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第1話

駅は、何も変わっていなかった。

それがどういうわけか、胸を必要以上に重くした。


靴の下で鳴る、ひび割れたタイル。

今にも切れそうに明滅する蛍光灯。

地方の駅特有の、音の少なさ。

静かすぎて、空気まで息を潜めているようだった。


俺は立ち止まり、ゆっくり息を吐く。


色あせた案内板。

規則正しく並ぶ自販機が、番兵みたいに低く唸っている。

線路の向こうから流れ込んでくる、土と油とアスファルトが混じった匂い。


郷愁が喉元まで迫ってくる前に、肩にかけたバッグのストラップを直し、改札へ向かって歩き出した。


「おいおい、見ろよ。東京の大先生が、ついにこんな田舎に里帰りか?」


振り返る。


ニヤニヤと笑いながら近づいてくる男が二人。

一人は、この町には少し気合いが入りすぎたジャケットを着ていた。

自分はちゃんとやってると証明したくて買ったようなやつだ。

もう一人は、夜更かしとクリーニング不足を重ねてきたのが一目で分かるスーツ姿。


「健一! マジでお前かよ」

大輔が目を細める。

「久しぶりだ。……まあ、正直、顔は死んでるけど」


俺は苦笑しながら握手した。

「迎えに来てくれて助かる」


和也が一歩近づいてきて、短く抱き寄せた。

照れも遠慮も混じった、不器用なやつだ。


「帰ってきたな」

低い声で、和也が言う。

「おかえり」


大輔が俺の肩にかかったダッフルバッグを見た。

「荷物、それだけ? 高そうなウイスキーとか、未処理のトラウマとかは?」


「トラウマだけ持ってきた」


和也が小さく笑い、少し間を置いて聞いてくる。

「実家に泊まるのか?」


「ああ。今は空き家だしな。埃っぽいけど、屋根はある」


「何年ぶりだ?」


「田舎の俺たちのことなんて、もう覚えてないだろ」

大輔が割り込む。

「大都会で命救ってたらさ」


「……十年くらいかな」

俺は首を振った。

「二人とも、相変わらず忙しそうだな」


改札を抜け、外へ出る。

自販機の灯りが、夜の道にぽつぽつと浮かび、車は数分に一台通るだけ。

東京みたいに押し潰される感じじゃない。

でも、この町の夜は、妙に距離が近い。


派手なネオンはない。

その代わり、踏み間違えたら終わりの地雷が、静かに、綺麗に埋まっている。


「十年か」

大輔が呟く。

「アメリカから戻ってきた頃だよな? どこだっけ、ボストン?」


「シカゴ」

「研修はボストンだったけどな」


「そうそう。それで今は、俺たちと同じ負け組コースか。東京じゃ、もう直すジジババいなくなった?」


「燃え尽きたんだよ」

俺は肩をすくめる。

「休むつもりが、そのまま終わった」


和也が、いつものように空気を整える。

「戻ってきてくれて嬉しいよ。本当に。困ったら、何でも言え」


癖でスマホを確認し、画面を見ないままポケットに戻した。


大輔が手を叩いた。

その瞬間、胸の奥が一瞬だけざわつく。

正体は考えない。

そういうのは、もう面倒だ。


「とりあえず、ビールだろ。今夜は奇跡みたいな日だぞ」

和也を一瞥し、少しだけ視線を逸らす。

「子どもも門限も責任もなし。自由を大事にしてるやつも、まだいるからな」


角を曲がる。


細い路地に、赤い提灯が揺れていた。

笑い声と、グラスの触れ合う音が漏れてくる。

店の名前は変わっていた。中も、前より綺麗だ。


でも、匂いだけは変わらない。


唐揚げ。

酒。

後悔。


高校の頃と同じだ。


その提灯の下に立った瞬間、分かっていた。

大輔の後を追って入れば、

あとは夜任せだ。


俺は足を止めた。


戻るのを待ってくれる場所なんて、ほとんどない。

ただ、

なぜ離れたのかを思い出させるだけだ。

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