8・幸子
暫くすると施設の職員が車椅子を押して部屋に入って来た。
「面会終了の際はそこのボタンを押下さい。ではごゆっくりどうぞ」
職員が退席した。
長い髪の白髪の痩せた老女は、俯いたまま動かない。
「幸子さんですか?」
「辛一さんに頼まれて来ました」
ん、少し反応したようだが・・・光と顔を見合わせる。
このまま話しをする事にする。
光も頷いている。
辛一さんの余命が僅かと言う事と、昔良く作ってくれた塩ラーメンを食べたい。
あの味を再現する為にラーメン屋を開いた。
先日倒れ店を畳んでしまって、病院に入院している事
もう、みとりに入っている事。
全て話し終わった。
幸子は震えている。
(泣いてるのか?)
「あぁ、可笑しい!笑いが止まらないよ!」
可笑しそうに笑う幸子を光は怪訝そうに眺め、俺と顔を見合わせ「訳がわからない」っと目が訴えている。
「ラーメンの件はどうですか?作り方を教えて下さい」
俺はスマホで会話を録音した。
幸子は心底、可笑しそうに話し始めた。
幸子が働いていた店で使っていた業務用の調味料のシャンタンDXに、味の素を入れて鶏肉・豚肉・玉ねぎ・青ネギ・ニンジン・あく抜きした大根・白菜・アサリまたはホタテと仕上げに鰹節をかけた鍋を旦那の為に作り、その次の日の余ったスープを増やすと薄くなるので、お茶漬けの素を入れたスープを作り、その上澄みをラーメン丼に入れ中華麺を入れて少しすりごまをかけただけ。
「可笑しいったらありゃしない!あの残り物を幻のラーメンとか!馬鹿なの?馬鹿の詰め合わせなのかしら?」
そのあとは笑いっぱなしで会話にもならなかった。
面会終了のボタンを押し職員が迎えにくる。
大笑いしている幸子を見て驚いている。
「薮坂さん楽しそうで良かったわね!入居からずっとふさぎ込んで喋らないから心配してたんですよ。やはり身内の方々は違うわよね」
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車中は微妙な空気だ。
光が口を開いた。
「そのラーメンちょっと作ってみませんか?」
あぁ確かに味を確かめてみたい。
「帰ったら明日、再現してみようか?」
「はい、材料を買いに行きましょう!」
「店は長寿庵を使うか、でも業務用シャンタンDXって手に入るのかな?聞いた事無いな」
「それさっきググりました。1981年・昭和56年に一般消費者向けに販売されました」
「え!?、聞いた事無いけど?」
「味覇です」
「あぁ・・・」
味のイメージが何となく想像出来た。
中華麺は中加水麺で天然かん水で作ってみよう。
明日、10時に迎えに行くと言ったら、都内は小回りがきく車が良いと言う事で光がミゼットで迎えに来る事になった。
うちにも小回りのきくハイゼットの冷凍車があるが、あれは親父が配達に使用するから使えない。
光の行為に甘える事にした。
今日は参宮橋のアパートに送っていった。




