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8年も虐げられるなんてごめんです。1か月でかたをつけましょう

作者: 富士とまと
掲載日:2026/09/18

勢いだけで書いたけど、やっぱ三人称は難しい

 よくある話。

 アーシュが10歳の時、前世の記憶が戻った。

 前世日本人の記憶によると、アーシュはこの世界の悪役令嬢。

 ヒロインの策略を打ち崩し、ざまぁするタイプの悪役令嬢だ。


「馬鹿馬鹿しい……」

 はぁと大きなため息をついてアーシュは鏡に映る紫がかったプラチナブロンドの髪を撫でつけた。

 母が亡くなったショックで熱を出して寝込んだ5日。

 記憶が戻ったのは寝込んで4日目のことだ。

「母が亡くなってすぐに、父は、義母と再婚。異母妹ができるんだっけ」

 すぐってどれくらいだろう?

 流石に妻を亡くしてあまりにも早く迎え入れるのは貴族として体裁が悪いだろうと、アーシュは思っていたにも関わらず、すぐにその日は訪れた。

「アーシュ、熱が下がったと聞いたぞ、ならさっさと来い。起きたらすぐに来るように言っておいただろう!」

 アーシュと同じ髪色をした父、ブルボリオ侯爵が、けたたましくアーシュの部屋へと怒鳴り込んできた。

「申し訳ありません、お父様。まだ、熱が下がったばかりで、歩くのもおぼつかなく……」

 5日間寝たきりで食事もほとんど口にしていない。

 その上、母を亡くしたばかりで精神的にも弱っている娘に対して、父親は冷たい目を向ける。

「言い訳するなど生意気だ。ふらつくなら侍女に手を借りれば済む話だろう!私の命令に逆らう気か?」

 体調を気遣うこともせず、母を亡くしたばかりの娘を慰めるでも励ますでもなくしかりつける父親。

 アーシュは前世の記憶にある「家族に虐げられていた」という設定を思い出しながら小さくため息をつく。

 虐げられていたというより、この父親がクズ過ぎる。モラハラ育児放棄虐待パワハラ諸々詰め込んだクズの見本市。

「侯爵の地位以外自慢できるものが何一つとしてない」

 ぼそりとつぶやきながら、部屋を出て行った父親の背を見てため息をつくアーシュ。

「その地位を失えばどうなるか、想像したこともないんでしょうね」

 アーシュは、これから8年間も虐げられて生きて行く気はない。

 そもそも、学園へ入学して、婚約者に婚約破棄を告げられる場面でヒロイン……異母妹や婚約者に逆転ざまぁをするなんて馬鹿げているとアーシュは思っている。

 この世界には簡単にざまぁする方法がいくらでもあるのだから。

「その一つの方法……」

 アーシュは部屋に控えていた侍女に声をかける。

「ふらつくので、支えてもらえる?一人では手が足りないでしょうから、もう一人よんできてちょうだい」

 証人は多い方が良い。

 侍女は顏を曇らせると、人を呼びに行く。連れてこられたのは、侍女ではなく下働きの女性だった。

「アーシュお嬢様申し訳ありません、今、手の空いている者が……」

 ふっと、アーシュは笑いがこみ上げてくるのを抑えた。

 侯爵令嬢に侍女が一人だけなどありえない話だ。

 母が病に倒れるまでは、私付きの侍女は常に3人。交代要員も含めれば5人いたというのに。

 今は目の前で申し訳なさそうに頭を下げる侍女のメイ一人というわけか。寝込んでいる間に、すでに屋敷の人事権は乗っ取られているのだろう。

 アーシュはそう考えながら、メイと下働きの娘に体を支えられながら父の執務室に向かった。

 執務室の前で、異母妹と顔を合わせた。

