最初の一歩は、コマンドひとつ
翌日。
サロンは比較的落ち着いており、美菜の指名予約にも空きがあった。
そのため、今日はアシスタント業務を中心に回っている。
「ん〜、なんか可愛い感じの色味がいいです!」
「わかりました。ではピンク系の明るい感じで染めていきますね。」
サロン全体を見渡した時、ふと目に入ったのは同期の瀬良新羅だった。
カラーの準備をしている後ろ姿。
(あ、瀬良くんのとこ、今からカラーか……。
なら私、アシスタント入ろうかな。)
美菜は軽く微笑み、瀬良の方へ歩み寄る。
瀬良新羅。
同期でありながら、どこか別格の存在。
技術はずば抜けていて、若手の中でも一目置かれている。
休憩室では、よくゲーム雑誌を静かに一人で読んでいる姿も見かける。
(……そうだ。
瀬良くんなら、ゲームのこと知ってるよね。)
バックルームでカラー剤を作っている瀬良の後を追い、声をかける。
「瀬良くん、今からカラーだよね?アシスタントしても大丈夫?」
瀬良は少し驚いたように顔を上げる。
「うん、大丈夫。ありがとう。」
その短い返事に、美菜は内心ほっとする。
調合を手伝いながら、少しずつ距離を縮めるように話しかけた。
「ねえ瀬良くん。
前にさ、休憩中にゲームの雑誌読んでたの見かけたんだけど……瀬良くんってゲームとか結構好きだったりする?」
瀬良の肩が、ほんの一瞬だけ動いた。
「……そうだけど。」
「実はお願いがあってさ……。」
「……なに。」
壁を感じる反応。
実は同期といえど瀬良とは左程仲がいい訳ではない。
やっぱり、今さら雑談するのは変だったかなと不安になる。
「あ、いや!もし好きなら、次の休憩の時にちょっと話したいなぁって。」
「……いいけど。」
思ったよりあっさりした返事に、美菜は拍子抜けする。
「このお客さん終わったら、俺も予約落ち着くし。
後で一緒に休憩とろう。」
そう言って、瀬良はカラー剤を持って施術席へ戻っていった。
(……なんか久々だな。瀬良くんと一緒に休憩取るの。)
***
昼休み。
約束通り瀬良の席に向かい、改めて声をかける。
「ねえ瀬良くん、最近ゲームしてる?」
「ああ、たまに。どうしたの。」
「実はさ……私もこの頃ちょっとゲームに興味もってさ。でもゲームとかしたこと無くて……。初心者だから、難しいのは無理かなって思ってて。何か初心者におすすめのゲーム、知らない?」
瀬良は少し考えてから答える。
「ならRPGがいいと思う。
ストーリー楽しめるし、難易度も調整できる。」
「RPG……。」
「ロールプレイングゲーム。ストーリーメインでバトルもアクション系じゃないから割と初心者でもやりやすいかも。」
「へー!そうなんだ!RPGのゲームってさ、パソコンでもできるのあるかなぁ?」
「うん、今の時代パソコンでもできるのかなりあるから。ゲーム機買わなくても大丈夫だと思うけど、コントローラーとかあるとやりやすいかも。」
「そっか、ありがとう、瀬良くん。」
「おう。」
(……うまく誤魔化せてる、よね。)
ゲーム実況がしたくて瀬良にゲームを聞いたとは言えないが、その後も流行りのゲームのタイトルや、初心者でもできそうな簡単なネットゲーム等を瀬良から休憩中にたくさん教えてもらい、久々の二人きりの休憩もぎこちなくなる事なく過ごせた。
***
その日の夜。
美菜は瀬良から教わったRPGをインストールし、配信を開始した。
「えっと、今まで雑談とか歌とか相談枠が多かったんだけど……今日からリクエストもあったので、ゲーム実況も始めてみようと思います!」
コメント欄が一気に流れる。
【待ってました!】
【ゲーム実況楽しみ!】
【嬉しいー!】
【ゲーム何するの?】
【新開拓ktkr】
胸が、少しだけ高鳴った。
「初心者なので、温かく見守ってもらえると嬉しいです!それじゃぁ、始めていきますよー!」
明るくそう宣言して、みなみちゃんは配信画面を切り替えた。
画面には、柔らかいタッチのファンタジー調タイトルロゴ。
どこか懐かしさを感じるBGMが流れ、いかにも“冒険が始まる”という雰囲気を醸し出している。
「え、すごい!めっちゃ王道RPGじゃない?
