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第五話 テストなんてへっちゃらな彼は

お待たせしました。メインキャラが少しずつ増えて来ます。学園物は人数が多くなるから大変だなぁと思う今日この頃。

 朝露を溶かし込んだ風が頬を撫でて通り過ぎる。踵から土踏まず、そして爪先へと伝わった力は、重力に逆らうように身体を跳ね上げた。そして一歩、また一歩と、軽やかに桜模様のアスファルトを飛び越えていく。


「すっげぇ!」


 口元から喜びが零れ出るのも仕方ないというものだ。昨晩苦戦させられた四肢のウェイトが羽の様に軽い。すれ違う散歩中の人々に頬笑みかけながら、全身で感じる二日目の朝。


 この調子なら今日は走って通学しても良さそうだな。そんな事を考えつつ家の近くまで戻ってきた所で、辺りの空気が変わった。一帯に漂うのはバターの甘い幸せの香り。


 閑静な住宅街の片隅、古アパートの一階に掲げられたパン屋の看板が目に入る。


 こんな所にあったのか。家の近くなのに昨日は気づかなかったな。いつの間にか寄り道していた両足は店の前でピタッと止まり、手には既に小銭入れが握りしめられている。


 そして気が付けばホカホカのバゲットを片手に帰宅していた。トーストせずにスライスしたそのままで一口齧ってみる。


 口に入れた瞬間、バゲット特有の香ばしさが鼻孔を刺激する。唇と舌先で味わうカリッカリッな食感。そして咀嚼する度に脳内へと響き渡るモチモチな内側と小麦のほのかな甘味。


「美味しい」


 スーパーの食パンよりは高くついたが、これは良い店を見つけた。今日の弁当は予定を変更してバゲットサンドにしよう。ゆで卵は手が掛るから、オムレツサンドとハムチーズサンドでいいか。 


 少しお行儀が悪いと思いながらも次の一枚を齧りつつ作業に取り掛かり始めると、出来上がるのはあっという間だった。昨晩お弁当の用意を全くしていなかったからこれで正解だったのだろう。


 ニュースでも見ようかとテレビを付けると、赤いポップ体の時計表示が目に入った。昨日も確かこの位の時間だったよな。


 こんな時間に電話をするのは非常識だろうか。朝の時間は一分と言えども貴重だ。自称女神が本当に女神ならばそういった時間概念はないのかもしれないけれども。だがこれを機に自称女神を探るのも良いかもしれないと、目に悪い色の携帯電話を手に取り、唯一登録されている番号へと電話をかける。


『もしもし子犬ちゃん? こんな朝からどうしたのかしら?』

「小柴です。女神様、今時間頂いても大丈夫ですか……?」


 一応は敬語を使っておくことにする。


『出発するまでならいいけど。私も貴方と話したいと思ってたしね。チート使ってないか、とか』


 何のことかわからない。しかし今の言葉から推測できることは多い。どうやら俺の行動が見張られており、“ちいと”を使ったと疑われるような行動をこれまでにしているということ。だが完璧に掴んでいるという訳でもなさそうだ。


「“ちいと”というのは?」

『……知らないならそれでいいのよ』


 使う、という言葉から何らかの道具だろうと目星を付けるが、昨日使ったモノといえば、携帯電話、自転車、リストバンド……どれも違いそうだ。


『本当に違うのね。それから子犬ちゃん、新しい身体の方は特に問題はないかしら?』

「むしろ調子が良過ぎて……若さなのか、前よりずっと身体が動くみたいです」

『やっぱり昨日は……』


 受話器の向こうでボソッと呟く女神。これどう考えても遅刻の件知ってるよね。監視されてんじゃん。しかも微妙に毒づかれてる気がする。


「えっと、よく聞こえなかったんで、もう一度言ってもらえませんか?」

『何でもないわ。新たな肉体に魂が馴染んでいるようだし、それでいいのよ。で、子犬ちゃんは何の要件だったのかしら?』

「色々聞きたいことがあって。家賃とか収入の事とか」


 水道、電気やガス等の締め日と支払日を調べるのは簡単だけど、家賃関係は契約書が手元にない以上聞かないと分からないし、両親又は女神からの定期的な収入が見込めるのか知らないと食糧的な意味でゲームオーバーになってしまう。どれもが昨日聞き逃した超重要事項だ。


