#22 鈴木の休日 トレーニング編
俺は鈴木武人。田中っていうやつの...まあ、保護者みたいなものだ。あいつ、大変なのはわかるけど俺に少し構ってもらいすぎなんだよなぁ。女子とはいえ、体重が60kgぐらいある人間に長時間寄りかかられたり、腕を拘束されたら誰だって疲れるわ。なので、俺は定期的にジムに行って鍛えるようにしている。そうでもしないと、毎日筋肉痛になる。今日も、午前中はジムで鍛えた後、午後は昼寝をするつもりだ。田中とは遊べないが、仕方ないな。これもあいつに構ってやるために必要な行為だし、たまにはあいつと離れる時間も必要だろう。
今日は日曜日。久々に一人で行動することができる休日だ。いつもは田中が「買い物に付き合って」とか「映画見に行こう!」とか言って大体あいつと一緒にいるけれど、今日はどうしてもジムに行きたかったので俺から「悪い、明日はちょっと用事があるから一緒に行動できないんだ」と先に断っておいた。田中は若干不満そうな顔をしていたが、俺が「別に賽瓦とか上野と一緒にどこか行くんじゃないから安心しろ」と言ったら渋々受け入れてくれた。こう断った理由は、前に用事があるって先に言ったら、ほかの女子とどこか遊びに行くんじゃないかって疑われたからだ。別に俺が誰とどこに行こうと自由だと思うんだが...田中は何か心配なのか?
そんなことを考えているとジムに着いた。ジムの器具ってのは色々あるが、俺が主に使うのはベンチプレスとラットプルダウンだ。ベンチプレスは、でっかい台に仰向けに寝転がって、バーベルって鉄の棒を持ち上げるやつ。あれ、胸と腕、あと肩にもしっかり効くんだ。重いバーベルをゆっくり下ろして、胸にピリッと刺激を感じたら、一気に持ち上げる。持ち上げるたびに、胸の筋肉が盛り上がるのがわかる。これを何回も繰り返す。ラットプルダウンってのは、座って上からぶら下がってるバーをグッと引き下げるやつ。これは背中の筋肉を鍛えるのに最高なんだ。広背筋ってのがムキムキになって、背中が広くなる。田中はたまに、自分の部屋じゃなくてリビングで寝落ちすることがあるからな。そういう時にベッドまで連れていくためにも広背筋を鍛える必要がある。
あいつの面倒を見るには、そういった努力も必要なのだ。本当に世話が焼けるやつだよ、田中は。
「あ、鈴木じゃん。何してるのこんなところで」
そう話しかけてきたのは藤井だった。藤井こそなんでジムに?...そういえばこいつ、陸上部だったな。鍛えるんなら部室で筋トレすればいいのに。っていうかこいつ、部活に入ってはいるけど大会でしか出ないんだった。面倒くさがりだから。それでも許されてるのは、身体能力がほかの女子と比べて段違いだからだろう。顧問が理解ある人で良かったな。
「もちろん筋トレだけど。こっちもいろいろあってな。藤井は?」
「ただの暇つぶし。お試しで入ってみたけど、別に家にある器具でも同じことできるから、もうちょっとで帰るよ」
金持ちなのは知ってるけど、こいつの家って本当どうなってるんだろう?ここにある器具ってどれも最新のトレーニング器具だし、相当金かかってると思うんだけど。
「たまに思うんだけど、藤井の家ってどうなってるんだよ。家の大きさ的にもここにあるもの全部入れたら相当でかくないと入らなくないか?」
気になったので思い切って聞いてみた。
藤井は不思議そうな顔をして、
「別に?普通の家だよ。あ、離れの倉庫は結構大きいかも。車が6台は入るぐらい?」
「それ軽?」
「いや、普通車。じゃないと狭いでしょ」
若干あきれながらそう答える藤井。軽が6台入るってだけでも大きいのに、それじゃ狭いってどういうこと?普通にここにあるトレーニング器具全部余裕で入りそうだけど。
それと、ちょっとした工場とか物流会社の倉庫ぐらい大きくないかそれ?ますますこいつの家がやばいことが分かった。いつか行ってみたいな。