なんかさ、見た瞬間に“優しいゲームです”って顔してる。」
【わかる】
【初心者向け感ある】
【安心して見られる】
スタートを選択すると、ゆっくりと物語が始まる。
勇者として旅立つ主人公。
平和だった世界に忍び寄る不穏な影。
どこかで聞いたことのあるような、けれど心が落ち着く導入。
「うんうん。世界が平和で、魔物が出てきて、勇者が立ち上がるやつね。もう説明聞かなくても分かる。
つまり、私が世界を救う係です!」
【雑だけど合ってる】
【理解が早いw】
村の中を歩き回り、NPCに話しかける。
操作は十字キーだけ。
移動も会話も、驚くほどシンプルだ。
「え、操作めっちゃ簡単!!移動して、話しかけるだけなんだー!これなら私でも迷子にならないかな!」
道具屋で説明を受け、装備を整える。
「“どうぐ”に“そうび”ね。なるほどなるほど。
あ、ちゃんと“せつめい”読めば分かるやつだ。」
【初心者に優しい】
【安心設計】
村を出た瞬間、画面が切り替わる。
おなじみの効果音と共に、戦闘画面へ。
「え、ちょっと待って!?今の音、完全に“敵出ました”のやつじゃない?」
画面には、可愛らしいモンスターが一体。
怖さよりも、どこか愛嬌がある。
「……あれ?思ったより可愛いかも。これ本当に敵?」
【油断するな】
【最初は弱いから大丈夫】
画面下に表示されるコマンド。
たたかう
じゅもん
ぼうぎょ
どうぐ
「え、待って。これ、ボタン連打とかじゃないんだ。
選ぶだけ?」
【ターン制だよ】
【落ち着いて選べる】
「なるほど!じゃあ、とりあえず……“たたかう”で。」
決定音と共に、主人公が剣を振る。
モンスターにダメージが表示される。
「おお……!ちゃんと攻撃した!しかも勝手に当たってくれる。」
敵のターンになり、控えめな反撃。
「痛っ!でも、思ったより優しい!」
再び自分のターン。
「じゃあもう一回“たたかう”で。」
数ターン後、モンスターが倒れる。
「やった!!え、初戦闘勝った!!私、ゲームの才能あるかもしれないよ!!」
【それはまだ早いw】
【でもナイス】
「いや、でもさ、これなら私でもちゃんと考えながらできる!反射神経とかいらないの、ありがたいね。」
レベルアップの表示が出る。
「あ!レベル上がった!なにそれ、めっちゃ嬉しいんだけど!」
【数字が増える快感】
【RPGの醍醐味】
「分かる〜!何が強くなったかはよく分からないけど、強くなった気がする!!」
その後も、ゆっくりと冒険を進める。
道に迷っては戻り。
宝箱を見つけては喜び。
村人の何気ない一言に立ち止まる。
「このゲームさ、急かされないのがいいね。自分のペースでできる。」
【初心者向けRPGの良さ】
戦闘も、コマンドを一つずつ確認しながら進める。
「今は体力少ないから……“ぼうぎょ”しよ。次のターンで回復しよう。」
回復アイテムを使い、安堵の息。
「なるほどね。ちゃんと考えれば、ちゃんと進めるゲームだ。」
その後も気づけばコメント欄と会話しながら自然にプレイできていた。
「みんなが教えてくれるのもあるけど、このゲーム自体が優しい。」
時計を見ると、配信時間はあっという間に過ぎている。
「んーっ!!そろそろ今日はこの辺にしようかな!
続き気になるけど、ここでやめとく。」
【続き楽しみ!】
【結構進んだっぽい?】
【次回も見る】
「今日はほんとにありがとう!初めてのゲーム実況だったけど、めちゃくちゃ楽しかった!また次回も続きするから、待っててねー!今日はここまで!おやすみなさい〜!」
みなみちゃんとしてのアバターで挨拶をしながら配信を終え、画面が暗転する。
美菜はコントローラーを置き、ベッドに倒れ込む。
「はぁー……!」
(ゲームって、こんなに落ち着いてできるものなんだ。)
頭に浮かぶのは、今日一日の冒険と、画面の向こうのコメント。
(瀬良くんが初心者向けでおもろいゲームって言ってた理由、分かった気がする。)
スマホを手に取り、検索画面を開く。
『RPG 初心者 向け』
少し前なら、絶対に触れなかった世界。
でも今は、その扉をもう少し開いてみたいと思っている。
ゆっくりでいい。
選択肢を一つずつ選びながら進めばいい。
それは、ゲームも。
人生も、きっと同じなのだ。