「嫌だわ下働きを連れてくるなんて、恥ずかしい」

 異母妹の後ろには、かつてアーシュの侍女だった3人が付き添っている。アーシュが視線を向けると、気まずそうに視線をそらした。

 部屋に入るなり、異母妹は父親へと駆け寄る。

「お父様ぁ~!」

 父親は、アーシュに見たこともない笑顔を異母妹に向けた。

 父親の隣には、美人ではあるが派手過ぎて下品な女性が立っていた。

「どなたですか?」

 前世の記憶から、義母になる女性だというのは知っていたが、アーシュは無表情に父親に尋ねた。

「お前の新しい母親のエリザと、妹のルディアだ」

 父親に腰を抱かれたエリザと肩を抱かれたルディアが私に目を向ける。

 二人はよく似た人を馬鹿にしたような見下したような目をしている。

「私の義理の母親と、義理の妹ができるということですか?」

 エリザが真っ赤な唇で、真っ赤な嘘を吐く。

「確かに、血のつながりはないかもしれないけれど、本当の母親だと思っていいのよ」

 アーシュはエリザの嘘に呆れかえった。本当の母親だと思えだと、よく言えたのものだ。

 わずか10歳の子供が、数日前に本当の母親を亡くしたばかりだというのに。

「ルディアは義理の妹ではない。母親は違うが妹だ」

「お父様の子ということですか?」

 父親は浮気をしていたことを少しも悪いと思うこともなく、堂々とルディアの自慢をする。

「そうだ。お前と違って可愛い私の娘だ。母親に似て、美人に育つぞ」

 母親に似てね。父親に似なくて良かったというべきなのか。

「いつから、エリザさんが義母さんいなるのですか?」

 にたりと父親が笑う。

「すでにお前の母親だ。よく言うことを聞くんだぞ」

 アーシュはぎりりと奥歯をかみしめた。

 妻が亡くなって葬儀が済んだばかり……。まだ一週間もたっていないというのに?

 エリザの方もすでに屋敷に乗り込み、女主人ヅラして侍女などの人事を行ったのか。

 アーシュはやりきれない思いを抱えながらも、前世を思い出したことで、何とか事実を飲み込んだ。

「そう、ですか……」

 エリザはにこりと笑いながら、アーシュに話かけた。

「さっそくだけれど、部屋を移ってもらえる?」

「なぜでしょうか?」

 エリザがふんっと鼻で笑った。

「女主人の部屋を私が使っているのだもの」

 アーシュの亡くなった母親の部屋を当然のようにエリザは使っているという。

「親子は近くの部屋で過ごした方がいいでしょう?だから、ルディアの部屋にするためよ」

 実の母親だと思ってといったその口で、私は実の子じゃないから部屋から出て行けと言う。

「では、荷物をまとめて部屋を移ります。どこへ移れば」

 今度は母親と同じような顏をしてルディアがにこりと笑った。

 綺麗だけれど意地悪な顏で。

「荷物をまとめる必要はないわ。全部、私が使ってあげる」

 アーシュは心の中で笑いながら、困った顔を見せた。

「それは、私の物を全部よこせということですか?」

 ルディアが首を傾げた。

「姉のお古を妹が使うことはよくあることでしょう?お義姉様のお古を私がもらってあげるわ。お義姉様は新しいものをお父様に買ってもらえばいいのよ」

 父親の顏をアーシュは見た。

「お父様、ルディアに新しいものを買って差し上げて。お古なんてかわいそうだわ。私は新しい物はいらないので……荷物をまとめます」

「うるさい、ルディアに全部お前の物を渡せばいいんだ。かわいそうなんて思う必要はない。新しいものだって十分に買ってやる。熱が出ているからと、親切で今日まで部屋を使わせてやったことに感謝するんだ。連れていけ!」