『そ、そんな事!? いえ、確かに子犬ちゃんの言う通りとても大事な事だと思うけれど、そんなこと聞かれるとは思ってなかったわ。部屋に書類とか置いてなかったかしら?』

「片っ端から探したんですけれどどこにも」

『ちょっと待ってもらっていいかしら』


 引き出しを開け閉めする音が、女神の息遣いに混じって鼓膜に届く。頑張ってるなぁと他人事に思いながらレンジで温めたミルクで口内を満たし、女神の返事を待つ。だって結構手間取っているようで待っている間暇だし。


 20分ほど朝の貴重な時間が取られたが、あれこれ催促した書類は無事見つかったようだ。定期収入も確約された。ちなみにこの時間にしっかりお弁当用のサンドイッチも準備済みだ。


『もう、ないわよね。これ以上時間の余裕ないんだけど』


 明らかに焦りの色が見える声。これで一層自称女神説の疑いが一層強まった。まぁ一般人のOLさんとかが女神の代理みたいな連絡係を任されているケースも考えられるけれどね。


「あと、最後に一つ」

『ま、まだっ?』

「“神聖・赤薔薇学園”ってどんなジャンルのゲームなのか聞いていなかったなと。説明書や攻略ほ――――」

『薔薇ガクは由緒正しいビィエ……』


 一転、テンションを急上昇させた彼女が途中で言い淀んだ。ビィエ、Bエ……Bエロ? マイナーなエロゲームとか、そんな訳はないか。


『いえ、そ、その、ば……バトルの方ね』


 俺の不埒な想像を察知したのか、彼女は慌てて捕捉を加えてきた。


 “ビィ”がBバトルなら“エ”もアルファベットの略か。BA,BF、BL、BM、BN、BS、BXと候補があり過ぎる。エース、アーミー、ファンタジー、フューチャー、ラブ、ラ―ン、ミッション、ナイト、サポート、シュミレーション、それにXが頭文字なら――――訳が分からない。


「バトル、アーミー、ゲーム?」

『な、何でそうなるのよ……』


 違うらしい。一番コレっぽい感じだったんだけれども。


『また続きは今度にしましょう! それと電話は朝じゃなくて夜にしてね。子犬ちゃん、今日は遅刻しちゃだめよ!』


 一方的に切られた。自称女神もいい加減出社するのだろう。待ち受け画面の時計を見る。確かにそろそろ良い時間だ。俺も出発しようか。


 昨日とは違いきっちりサイズを合わせた服を纏い、走りづらいローファーを装備して天へと間延びをする。家の鍵もかけて戦闘準備完了。


「目標、20分以内。よし、スタート!」


 お日様を浴びた心地良い風と共に、桜の花道を駆け抜け続けた。









「おはよう!」


 勢いよく教室の扉を開け、声を響かせる。入学式の翌日ということもあってか、早めに集合していたらしいクラスメイト達は目算25人。しかしその中から返事は帰って来ない。気まずそうに会釈を返す生徒たちはチラホラ居るが……これは昨日の一件で予想以上に退かれたらしい。


 でもこのままだと円滑な学校生活は到底望めそうにもない。入学早々のピンチに内心焦り、誰に声をかけようか迷っていた時だった。


「おはよう! 子犬ちゃん!」

「だから俺は小柴だって!」


 思わず振り返る。教室の入り口に入ろうとしていた声の主はあの女神ではなく昨日の……名前なんだっけ?


