪い狩りをするよりはマシでしょう」
「…お姉ちゃん、不貞腐れてる?」
「そんなこと無いわ」
いつの間にか足元の草を蹴っていたことから怒っているか、不貞腐れていると思ったのだろう。本心は恥ずかしくて口には出せないが、自分に腹が立っているだけなので余計な迷惑をかけているかもしれない。
「まぁ、モミジがそういうなら良いけど、これからどうするの?」
「そうね、この辺で素材の採集と、ある程度集まったら、最初から持ってた初心者用の生産道具で地道に作業かしら」
生産でもレベルがあって、ステータスに影響が出るなら夜の狩りの為に何か少しでもやっておくべきだろう。あんまりお金ないから結構大変だし、持っておく物、特に回復系統のものは多い方がいい。
「と言う訳でここからは別行動とらせて貰うわ」
「気をつけなさいな、変なプレイヤーに絡まれたりしたらすぐに呼びなさい」
「そう何度も言わなくてもわかってるわよ」
そもそも、そんな変なプレイヤーに絡まれれば最終的にGMコールをして排除してもらうつもりだ。
「なら良いけどね」
「ところで、素材ってどの辺で入手できるのか教えてくれるかしら」
「薬草なら、町の壁の近くに結構生えてるわよ」
「ありがとう」
最後にお礼を言って町のほうに引き返し始める。少なくとも夜になるまでは狩りは出来ないわね。1時間くらい採集で潰して、残りは生産に入って、素材が足りなくなったらまた採りに出かける。これを繰り返せばいいかな。
と、言う訳で現在は町の外壁の近くを歩いています。これと言った物が無いなーと30分くらい歩きまわって、余りにも見つからないから仕方がなく攻略掲示板を見たところ、採集は生産用スキルをメインに移しておかなければいけなかったらしい。で、早速つけてみたところ、レベルが低いからか、はっきりとした違いはわからないものの、時々、ん?となるものが見つかる。雑草の中に薬草が混じっているようだ。
私の30分を返せ。30分あれば普通に紅茶が飲めたのに。あ、でもこっちのゲームには紅茶無いのか、仕方ない、そのうち《調理》スキルを使って作ってしまおう。
「っとそろそろ1時間経つわね。えっと、あった。これが作業用の道具ね」
冒険者鞄(個人用インベントリ)からとりだしたのは、初心者用薬剤作成キット。小さな乳鉢と小さめのコンロのようなもの、それからフラスコやら試験管がいくつか。乳鉢やコンロはともかく、フラスコと試験管は必要なのだろうか。
「まずはポーションから始めるべきね。ハイポーションは難易度が高いし」
独り言をつぶやきながら作業に入る。草の上に腰をおろし、採取した薬草をレシピの通りに5つ、乳鉢に入れてすりつぶす。一部情報によると、レベルが上がれば数を少なくしても大丈夫だと聞いたので定期的に数を減らして挑戦してみよう。
乳鉢を擂った時のこのゴリゴリという音が体中に響いて少し苦手だけれど、こればっかりは仕方が無い。一度やった作業は省略できるので、さっさと終わらせてしまおう。
すりつぶし終わったら、水を取り出し、コンロに火を点ける。水とすりつぶした薬草を混ぜておき、火にかけ、沸騰し始めたら火を止めて不純物を取り除く。これでポーションの完成だ。まるで小学生の遊びのようだが、このゲームではとても重要なことだ。出来た物には製作評価が付き、それによって効果に違いが出る。私が作ったポーションの評価は1。最低ランクである。
だが、最初はこんなもんだろうと割り切り薬草が無くなるまで続ける。無くなったらまた取りに出かける。これを繰り返しているうちに《薬師》スキルがレベル6になっていた。ポーション作成も安定してきている。ゲーム内ではもう夕方になっている。あと1時間くらいで夜、初狩りの時間となる。その前にもう一度大剣を取り出して見る。今度は背中ではなく手の位置に出現させたので数時間前のようなことにはならなかったが、
「も、持てない…」
予想はしていたが持つことができない。地面に落ちている大剣相手に背筋測定をするかのように踏ん張っている。何か他のスキルでSTR(筋力)を上げ、昼でも扱えるようにするか、夜のうちに狩りまくるかしないとレベル上げができない。
そろそろ夕飯の時間ね。一旦ログアウトをしてそのあとにもう一回ログインしよう。