 いらだった父親が、執事の顏を見た。

 いつの間にか、新しい者に代わっている。

 敵か……。

 アーシュは病み上がりの体で何とか立ってはいたが、強く執事に腕を引かれてついに倒れてしまった。

 いや。わざと、倒れたのだ。

「チッ」

 舌打ちをした執事が、メイと下働きに命じた。

「さっさと連れてこい、こっちだ」

 二人に体を支えられ、引きずられるように運ばれて行くアーシュの後ろでルディアとエリザが笑っていた。

 笑っていられるのは今の内だわ。

 アーシュが連れてこられた部屋は、物語に出てくるような屋根裏部屋や使用人部屋というわけではなかった。

 ちゃんと侯爵令嬢が過ごす部屋の一つだ。

 ただし、調度品がそろって手入れがされていればの話だ。

 がらんとした何もない部屋。

 色褪せた壁に、曇った窓ガラス。カーテンすら取り外され、擦り切れた絨毯は日に焼けている。

 かろうじてベッドだけはあるものの、鏡台一つ置かれていない。

 開け放たれたクローゼットの中は空だ。

「メイ、お願いがあるの。今から人を一人、連れてきてほしいの」

 前世の記憶……この物語の記憶があるため、敵と味方は分かっている。

 メイは味方だ。

 それから、物語の最後のざまぁの手助けをしてくれた人の名前も分かる。

 まぁ、つまり、勝ち筋だ。

 次の日、ブルボリオ侯爵家に庭師見習いが一人増えた。

 人事権を掌握したはずのエリザだが、屋敷に立ち入らない使用人には全く興味がないようで気が付かずにいた。

 5日後。

「メイ、そろそろ体力が戻ったわ。庭を散歩させて」

 アーシュはまだ体力が回復していないからと、部屋で食事を取っていた。

 熱が下がって病人食事ではなくてもよくなったというのに、相変わらずパンがゆにクズ野菜のスープしか運ばれて来ない。

 料理人もエリザが入れ替えたのか、命令に逆らえないのか、それとも、一緒になってアーシュを虐げようとしているのかは分からない。

 庭に出ると、庭師見習いを見つけすぐに近づいていく。

「準備は整いましたか?」

「はい」

「では、よろしくお願いします」

 庭師見習いはその会話を境いに侯爵家から姿を消した。

 そして、3日後。

 アーシュの母親が亡くなってから2週間後のことだ。

「おい、アーシュ、客人だ。来い」

 父親がアーシュの部屋にノックもせずに立ち入る。

「私に?」

「王家の使いだ。もしかしたら第一王子の婚約者にお前が選ばれたのかもしれん。だが、お前なんかよりもルディアの方が妃にふさわしいと、一緒に並べばすぐに気が付くだろう」

 見た目だけで言えば、確かにルディアは美しいのは確かだ。だけれど、見た目がいいだけの王妃など王家が選ぶだろうか。

 いや、馬鹿な王太子は選んだ。そして廃嫡されるのだ。

 感謝して欲しい。今回は、学園卒業時のざまぁ展開は訪れない。廃嫡されることはないのだから。

 応接間には、父親が王家の使いに売り込もうとしたためか、ルディアがすでにソファに座っていた。その隣にエリザ。

 当主である父親がさらにその隣に座った。

 王家の使者はその向かい側のソファに座っていて、アーシュは使者の隣に座るわけもいかずに立ったままだ。

 だというのに、気にせずに父親は使者に話かけた。

「本日は、どのようなご用件でございましたか?」

 もみ手をする父親。

「その前に、いくつかお尋ねさせていただいても?」

 使者の質問に、父親が笑顔で答える。

「もちろんです、何でもお尋ねください」

 王家の使者、数日まで公爵家の庭師見習いをしていた男がエリザに視線を向けた。

「そちらの女性はどなたでしょうか?」

 父親が答える前に、愚かなエリザが口を開いた。

「私、ブルボリオ侯爵夫人のエリザですわ。こちらは娘のルディアです」

 使者がおやと、首をかしげる。

「再婚されたのですか?届け出は出ていなかったはずですが?」

 父親がはっとしてハンカチで汗をぬぐった。

「届け出は、喪が明けてからすぐに提出する予定です」

 そう。この国の法律では、男女とも貴族は再婚するには1年の間をあけなければならないと決まっている。

 だから、まだ、義母は自称義母だ。異母妹も法律上は婚外子のまま。侯爵家の人間ではない。

「では、なぜ女主人を名乗っているのでしょうか?」

「そ、それは、女主人がいなければ屋敷は回りませんので、結婚する予定である彼女にお願いしている次第で……」

「では、なぜ女主人の部屋を使っているのでしょうか?」

「ですから、いずれ結婚することは決定事項として」

 使者がふっと笑った。

「それはおかしいですね。貴族の結婚には王家の許可が必要です。許可が降りなければ結婚できません。いずれ結婚するというのは、許可が下りなかった場合は、侯爵は貴族籍を抜けるという話と受け取ってよろしいですね」

