5 稲葉山城陥落 〜黄金の算盤と泥まみれの猿〜
「小一郎、合図だ! 始めろッ!」
兄貴——藤吉郎の怒号が、夜の長良川に響く。
永禄十年(1567年)、美濃・稲葉山城。斎藤龍興が籠もるこの難攻不落の山城を落とすため、俺たちは今、歴史の分岐点に立っていた。
史実では「裏道からの夜襲」で終わるこの戦いだが、信長様の直臣となった俺が立案した計画は、もっと合理的で、もっとえげつない。
1. 補給線を断つ「経済的包囲」
俺は戦が始まる三ヶ月前から、美濃全域の「硝石」と「硫黄」を買い占めていた。
「美濃の国境を封鎖し、物流を織田が管理する」
これによって、城内の鉄砲はただの鉄屑と化し、火薬の備蓄は底を突いた。斎藤軍は、戦う前から「弾切れ」状態だったのだ。
「上様、計算通りです。城内の士気は、物価の高騰と物資不足で最低ラインを切りました。今こそ、兄貴の出番です」
本陣で算盤を弾く俺の傍らで、信長様が不敵に笑う。
「行け、猿。貴様の『執念』を見せてみろ」
2. 藤吉郎の「特攻」と小一郎の「工学」
「おうよ! 見てな小一郎、兄ちゃんが天下に名を知らしめてやる!」
藤吉郎が率いるのは、蜂須賀小六ら「川並衆」。彼らが背負っているのは、俺が設計した**「折り畳み式の長梯子」と「高照度松明」**だ。
ただの夜襲ではない。俺は事前に城の斜度と岩盤の強度を調査し、最短で本丸へ至る「登攀ルート」を割り出していた。
「おらぁ! ここだ、ここを登れば、敵の死角だ!」
泥にまみれ、岩に爪を立てて登る藤吉郎。その姿はまさに猿そのものだが、その動きには一切の無駄がない。俺が教え込んだ「最短動線」を、兄貴はその天才的な身体能力でなぞっていく。
「敵に見つかったらおしまいだ」という恐怖を、藤吉郎のカリスマが「あいつ(弟)の計算を信じろ!」という狂信的な士気に変えていた。
3. 表舞台に立つ秀長:工兵部隊の指揮
兄貴が崖を登りきると同時に、俺は本隊から離れ、予備兵力である「工兵部隊」を率いて表門へと進み出た。
事務方だと油断していた敵兵が、城壁の上から嘲笑う。
「なんだ、あの算盤持ちは! 算盤の珠でも投げるつもりか!」
「……いえ、投げるのはこれです」
俺が合図を送ると、用意していた大型の**「投石機」が一斉に火を噴いた。投じるのは石ではない。俺が調合を指示した、「悪臭と煙を撒き散らす化学焼夷弾」**だ。
「げほっ、なんだこの煙は!? 鼻が曲がるぞ!」
「目が、目が開けられん!」
煙幕によって視界を奪い、敵の連携を分断する。その隙に、俺は工兵たちに命じて門扉の「蝶番」をピンポイントで爆破させた。
4. 兄弟の合流
「開いたぞ! 突っ込めぇ!」
俺が表門を突破した瞬間、城の最上階から真っ赤な火の手が上がった。
藤吉郎が本丸に火を放ったのだ。
「小一郎! 間に合ったな!」
城のど真ん中で、泥だらけの兄貴と、冷徹に陣頭指揮を執る俺の視線が交差する。
「兄貴、遅いですよ。予定より三分遅れています」
「へっ、相変わらず厳しいねえ! でもよ、これで美濃は俺たちの……いや、信長様の門札だ!」
焼け落ちる稲葉山城を見上げながら、信長様が馬を進めてきた。
「藤吉郎、見事な働きだ。貴様の執念、確かに見た。……そして小一郎。貴様の『理』が、この峻険な山を平地同然に変えたな」
信長様は腰の刀を叩き、俺たち兄弟に告げた。
「これより、この地を『岐阜』と改める。藤吉郎、貴様には一国を預かる足がかりを与えよう。小一郎、貴様は……」
信長様は俺をじっと見つめ、不敵に付け加えた。
「俺の横で、この天下の『値札』を書き換えろ。次なる目標は……上洛だ」
「……御意。京都の予算、今から組んでおきます」
兄が武で道を切り拓き、弟が知で地盤を固める。
木下兄弟の「最強コンビ」が、ついに天下取りの表舞台へと躍り出た瞬間だった。




