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夏の終わり、そして……

 足元が、崩れ落ちたかのような気がした。へたり込んだ僕を、ドレッドが冷たく見下ろす。

「そ、あんたも彼女も、あの日の5時55分。 自殺を図っている。 そこから先に時間を進めないのは、『俺』に連れて行かれてしまうからだ。 たっく、馬鹿だよな。人間って、死んでから後悔すンなら最初からンなことするなよ」

 こちらの絶望を目にしながら、ドレッドは何一つ表情を変えない。人間が虫を死ぬのを見ても悲しまないのと同じ心境か?こんな目で人間を見る奴が人間のはずがない。

「……お前、死神か?」

「そんなもんだ。 この国じゃ三途の川の船頭さんっていったほーがわかりやすいか? 俺の仕事は死者を『あっちの世界』に運ぶこと、それだけだ」

「じゃ、あ、この世界が解ければ、僕は」

「あー、凹んでいるとこ悪いンだけどさ。先生、あんたは死なねぇよ」

「な、に?」

「おめでとう、というべきか?てめぇが自殺してすぐにな。お前を心配したアシさんが、心配して様子を見にきたそーだ。で、発見されてそのまま病院行き、最初の処置もよかったせいか、何とか助かる予定だぜ」

「そう、か、よかった。本当、よかった」

 自然と涙がこぼれおちる。情けない、大の大人だというのに子供のように嗚咽しする。しかし、そこで、気づく。

「まて、僕は助かると、言ったな。じゃあ、彼女は?」

 その言葉に、ドレッドが笑顔でこたえる。

「ん、ああ、彼女はアウト。 もう助からないぜ」

「き、さま!」

 跳ねるように起き上がり、ドレッドの胸ぐらをつかむ。

「じゃあ! 何で! 何でお前はあんなこと言った! 僕は! 彼女を救う手段があると思ってお前の元に来たというのに!」

 決して、ドレッドが悪いわけでは無い、それは解っている。わかっているが、この激情を止めることはできない。しかし、怒りをぶつけられたドレッドは困ったかのように、頭をかくだけだ。

「あー、せんせ、落ち着いてくれ。 悪いな。俺、死とかねぇから、其処ら辺の感情わかんねぇんだ。 俺の救うってのは別の意味だ」

「何がだ! 死を救う以外にどんな救いがあるっていうんだ」

 激情に駆られた僕をドレッドが冷めた目で見る。

「俺から、すれば死は出発点にしか過ぎない。 まあ、元から死んでいる俺の意見だけどよ。 だが、先生、彼女はその出発点にさえ立てないかもしれないンだぜ?」

「な、に?」

「せんせ、この世界を見てみろ。よくできているだろう?」

「それが、どうした」

「彼女は、ひとつの世界を作り上げたうえ、時間まで干渉したンだ。 何の代償無しで出来ると思っているのか?」

 その言葉に、僕の熱気が、一騎に冷める。そして、思いだされるのは、ノイズ混じりの彼女の姿だ。

「何がいいたい?」

「このままじゃ、彼女は完全に消滅つーってんだよ。 死ぬって訳じゃねぇ。状況はもっと最悪だ。 輪廻の輪にくぐることも、天国やら極楽浄土に行くこともままならないンだよ」

「そ、んな、昨日まで、元気だったのに」

「現実を見ろ。先生、昨日の話、だろ? マジで時間はねぇンだ。いいか? 俺はな、人が死のことに関しては何とも思わねぇが、消滅となると話は別だ。 何とかしてぇが、俺は過度の干渉は禁止されている。 だから説得するのは、先生。あんただ。本当に彼女を思っているのなら、彼女を説き伏せろ。そして、あの世に行くことを進めるンだ」

「い、いや、ちょっとまて」

「てめぇは彼女を永遠に失いてぇのか」

「わかっている。わかっているんだ! だが、だからと言って、はいそうです、と納得出来る訳ないだろう! 生きる意味を与えてくれた彼女を失うとわかっていて、はい解りましたと言えるか! ドレッド! もう少し時間を……」

「――駄目だ。先生、タイムリミットだ」

 そして、背後から、声がした。下っ足らずの、甘い声。

「……せんせ」

 振り返ると、そこには、今にも消えそうな、儚さを秘めた美貌がそこにある。最早、人では無かった。半透明な体、ノイズは常に走り、人の姿を保つことさえ、難しそうだ。そんな状況でも、彼女の美しさは損なわれること無かった。むしろ、青く輝く彼女の体は、幻想的な美さえ感じさせる。

