1・裏路地のラーメン屋
『おい、やばいぞあの店・・・』
『おいおい!お前行ったのか!?』
『ああ、噂以上だよ』
『あぁ!もう俺も今から行ってくるぞ!』
『もう遅いんじゃないか?』
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道玄坂を上がり右のコンビニの脇を入り、神泉駅方面へ抜ける路地で人の列が出来ている。
新しく来た緑のニット帽の男が、最後尾の人に話しかける。
「何人ですか?」
「私で59人です」
「ギリギリセーフ!」
「良かったですね」
緑ニット帽は前の男から、真ん中より紅白に塗り分けられた杖を受け取ると、下側の赤い方を上にし持ち替え最後尾に着いた。
しばらくすると松濤側から来た2人が列に近づき、最後尾の杖を見て悔しそうに帰って行った。
列の出所の店は「長寿庵」と言う木製の金文字看板が掲げられている。
そこだけ見ると蕎麦屋なのだが、店の入り口には赤い生地に白抜き文字の「ラーメン」の暖簾がかかっている。
左手には味自慢と小さいフォントで書かれている。
まぁ、良くあるラーメンショップのアレだ。
この店は年寄り店主がやっていた蕎麦屋の長寿庵だったが、半年前に高齢の為商売を廃業した。
そこに居抜きでオープンした。
1杯3000円と言うべらぼうに高い価格で、一日限定60杯のみ。しかも営業は木〜日曜日の4日間だけで朝7時オープンだ。
月・火・水は材料仕入れで休み。
まぁ、ここまでは「こだわりの店の中にはあるかなぁ?」って感じなのだが・・・
決定的に他のラーメン屋との違いだが、固定メニューが無く週替わりという事だ。
味噌もあれば豚骨もあるし醤油、塩・・・和風だったりコッテリだったり、サッパリ塩だったり・・・とにかく色々だ。
それが全て高レベルで美味いのだ。
フレンチ・和食の若手実力派料理人も、お忍びで来ているようである。
店の親父は辛一さんと言う58歳独身で、筋肉質のかっこいい男だ。 スーツを着ればエリートビジネスマンっと言われても納得してしまう雰囲気を纏っている。
実際に外資系超有名企業の重役さんだったが、どうしてもラーメンを研究したくて退職。
ラーメンは特に修行した事は無く独学と言う事だ。学生時代に数年間ラーメン屋のバイト経験がある程度らしいのだが、ラーメンに対するこだわりが凄い。
時には出汁に伊勢海老を使ったり、タラバ蟹を使ったり全く採算を考えていない。
辛一さんに言わせると「俺が食いたいと思う物を作ってるんだ。俺の分1杯食ったあとの余ったモノを売っていだけだ!店の名前?そんなもんどうでもいいんだよ」と言う事なのだが何が事情がありそうだ。
いつ頃からだろうか・・・
「ラーメン長寿庵」と呼ばれ、マニアの間では知る人ぞ知る店になり、プロの料理人もお忍びと言いながら毎週必ず通って来るほどになった。