 使者の言葉に父親が慌てる。

「いや、それは……その、彼女との間には子供がいるんです。親子を引き離すようなことを王家がするわけがないと、信じておりまして……」

 父親の言葉に、死者が小さく頷く。

「なるほど。ですが残念ながら、王家は親子を引き離す決定を下すことはありますよ」

 使者の言葉に、ルディアが声を上げた。

「そんなっ、お母様とお父様は結婚できますよね?私、お父様の子供に慣れますよね?」

「あ、ああ、もちろん、大丈夫だ」

 と、父親。

「そうよ、あなたは侯爵令嬢ですもの。もし、結婚が認められなくとも、お父様の子供であるあなただけでも認めてもらえばいいわ」

 と、エルザ。

 アーシュは、やり取りを見ていて、とうとう噴出してしまった。

「ふふふ、バカみたい」

 笑ったアーシュを父親がにらみつけた。

「何がおかしい!」

「そうよっ!私のほうがお父様に愛されているから嫉妬しているの?」

 ルディアが父親と一緒になってアーシュをバカにする目を向ける。

「嫉妬なんてしませんわ。お父様はルディアさんが独り占めしてくださいませ。この先、関わるつもりはありません」

 アーシュはそれだけいうと、ルディアの胸元のブローチを指さした。

「ですが、そのブローチは返していただけます?」

 アーシュの言葉に、ルディアは愚かにも、胸元を抑えてブローチを隠した。

「嫌よ!これはもう私のものだわ!」

 そして、愚かにも、アーシュの望み通りの言葉を口にした。

「確かですか?」

 使者の言葉に、アーシュは首を横に振る。

「いいえ。母から譲り受けたブローチを血ルディアに譲ってはいません。奪われました」

 アーシュの言葉にルディアがカッとなった。

「何よ、人を泥棒みたいに言うなんてひどいわ!この家のものは全部もとはと言えばお父様のものでしょう?だったら、娘の私が貰ったって言いはずでしょ?」

 ふぅん、そういうことを言うならと、アーシュは父親に尋ねた。

「お父様、あのブローチは、お母様が実家から持参した品です。実家から持参した品は侯爵家の財産ではなく、お母様個人の財産です。その個人の財産はお母様亡き後全て私に譲られていますけれど……。ルディアさんの主張では、お父様が私から取り上げてルディアさんに渡したことになりますけれど、それでよろしいですか?あのブローチについては、先祖代々受け継がれつ品で貴族所蔵物目録に記載されており、正式な譲渡書類を介さない限り持ち主が変わることはありません」

 父親が慌てて首を横に振った。

「ち、違う、そうじゃない。ルディアはまだ子供だから何も知らなかっただけだ。私は関係ない。取り上げたりはしていない」

 父親の言葉にかぶせるにようにアーシュは口を開いた。

「そうですか、子供だから知らなかったんですね。じゃあ、エルザさんは、大人ですから。お母様の使っていた部屋に置いてあった”私が相続したもの”を盗んではいませんよね?」

「はぁ?まったく失礼な子ね!初めから部屋に置いてあったものを、そのまま部屋に置いておいただけで盗んだなんて人聞きが悪い。ルディアは子供よ。子供相手に大人げないことを言いだすし。ほら、ルディア、”借りていたもの”を返しなさい」

 借りていた……ね。貸すなんて一言も言っていないけれど。

「分かりました。そのまま部屋に置いていたものの確認を目録を持って財産管理役人にしてもらいます。売りに出していたり、紛失したり、処分したりしていませんよね?もしそうであれば盗んだということになります」

 エリザは平気な顔をしている。

「宝石を勝手に売ったりしないわよ。売らなくたって、お金に困るわけじゃないもの」

 アーシュは目を細める。

「宝石だけではありませんけど?一見汚らしい紙切れに見える古文書は初代王の筆によると言われるもの。時代遅れのデザインのドレスは王妃さまより賜った品。黒ずんで傷だらけの腕輪は……」

