プロローグ前編 出会い
とある町。
「どけ、どけぇ!」
逃げる男に追う男。
いかにも柄が悪く俗にいうチンピラ風の男と、それを追う黒い鎧を着た男。
傍から見れば、逃げる犯罪者とそれを取り締まる騎士といったところ。
男はひたすら路地を走り続けるが、一人の少女が目の前に現われた。
「くっ! 回り込まれたか」
退路を断たれ、どこにも逃げ場がなくなり男は狼狽する。
「ふっふっふっ! 大人しくお縄を頂戴するのじゃ! この万引き常習犯めっ!」
金色の巻き毛に白い肌、碧い瞳の少女はマントを羽織り旅人のような格好をしていた。
「ふざけんじゃねえっ!」
強面の男はナイフを抜き怒鳴り散らす、並みの少女ならそれだけで泣き出すだろう。
「ふざける? お主! あれだけ戦って、まだ余と自分の実力の違いというモノがわかっておらんようじゃのう!」
少女に怯える様子は全くなく、むしろ男を見下すようにして喋った。
「実力だと? それこそふざけた事を抜かすんじゃねえ!
お前は後ろで杖を振って、黒いのを応援していただけで特に何もしてねえだろ!
自分が強いみたいに言ってんじゃねえよ!」
「何じゃと!?
余はその黒いのを従える権力を持っているという事じゃ!
権力も『力』という字がついておる。
屁理屈ぬかすでないわーっ!」
チンピラ顔負けの剣幕で怒鳴り返す少女。
言っていることは無茶苦茶であったが、その迫力は少女とは思えない凄味があった。
「ぬう!?」
男はどう返していいか分からずたじろく他なく、そしてその隙を逃す黒いのではなかった。
「まっ! そういう事だ! 相手が悪かったな」
黒い鎧を着た男は、気さくに語りかけると剣が鞘に入ったまま男を強打し気絶させる。
「見事じゃ! ディートハルト!」
自身の騎士が悪党を無事倒すと、先ほどの子供とは思えない剣幕とはうってかわり、少女は少女らしく無邪気に喜びだした。
「お褒めにあずかり恐悦至極」
礼儀正しく少女にお辞儀をする黒い騎士。
「して、この者の賞金は、幾らなのじゃ?」
「金貨一枚といったところですね」
ちなみに金貨の貨幣価値は現実社会の一万円に相当する。
「そうかっ! これでまた一歩建国に近づいたのう?」
少女は嬉しそうに問いかけた。
「そうですねー! アグネス!」
黒い騎士も笑顔で少女を煽てるように言葉を返す。
「お主を再び陛下と呼ばせる日も近いのう?」
「そうですねー! アグネス!」
「ふははははっ! 偉大なる皇帝の復活じゃあ!」
「そうですねー! アグネス!」
「…………
明日は雪が降るのう?」
「そうですねー! アグネス!」
「お主! さっきから適当に返しておるじゃろう!」
また、少女とは思えないような凄い剣幕で怒鳴り返すが、慣れているのか黒い騎士は全く動じない。
「そんな事ないですよアグネス!
悪党を捕らえたんですから! もっと喜びましょう!」
「それもそうじゃのう! ふははははははは!」
「はははははは!」
奇異な物を見るような目をする通行人を無視して、黒い騎士と少女の高笑いはしばらく続くのだった。
……――……――……――……――……――……――……
アグネスとディートハルトは捕えた男を役所につき出し、その報酬を受け取ると、自身の泊っている宿へと帰還した。
宿に戻ると、一人の少年が二人を出迎える。
この少年はまだ騎士とは認められていない従騎士の扱いではあるが、実は今年で二十歳となり既に少年ではなくなっている。
「出迎えご苦労、余は先に休ませてもらうぞ!」
少年に対し偉そうに言うと、アグネスは自身の部屋へと階段をかけ上がっていく。
「ディートハルト様! いつまでこんな茶番を続けるつもりですか?」
少年はアグネスがその場から姿を消すのを見届けると、訴えかけるように口を開いた。
「ん? 茶番?」
「アグネスは本気で建国する気でいますよ!
小悪党を役人につき出して貰える報酬なんてたかが知れてるでしょう!
