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第一話 ボーイズラブを知らない彼は

こんにちは。みゅうと申します。

初めての人は初めまして。

お久しぶりの人はお久しぶりです。

普段は二次創作界隈に居まして、主にハーメルンや理想郷で生息しています。


今回久しぶりにオリジナルを用意してきました。

灰汁の強いラブコメディをお届けできたらと思います。


 それは完璧な2.5次元だった――――なんて表現はごく一部の人にしか共感してもらえないだろう。

 でもそれしか語彙力のない私には表現の仕様がなかったのだ。


 社会人3年目でありながら、思春期の少年を思わせる愛くるしい瞑らな瞳、赤ちゃんのような張りのあるモチモチのお肌、ちっちゃなスーツで駅まで駆け抜ける軽やかな足取りと、朝の爽やかな風を受けてふんわりなびくショートレイヤーの黒髪。文句のつけようがない美少年だった。


 ここ数年稀に見る大ヒット作『真性☆赤薔薇ガクエン』は乙女としての嗜みであり、女神仲間も日本支部の大半が全ルートコンプリートしたほどの勢いだ。

 そんな中、2.5次元と言って差し支えないリアル「子犬ちゃん」が、まさか池袋に出没するだなんて誰が思っただろう。池袋管轄を今年度も勝ち取った私は天にも昇る気分だった。ここは天国だけどね。


 よく観察してみれば彼は常に注目の的だった。池袋に通う乙女たちだけではない。気がつけば日本管轄の女神仲間も彼の虜になっていた。


 そんな彼が死んだ。実にあっけなく、だが余りにも英雄のような最期だった。

 突然の火事。最愛の妹を庇い、煙に巻かれて彼は倒れた。

 皆が嘆いた。人の生死を司る私たちがたった一人の人間の死に心を揺さぶられたのは一体いつぶりの事だろう。


 そして私は前々から立てていたとある計画を実行することにした。


「三年の有給を下さい。プロジェクトRの試験に適任の魂が降りて来ましたので」


 予想外にあっさりその申告は通ることになる。聖地池袋を交代制で管轄できるならばと、他の女神たちも笑顔で送り出してくれたのだ。えぇ。その席は譲ってあげるわ。でもその代わり私は新たな世界で生きる子犬ちゃんの恋愛模様をこの目でしかと確かめるのだ。


――――さぁ目覚めなさい、子犬ちゃん。前世では叶わなかった恋があなたを待っているわ。









 聞き慣れない声が耳に妙に残ったまま、二度寝の誘惑から抜けだしたのは少し肌寒い午前7時。


 下ろし立てのせいか肌に張りついてくるパジャマ。安いビジネスホテルの様に冷めきったシミ1つない壁。人や食べ物の気配がない無機質な匂いの空気。要するに、現在俺が居るのは全く知らない部屋ということだ。

 あまりにも生活感がない部屋。小さな食器棚や最低限揃えられた調理道具、学生服だけ用意されたスカスカなクローゼット。内装から判断してホテルの類ではない気がする。


 得られる限りの情報全てが違和感を告げる中、鏡の中の小憎たらしい笑顔を見て初めて、ようやく俺は安心という言葉を得た気がした。


 俺は、俺だ。何てこともない、当たり前の話。


「さて、と」


 まずは思いっきり蛇口を捻って水で顔を洗い始めることにする。こういう小さな日課から日常を思い出さなければならない気がするのだ。


 指先から溢れだす水の塊を顔中に叩きつける。繰り返すこと二、三度。水と空気のひんやりとした境界線が段々と思考を明瞭にしていく。

 瞼の奥まで行き渡った清涼感を確かめるように俺は目を見開いた。うん、まさに水も滴る良い男。童顔過ぎるけどな。


 社会人になってからでさえ高校生と間違われることが多いのだ。免許証なしではビールの一本も買うことさえままならない不自由な身である。

 背丈が充分足りないのは家系的に仕方ないとしても、顎髭ぐらい生やして貫録を出したいもの物なのだが――――つるっつるっな顎のラインを撫で、角度を変えてダンディっぽく振る舞ってみる。

