10・思い出
翌日
朝から長寿庵にいる。
昨日の残り物の鍋を温めお茶漬けの素を入れる。
丼にスープを入れる。そこに茹でた中加水を入れる。
後から麺を入れるのはスープに浮いた油を麺に通し喉越しを良くする為だ。
完成した。
目の前にあの幻の塩ラーメンがある。
光が恐る恐る食べる。
俺も食べてみる。
「!?」
「・・・これは美味いんじゃないか?」
「普通に美味しいわね」
「普通だね」
「でも今はラーメン屋のレベルが上がっているから、普通に感じるんじゃない?」
「昔だと、これはかなり美味いレベルか?」
「たぶん?」
「ん〜、良いのかな?」
「そうねぇ」
「う〜ん・・・」
「もう一度作ってみるか?」
「何かあるの?」
「ブランド鶏とブランド豚使ってみるとか?水はこのヤビツの護摩屋敷の水で」
「う〜ん、どうかなぁ・・・もちろん良い味にはなると思うのよ」
「味覇とお茶漬けの素は邪魔になる?」
「そう、たぶんそうなるのよね。それを抜くともう違う物になるしね」
「やっぱり材料の程よいチープさが良いのかな?」
「味覇がまとめてくれてるのよね、ある意味凄い調味料ね、これ素晴らしいわね。元々は関西の方で流行っていたらしいわよ?」
「あぁ、なるほど!俺も最初は大阪出身の奴から聞いたな。「お茶漬けの素じゃなくて味覇の方が美味い!」って言ってて、何言ってるのか分からなかったよ」
「う〜ん、じゃあやっぱりこれで良いのかな?」
「いいと思うわ」
「幻の塩って言う割にチープだよな」
〜♫♩〜
突然部屋に音楽が流れた。
ダンシングクイーンだ。
光がショルダーバックからスマホを取り出した。
発信元を確認し出る。
「はい!?、いつですか!」
いくつかやりとりをし、「はい、すぐに向かいます」と言って通話を切った。
「急用か?」
「幸子さんがさっき亡くなったそうよ」
思わず目の前のラーメンを見つめる。
「・・・」
「じゃあ車出すよ」
「うん、お願い」
2人で小田原に向かった。
◾️◾️◾️◾️
小田原のホテルの一室。
目の前に骨壷が2つある。
幸子さんとその夫の物だ。
火葬の証明書も付いていた。
幸子さんが薮坂本家に宛てた手紙と荷物。
光のお爺さんとご両親が新幹線で来た。
簡単に挨拶をした後、皆で手紙を読む事にした。
内容は簡単なものだった。
今までの詫びと夫の遺骨を先祖の墓に入れて欲しい。自分は無縁仏で処理をしてくれ。と言った内容だ。
公正証書に残りの資産も本家に贈与する旨が書かれていた。資産もかなりあり、そちらは弁護士に任せた。
公正証書なのでモメる事も無いだろう。
「それにしても無縁仏っちゅー訳にはいかない」
お爺さんの一言で幸子さんも本家の墓に入る事になった。
光のお爺さんとご両親は翌日、うちの製麺所を見て親父たちと会食し奈良に帰って行った。
俺と光は幸子さんの部屋を片付けている。
元々、入居時に物は処分して少ないのですぐに片付く。
電化製品は施設に処分をお願いした。
誰でも欲しい人が居たら差し上げて欲しいと言っておいた。
帰り際に面会の時の職員さんがフォトスタンドを持って来た。
そこには小学校の門の前に並ぶ、辛一さんと幸子さんの姿が写っていた。
「入学式かな?」
「入学式ね」
「それは幸子さん大事にしていたのよ。よく見ていたわよ。でも誰かが来るとテレビの下に隠しちゃうのよ!何か可愛いわよねー」
面会の時大笑いしながら車椅子で面会室を出て行く幸子さんの涙を思い出す。
(あれはやっぱり後悔の涙だな)
雰囲気が淋しそうだったからな。
さて、どうするか・・・
光と話しあったが、辛一さんに幸子さんの死は伝え無い事にした。




