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突撃少女、ユナ

 ……はあ。ったく、なんだよこの世界。ラノベっぽくゲーム世界に転生できたと思ったら広告ゲームとか、詐欺にもほどがあるだろ。


 ほら、『勇者になって魔王を倒す』みたいなさ……そういうシンプルなRPGでよかったんだよ。なんでよりによって、広告ゲーの世界なんかに……。


 ――と、そのとき。


 コツ、コツ、と、扉の向こうから軽やかな足音が響いてきた。


「……ん?」


 さっきのおっさんとはまったく異なる、リズムの整った軽い足取り。その音は、おっさんが最初に入ってきた扉の向こうから聞こえる。


 やがて、ドバァン! と扉が勢いよく開かれ――そこから、ひとりの少女が姿を現した。


 年の頃は十代半ば。小柄な体に大きな剣を背負い、明るいオレンジ色の髪をサイドテールに結っている。服装は軽装の戦士スタイルで、戦う覚悟は感じさせるのに、どこか女の子らしさを残した雰囲気だ。


 そしてなにより――


「なんだこのヒロイン感!」


 にぱーっと輝くような笑顔に、ルックスも抜群の美少女。いかにもってくらいメインキャラ然としていた。

 軽快な専用BGMがついてそうな勢いで登場した彼女は、部屋の中をきょろきょろと見回しながら、ぽつりとつぶやく。


「あれー? この部屋は何もないみたい。……まいっか! 次に進もーう!」


 常に緊張感を持っていたベテラン冒険者のおっさんとは真逆に、まるでピクニックにでも来たのかのようなテンション感だった。

 そして、彼女の頭の上に浮かんでいる数字は【2】。さっきここにいたゴブリンより弱い。きちんと武装しているのに、最弱レベルの敵として有名なゴブリンより弱いってどんだけだよ。

 

 ……いや、そのゴブリンにビビってた俺が言えたことじゃないけども。


 などと考えていると、彼女はなんの躊躇いもなく、さっきのおっさんが散った【20】の扉へと向かって走り始めた。


「――ちょ、待て待て待て待てぇぇぇっ!!」


 狙ってるかのごとく的確に一番のハズレルートを選択した彼女を止めるため、俺は反射的に叫んだ。

 届くはずのない叫び――だったはずなのに、彼女は意外な反応を示した。


「……あれ?」


 少女の足がピタリと止まる。そして、辺りをキョロキョロと見回し始めたのだった。


「今、誰かわたしを呼びました……?」


 ――っ!!


 届いた!? 俺の声が!?


 姿は見えていないようだが、反応を見るに、彼女にだけは俺の声が聞こえているようだ。その理由はわからないが、これは今の状況を打破できるチャンスだ。


「……ごほん。えー、あんた……いや、君。俺の声が聞こえるか?」


 俺は彼女の近くへ寄り、もう一度語りかけた。

 

「どこからともなく声が……まさか、神様ですか!?」


 ――そんなわけないやろ!


 ……と、思わず脳内でツッコんでしまったけど、まあ、見えない相手にいきなり話しかけられたら、普通そう思うわな。説明するの難しいし、とりあえずはそういうことにしておこう。


「うん、まあ……そんな感じの存在だ。そんなことより、その扉の先は危険だ、別の道を選択したほうがいい」

「そうなんですか?」

「そうだ。今の君のレベルは【2】。そして、君が進もうとした扉の先には、レベル【20】のモンスターがいる……はずだ」


 その差じつに十倍。どうあがいても勝てっこない。

 ……というか、これがあの広告ゲーの世界ならば、1でも数値が下回っている時点で敗北が確定する。

 たった1の差なのにワンチャンもないなんて、よくよく考えるとシビアな世界だな……。


「わかりました! ではあっちの扉に行こうかと思います!」


 そう言って彼女が指差したのは、【8】の数字が浮かぶ扉だった。


「待て待て待てぇい! なーんで君は的確にハズレを引くかなぁ!? っていうか、そのレベルでよくここまで来れたね!?」

「えへへ……」


 俺の言葉をどう勘違いしたのか、彼女はサイドテールの毛先をくるくると指で回しながら、はにかんだ笑顔を浮かべていた。

 

「いや、褒めてないからな!?」


 ――この子、さては頭お花畑だな?