「いいじゃんか。分かりやすくて。それとも小柴ちゃんがいい?」

「子犬で」


 昨日自己紹介の時に喧嘩売って来たひょろ長ハーフに即答で返す。妙に甘ったるい声でちゃん付けされるのはちょっとゴメンだ。まだ子犬の方が渾名っぽくて良いだろう。で、名前なんだっけ。思い出せないというか、そもそも聞いてなかったか?


「あぁ、そうだ。俺の事はホッシーって呼んでくれよ!」


 右目でキザったらしいウィンク。長い睫毛と赤毛混じりの髪が揺れる。ゲーム内ならキュン、という効果音が流れる場面なんだろうな。だが俺は男だ。そんな趣味はない。


「まぁいいか。ホッシ―、昨日は変な感じになっちゃったけど一応よろしくな」


 別に仲直り、というわけではないがまともに会話できそうな相手がまず一人出来て少し安堵する。


 昨日の質問も本気で喧嘩売っている訳ではなく彼なりの緩いコミュニケーション方法なのだろう。人当たりが良さそうな奴だし、彼をとっかかりにしてこの状況を打開するか。遅刻や制服の件以上に、自己紹介を聞いていないのが痛すぎるからな。


 さて、彼と親交を深めるのは良いが巨体の後ろに影がチラリと移る。


「ホッシー、後ろつっかえてんだよ。でっかい図体どかせっての」

「お~悪い悪い。子犬ちゃんと戯れてたからな」

「子犬ちゃん?」


 視線、というより目線が合った。とても楽に合った。なぜならばスポーツ刈りな彼は――――


「154」

「155」

「くっ、1cm足りない」


 そう、目線の高さ自体が同じなのだから。


 彼の方が1cmばかり高いようだが、彼はそれを鼻で笑ったり、自慢することなく右手を差し出してくる。


「子犬――――小柴だったな。昨日の啖呵気に入ってたんだ! 良く言った。二人でホッシーを追い越してやろうぜ!」

「ありがとう。俺達仲良くなれる気がするな。名前は?」

「大門太助。モンタとかモンちゃんって呼ばれてる。どっちでもいいぜ、シバっち。ちな、ホッシーとは同中な」

「よろしくな。モンちゃん!」

「よろしく。シバっち!」


 ニキビが少々目立つ顔に笑みを浮かべる彼に、笑顔と力一杯の握手を返して新たな友情を確かめる。


「ねぇ、そこ。通してくんない?」

「ちょ~じゃまなんですけど~」


 次に来た女子二人組がうっとおしそうにこちらを見てくるので、水を注された俺たちは大人しくそれぞれの席へと受かった。HRまであまりない時間もないし丁度いいだろう。


 俺の席は一番左の窓に面した列の前から三番目。左隣、そして前と後ろの彼、彼女等はそれぞれ離れた所で話している。3人とも顔は分かるのだが……チラチラと突き刺さる視線が意図的に避けられている可能性を嫌でも考えさせられる。


 誰かこの席から話かけられる人はいないかなと見渡しながら、目的の席に座ろうとすると、ふと視界の隅に女子の顔が目に入った。昨日ハンカチで口を抑えていたあの子だ。


 艶の良い肩まで伸ばした黒髪と、肌に馴染んだ茶色の金属フレームの眼鏡をかけた如何にも優等生タイプな外見。頬杖を付いて俯き加減だった彼女は挨拶しようと目の前に立った俺に対し、眼を丸くして固まっていた――――赤い鼻血を滴らせながら。


 もしかしなくても気づいていないのか? 机を見れば結構な量の血が池の様になっていた。


「これ、使いなよ」


 喉元まで出ていた挨拶の言葉を引っ込めて、代わりにポケットティッシュを渡す。昨日もだけど、相当この子は貧弱なのか。受け取ることもなくきょとんとしているが、現在進行形の惨事に俺の方が目を丸くしてしまうよ。