 正面で笑っているのは憧れの紳士像ではなく、小生意気そうなおチビのニヤケ顔、っておい。

 相対する少年を睨みつけるようにその顔の細部を観察する。冷静になれ、俺。


「いや、これは若過ぎだろ。10年ぐらい若返ってないか?」


 試しに軽く頬を叩いてみるとペシペシっと気持ちい音が返ってくる。

 美容に気を使う乙女という訳ではないが、体調のバロメーターとして肌の状態は重要だ。不摂生な生活をしているとすぐにカサカサになってしまう性質のため、他の所が悪くなる前に手を打つように心掛けている。

 にしても10代の肌はすごいな。俺のだけど。徹夜とか平気でするようになってから酷くなったもんなぁ。栓のないことをを考えながらムニムニ、ペチペチと飽きることなく繰り返す。


 そんなとき突然鳴り響いたのは黒電話のメロディ。業務携帯と同じ設定だからこの音は非常に心臓に悪い。

 音の出所はミニテーブルの上に置かれたビビットピンクの携帯電話。うん、どう考えてみても俺の趣味じゃないな。


 俺は目を細めながらも、一つ呼吸を整えてから鳴り続ける通話ボタンを押した。


『もしもし? おはよう、ちゃんと起きれたみたいだね?』

「はい、小柴です。ところで、どちらさ……え、小柴?」


 受話器の向こうの女性が何者かということよりも、自らが「小柴」と名乗ったことの方が驚きだった。俺の名字は決して「小柴」などではない。

 電話をかけてきたこの女は多分、このおかしな状況について全てを知っているはずだと、第六感というべき何かが俺にそう言っている。

 俺は何を知らなくて、これから何を知るべきなんだ……二つほど瞬きする間に考えを巡らせると、言葉は自然と口から出てきた。


「なぁ、“小柴 賢治”って一体誰だ?」

『今のあなたの名前よ、って冗談は通じなさそうね』


 数秒ほどの沈黙を受話器越しの溜息で塗りつぶした彼女は。その言葉の先を続ける。


『刷り込みが不十分みたいだから教えてあげるわ。その名前はね、とあるゲームの登場人物の名前なの』

「ゲーム? まさか俺は今ゲームの中にでも居るっての?」


 ありえない、と続けようとしたところに彼女は言葉を挟んでくる。


『そのまさかよ。厳密にはちょっと違うけれどね。私達女神がゲームに似せて作りだした世界という方が正しいわね』

「受話器越しで会話している相手が女神なんて、俺からすれば全く信ぴょう性がないんだけどな。ちょっと痛い女の子としか……」

『生き返らせてもらっておきながら、よくもまぁそんな口が利けるわね』


 トーンを一つ下げた声。ひょっとしなくても俺は今キレられているのだろうか。彼女が勘違い少女だったら笑い話で済む話だが、億が一にも本物の女神とやらだとしたら実は結構大ピンチなのかもしれない。

 それにそもそも……


『“生き返らせた”ってことはつまり、あなたは一度死んでいるのよ。既にね。一応その辺の記憶は薄めておいたはずだけど、心当たりはないかしら?』


 まさに尋ねようとしたことに対して答えてくる彼女。見透かされたような高飛車な物言いで少々刺激されるが、頭を冷やそうと試みながら記憶を遡る。

 確か美咲の就職祝いでグランドビルのフレンチに連れて行ったんだよな。メインのステーキが柔かくて凄く美味しくて、それから……あれ、デザートは何だっけ。いや、そもそもデザート何か食べたのか? それどころじゃなかったはずだ。