一体何年かかると思っているんですか?」
「…………
まだまだ子供なんだし、今はやりたい事を思いっきりやらせた方がいいんだよ。
今まで自由なんてない生活をしていたわけだしな」
「それはわかりますが……」
「その内、歳を取っていけば、現実というモノが見えてくるさ」
「ならいいんですけどね。
いわゆる厨ニ病をこじらせまくるんじゃないかと不安で不安で……」
「ハハッ、そうなったらそうなっただな」
「ディートハルト様!」
あっけらかんと答えるディートハルトとは対照的に少年は訴えかけるようにして声を荒げた。
「お前だって、旗上げすればいいとか言ってたじゃないか」
「それは、貴方がって事ですよ」
祖国は既に滅亡しており、3人とも流浪の身。
少年は、ディートハルトに憧れており、滅亡後も付き従っている。
3人の祖国であるライナルト帝国は、世界最高の軍事力をもつと言われ、ディートハルトは皇帝直属である近衛騎士団を率いる騎士団長であった。
現在、村や町など国家とは呼べない自治政府と協力し、旗揚げする武装集団も少なくない。
ディートハルト程の腕と実績なら、直ぐに独立勢力を旗揚げする事は難しくないといえたのである。
「権力には興味ないなー。
まあ、嫌なら離れていいんだぞ?
俺達に付き合う必要はないし、お前なら直ぐに仕官できるさ」
「そんな事を言わないでくださいよ」
少年は憧れの騎士に冷たいことを言われ、少し泣きが入ったように見えた。
「まあ、しばしの辛抱だ」
「だといいですが。というか……」
「ん?」
「どうして、そこまでアグネスに尽くすんですか?」
「歳も離れていて恋愛感情があるようには見えませんし、皇家に対する騎士の様な、忠誠を誓っている様にも見えません。
ですが、ディートハルト様はまるでアグネスの保護者の様です」
「別に尽くしているわけじゃないし、親しい子の面倒を見るのはごく普通の事だとしか」
「…………
つきあい長いんでしたっけ?」
「まあな」
「初めて出会ったのは?」
「彼女が5歳の時かな……」
「まだ、冠老が健在で、孫(後継ぎ)が生まれた事で、乱心ぶりが一層酷くなってきた時でな……」
「冠老?」
聞きなれない言葉を聞き、少年は思わず問い返した。
「冠を持つ老害の略」
「……ああ」
「俺は一応騎士として認められてはいたが、騎士団長の根暗騎士にはきっちり冷遇されていて、エンケルス騎士団の末席にいた」
「あ~、確か不良騎士とか呼ばれてたんでしたっけ?」
「ああ……
それもあって、根暗騎士は決して俺を皇室に出入りはさせてなかったんだが。
初孫フィーバーが再来した事で冠老が姫を守る『プリンセスガード』を結成するとか言いだしてな……
んで、帝国で一番強い奴は誰だ? みたいな話になって。
当時の俺は、確かに素行は荒れていたが、国家公認の剣術大会で3連覇していて――」
「なるほど、ディートハルト様に白羽の矢が立ったというワケですね」
「そういう事……
当然、根暗騎士は猛反対したが、皇帝の命令に逆らえるわけもなく就任が決まった」
「それが始まりですか――」
……――……――……――……――……――……――……
10年前。
姫を守護する者としてプリンセスガードが結成され、ディートハルトはアグネス直属の騎士として皇室に配属されていた。
といっても、エンケルス騎士団の末席である事に変わりはなく、派遣された様な位置づけである。
「この度、姫様の守護を仰せつかりましたディートハルト・エンケルスです」
姫の居室に入り、挨拶の口上を述べた後、礼儀正しくお辞儀をした。
「おおっ! ついにきおったかっ!
お主が余の『プリンセスガード』第一の騎士
ディートハルトじゃな?」
アグネスは自身の騎士が仕える事が待ち遠しかったらしく、喜びを隠せないでいたが、ディートハルトはアグネスとは対照的に冷めた態度で言葉を返した。
「あ、いや……
『プリンセスガード』とか『第一の騎士』とか普通に恥ずかしいんで、直属護衛のディートハルトでお願いします」
この返しは、当然、アグネスの気に障る。
「何じゃ貴様! 余に口答えするつもりかっ!」
しかし、ディートハルトはアグネスが怒りを露にしても全く怯む様子はなく、落ち着いた様子で自身の言い分を述べる。
「そんな事を申されましても、士官学校時代の友人達に再会した時……
『これはこれは、プリンセスガード(笑)のディートハルト様じゃないですか!』
とか言われたくないですよ。ハハハ」
「ぬううっ!