「ふぁっ?!」


 反応が遅い。間の抜けた声を発した彼女は口元に手をあて、べっとりと付着した血を見てようやく事態を察する。


「とりあえずこれで押さえとけって」


 ティッシュの中身を引き出して唇の辺りから鼻元まで拭ってやる。何か小さい頃の美咲を見ている感じだな。


「あ、ありがとっ」


 残りのポケットティッシュを袋ごと受け取ると、周りの目から逃れるように走り去る彼女。あんな顔じゃ周りの目線がきつかったのだろう。でもHRはあと1、2分で始まるんだけどなぁ。


「よっ、色男!」

「ひゅーひゅー」


 ホッシ―とモンちゃんのデコボコンビが囃し立てる。ご丁寧に指笛まで付けて。モンちゃん器用だな。


「お前らなぁ」


 見てないで手伝えよと思いながらハンカチで机の血を拭き取っていく。


「手伝うよ」


 そう言ってくれたのは戻ってきた隣の席のインテリ君。黒ぶち眼鏡に太い垂眉、左の泣き黒子が印象的な彼はいかにも図書委員や学級委員が似合いそうな少年だ。彼もポケットティッシュを取り出しハンカチで拭きとれなかった分を手伝ってくれている。


「ありがとね。委員長」

「君もその名前で呼ぶのか。学級委員は別に居るというのに」


 俺の知らない所で学級委員は決まっていたらしい。これまでも余程そう呼ばれ続けていたのだろう。はぁ、と溜息を一つした後、彼は言葉を続けた。


「天城龍一だ」

「じゃあ龍一で」

「いきなり下の名前か。案外人懐っこいんだな君は。昨日タバコ臭い格好で来たときはもっととっつきにくいイメージがあったんだが」


 クイッと眼鏡を人差し指で持ち上げて、真顔で見つめる龍一。


「あれは不可抗力で先輩に貰った服だし。タバコなんて吸ったことない」

「不可抗力か。深くは追求しないが初日から災難だったな。君、わかっていると思うがかなり警戒されているぞ」

「だよね」


 周りを見渡す。龍一以外にこの席の付近に近づこうとする奴らはいない。さっきのコンビは大丈夫だろうが他の女子グループと話に夢中のようだ。


「まぁ頑張ることだな。一応、応援はしている」

「どうも。あ、先生来たな。とりあえずさっきの子の件伝えておくか。俺みたいに遅刻じゃないし。彼女の名前分かる?」

「沼上さん、だったはずだ」

「沼上ね。じゃ、伝えてくる」

「偉いな、君は」

「そうか?」


 別に偉くはない。これで何か俺が困るわけではないし、人として当然のことだ。何より中身は大人だしな。


 出席確認が終わり、実力テストの全体説明が始まった頃、沼上さんはバツが悪そうにして教室に入ってきた。俺と違って咎められることはないのにな。鼻に詰め物している様子もなく、普通に出血は治まったようだ。この後のテストのことで気が張っていたのか、クラスの注目も特に集まることなく彼女も安堵している素振りを見せた。







 そして始まった実力テスト。国、社、英と三教科は順調に終わった。古文と無茶苦茶に改変された現代社会の人物達、年号に絡む問題と、発音アクセント問題、自信がイマイチがないのはこの辺だ。


 逆に言えば他の所は間違いようがない。この学校の学力レベルは定かではないが、それなりに上位は取れそうだ。特に残った数理、ここは満点を目指すべきだろう。美咲の高校入試に向けての勉強を手伝ったきり全く触っていない地学分野が少し怪しいけれど、どうにかなるさとは思っている。


 周りは必死こいて教科書や参考書を見ているが、中学レベルの本をやっていない俺にはすることがない。久々に早弁でもするか。


 鞄からラップで包んだバケットサンドを取り出す。大きく口を開けて、ガブリ。塩コショウで炒めた千切りキャベツとケチャップを絡めたオムレツが、噛み応えのあるパンと共に口の中で踊る。マーガリンの代用で塗ったマヨネーズとの相性も中々良い感じだ。


