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決闘前編

「ディートハルトはおるか~!!」


 ライナルトの教育時間が終わり、アグネスは血相を変えて戻ってきた。

 目は血走り、鼻息は荒く、どこからどうみても取り乱している。


「はい、こちらにおります」

(……何か、やらかしたか?)


 ディートハルトは、自分の行った何かしらの行動がアグネスの逆鱗に触れたのではないかと思い、記憶を遡るが心当たりがない。


「……何か姫の気に障ることでもしましたかね?」


「うむっ! それはいつもの事じゃが。今回は違うのじゃ!

 爺上の近衛騎士団の連中が、言っておったのじゃ!」


「はあ……それで何を?」


「何故、ディートハルトの様な素行に問題あるヤツが、プリンセスガードのリーダーなのか? と」


「なるほど……

 まあ事実ですから致し方ないですよね。ハハハ!」


「何を笑っておるか~!

 それだけではないぞ! 他にもあるのじゃ!」


 アグネスが部屋で勉強している最中、部屋の扉の前で警備を担う二人の近衛騎士が会話をしていた。

『まあ、プリンセスガードは、姫様のご機嫌をとるためだけに設立されたお飾り騎士団だからな!』

『それにしたって、ディートハルトを起用する必要はなかろう?』

『それは、ハルトヴィヒ様のご子息って事で優遇されておるのだろう』

『ろくすぽ働かないドラ息子が、親の七光りでというヤツか……』

『知っておるか? あの男は帝魔大に落ちたらしい』


 帝魔大とは、帝国魔術大学の略称で、入学難易度は最高とされている。

 魔術に限らず、政治、経済等、様々な学問を教えており、この大学で高い評価を受けたものが、街や村を治めたり、文官として国家に招かれる事も少なくない。

 国内外から高い評価を受け、世界有数の教育機関として名高いのである。


『勿論知ってるさ、それでハルトヴィヒ様の設立した何処かの士官学校に入学したらしいな』

『そこでも色々と問題を起したらしい』


 扉を隔てているため、声はかなり小さくなっていたが、アグネスは気になってしまい、必死に聞き耳を立てていたのである。


「まあ、帝魔大落ちたのも事実ですし……」


「お主、悔しくないのか~~!!」


 怒りを見せないディートハルトに対して怒るアグネス。


「別に……

 そういう事を気にしていたらキリがありませんよ」


 毎度の如く、テケトーにあしらうディートハルトであったが――


「ディ…ディートハルト……ひっく……」


 アグネスは悔しさのあまり泣きかけていた。


「……わかりました。

 では、名誉を汚されたとして、決闘を申し込みましょう」


 ディートハルトは、アグネスの無念を受け、決闘を提案する。

 元々は騎士団であったライナルト帝国には決闘の伝統が残っていた。

 大分変質してきてはいるが、名誉を汚されれば決闘を申し込み、汚名を返上する事ができたのである。

 勿論、国がその決闘を承認すればの話ではあるが。


「け…決闘? そ…それは、つまり、その者とお主が戦うのか?」


「ええ、姫が皇帝陛下にこの事を伝えれば、決闘の場を設けてくれると思いますよ?」


 本来、色々と面倒くさい手続きが必要になる決闘であったが、アグネスがライナルトにお願いすればどうとでもなる。


「……しかし」


 先ほどの態度とは打って変わって急に尻込みし始めるアグネス。

 ディートハルトと近衛騎士が戦って、ディートハルトが勝つとは限らないからである。


「そうですね、折角の機会ですから。

 プリンセスガードと近衛騎士団の団体戦と致しましょう。

 5人選抜し、双方の威信を賭けて戦うのです」


「だ…団体戦!?

