第7話 雲雀の矜持
自宅から歩いて数分。河川敷に到着する。
ここは20mほどの川を挟んでいて、向こう岸まで続く鉄橋が見える。土手の奥には住宅地が広がっている。特段広い訳ではないが、キャッチボールくらいは余裕でできる広さだ。
小さい頃の俺はここでよく遊んでいた。それから徐々に来る機会は減ったが、中学時代は雲雀とキャッチボールをしたこともある。
「ここに来るの久しぶりだなー。相変わらずの景色」
ほんの少し泥臭いグラブを着ける。意外と狭くて締め付けられるような、一歩間違えると突き指しそうな感覚。そう、これこれ。懐かしい。
「オレは好きだぞ、ここ。夕焼けが綺麗だ」
「おぉ、通みたいなこと言うな……。俺も好きだぞ。雲雀とこうしてキャッチボールできるからな」
雲雀のグラブからバシッと気持ちいい音がする。準備は整っているようだ。
「高校野球ってボール硬いやつだろ? あんまり早く投げないでくれよ」
「クールダウンで豪速球投げるやつはいねーよ」
「そりゃそうか。いいぞ、こっちも準備できた」
「いくぞ、渡」
「おう!」
雲雀は姿勢を変えてボールを投げる。ボールはそんなに速くない山なりの軌道を辿って俺の元へ。
初心者の俺でも難なくキャッチすることができた。流石にいい音は鳴らなかったが。
「えぇ重……。硬式だっけか、当たったら絶対痛いだろこれ」
「ああ。試合だったら、これが百何キロとかで飛んでくるからな」
「俺には無理だな。諦めよう」
「最初からグラウンド立ってないだろ」
小気味良い冗談を言い合いながら、数回捕っては投げるを繰り返す。
時刻は夕暮れ時。空は少しずつオレンジ味を増している。
「それで、雲雀。俺に何か言いたい事があるんじゃないのか?」
「ああ。よく分かったな」
「久しぶりのキャッチボールだからな」
雲雀のグラブがボールをスイートスポットで受け取り、バシンと音が響く。
雲雀は再びグラブにボールを投げつける。やっぱりそれは癖なんだな。
「渡、お前はオレの自慢の親友だ。胸張れよ」
「張る胸がない場合はどうすればいいんだ?」
「女子にでもなったつもりか? 育ててみろよ」
「……育てるって、なんかエロいな……」
「なんか言ったか?」
「いや何も? ……それで、何だ。言いたい事言ってみてくれよ」
「わざわざ言われなくてもそのつもりだ」
雲雀がピッチャーのフォームを構える。横向きになって、腰のベルトあたりにグラブを添える。
一度深呼吸を挟んで、左足を上げて、俺目掛けて踏み込む。その勢いのまま体を捻って、ボールを滑らす。速度は控えめにしてくれたっぽい。
「……っと。いてー……」
「──なあ。今週末、勝てると思うか?」
「強豪校とか? 厳しいだろうな」
「だよな」
「ああ。俺はあんまり野球のこと知らないけど、去年準優勝チームは普通に格上だろうな」
「オレもそう思う。でも1%でも勝てる見込みがあるなら、それを信じてみたい」
アンダーウェアで鼻下をこする雲雀。
「無理なら無理でいい。でも、チャンスがあるならそれに賭けたい。もしそれで上手くいったら、超かっこいいだろうな」
「だろうな。足立さんがお前に惚れ直すぞ」
「そうか」
存外あっさりした返事だ。彼女のことになると照れ臭くなったりするんだろうか。
彼氏としての雲雀を俺は知らない。足立さんのことをどう考えているかも分からない。
「ま、だから渡を誘った。足立も……まあ、決まったことだしな」
「ふぅん? 彼女にダサいところ見せたくないのか?」
冗談混じりの口調で問う。
「はは、かもしれねぇ。何もできずにあっさり負けました、ってのもな。向ける顔がねぇ」
「だな」
「ああ。まあ……足立に関してはそんな感じだ」
俺はもう少し深掘りしたくなり、続けて雲雀に聞く。
「結構いい感じなんだろ? 昼、足立さんも楽しそうだったぞ」
足立さん側の気持ちはよく聞いている。作戦会議もどんどん進んで、最近はメイクだったりファッションにも付き合わされている。
その、コンシーラー……? とか、あとはなんだ、アイラインとか。メイクかファッションがどっちだったかは忘れてしまったが。
それもあって、雲雀はどう思ってるのか気になるのだ。
「恋愛ってあんまり分かんねーわ。足立といるのは普通に楽しいけど」
「じゃあそれでいいんじゃないか? デートも上手くいったんだろ、心配することないだろ」
キャッチボールを再開する。俺は雲雀が投げたボールをグラブで受け止める。
「付き合って一ヶ月、お互い初めて。上手くいってるなら、それに越したことはないだろ。彼女ができたら、俺との時間が減っちまうのは仕方ないことだしな」
彼女、野球、親友。今の雲雀は抱えているものが多い。俺は親友として、その負担を減らすよう努めなければいけない。
「渡に彼女ができたら、彼女の方を優先するのか?」
「もちろんだ! ……と言いたいが、それと同じくらい友達も大切だしな。そこはあんまり分かんねーわ」
すまねぇな、と軽口で謝罪すると、雲雀の笑い声が聞こえる。
「今週末、勝つわ。俺の矜持にかけて」
「言いたいことは言えたんだな?」
「ああ。渡のお陰でいい感じに解消できたかもな」
「それは良かった。俺は応援してるぞ。親友として」
そう言って、俺はピッチャーフォームを構えて雲雀に投げ返す。変に力んでしまい、ボールはワンバウンドで雲雀の元へ。
「サンキューな」
俺と雲雀は河川敷を去り、自宅へ戻った。
「あとはあれだな。そろそろテスト期間だから、そっちもやらねーとな」
「勉強なぁ……」
「野球を頑張りたい気持ちは分かるけど、勉強も大事だぞ?」
雲雀にとって高校生初の硬式大会。それがどんな結果だとしても、俺は雲雀の親友として、それを受け止めるだけだ。