「美味そうだな」


 参考書と睨めっこしていた龍一も流石に気になったようだ。


「食うかい?」

「いや、眠くなるといけないから良い」


 真面目だな彼は。ぬるめの緑茶を水筒から注いで机に置いてやる。


「リラックス、リラックス。眠気防止にも良いぞ」

「感謝する。ありがたく貰うとするよ」


 少しだけ口元の緊張がほぐれた様だ。堅物な様で意外と絡みやすいな龍一は。


「美味しかった。君の方こそ飲むと良い。先程も半分以上寝ていただろう大丈夫か?」


 そう言って龍一は空の外蓋にお茶を注いで俺に渡す。だって時間余りまくりだもん。やることがないので寝てしまうのは仕方ない。


「ん、サンキュ」


 ありがたく受け取り、口内のパン屑を流し込んだ。半分ほど食べたが残りは時間的に厳しいだろう。ラップで包み直し鞄にしまおうとしたところで再び視界に入ったのが……


「沼上さん、また鼻血出てる。龍一、ティッシュ! 俺のもうないし」


 龍一の後ろの席である彼女の鼻から一筋の赤い滴。


「使うと良い。大丈夫か君は! 体調が悪いなら保健室に行った方が――」

「小柴君、天城君、あ、ありがとう。だ、大丈夫だから。ちょっと興奮しただけだし、すぐ治るわ」


 挙動不審にペコペコする彼女。だから顔を動かすなって、と思いつつ半ばあきれ顔で見つめる。隣の龍一も似たようなものだろう。


 あ、もう先生入ってきた。とりあえず後一教科で昼休みだ。沼上さんがちょっと心配だがこれ以上はお節介というものだ。前を向く。さぁ、俺は俺で頑張りますか。






「しゃあ! 終わったぁ!!」


 帰りのHRが終わると同時にモンちゃんの甲高い声が教室中に広がった。


「テンション高いなモンちゃん」


 意気揚々としている彼に声をかける。


「だってさ受験終わったのにテストとか嫌じゃん。それよりサッカーだサッカー! シバっちサッカー部見に行こうぜ! まだ部活決めてないだろ? 今からホッシ―と見学に行くんだ」

「二人とも中学でサッカーしてたのか?」

「あぁ、俺がセンターフォワードで門太が左ウィング。子犬ちゃんも運動できそうな感じだけどサッカーに興味ない?」


 ホッシーが身を屈めて誘いをかけて来る。近い、顔が近いぞホッシー。イケメンなのは分かってるから。本能的に後ずさりすると太腿が机にあたったので、そのまま軽くジャンプして机に腰掛ける。


「ゴメン。人並みにはサッカーできるけど他のとこに興味あるから」

「そっか残念」

「で、子犬ちゃんは何に興味があるんだい?」

「生徒会!」


 そりゃ学園物の権力者、秘密部屋、影の能力者たちといえば間違いなく生徒会だ。少なくともキーパーソンは生徒会に居る。手っ取り早く学園の中枢に潜り込み、情報と力を手に入れるにはこれが最速の道だろう。


「生徒会か。シバっちのイメージとは違うけどなぁ。バスケかサッカー経験者だと思ってたけど。やっぱ目立ちたい系?」

「目立つというより権力が欲しい」

「目立つ、ねぇ。充分悪目立ちしてるけど。子犬ちゃんなら番長目指して権力とった方が早いんじゃない? 昨日の学ランはイケてたよ」

「うっさいノッポ。あれは俺の意志じゃない」


 まるで年下をあやす様な感じで頭をポンポンと叩くホッシー。


「で、子犬ちゃん。5月の選挙までまだまだあるんだけど、今見学に行って何かできるの?」

「まずは生徒会のメンバーと接触して色々考えないといけないし。一か月なんてあっという間だろ?」

「そっか、シバっち頑張れよ。じゃ、また明日な! スポーツテストで勝負しようぜ!」

「じゃね~子犬ちゃん」

「あっす、また明日!」


 手を振って今日の分かれを告げる。俺も生徒会へ向かおう。確か生徒会室は――――――――









「何を、しているんだい?」


 生徒会室前を通りかかったらしい男子生徒、ネクタイの色から察するに三年生が俺に声をかけて来た。いや、ナニをしてるのは俺じゃないんですけど。などとは言えず小声で俺は先輩に返事をする。