 そして、的確にハズレを引き当てるとんでもない不幸体質……いや、トラブル体質と言ったほうがしっくりくる。


「前の部屋にはモンスターいなかったのか? よく今まで無事だったな」

「前の部屋はないですよ。あそこが入口ですし」

「なにぃ!?」


 ――ってことは、彼女が入ってきた扉をもう一度開けてもらえれば、外に出られるんじゃね!?


「なあ、ひとつ頼みがあるんだが、君が入ってきた扉を開けてもらえるか?」

「無理です!」

「なんでやねん!!」


 あまりにスパッと断られたため、またしても思わずツッコミを入れてしまった。しかも今度は口に出して。


「ナンディヤ……ネン? 聞いたことがない言葉ですが、異国のおまじないですか?」

「ああいや、今のは気にしないでくれ。……えーと、聞きたいんだがなんであの扉は開けられないんだ?」

「ダンジョンに一度入ると、脱出用の魔方陣を見つけるか、クリアしないと出られないんですよ」


 なんというクソゲー……まあ、あの広告ゲーもやり直しはきかなそうだったし、仕様どおりか。


 俺は半ば呆れながらも、頭を抱えてため息をついた。


 ――同時に、ふと思う。

 いったい、彼女はなんのためにこんな危険なダンジョンにやって来たんだ? 戦いなんて得意そうに見えないってのに……。


「なあ、君。聞いときたいんだけど、なんでこんな場所に来たんだ?」

「えっと……お薬を探しに来たんです」

「薬?」

「はい! 伝説の秘薬です。すごく珍しいものなんですが、このダンジョンにあると聞きまして……どうしても、病気のお母さんのために必要なんです……!」


 ――おっと、急に重めの事情ぶっ込んできたな。


 でも、そりゃそうだよな。それぐらいの理由がなければ、命なんて懸けたりしない。


「ずっと寝たきりでかわいそうなんです。……でも、その秘薬なら、きっと治るって言われて……」

「……そっか。で、その薬はこのダンジョンのどこにあるんだ?」

「最奥部らしいです!」

「またずいぶんとやべぇ場所だな!?」


 おいおい、このトラブルメーカーがひとりでダンジョンクリアなんて不可能だろ……。


 ……けど、俺はもう気づいていた。 目の前の少女は目的のためには止まらないこと。その真っ直ぐな気持ちが、この子の『強さ』なんだって。

 そんな純真な心を持った少女を、きちんと導くことができれば、きっとなんとかなるかもしれない。そして、俺には道を示すことのできる能力が備わっているらしい……。


「……ったく、しかたねえな」


 俺は小さく吐息をついて、決意する。


「よし。だったら俺が、その最奥まで君を連れてってやるよ」

「えっ……!」

「俺はこのダンジョンの情報をある程度読み取ることができる。この世界で一番頼れるナビゲーターは俺ってことになるわけだ」


 少しだけ得意げに言ってやると、ユナはぱぁっと表情を明るくした。


「ありがとうございますっ! 神様っ!」

「いや、だから神様じゃねえって……!」

「わたし、ユナっていいます! よろしくお願いしますね、神様っ!」


 見えないのだから仕方がないが、明後日の方向に深々とお辞儀をするユナの姿を見て、俺は呆れた笑いを浮かべる。


「さあ、行こうかユナ。俺たちの冒険はここから始まるんだ!」

「おーっ!」


 ――直後、再び【20】の扉へと進もうとしたユナを止めるのが、俺のナビゲーターとしての初仕事になった。 ……やれやれ、先が思いやられるな。 

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