転校生は勇者様
需要があるかわからないのとりあえずで短編版を投下。
感想要望ありましたら、遠慮なくお願いします。
麗らか、という表現はこういう時に使うのだろう、と俺は自分の座っている席から視線だけを窓に移し満開の桜を見ながら思う。季節な4月上旬、また新しい年がやってきて俺は高校二年生になった。
俺の通っている黄山高校は全校生徒800人ほどの高校で、県下では2番目位のレベルの進学校だ。田舎故に市外からの生徒も多く、校内に寄宿舎を設けている以外にこれといって特徴のない県立普通高校。
この間には入学式があり、300人強の新入生が入学した。サイズが大き目の着慣れていない制服を着た新入生を見て一年前の俺らはこんな風だったのか、とちょっと驚いた。たかが16歳の餓鬼が何を言ってるんだ、と言われそうだけど時が立つのは本当に早く感じる。
少しずつ大人になるということ、それが少し嬉しいようで悲しい。小さい頃よく見ていた戦隊モノや変身ヒーローに憧れるような時代はとうに過ぎた。たかが16歳されど16歳、世間一般的には餓鬼の範疇かもしれないがこのくらいの年になると多少は現実というものが見えてくる。
現実ではヒーローにも英雄にも勇者にもなれない。またそれはそうだと言われそうだが、少年の時には誰だって一度くらいは世界を救えるほど強くてカッコいい英雄となった自分を夢見る。俺もそうだったし、大抵の男子は思ったはずだ。それは決して悪いことではないだろうが、そんな無邪気な想いも年取ると次第に薄れてゆきこう思ってしまうだろう。
現実なんてこんなものだ、と。
大人になるということは夢を無くすことでもあるらしい。幼い頃に幻視した何でもできる超人のような自分は消えて失せ、残るのは人並みレベルの本当の自分だけ。都合のいい夢なんてものは存在しない。努力もなしに強くなることも賢くなることも偉くなることもできない。現実は非情で努力が報われる保障なんてどこにもないし正直者は常に馬鹿を見る。だからこそ人生は面白い、とココロが強い者は言えるのかもしれないが残念ながら俺はそんな上等な人間じゃない。
―――――さて、なんだか色々語ったがこれは全て俺の現実逃避だ。いや別に俺がテンプレ展開よろしく異世界に召喚されて勇者になったわけでも前世の記憶が不意に戻ったりしたわけじゃない。平々凡々でちょっと人より成績がいいくらいの取り柄しか俺にそんな劇的な変化が起きるはずもない。というか起こっても困るだけだ。
舞台は異世界ではなく相変わらずの黄山高校。だがこの教室には一人のイレギュラーが存在している。具体的に言うならば俺の背後だ。いや確かに俺はなんか面白い事ないかなー、なんてこと思ったよ。でもまさかこんな異常事態を望んだわけじゃあない。
現実は非情である、正直者は馬鹿を見る、世界には目には見えない法則というかルールみたいなものがゴロゴロ転がっている。その中の一つにこういう法則がある。『物事に例外はつきもの』。そりゃ理解できるさ、でもそれだって限度ってもんがある。俺が現在進行形で体験してる異常事態という例外は、道を歩いてたら車に撥ねられたとかいうレベルじゃない。人がなんの補助も無しに空を飛んだとか、そういったレベルのトンデモ現象。そんなものを直に体験してのほほんと構えてられる奴らの方がオカシイんだ、つまり俺はマトモだ。
正直な話、今だってこれがタチの悪い悪夢なんじゃないかって思ってる。実際アイツに初めて会った日は挙動不審を教師に注意されるまでカメラを探したし、ドッキリ大成功なんて書いてある板切れを血眼になって探した。結局なかったけど。
目にしたものしか信じられない、なんていう表現はよく使われるけど俺の場合は目にしても信じられないね。なんたってアイツは非常識と異常が服着て歩いてるようなもんだから。はあ、と知らず溜息が出た。溜息をつくと幸せが逃げるんじゃない、幸せが逃げたから溜息をはくんだ。正直言って憂鬱極まりないし、冗談抜きで今日は学校を休もうと思ったくらいだ。ぺちゃくちゃ暢気にしゃべってる能天気な阿呆共が癇に障る。
気配を殺すようにして自分の存在感を薄めてゆく。もちろんそんな真似できるわけないが担任教師が来るまで俺は運よく声をかけられることはなかった。
担任の松崎隆がやってくるとそのままホームルームに入るのが普通の流れだが、その前に日本の学生なら誰もが体験するアレをやる。
「じゃ、出席とるぞー。呼ばれたら返事な、愛甲。」
「はい。」
それは出席確認だ。落ち着け、落ち着けよ俺と自分に言い聞かせる。何故か体が震えてきた。これがもう最後通牒だ。これでもしも奴の名前が呼ばれたら本当にこれは現実なんだって認めてしまうことになる。いいか、これは夢なんだ。それかもしくは俺の体内にしぶとく残っていた中二病の病原菌が見せている幻だ。落ち着けよ俺、俺はやればできる子だ。
「明石ー。」
「はい。」
「宇喜田ー。」
「へーい。」
「荻堂-。」
「はい。」
荻堂千里。これが俺の名前だ。いやそんなとってつけたような自己紹介はどうでもいい。次だ、次の名前を呼ぶんだ松崎先生!次に生徒の名前は貝原だ!そうだろ先生!?俺は間違っていない!間違っているのは世界の方だと、その無駄にダンディーな声で証明してくれよ先生!俺は先生を信じてる!
「オーベルベンドー。」
「はい。」
・・・神は死んだ。
カクン、と力に抜けた俺は机に頭を軽くぶつける。そしてそんな俺の様子を心配したのか背中を軽く叩く後ろの奴。ギリギリ、と古くなったブリキの玩具のように俺は背後へ振り返る。
「荻堂君、大丈夫?体調悪い?」
「い、いや大丈夫だ。問題ない。」
純真そうな瞳、大き目なアーモンド形の目、鼻は東洋人のソレよりも少し高く、唇はルージュもなにもつけていないだろうにも関わらず、そこらへんの女子よりよっぽど色っぽい。顔立ちは東洋人と西洋人のハーフっぽくて異常なほどに整っている。俺はそこまで自分にコンプレックスを持っているというわけではないはずなのに、コイツと並んでみると相対的に俺が不細工に見えるという不思議現象が発生する。
もう一つコイツには大きすぎる特徴がある。愛想笑いを浮かべる俺の視界の端には鞘に納められた剣が机に立てかけられている。見せてもらったがマジもんの剣だった。銃刀法違反だというツッコミは最早遅い。そんなこと言ったらコイツの存在そのものが違法みたいなものだ。
俺の後ろの席に座るこの中性的な男の名はニコラウス・オーベルベンド。
二日前に黄山高校に転校してきたオーベルベンドは異世界からやってきた勇者候補・・・らしい。
・・・。
やっぱどこかにカメラとか置いてない?俺、これからの学校生活に色んな意味で自信が持てないんだけど。