 さーっとエリザは青ざめつつも、言い訳を始めた。

「し、知らないわ。部屋を探せば見つかるんじゃないのかしら?ないものは初めからなかったのよ!人のせいにしないでくれる?」

 侍女のメイに視線を送ると、ドアを開いて下働きが一人入ってきた。

「こちら、処分するように言いつかった品になります。なくなった奥様からは処分する前に財産管理役人に確認してもらうように指示されておりましたので、保存しておりました」

「そう。で、誰が処分するように言ったの?」

 下働きは、まっすぐエリザの侍女を指さした。

「あなたが犯人?勝手に私の財産を処分しようとしたとなれば極刑は免れないわ」

 エリザの侍女が顔を真っ青にして、慌てて首を横に振った。

「わ、私は、エリザ様に指示されただけで……。言われた品を運んで渡しただけです。エリザ様が部屋のものはすべて自分のものだからと……」

 エリザが侍女を振り返り鬼の形相でにらんだ。

「あなた、いい加減なことを言わないでちょうだい。この女は嘘つきなのよ、ちょこちょこ屋敷の物をくすねるような女の言うようなことを信じないで」

 エリザに人身御供にされそうになった侍女は、慌てて使者の前にひざまずき、両手を合わせた。

「嘘ではございません。亡くなった奥様のものですと意見した使用人は辞めさせられました。この部屋は私が使うことになったのだから部屋の中のものはすべて自分のものだと、辞めさせられた侍女に聞いてもらえばわかります。そのあと、これはいらない、これは使えると仕分けをはじめました」

 エリザが立ち上がって、侍女の肩を強くつかんだ。

「い、いい加減なことを。使者様、違うんです。女主人として、部屋を整えなければならないと思い、その、亡くなった奥様の品をいつまでも置いておいては、悲しみ癒えないのではないかと、気を遣って、片づけを……その……この部屋にはいらないと言うのを、この侍女が勝手に処分しろと解釈しただけですわ!」

 侍女がエリザの手を払いのけた。

「冗談じゃないっ。どうして、あんたの罪を私がかぶらなきゃならないのよっ!」

 侍女は、下働きが運んできた箱を奪うと、中身を漁った。

「この紙は何が書いてあるか読めもしないのに、いらないと捨てた。私は大事なことが書いてあるかもと言いましたよね?それから、こっちのドレスは時代遅れなだけでなくセンスがなくてダサい、こんなのを着るなんてよほどのブスか貧乏人だと」

「それは、王妃様がセンスがなく、ブスだと……不敬罪ですね」

 使者がため息をついた。

「そ、そんな、違うんです、私はただ、何も知らなくて、だって、……そう、私、平民だから、貴族のいろいろなことを知らずに……侯爵様が何も教えてくれなかったから、だから」

 エリザの言葉に、父親の目が吊り上がった。

「なんだと?私のせいだというのか?冗談じゃないぞ。不敬罪など、平民でも知っているだろう!」

「知らない、知らないっ!たかがドレス1つ捨てようとしただけでで不敬罪になるなんて……そんな大切な品があるなんて、どうして教えてくれなかったんですか」

「うるさい、近寄るな。不敬罪を犯すような女をかばえば私まで罰せられる!」

 父親はついに、エリザを突き飛ばした。

 床に手をついたエリザは、憎しみのこもった目で父親をにらんだあと、下働きの女に食って掛かった。

「あんたが悪いのよっ。死んだ女の言うことなんて無視すりゃいいのに!今この屋敷で一番偉いのは私なのにっ」

 アーシュはエリザを冷たい目でみていた。

 何が女主人なのか。ただ目に付く使用人を好きなように動かしていただけ。

 お母様は違う。目につく使用人だけではなく、下働きまで一人一人ちゃんと見ていた。丁寧に仕事をする人、こっそりサボる人、使用人たちの不満がたまらないように管理していた。

 女主人ごっこをしていたエリザとは違う。

 そこが失敗だったのよ。さようならエリザ。

 使者に付き従っていた護衛が、エリザをとらえて縄を打つ。

「罪状を申し上げる。王妃陛下に対する不敬罪。侯爵夫人だという身分詐称罪。貴族への成りすましは言うまでもなく重罪。それから窃盗罪。他の細かい罪については、今後調べることになるだろうが。申し開きはあるか?」