余は空腹じゃ! 馳走を用意致せ!」
「あ、そういうのは侍女に命じてください。私は護衛なんで専門外です」
(とっとと、このガキを怒らせて、クビにしてもらうか。
並みの騎士なら、クビじゃなくて打首だろうが、幸い親父の地位と役職を考えれば地方左遷程度で済むだろう。
のどかな地方で、適当に日々を暮らして過ごしたい)
エンケルス騎士団は、帝国主力の騎士団(軍事組織)であると同時に、文官を多数抱え、政務においても大きく国を動かしており、皇室に次ぐ権力をもつ組織であった。
「きさまぁーっ!! 余を愚弄するかーっ!」
怒りのあまり、両の拳を握りしめ上下に振る。
小さな子なので、そういったしぐさも傍から見れば可愛く見えるのだろうが、皇帝の孫という立場を考えれば、並の者なら震えあがるだろう。
しかし、ディートハルトは意に介さず、冷めた感じで答えた。
「何でそうなるんですか……
姫様はもっと賢くて穏やかな方かと思っておりましたのに……」
「…………
いや、その通りじゃ! 余は賢くて穏やかじゃ!」
「ならもっと、道理というものを理解すべきですよー!」
「ぬう? 道理とな?」
「はい、私は姫様を守るのが仕事、それ以上でもそれ以下でもないという事です。
姫様の為に食事を用意するは私の仕事ではありません!
賢い姫様ならお分かりいただけるかと――」
「そうじゃのう!
余は賢い、お主の言うとおりじゃ!」
「では、私はまず来ないであろう暗殺者を警戒して、突っ立っておりますので、定時になったら別の者と交代しますから、それまで話しかけないでくださいね」
「うむっ!」
ディートハルトは適当にアグネスを丸め込むと今日一日の仕事を終了した。
……――……――……――……――……――……――……
その夜。
「お前、姫様に無礼な真似をせんかっただろうな?」
ディートハルトは仕事を終え、エンケルス騎士団の詰所に戻ると、騎士団長であり実父でもあるハルトヴィヒ・エンケルスに呼び出されていた。
「別にしてないと思いますけど。何か皇室から苦情でも来たんですか?」
不貞腐れた様な態度を受けてハルトヴィヒの機嫌がますます悪くなる。
「ふん、お前が名誉ある『プリンセスガード』に就任するとは……
本来なら喜ぶべき事であろうが、お前の様な男が姫様の傍らに立つなど、私は反対だったんだ」
「父上……
だったら、きちんと反対してくださいよ。
何で俺が、ガキの子守をしなきゃいけないんですか。
つきっきりの警護だから、鍛錬もろくにできませんし……
これじゃあ、いざという時困りますよ」
「貴様! 姫様をガキ呼ばわりとはっ!」
「姫の前に5歳児じゃないですか。
それも、すんげー我儘。
そのうち、プリンセスガード=罰ゲームって噂が立ちますよ」
「…………
心配せんでも、直ぐにお前より有能な替えを送ってやるさ」
「それはよかった。期待してますんで! なるはやでお願いします」
「ふん!」
やる気も無ければ、使命感も無い自身の息子にハルトヴィヒは苛立ちを抑えきれなかった。
……――……――……――……――……――……――……
「とまあ、そんな感じの出会いだったよ」
ディートハルトは、アグネスと初めて出会った日を語り終え、一端話を区切った。
「やる気、0っすね」
「当たり前だろっ!
何が悲しくて、姫ってだけで、我儘5歳児の面倒を見なきゃならないんだ」
「そうですか?
姫君の警護を任せられる騎士って、何ていうか一種の憧れというか、羨むやつは多そうですけどね」
普通に考えれば、名誉ある仕事であり、皇帝にとりいる好機もありえるだろう。
「ああまあ、確かにそういう奴もいるだろうな。
てか、第二の騎士と第三の騎士はそんな感じだったよ」
「第二の騎士?」
「名前は忘れた。長い付き合いにならなかったし」
「どうせ、それもディートハルト様が原因なんでしょ?」
「だって、あいつらが大して強くもないのに――」
……――……――……――……――……――……――……
就任してから三日後。
宮殿の回廊で、ディートハルトは二人の男に呼び止められた。
「ディートハルト!」
いかにも貴族といった立ち振る舞いで、キザッたらしい二人組。
服装はディートハルトと同じ鎧と服を着用している。
「ん?」
「随分と姫様に対し、無礼な態度をとっているじゃあないか」
この男はプリンセスガード第二の騎士であり、ディートハルトに対して強い不満を持っていた。
「全く、少し調子に乗りすぎたな。
ハルトヴィヒ様のご子息だからといってやっていい事と悪い事がある」
同じく、第三の騎士。
二人とも、金髪の整った顔立ちで、薔薇をくわえたら似合いそうな風貌。
若干強面のディートハルトからすれば好きになれない外見だった。
「…………
あ~っと、確か俺の同僚だったな?