「もしかして生徒会の人ですか?」

「あぁそうだけど」


 体格は中肉中背、肌の色は白くもなく、黒くもなく、顔立ちも極々普通で“ある一点”以外は何の特徴もない先輩。彼はいぶかしげに俺の事を見つめてくる。


「アフロ先輩、静かに。とりあえずこっちに来てくれませんか?」


 しぃ、と人差し指を口元にあて、どこぞのダンサー張りに見事なアフロを生やした先輩を隣へ誘う。


「初対面の癖に失礼な一年だな。まぁ慣れてはいるが。何だ? 中で何かやってるのか?」

「聞いたら、分かります」


 そして再び扉に耳をあて、先輩にもそうするように促す。


『あっ、いけませんわ』

『ちょっと強かったかい?』

『えぇ、そんなのは強引すぎていけません……』

『そんな事言ったって、僕は初めてなんだし』

『でしたら、わたくしのリードに従ってくださいまし』

『だが、それは男としての面子が……』


 扉越しに聞こえる苦悶の声。初めての男と、経験者の女。桜吹雪の季節から遡り、この部屋だけは桃の花が咲き乱れているかのようだ。とことん緩みきった笑顔を見せる先輩は親指を立てた。


「でかしたぞ一年」

「でしょ?」


 体験入会的な感じで無理やり雑用でも任せてもらおうと殴りこみをかけたら、扉の奥から変な声が聞こえてきたのだ。入室を躊躇うのは仕方ない。


「浅木嬢と高松か、まさかできていたとはな」

「どうします? 覗きます?」

「覗きは無理だろう。いつまでもここに座っていると、人通りが少ないとはいえ他の生徒に見つかる」


 確かに。実験室や音楽室ばかりが並ぶ廊下のため人通りが極端に少ないが、ここに座っている俺たちは怪し過ぎる存在だろう。


「じゃあ?」

「正面突破だ。正々堂々開けて浅木嬢の姿だけでもこの目に刻む。偶然なら問題ない」

「そうですよね。生徒会が堂々と入っても問題ないですよね。アフロ先輩」

「お前は違うがな。まぁいい天国へ一緒に連れて行ってやろう。俺も入室する口実ができるしな」


 口実とは何か、と考えを巡らせるよりも早く、アフロ先輩は勢いよく立ち上がりドアを素早く開ける。


「よう、お前ら励んでいるか!?」


 一瞬も見逃さないとばかりに俺も目を見開く。確かに励んでいた、確かに抱き合っていたのだが……


「ごきげんよう森田さん」


 どう見ても社交ダンスのホールドだよな。良い所のお嬢さんにパーティーの練習か何かで付き合わされたって所か?


「――――元気そうだな森田」


 高松先輩が俯きがちに言う。その目線の先には鋭角なテント。座ったまま興奮を鎮めていた俺は心の内で一言謝罪を告げる。すいません、俺の勘違いでした。


 それにしてもどうしよう。空気が更に桃の季節から極寒の冬へと遡っている。足元が凍りついたように動けない。それは浅木先輩という女性も同じ様で、見る見るうちに顔から血の気が引いていく。


「きゃあああああああああ!!」


 二日目にしてこのゲーム、既に詰んだかもしれない。主に社会的な意味で。

ちょっとずつフラグをあちこち建設中の子犬ちゃん。


ご指摘や簡単な感想でも頂ければ幸いです。

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