「な、お」

 吸い寄せられるように、抱きしめようとし――その体はすり抜ける。

「え、何で?」

 僕の困惑に、奈緒が悲しそうに顔をゆがめ、そしてドレッドに向かい合う。

「久しぶり、です。死神さん」

 僕が見たこと無い、彼女の冷たい表情。普段の彼女からは想像できないような、刃のような鋭さを秘めている。だが、それを目の前にしても、ドレッドの表情になんら変化がない

「ようやく大物が釣れたぜ。 一か月ぶりだな。奈緒、で?ようやく俺の船に乗る気になったか?」

「いいえ、あの世なんて行きません。私はこの静かな世界で、先生と二人っきりで暮らすんです」

「束縛しすぎは嫌われるぜ? てめぇさえ、居なくなれば、そこの先生は現実に戻れるンだぜ?」

 ドレッドの言葉に、一瞬奈緒が顔を歪め、そして、こちらを振り向く。その表情に浮かぶのはこの場に似つかわしくない笑みだ。

「せんせ、私はせんせのこと好きです」

 突然の告白、透明な手が僕に延ばされる。

「せんせと会えなくなるなら、消滅しようが、成仏しようが関係無い。私の望みは最後の一瞬までせんせと一緒にいることです。 大丈夫、私が消えれば、せんせは元の世界に戻れる、だから……」

 儚い笑み、それは覚悟を決めたその顔は殉教者のようだ。思いの強さに、僕はようやく、目が覚めた。

「奈緒、ドレッドについていけ」

 彼女を失わせてはならない。そんな思いが僕の中で燃え上がる。

「や、やです。 一人になるくらいなら!」

「最後まで聞け、僕も……僕もついていく」

「え?」

「おいおい、いいのかよ。先生、自分が何を言っているのか理解できてンのか?」

 ああ、十分ってほど、理解している。ドレッド、君には見えているだろう?この無様に震える僕の体を。だけど、生きる意味を与えてくれ、そして『一人にしないで』、そう言った彼女を放っておけるはずないではないじゃないか

「ドレッド、約束しろ。僕と彼女が一緒の場所に連れて行け」

 天国やら極楽やらあの世も色々あるらしいから、別々の場所につれていかれたら意味がない。

 ドレッドは、肩を竦める。どうやら了承してくれたようだ。

「どうだ? 奈緒。これだったら、別れることが……」

 その言葉は、彼女のキスによって、止められた。

「……ダメ、ですよ。 せんせには、先があるじゃないですか。 好きな人に、そんなことで死なれたら、私、自分が許せなくなる。卑怯です。 せんせ」

 涙に濡れた彼女の目、その目を見た瞬間、彼女が何をするか、悟った。

「奈緒、一体何をする気だ!」

 慌てて、彼女の手をつかもうとし、そして…

「……さようなら、先生。 また、いつか、いつか会いましょう」

 世界が、一瞬にして、崩れ落ちた。


 はっと、僕は、目を覚ます。

 ぴ、ぴ、という機械音と、視界の左上に吊るされた点滴が目に入る。

 そこは、真っ暗な部屋だった。遠くからひぐらしの鳴き声が聞こえる。

 馬鹿……やろう。

 出ない声の代わりに、涙が、零れ落ちた。

 この日、僕は、現実に帰還した。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 ――そして、夏が終わり、秋となった。

 その間、両親に泣かれたり、友人やら元アシさん等に長時間説教されたりと大変だった。

 何となく、こんな僕でも漫画以外にも色々持っているんだな、と感じられた。まったく、酔った勢いとは言え馬鹿なことをしたな、と思う。もう、死のうとは思わない。そんなこと、彼女も望んでいないだろう。

 さて、いろんなことを考えさせられた入院生活も終了、退院した僕はどこにいるかというと……


「……ここでいいはずなんだけどな」

 僕は、今、大型のマンションの前に立っている。

 記憶の中の住所では、ここは彼女と過したアパートの前……のはずだ。

 あのアパートの姿は見る影も無い。いや、マンションだけではない、あの子供が遊んだ河原は、コンクリートで整備され、町並みも都会のそれへと形を変えようとしている。

 結局、あの風景は僕の記憶の中にしか存在しないということか、視界が涙でぼやける。彼女が存在した証が一つ消えてしまった。

 ごう、と風が吹き荒れる。

『てめぇの願い、叶えてやる。 貸し1だ。 死んだらちゃんと返せよ?』

 その風に交じって、何か、あり得ない声が聞こえたような気がした。

「馬鹿馬鹿しい」

 幻聴だ。最早、ここには、用は無い。アパートに背を向け立ち去ろうとする。

「……せんせ」

 舌っ足らずな声がした。それは、もう、聞くことの無いと思っていた愛しい人の声。

 振り返ると、涙で頬を濡らしながら、だけど柔らかに笑う彼女の姿が、そこにある。

 僕は、涙を堪え、彼女の名前を力の限り、叫んだ。


 夏が終わり、秋となった。僕と彼女時間が、カチリ、と音を立てて動き始めた。


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