不満があるなら、上に報告すればいいだろ。別に好きなだけ告げ口すればいい」
ディートハルトの狙いはさっさとクビになる事であった。
別に周囲の評価など知ったことではないのである。
「貴様!」
「君のような男が何故、同じ『プリンセスガード』なのか、理解に苦しむね」
「強いからじゃないか? こっちもいい迷惑だ」
「強い? 君が?」
「全く、笑わせてくれるな、剣術大会で優勝したくらいで、自分だけが強いと思っているのか?」
「あ?」
ディートハルトは、すかさず第三の騎士の腹部を殴打した。
男は鎧を着ていたが大きくへこみ、逆にディートハルトの拳は全くの無傷である。
「ぐはっ!」
膝をつき腹部を押さえうずくまる第三の騎士。
「ボディ一発でダウンかよ。だせえヤツ……」
「き…貴様!」
第二の騎士はディートハルトから距離を取ると、剣を抜く。
「…………」
(姫の反感くらって、クビになろうと思ってたけど。この際こいつらでいいか)
「来いよ!」
ディートハルトは剣を抜かずに手で向かってくるように促す。
「ふざけやがって!」
第二の騎士は剣を振ったが全く当たらず、丸腰のディートハルトに一方的に打ちのめされた。
第三の騎士はその後、なんとか起き上がり、ディートハルトに立ち向かったが結果は同じであった。
「きゃあああ」
通りかかった官中メイドが事件現場を目の当たりして悲鳴を上げる。
「お前らみたいな、雑魚じゃ姫の護衛は無理だ。出直すんだな」
パンパンと手をはたく。
ディートハルトはメイドを無視してそうはき捨てると、下手くそな口笛を吹きながらにアグネスの居室へと向かい笑顔で本日の任務を全うした――
……――……――……――……――……――……――……
「やってくれたな、このバカムスコがっ!」
エンケルス騎士団の詰め所で怒鳴り声が響いた。
「俺の強さに言いがかりをつけてきたんで、身を持って証明してあげただけですよ」
ディートハルトの起こした官中内での暴行事件は当然、問題となっていた。
すぐさま、騎士団長のハルトヴィヒにも連絡が行き、ディートハルトは即行で呼び出された。
(地方左遷! 地方左遷! まあ、謹慎でもいいか。)
ハルトヴィヒの怒りを気にすることなく、左遷を心底願うディートハルト。
「皇帝陛下はお怒りだぞ!
お前の起こした不祥事に対してなっ!」
「ですよねー! 処分は甘んじて受ける所存です」
反省している様子は微塵もないが、頭だけは深く下げる。
「だが……」
ハルトヴィヒは大きく息を吐き気を落ち着かせると、今度は静かに口を開いた。
「ん?」
そのゆっくりとした口調から、不穏なものを感じ取る。
「それ以上に、二人がかりでお前に手も足も出なかった二人の騎士に対してもお怒りでもあられた」
「はい?」
「姫の警護をするにはあまりにも弱すぎるだろうという事で二人の騎士は解任――」
(しまったぁああああ!!)
「今後はお前一人で任務に当たる事になる。要するに24時間体制になるという事だ」
「え? 替えの人間を送るって言ってましたよね?」
「お前が二人の騎士に対し一方的に暴行を加えたせいで、もっと強い者を配属させろという話になり、試験が格段に厳しくなってな……
私が送ろうしていた者たちは皆、試験で落とされた。
全く、面倒な事をしてくれおって!」
「試験なんてあったんですか?」
「ああ、お前は、剣術大会を三連覇しているから免除だったがな」
(くっ! そんなものが……)
「24時間体制って言いましたよね? そうすると俺はいつ寝るんですか?」
「そんな事、私が知るかっ! 自分で考えろバカムスコ!」
「もうこの際、昔帝国最強だったとかいう出奔した騎士を呼び戻して警護させりゃあいいじゃないですか?
確か……
ルードルフでしたっけ?」
ルードルフとは、かつて帝国に在籍していた騎士の一人で、エンケルス騎士団のライバルとも言うべきクーニッツ騎士団を率いていた騎士団長である。
総合的な国家貢献度はハルトヴィヒが上であったが、武勇においてはルードルフに遅れを取っていた。
また、ある晩、どっちが沢山の女性を口説き落とせるか? の勝負を持ちかけられ、ハルトヴィヒは惨敗するという暗い過去を持つ。
「あいつの話はするなぁあああああ!
さっさと身支度して、住み込みで働いて来い!」
こうして、ディートハルトは一人でアグネスの面倒をみる事になった。




