広告動画で見たやつじゃん
ゴブリンの頭上には【3】という数字が浮かんでいた。
「なんだこの数字は……?」
ゲーム的に考えるなら、これはHPやレベルの数値と考えるのが妥当だろう。それとも何か別のステータスだろか? まあとにかく、ただの飾りではなさそうだ。
俺が眉をひそめてその数字を眺めていると、部屋にある扉のひとつが、ギィ……と鈍い音を立てて開いた。
「――っ、誰か来た!?」
扉のほうを注視すると、そこから現れたのは、熟練の雰囲気を感じさせる、無精髭を生やしたいかにも強そうなおっさん――例えるならベテラン冒険者って感じの人だった。
年齢はおそらく四十前半。腰には斧がぶら下がり、それでいて金属製の鎧を着用しているというのに、動きに淀みがない。
そして、注視していたからか、その男の頭上にも数字が浮かび上がってきた。
「――【11】か。あのおっさん強そうだし、この数字ってやっぱりレベルなのか?」
おっさんは部屋に入るや否や、瞬時に斧を手に取り、部屋の中央付近にいたゴブリンへと襲いかかる。
さすがベテラン冒険者(仮)。素早い状況判断だ。
「ギャギャッ!」
すんでのところでおっさん冒険者の接近に気がついたゴブリンだったが、攻撃の回避が間に合わず、斧による一撃をその身に受けてしまい、緑色の飛沫をあげる。
「――チッ、浅いか」
おっさんはそう呟くと、今度は斧を最上段に構えた。おそらく全体重を乗せた一撃で、今度は確実に仕留めるつもりなのだろう。
対するゴブリンも、傷を負いながらも闘志は失われておらず、耳を裂くような奇声を上げながら棍棒を構えた。
「おおおおっ!」
「ギャギーーッ!」
決着は一瞬だった。
おっさんの放った渾身の一撃は、棍棒ごとゴブリンの身体を両断するに至る。やがて、縦に二等分されたゴブリンの死体は、光る粒子となって宙を漂っていた。
「ブラボー!」
ちょいグロテスクだったけど、いいものを見せてもらったよ。ゲームのムービーシーンなんかとは比べ物にならない迫力だった。
俺は拍手をしながらおっさんへと賛辞の言葉を送るが、なんの反応も返ってこない。人間相手ならもしかして……と、期待していたのだが、やはり見えていないし、聞こえてもいないようだ。
「はは、予想はしてたけどやっぱへこむな……」
俺がひとりで落ち込んでいると、粒子となったゴブリンは、おっさんの身体へと吸い込まれているのが目に入った。
粒子が吸い付くされた次の瞬間、おっさんの頭上の数字が、【11】から【14】変化した。
「……攻撃を受けていたゴブリンの数字は減ってなかったし、この数字はHPじゃなくてレベルとか戦闘力を表してるっぽいな」
ゲーム的すぎる仕様に、俺は少し呆れながらも謎の数字の存在に納得した。……いや、でもレベルアップにしたって、格下のゴブリン倒しただけで3も上がるか?
うーん、この感じ、なにかで見覚えがあるような……。
「なんか出てきそうで出てこないこの感じ、もどかしいな。――っと、今はそんなこと考えている場合じゃないな、おっさんについていくかどうか、判断しないと」
現状、扉を開くことができるのはこのおっさんだけだ。
俺がここから脱出できる可能性があるとしたら、おっさんに付いていくしかない。
しかし、この世界に来てまだ一時間も経ってない。ここで決断するには早計じゃないかという気持ちもある。
「おっさんの選ぶ道が出口に通じてる保証もないしな……」
そう考え部屋にある扉に目をやると、驚くべきことに、扉にも数字が浮かんできたのだ。
「はぁ……? 【8】と【20】、そんで【+5】……? なんだこの数字は」
三つある扉には、別々の数字が浮かんでいた。
キャラのレベルを表す数字なのだと思っていたが、無機物にも浮かぶとはこれいかに。
「いやいや、さすがに扉にレベルがあるわけじゃないよな。となると……まさかこの扉の先にいるモンスターのレベルなのか?」
……などと考えているうちに、おっさんは次に進む先を決めたようで、真っ直ぐに【20】と書かれた扉へと走っていった。
「お、おい……おっさん、待てって! やめとけ! 今のレベルじゃ、その扉は無理だって!!」
もし俺の仮定が当たってたとするならば……そう考え必死に叫んだが、当然俺の声は届かない。
おっさんは素早い動きで扉を開き、そのまま中へと入ってしまった。
そして数秒後――
「うわああああっ!!」
突然断末魔が響いた。中の様子は見えなかったが、嫌な予想が的中したとみて間違いなさそうだ。
「うわぁ……マジか……」
沈黙が戻ったダンジョンの一室に、俺のため息だけが響く。
そしてようやく、俺は気づいた。
自分がなんのゲーム世界に転生したのかを。
「これ……広告ゲーじゃん!!」
今の一連の流れで思い出した。よくスマホの動画広告で見る、簡単な計算を繰り返して強くなっていく感じのあのゲーム。
でも、広告動画内だと明らかに間違ったルートに進んじゃって、イライラするんだよな。「俺ならもっとうまくできるのに」とか思わされた時点で制作側の思うツボなんだが。
「――神様聞いてますぅ!? 確かに有名ではあるけどさ! もっとこう、ド王道ファンタジーRPG的なやつを期待してたんだけど!? 神様ぁぁぁ!?」
思わず叫びながら天井を見上げる俺だったが、返ってくるのは沈黙だけだった。