 エリザは身をよじって訴える。

「だから、私は何も知らなかったのよ!その男が妻が死んだから家に来いって、ついに結婚できるっていうから、一緒に住んで妻だと紹介されれば、侯爵夫人になったと思うでしょう?だって、平民の結婚はそうだものっ!貴族の届け出なんて知らないわよ!私は騙されたのよ!詐称なんてしてないっ!」

 使者が小さくため息をついた。

「情状酌量の余地があるかどうかは、今後調査することになる。言いたいことはその時に言うんだな」

「お母様、お母様をどこに連れて行くのよっ!」

 ルディアがエリザに縋りつき、それから父親を見た。

「お父様、お母様を助けてよ!お父様は偉い貴族なんでしょう?誰も逆らえないんでしょう?」

「黙れっ、いくら私が偉くとも、陛下はもっと偉いことくらい分かるだろう!私が陛下よりも偉いという発言をしたと誤解されたらどうする!」

 バシンと、かなり強い力で父親がルディアの頬を叩いた。

「うわぁーん、ひどい、どうしてルディアを叩くの?私、何も悪いことしていないのに!」

 大声で泣きだしたルディアに使者が顔をしかめる。

「ひどいよ、ひどい、お母様もお父様も……どうしてよ、ルディアはかわいいって、アーシュよりずっとかわいくていい子だって言ったのに。大事な娘だって、そう言ってたのに、なんで、なんでよ~うわぁーん」

 私よりずっとかわいくていい子ね。私より賢いとは言われたことがないの。

 そういうことよ。と、アーシュは癇癪を起したように激しく泣きわめくルディアを見ていた。

「窃盗に貴族に対する侮辱罪、他にもいろいろとあるが、子供だ。禁固刑で済むだろう。その後は孤児院だ。成人までに更生しなければ改めて処罰される。連れていけ」

 使者の言葉にルディアいつの間にか部屋にいた騎士に手を引かれて連れていかれた。

 部屋には騎士がまだ4人も残っている。

「さて、最後に」

 王家からの使者はアーシュの父親であるブルボリオ侯爵を正面から見据える。

「あなたの番です」

 父親は両手を広げて、訴えはじめる。

「あんな女だとは思わなかったんだ。本当だ。私は騙されたんだ」

「ずいぶんと、大きな娘さんがいらっしゃったようですが、そんな長い間騙され続けたのですか?」

「そ、それは……」

 父親が挙動不審になっている。

 そうだと答えれば、10年もの長い間騙されていた無能と自ら宣言するようなものだ。

「まぁ、どちらでも構いません。彼女の罪の責任をあなたに負わせるわけではありませんので」

 はぁと安心したように父親が息を吐きだした。

「亡くなった侯爵夫人の殺害容疑、ご令嬢の殺害未遂容疑で連行いたします」

 使者の言葉に、3人の騎士が一斉に動く。

「まっ、待ってください、殺害って、私は殺してない!」

 使者が冷たくいい放った。

「亡くなったその日。葬儀を終える前に愛人とその子供がこの屋敷に移ってきたのは証言がとれている。いくら何でも対応が早すぎる。まるで死ぬと分かっていたみたいだ」

 使者の言葉に、父親が首を大きく横に振った。

「まさかっ、違う!病気で死にそうな状態だっただけだ。いつ死んでもおかしくなかった。急死したわけじゃない」

 使者がふっと笑った。

「調べましょう。遅効性の毒が使われてなかったか、すべて。こちらの思い込みだという可能性がないわけではない」

 その言葉に、今度は父親が厭らしく笑った。

「そうだ、思い込みだ。私はやっていない!疑ったことを後悔するなよ!私は侯爵だぞ、冤罪を吹っ掛けたことを訴えてやるからな!」

 それを聞いて、笑ったのはアーシュだ。

「……お母様を殺害していなくても、私の殺害未遂は事実でしょう」

「は?何を言う!」

 侍女のメイが手をあげ、使者に発言の許可を取った。

「奥様が亡くなった日なら、アーシュお嬢様は熱を出して倒れました。高熱が5日間も続き、生死の境をさまよいました」

 父親がそれがどうしたとつぶやく。

「旦那様は、医者を呼ぶこともせず、あまつさえ看病をするために働いていた侍女を次々とお嬢様から引き離しました。まるで、放置して殺すつもりなのではと思いました」

 その次に口を開いたのは下働きの者だ。

「わ、私も、見ました。やっと熱が下がった日に、立ち上がることすらままならないお嬢様を無理に執務室へと連れて行き、そのあと……執事に引き倒され、掃除もしていない布団すら十分にない部屋に移動させられました」