「そうか。やばいなお前の家。ここら辺でそれぐらいでかい家って議員の家ぐらいしか知らないんだけど、まさか?」
「さあ、どうだったっけ?お母さんはいつも家にいないから、仕事のこととかあんまり聞かないからねぇ。お父さんは...」
この話題はまずい!答えようとする藤井を急いで止める。
「お父さんについては大丈夫だから!その...流れで嫌なこと思い出したらごめんな?」
藤井の顔を見てみると、少しだけ暗い顔をしながら、
「うん、大丈夫...ちょっと家に戻らないといけなくなったからもう帰るね。じゃあね~...」
そう言って藤井はジムを出て行ったが、明らかに足取りが重い。しかも、トレーニング服のまま帰ろうとしている!急いでそれを指摘して着替えさせる。これはまずい。流れとは言え、いやなことを思い出させてしまったようだ。このままでは俺も寝覚めが悪い。...仕方ない。田中との約束を破るかもしれないが、俺も一緒に家まで行こう。
「藤井!よかったら、俺も家に行ってもいいか?」
バスに乗って藤井の家に向かう。確か、隣の家に藤井と仲のいい友達?がいるらしいので、藤井の家に着いた後はその人に任せよう。こればかりは俺がどう頑張っても藤井の傷を癒すことはできないからな。そう考えていると、藤井が話しかけてきた。
「もしかして、鈴木は私のこと心配してついてきたの?それなら大丈夫なのに。ほら、私にはカイトもいるし...」
カイトって誰???というツッコミは置いておいて、この発言をするあたり相当まずい状況だというのは分かった。藤井は変なことを言うけれど、状況をここまで認識できなくなることはまれであり、消耗していることは明白だ。
「気をしっかり持て!まだ家は遠いんだろ!?」
彼女から聞いた住所まで、バスであと15分ぐらいはかかる。それまで変なことをしないように注意しなければ。とりあえず、彼女の話を聞くことにする。
「え、今バスの中?車で帰ったほうが早いのに。タクシー使う?」
使うかそんなもん!金がかかりすぎる!駄目だ、まともな思考能力が残ってない。いや、藤井の経済力を考えればタクシー使ってもおかしくないな...どっちなのか判断に困る。俺は彼女を刺激しないように気を付けながら発言する。
「うん、今度からはタクシー使おうか。それより、家に着くまで何か楽しい話でもしないか?そうだ、そのカイトって人はどんな人なんだ?」
藤井は若干楽しそうに、カイトがどんな人物か語る。
「カイトはねぇ、私の弟みたいな子だよ。たまに私がいじわるすると面白い反応するから、見てて飽きないの」
こいつ...仲が良いのか知らないが、弟みたいな子にいじわるするのどうなんだよ?
「たまに私がお風呂から下着姿で出てくると、めちゃくちゃ顔赤くして机の下に隠れちゃうし、昨日も一緒にゲームとか昼寝したんだよ。あの時のカイトさぁ、めちゃくちゃ恥ずかしそうじゃなかった?」
うん、あの時のって言われてもいつのことかわからないし、俺は絶対にその時一緒にいなかったからわかるわけないだろ。まだ混乱してるみたいだな...適当に話し合わせとくか。
「そうだな~。あの時のカイト、めっちゃ滑稽だったよな!」
「カイトのこと悪く言っちゃだめだよぉ。あの子、私のこと大好きなんだから。私がいないと、自分ひとりで遊ぶこともしないだろうし」
前後つながって無くない?それは置いておいて、なるほど。カイトという子は真面目過ぎるみたいだな。「そうそう。カイトっていっつも切り詰めてて、田中みたいだよな」
藤井は引き続き、酔っぱらったような口調で、
「でしょ?あの子って本当に私のこと大好きなんだよ。あんなに頑張らなくても、私がいつでもほめてあげるのにね」
大好きなの再確認する必要あった??田中は別に褒められたくて勉強しているわけじゃないだろうけど、カイトという子は褒められたくて勉強してるのか?
