第5話 圧倒的美少女とヘタレ
「……一色くん、座らないの?」
「いや、あのその……隣は近すぎやしないかな……?」
「私は大丈夫だよ。むしろ段差が違うと、一色くんと話しづらいかも……」
「いや、そうだよね! じゃあ、失礼します……」
「うん」
俺は音羽さんの隣に腰掛ける。
非常階段は幅が狭く、二人横並びで丁度良い。それはつまり、クラスナンバーワンの圧倒的美少女である音羽さんがすぐ隣にいる訳で。
「……そんなに離れなくてもいいと思うよ?」
「だ、だよねぇ!? 俺ってばつい緊張しちゃって!」
側面の壁に貼り付いていた体をほんの少しだけ音羽さんに寄せる。ほんの数ミリ、一センチくらいでも、俺の心臓は悲鳴をあげている。
わけもなく隣の音羽さんを見る。
音羽さんはランチバックから弁当箱を取り出していた。その横顔はあまりにも綺麗だ。
そんな俺のじろじろとした視線に気付くと、僅かに目を見開く。
「びっくりした……。どうしたの?」
「あぁ、いや……。……なんで誘ってくれたのかなって思って」
音羽さんがじっと俺を見つめている。お顔が強い……。
「えっと……ほら! 音羽さんは人気だからいつも昼は友達といるじゃん。それなのに、それを断って俺と昼一緒が良いって言うから、ちょっと気になって」
「…………」
「あとは……周りをよく見てるから、ぼっち飯の俺を気遣ったんじゃないか、とか思ったり……」
一応全部本音だ。音羽さんとは友達だが、教室でたまに話すくらいの仲だ。二人で一緒に昼を食べるなら、噂が立つんじゃないか。
「それは、教室だとあんまり話す機会がなくて。教室で沢山話してたら、いろいろ噂されちゃうしね」
「大変だね……」
「よくあることだよ。だから、今日はここで丁度良かったかも」
少しばかりあどけない笑みを浮かべる。一緒にボブヘアも流れる。とにかく綺麗で可愛い。
俺に自我がなかったら速攻で告白していただろう。そして振られるまでワンセット。
「早速食べよっか。結構時間も過ぎてるし」
「あぁ、うん。だね」
俺も隣でサンドイッチを取り出す。
実は移動で10分近く使ってしまっていた。こんな時間が待っていると知っていたら、他に目もくれず速攻で非常階段に来たのに。このヘタレ。
昼食を食べながら音羽さんと他愛ない話をする。授業が難しいとか、先生が厳しいとか、休日は何してるとか、そんな取り留めのない話題だ。
男女ではあるが友達同士、楽しくお喋りするのは時間を忘れる。
ふと、音羽さんが箸を動かす手を止めて口を開く。俺は隣に視線を向ける。
「私が一色くんを誘った理由、聞きたい?」
遠くを見たあと、大きな瞳をこちらに向ける。
「それって、もっと話がしたいとかじゃなかったっけ?」
「それもあるんだけど、それだけじゃないの。一色くんが知りたいなら、教えるよ」
「あぁ……じゃあ、教えてもらうか。別に昼飯誘う理由なんて、たかが知れてると思うけど」
「本当にそうだと思う?」
「ん? えぁ──」
音羽さんが腰を上げて、華奢な体を俺に寄せてくる。10センチ、5センチ……どんどん近付く。やがて、さっきまであった間が完全になくなる。
肩と肩が密着して、その下の腕も。制服越しから音羽さんの柔らかい感触がやってくる。
「音羽さん……? あの、ピッタリくっついてるんだけど……」
「うん。知ってるよ」
俺が少し退くと、またその間を詰めてくる。壁にもたれてもなお、音羽さんは俺に肩を合わせたままだ。
……ままというか、さらに近くなった気がする。足も重なって、女の子特有の甘い匂いがやってくる。
「私が一色くんを誘った理由は、もっと話したかったからだよ。もう一つはね……」
「ちょ、ちょっと待って……。その、近くない?」
「いや……?」
「嫌、ではないけど……俺と音羽さんって別に付き合ってる訳じゃないし……くっつくとか、変じゃない?」
「一色くんはそう思う?」
「うんと、まあ……そうかな……」
「そっか。じゃあ、迷惑だったかな。急にごめんね」
そう言って音羽さんが俺からすっと離れる。あ、もしかして選択肢ミスったかもしれない。
「あぁいや、全然迷惑じゃないよ! その、急なことで、びっくりしただけだから……」
顔を逸らした音羽さんに慌ててフォローする。もう一度振り向いて見えた表情は、イラストでたまに見る何を考えてるか分からない顔だった。
「……そっか。一色くんに嫌われた訳じゃなかったんだ」
「別に嫌いになったりしないよ。さっきのあれは、本当にびっくりしただけだから」
「それなら良かった。さっきはごめんね。急に詰め寄ったりしちゃって」
「いや全然。音羽さんはよく周り見てるし、結構疲れが溜まってたりするんじゃない? たまには休むのも必要だよ」
以前の俺は変に疲れることがよくあった。今は空気読みレベル100(間近)になったお陰で、そうして生きることが常になった。
空気を読んで生きることは疲れる。人に合わせるのはそれだけ難しいことだ。
音羽さんの、艶のある前髪の間から覗く吸い込まれそうな大きい瞳が俺を捉える。
「一色くんって気遣い上手だよね。クラスでも人当たりが良くて、優しい」
「え、そうかな?」
一瞬で鼻の下が伸びる。
褒められるだけで嬉しい。お世辞かも知れないけど、それでも嬉しい。
「うん。私、一色くんのそういうところ、好き」
「え、そうかな? ……ん、それってどういう……」
「ごちそうさまでした。一色くん、私先に戻ってるね」
律儀に合掌した音羽さんはすっと立ち上がる。
「え、あぁ……うん。分かっ……た……」
俺が返事をする前に音羽さんは階段を降りる。姿が見えなくなって、急に沈黙が訪れる。
俺は真剣な顔で顎に手を添える。
音羽さん、俺のことをちゃんと見てくれてたんだ……。やばい、そう考えただけでにやけてしまいそうになる。
あとなんか俺のこと好きとか言ってなかったか!? あれ、俺の気遣いできるところだったっけ!?
……まあなんでも良いか。これから一週間くらい元気が漲りそうだ。
「フォー!!」
喜びのあまり変な雄叫びを上げる俺だった。