 再び侍女のメイが続ける。

「熱が下がって食欲が戻った後も、お嬢様に与えられたのは病人食でした。まるでこのまま衰弱して死ぬこをと望んでいるように感じました」

 メイの言葉が終わると、使者は父親に尋ねた。

「医者を呼ばなかったのはなぜか、理由はあるか?」

 父親が口ごもる。

「そ、それは……その……」

 アーシュとぱちりと目が合ったとたん、父親が早口にまくしたてる。

「そう、娘は医者嫌いなんです。だから、医者を呼ばなかった。もともと医者嫌いなうえに、母親が医者のせいで亡くなったと思い込んで」

 前世の記憶が戻る前なら、父親の味方をしたかもしれない。だけれど、もはやアーシュには父親の愛情はかけらも見えず、悪意のみしか感じることはできなかった。

「いいえ、お医者様を嫌ったことはありません。そして、もし、本当に嫌っていたとしても、私は高熱で意識がありませんでした。医者を呼ぶのに何の問題があるでしょうか?」

 父親がうっと口をつぐみ悔しそうに顔をゆがめる。

「本当のことをおっしゃればいいんですわ。お父様。私を殺害するつもりはなかった、ただ、虐待していただけだ……と」

 アーシュが父親に笑顔を向けた。

「そうすれば、罪は軽くなりましてよ?」

 殺害未遂であれば絞首刑。

 子供の虐待であれば命は助かる。

 ただし自分の子とはいえ、貴族の子供を傷つけることは重罪。

 爵位剥奪は免れない。

「さようなら、お父様。侯爵家は私が守ります」

 父親の顏がゆがむ。

「アーシュ、お前っ」

 怒りに、父親がアーシュの髪の毛をひっつかんだ。

 バカな人だ。まぎれもない虐待の証拠を使者に見られるようなことをするのだから。

 騎士がすぐに父親の行動を止めた。

「では、アーシュ様がこの瞬間からブルボリオ女侯爵となり、成人までの後見人を僕が務めさせていただきます」

 使者が伸ばした手を、アーシュは取った。

「はい、よろしくお願いいたしますわ」

 将来の旦那様。


 アーシュは物語の中で8年虐待される運命を、2週間に短縮した。

 運命の旦那様と愛をはぐくむようになる時も、短縮するつもりだ。


おしまい。


ご覧いただきありがとうございました。

★レビューしていただけると嬉しいです。



タイトル、結果として2週間で終わりましたが、1か月は主人公の気持ちです。それから、屋敷の掌握(使用人をどうするか、部屋を整えるなど)で1か月はごちゃごちゃしているかなと。


年齢書いてないですが、後の旦那様は「婚約破棄後に年の離れた男に嫁がせる」の相手で、10歳以上離れてます……。無事に主人公、未来の旦那様落とせるかなぁ……。18で出会うのと10で出会うのだとハードルの高さ違うよね……。ガンバレ……苦笑

(*相手がいつまでも子供としか見てくれなくて18歳になった時も子供扱いって意味ですからね?)

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― 新着の感想 ―
血ルディアって何ですか?
使者が死者になってるのくらいはさすがに直して下さい 誤字報告を閉じたのには相応の理由があるのでしょうけれどこれ程の誤字を修正をしない理由があるとは思えません お話は面白かったです
大変面白かったです! 個人的に母親が爵位を持っていて父親が入婿であれば、主人公が最初から爵位を受け継ぐ感じになりましたね。父親はあくまでも繋ぎの代理で、主人公が死ねば爵位は国預かりか、直接の分家から…
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