 お、お主、そんな事を言って大丈夫なのか? 負けたら死ぬかもしれんのじゃぞ?」


 帝国においての決闘では、どちらかが死ぬまで戦うというルールはない。

 しかし、殺してはいけないというルールもなく、負傷して死ぬ例は少なくはなかった。


「さっきまで鼻息荒かった姫が何を言ってるんですか」


「鼻息荒いじゃと? れでぃになんてことをいうのじゃ貴様~!」


「とにかく! 俺が負けるなんてありえませんから」


「む~! ほ…本当にいいのじゃな?」


 いざ、決闘を提案されると最悪の事態を考え、怖気づいてしまう。

 そして怖気づいたのはアグネスに限った話ではなかった。


「団体戦とか何言ってるんですか~!」


「そうですよ、皇帝陛下直属の騎士団と試合するなんて」


「やるなら、リーダー一人でどうぞ!」


 話に聞き耳を立てていた、プリンセスガードの面々が不満を口にし始める。


「あ~、それは大丈夫だ。

 俺が先鋒で、全員抜きするからな」


「はい?」


 ディートハルトの言葉に一同は静まりかえった。


「どうぜ、ブチのめすなら、2人より、5人の方がいいだろ?」


 勝って当たり前と言わんばかりの態度を取るディートハルト。

 自信の表れであったが、プリンセスガードの面々には慢心にしか見えなかった。


「……それはそうですが。その勝てるんですか?」


 イザークが恐る恐る問う。

 皇帝直属の騎士と戦って勝てるのか? という疑問は誰にしもある。

 結局の所、ディートハルトが負けるようなことがあれば、自分達が戦わなくてはならないし、無様に負ければ解雇・死刑もありえるのだ。


「お前、俺があいつらと戦って負けるとでも?」


 自分の強さに疑問を持たれていると判断したディートハルトはジロっと睨み、ドスを効かせた声で問い返す。


「い…いえ、リーダーの強さを疑っているわけではなく、相手が悪いのではないかと……」


 まわりのプリンセスガードもうんうんといって頷く。


「ディートハルト……

 余が悪かった。もう、気にせんでよいぞ……」


 アグネスも話が大きくなっているのを感じ取り、いつしかクールダウンしていた。

 しかし、ディートハルトには既に火がついており、今更、その火を消す選択はありえなかった。

 ましてや、部下達に、自分は近衛騎士よりも弱いと思われている節がある。


「いいか、お前ら!!」


 ディートハルトは大きい声を張り上げ、プリンセスガード全員が思わずビクっとなる。


「姫を見ろ! 頬が涙で濡れているだろ?

 我らの姫を泣かされて、黙っていると!

 お前らはそういうのか?」


 一同が自分達の言動を恥じ入るが、一人だけ恥じ入らない者がいた。


「いや、それは先ほどリーダーがでかい声で叫んだから、それが怖くて泣いたのかと――」


 カミルが突っ込みを入れると、ディートハルトはすかさず拳骨を振り下ろした。


「今は、真面目な話をしている。

 他に何か言いたい事があるヤツはいるか?」


 カミルは謝罪し、他一同は首を横にふった。


「よろしい!

 では、姫、団体戦の件。よろしくお願いします」


「う…うむっ……」

(と…とんでもないことになったのじゃ……)


 アグネスとしては、単に愚痴を吐きたいだけであり、悔しい思いをディートハルトと共有できればよかったのである。

 言った本人に復讐がしたいわけではなかった。


……――……――……――……――……――……――……


 アグネスが名誉かけて戦うという提案をライナルトは受け入れ、決闘の場が設けられる事になる。

 大々的におこなれる事が決定し、王都にある闘技場が会場に使われ、一般市民の観戦も認めていた。

 観客席の最前列の席の一つにはまるで玉座の様な皇帝専用席が設けられ、その隣にアグネスの専用席が設けられた。


「先鋒、前へ!」


 審判から合図を受け、前に出るディートハルトと近衛騎士の先鋒。

 アグネスは不安と期待が重なり、食い入るようにして決闘場を凝視している。

 魔法や飛び道具、乗馬が禁止されているくらいで、ルールらしいルールはなく、単純に相手に負けを認めさせるか、戦闘不能にするか、死ぬまで戦うかの決闘であった。


「始め!」


 ディートハルトは始まりの合図と同時に剣を鞘に収める。


「どうした? 負けを認めるのか?」


「いや、そうじゃない。

 お前に俺の剣は勿体無い、素手で十分だ」


 ディートハルト手招きして挑発する。


「ふざけおって!」


 激昂し、相手がかかってくる。 

 ディートハルトは相手の剣を身体をひねってかわすと同時に前へ出て、渾身の一撃を顎に叩き込んだ。

 相手の脳は大きく揺れ、そのまま崩れ落ちる。

 一瞬で決まった勝負に、大きな歓声が上がった。


「おおお~~!! 見事じゃディートハルト~~~!!」


 アグネスは、興奮し声を荒げて声援を送る。

 それを受けてか、プリンセスガードの面々も声援を送った。


「リーダー! 最高!」


「是非、このまま五人抜きしてくださいね!」


「俺らの手をわずらわせないでくださいよっ!」


「次鋒、前へ!」


 審判の声に応じ、近衛騎士の次鋒が前にでるが、先鋒と同じく剣を抜かずに挑発した。


「いけぇ~!! やれぇ~~!! ディートハルト~~!!」


 皇帝の横で、アグネスが声をはりあげて応援する。

 ディートハルトはアグネスの声を聞くと、アグネスの方を向いてを笑顔でVサインを送り声援に答えた。


「貴様! 背を向けるとは!」


 背後から、近衛騎士が斬りかかるが、その剣を難なくかわしてみせ、距離をつめると、容赦なく打撃技を叩き込み戦闘不能にする。

 中堅も結果は同じで、身体を翻して背後に回り、組み技を仕掛け締め落とした。


「リーダーが強いのはわかるが、幾らなんでも弱すぎないか?」

 