「――――サイレン。そこまでは分かる。思い出した。その後、きっと碌でもないことになったってことも想像は付く。一つだけ教えてくれ、美咲は無事なのか?」

『妹さんは無事よ。でもその代わりにあなたは死んだわ。なかなか立派だったわよ。だから転生の許可が下りたんだけれどね』

「そうか。代わりにってことは無事、だったんだな」


 それなら多分問題ない。あいつはもう社会人だ。今頃泣きまくって、色々恨み事呟いているだろうけれど、俺がいなくても生きていける。


「ありがとうな。教えてくれて。あ、あと生き返らせてくれたのも」

『生き返って方がオマケって、まぁいいわ。もう時間があまりないもの手早く話を済ませるわよ。こちらの都合があってね。死者の魂の処理が追い付いていないの』

「輪廻転生ってマジだったんだな。少子高齢化のせいで追いついていないのか……ってアフリカとか世界全部で言えば逆か? あれっ違うなぁ」

『そこまで推察できるってなかなか優秀ね貴方。私は日本の一部地域の担当なんだけどね、無駄に長寿な魂の初期化ってすごく骨が折れるのよ。逆は魂を流すだけだから実は楽なんだけど。そこでね。日本担当の女神で協力して、魂の初期化前に狭間の世界で猶予期間を設けようという計画ができたのよ』


 受話器越しにも伝わる段々と熱を帯びてくる声。女神の仕事がどんなものかよく分かっていないけれど、なかなかの偉業なのだろう。誰かに語りたくて、自慢したくて仕方ないと言った感じだ。


『そして記念すべき第一号として、あなたはこの世界で新たな人生を歩むことができるの!』

「あぁ、ありがとう」


 とりあえず礼を言っておく。もう少し嬉しそうにするべきだっただろうか。しかし、第一号という響きに裏がありそうで素直に喜べないのが現状だ。

 既に納得しかけているものの、女神とか、生まれ変わったこととか、全て受け止めきれたわけではないのだから。


『でもぬか喜びしないでね。とりあえずの期限は三年よ。きちんとエンディングを迎えられたらその後も用意してあげるかもしれないけれど、その前に死んだら勿論終わりだからね』

「エンディング? 本当にゲームみたいな言い方だな……」

『そうさっきも言ったけれどゲームに限りなく近い世界なのよ! 私たち『真性☆赤薔薇ガクエン』の世界作っちゃったの! 凄いでしょ!!』


 いきなり跳ねあがる音量。思わず携帯から耳を遠ざけてしまう。そのため何か凄い勢いで話していた部分を聞き逃してしまったようだ。

 あえて半ば聞き流しながらであったが『神聖・赤薔薇学園』というマイナーなゲームの世界だと言うこと。どうしても俺にクリアして欲しいということ。ぐらいは理解することができた。


 赤薔薇か、血や貴族を連想させる響きだな。神聖と付くからには神とか、天使とかが関わってくるのだろうか。つまり学園異能力ファンタジーと俺はアタリをつけてみる。うん、強くならなくちゃな。


 どことなく愉快犯っぽい自称女神の思惑通りに動くのは少し癪だけど、とりあえず死なないことを目標に頑張ってみるか。だって前世に蘇らせてほしいなんてお願いはきっと無意味だろうから。こちらも多少能天気に構えて生きてみてもバチは当たらないだろう。


『――――ということで、待ってるから。じゃあね。子犬ちゃん』


 「小柴だ」と返そうと思った。が、切られた。瞬間そう思えるぐらいに新たな名前が定着しているのかと思うと、少し鳥肌が立ちそうになる。

 「小柴 賢治」つまり小さな柴犬で「子犬ちゃん」か。まともな親ならきっと付けない名前だ。どう考えても虐められるだろ、これ。悪趣味な女神様だ。

 ふと目に入った待ち受け画面は生後すぐな柴犬の無防備なお昼寝姿で――――このセンスは認めてやろう。可愛いじゃないか。

 ビビットピンクのガラケーを閉じ、新たな生活の拠点となったこの部屋をぐるっと見回す。


「うん、まずはこの部屋から徹底的に洗い出すか」


 実はすごい装備品とか、あと後重要になって来るアイテムとか見つかるかも知れないし、な。


 生の実感も、死の記憶さえもあやふやなまま、彼女の持ちかけてきたゲームに乗っかってみることにした。


転生導入って山場がなくて凄く辛いです。

次から本題の攻略キャラたち登場。

12/5 00:10に投稿します。

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