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僕と奈緒


『ご愛読ありがとうございました。五條 真先生の次回作にご期待下さい』


 何年ぶりに飲んだアルコールはひどく苦かった。

 どれだけ飲んだか、どれだけ吐いたか、正直な話覚えていない。朝から積み上げた空き缶は、既にゴミ袋から溢れ出ている。

 まだ、夕方だというのに、部屋は真っ暗だ。

 外は、漆黒。窓に叩きつけられた雨風が、ガタガタと音を鳴らす。

どうやら、嵐が近づいているらしい。唯一の光源は、思いだしたかのように轟く雷光だけだ。

 空が輝き、部屋の中が照らし出される。そこは、夢の残骸だった。マンガから、専門書、ジャンル問わずの本が本棚に納められ、机の上にはトーンだのGペンなどが転がっている。

 使い慣れた、しかし、二度と使うことはないであろう道具の数々。それら、ひとつひとつ別れ惜しみ、僕は、ゆっくりと起き上がる。

「……そろ、そろか」

 これからどうするか?それを決められなかった僕は、とりあえず旅に出ることにした。

 おそらく、ここに戻ることは二度と無いだろう。

 最早、夢に破れた僕に、この場は必要無いのだから……

ふと、時計を見る。時間は『5時55分』

 カチリ、と時計の針が進む音がやけに大きく聞こえた。




 きゅる、


 きゅるきゅるきゅるきゅるきゅる……カチリ








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「せーんせ。おきてください。せんせー」

 彼女の舌っ足らずの甘い声に、僕はようやく目を覚ます。

目を開けると視界に入ったのは、こちらを覗き込むように見ている僕の彼女―鈴鳴 奈緒の姿だ。

 見慣れた、だけど、いつも見とれてしまう整った顔立ち。美人と言えば冷たい印象があるが、彼女の場合は、僅かに下がった眼尻のせいか、穏やかな空気を纏っている。長い亜麻色の髪が僕の首元を触れこそ少々こそばゆい。

 無意識に、僕の手が彼女の頬に伸びる。それを彼女は嫌がらずに受け入れる。シルクのようなきめ細やかな感触、太陽の光を知らないのでは無いかと思う程、白い肌に、白のワンピースがよく似合っている。

「……おはよう。奈緒」

「はい。おはよ、です。せんせ」

 僕の言葉に、奈緒は柔らかくほほ笑む。顔にも、口にも出さないが、彼女の一番の魅力はその笑みだと思う。柔らかな笑顔。だけど、その笑みはどこか儚げで……

「どうか、しました?」

「いや、何でもない」

 正直な話、僕には勿体ない女性だと思う。性格・容姿・体型ともにパーフェクト。全体的に細見な彼女だが、程々に肉つきがいいことは、後頭部に感じる柔らかな感触で解る。

 そこで、はて?と僕は考える。彼女が覗きこみ、後頭部に彼女の感触を感じられる状況。つまりは膝枕をされているということだ。万国共通である漢の浪漫を実践中。さて、何故、僕は、こんな感動的なシチュエーションを堪能しているのだろうか?

「……ごめん。寝ていたみたいだ」

「いいですよ。 せんせの寝顔、見ることが出来ましたし、けど、ごめんなさい。その……足が痺れちゃって」

 そう、恥ずかしそうに笑う彼女、時計を見るとあれから1時間経過している。

「あ、ごめん」

 彼女の膝の感触を惜しみながら――かなり、惜しみながら僕はゆっくりと起き上がる。

 そこは、変わらぬ我が家の風景。二人でも狭く感じるこのアパートの一室あまりいい物件とは言えない。壁が薄いのか、夕方になると隣から流れるテレビの甲子園中継がやけに響く。

「ごめんな、こんな暑っ苦しいことさせて」

 ちりん、と風鈴が鳴る。それだけで夏の生暖かい風も涼しげに感じるのも不思議だ。

 この部屋の冷源は、扇風機と外からの風だけだ。クーラーなどという高価なものは無く、テレビも砂嵐しか映らない。DVDデッキも無く、代りにあるのはVHSのビデオデッキだ。

「あはは、もう少し、涼しい場所でやるべきでしたね」

 今日は比較的涼しいが、彼女もうっすら汗をかいている。

「ご飯、作りますね。 せんせ、冷やし中華は大丈夫です?」

 そういえば、今日は朝食を食べていない。朝と昼しかご飯を食べない僕にとっては12時間ぶりの食事となる。空腹な自分にとってありがたい申し出だ。

「言っただろう? 僕は、基本何でも食べる。 イナゴ以外はね」

 そうでした。そう笑い、彼女は立ちあがる。立ち上がる動作ひとつでさえ育ちの良さを感じるのは気のせいでは無いはずだ。

 イメージする。軽井沢あたりの別荘でのんびりと詩集を読んでいる彼女の姿を……

「うん、似合っているな」

 正直、似合い過ぎていた。逆に、このような漫画でしか出てこないようなオンボロ木造アパートに住んでいるほうが違和感ある。

「せんせ、何かいいました?」

「いや、何でも無いよ」

 キッチンで食事を作る彼女の後姿を見ながら、ぼーっと考える。

(先生、か)

 つい最近まで、僕の仕事は、マンガを描くことだった。つまりは過去形。彼女には先生と呼ばれているが、現在、ただのニートにしか過ぎない。

 僕の連載は結構長かったと思う。連載開始から5年と5ヶ月、このまま漫画家として生きていくという人生プランは、ある日、突然告げられた打ち切りによって幕が下りる。理由は簡単、人気が低迷だ。

 日々、客先と死闘を繰り広げる肉食なサラリーマンに比べれば漫画家など草食系だが、力を失ったものから群から切り捨てられるのが草食獣の常。この業界で、生き残り続けることが出来るのは、本当に限られた化け物ばかり、草食獣の社会も甘くは無い。

 こうして、漫画だけしか無かった僕は、打ち切りと同時に旅に出て、この町で彼女と出会い、そして、こうして同棲している。

 未練が無い訳ではない。しかし、同時に、今の生活のままでいいとも思っている。そう思える程、僕は彼女にほれ込んでいるのだから……





何年か前に初めて書いた作品。

別のアカウントで投稿していたのですが、片方を閉鎖したので引っ越しさせていただきました。

一部、修正の上で、再投稿。

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