 一応次鋒のカミルが疑問を口にした。


「確かにアレなら、俺でも倒せそうな……」


 大将の席に座るローラントも渋い顔で戦いを見守る。

 どこかか腑に落ちないものを感じていた。

 ディートハルトが剣を抜かずに戦ったのは、相手にあえてハンデを与え、部下や観客(素人)にも分かりやすく実力の差を見せる事であった。

 決してお飾りではないという事をアピールするために。


(しかし、予想以上に弱いな……

 これでは、素人と大して変わらんというか、俺が弱い者イジメをしているようだ)


 元々、負ける気がしなかったので提案した決闘であり、自分の思い通りに事がすすんでいるわけだが、想定外の弱さなのがどうも気にかかる。

 ディートハルト当人も近衛騎士の実力に困惑し始めていた。


「副将、前へ!」


 今回の決闘のきっかけとなった会話をした片割れが前へ出る。

 大将がもう片方であった。ディートハルトはそれを受け、剣を抜いた。


「どうやら、俺が相手では剣を抜かざるを得ないらしいな」


 その言葉を聞いて思わず笑い出すディートハルト。

 言葉には答えず、大将を指差した。


「何だ?」


「二人がかりで来い!」


 ディートハルトは同時に戦う事を要求する。


「後悔するなよ!」


 大将も剣を抜き、二対一の決闘が行われた。

 ルールらしいルールがないため、双方の合意があれば特に問題はない。


 ディートハルトは相手の攻撃をかわしつづけ、防ぎつづけた。

 自分から斬りかかる事は殆どなく、斬りつける場合でも相手にわざと防がせるようにして斬りつけた。

 相手二人は、次第に体力を消耗していく。

 副将の男はついに、疲れで剣を握る事もままならず、剣を地面に落とした。

 大将の男も、剣こそ持っていたが、ディートハルトの重い剣戟を何度も受けさせられ、手は痺れ持つのがやっとの状態だった。


「どうした? 拾え!」


 ディートハルトは悠然と立ち、相手に尚も向かってくるよう促す。

 しかし、相手に戦意はもうなかった。


「ま…参りました」


 大将の男が心底、悔しそうに負けを認める発言をするが、あまりに小さい声のため周囲には聞こえない。


「もっと大きな声で!」


 ディートハルトが怒鳴りつける。


「参りました!」


 大将の男は剣を投げ捨て、会場に向かって大きく叫んだ。

 審判はそれを認め、ディートハルトに軍配を上げた。


「見事じゃあ! ディートハルト~~!!」


 アグネスは興奮し、観客席から飛び降りると、ディートハルトの方へ向かって走っていく。

 ディートハルトもこれを受けて、飛びついてきたアグネスを抱き上げた。


「ははは! ざっとこんなもんですよ。

 ……さて」


 アグネスを降ろすと、近衛騎士のほうへ向き直る。


「負けを認めた事だし、謝罪してもらおうか」


「……侮辱した事をお詫びします。

 申し訳ございませんでした」


 悔しそうに頭を下げる二人。


「違う!」


 ディートハルトが二人を怒鳴りつける。


「俺は、陰で何を言われようと大して気にしない。

 事実無根の事ならまだしも、自分のしてきた事を言われただけだからな。

 だが、お前らの会話は姫様を大きく傷つけた。

 姫の騎士を侮辱するという事はな、姫を侮辱するのと同じ事。

 謝罪する相手は――」


「む?」


 アグネスはディートハルトの言っている事がよくわからなかったが。

 二人はアグネスのほうを向き直り、頭を下げて謝罪した。


「そうだっ! (キリッ」

(決まったなっ!!)


 ディートハルトはアグネスに頭を下げる二人を見ながら、心の中で自画自賛していた。


「よくわからんが、余はとっても機嫌が良い! 

 もう済んだ事じゃ~! 気にせんでよいぞ!」


 アグネスは興奮のあまり、既にどういう主旨で決闘が行われたのかを忘れていた。

 上機嫌で二人を許し、何事もなく終わるかと思ったその時――


「ディートハルトよ。この度の決闘真に見事であった。

 プリンセスガードのリーダーとして恥じぬ戦いぶりであったぞ」


 皇帝ライナルトもいつの間にか闘技場に降り立ち目と鼻の先にいる。


(いつの間に……)

「はっ! 勿体無きお言葉」


 敬礼し、頭を下げる。


「余も目から鱗が落ちる思いじゃ。

 確かに、姫の騎士であるプリンセスガードを侮辱すれば、それはその主君である姫を侮辱したという事――」


 皇帝の言葉にはあからさまな殺気が篭っており、ディートハルトに何ともいえない悪寒が走る。


「そして、余の後継者であるアグネスを侮辱するという事は、余を帝国を侮辱するという事じゃ」


「ラ…ライナルト様……?」


 近衛騎士二人は顔面蒼白となって皇帝を見ている。

 皇帝は剣を抜き、ディートハルトに柄のほうを突きつけた。


「二人の首を刎ねよ!」


 それは、思わずぞっとするような低い声だった――

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