「カイトって、なんであんなに勉強してるんだろうな?」
「そりゃあ、私に勉強教えるためだよ。私は頭悪いからね。カイトによく教えてもらってるんだぁ。わかりやすくていいよ。私のこと大好きだし」
「そうか。藤井はカイトのこと好きなのか?」
少し気になってそう聞いてみる。そんなに大好きだと思われているなら、藤井も少しは好意を抱いてもよさそうだが。
「うん、当たり前じゃん。わざわざ聞かないでもわかるでしょ。私も大好きだよ。かわいいし、面白いし、たまに私が嫌な夢見てると慰めてくれるからね」
...そのカイトって子に親近感がわいてくるな。相当苦労してるんだろうなぁ...カイト君...負担増やしてごめんな…
「それで、カイトも私と一緒に泣くんだよ。そこが一番嬉しいね。私のことでそこまでしてくれるんだから」
それって、藤井が面倒すぎて泣いてるんじゃ...と思わなくもないけれど、カイト君の真意はわからないしここでいうのはあまりにも失礼なので墓場まで持っていくことにした。
そんなことを話していると、バスは無事に藤井の家のすぐ近くに止まった。
「なあ、ここって本当にお前の家?どっかの企業の事務所とかじゃなくて?」
目の前の光景があまりにも信じられないので、藤井にそう聞いてみる。
「そうだよ。ここが私の家だよ。あ、この中の家の一つは円城寺って人に貸してるけど」
何でもないように語るが、ちょっとこれは信じられないな。敷地の中に家がいくつもあることとか、倉庫が3つぐらいあってしかも、どれも相当に大きいこととか
「なるほど。じゃあ、その円城寺っていうのがカイト君の苗字か。ちょっと呼んでくる」
できるだけ藤井から離れないようにしつつ、円城寺と表札の出ている家の呼び鈴を押す。
「はい、どなたでしょう?」
中から現れたのは、俺とは年がだいぶ離れた男子だった。多分、中学生ぐらいか?ほかに人がいないことからも、彼がカイト君だと思われる。
「本当に申し訳ないんだが、藤井を頼みたいんだ。その...ジムで話していたら流れでお父さんの話になってしまって...」
カイト君は少し黙ってから、ため息をついてしょうがないなぁといった顔で、
「わかりました。あの姉...藤井は僕が面倒を見るのであなたは帰ってください。ここにあなたが残って姉の妄言に付き合わせるわけにもいかないので」
よくできた弟だなぁ...弟?まさか、さっきバスで言っていた弟のような存在というのは本当だったのか。半分ぐらい嘘だと思っていた。
「ここに来るまでで話しつかれているでしょうし、寝かしつけるだけですからそこまで大変ではないですよ」
俺の考えていることを読み取ったのか、そう付け加えるカイト君。本当に優秀だなぁ。藤井は幸せ者だ。
その時、電話が鳴る。田中からだ。
「もしもし?もう用事終わった?時間あるなら一緒に買い物とか...」
今日は用事が入っていると言ったのに、なぜ電話してくるんだろう。この人は。本当に世話が焼ける。
「今日はダメだって...いろいろとあったし、たまにはお互い一人で過ごしたほうが発見とかも...」
そこまで言った時、いきなり藤井が大声で
「ねぇ~、一緒に寝ようよ~!もう疲れた~!あと、慰めてぇ。いつもみたいにさ~」
最悪のタイミングで最悪なことを言い始めた。もちろん、これはすべてカイト君に向けて言われたことだが、電話の向こうの田中にはわかるはずがない。
「...あんた、女子と遊んだりしないって言ってなかったっけ?なんか、藤井さんみたいな声が聞こえるんだけど?」
違うから!これにはいろいろ訳があって...と言いたいが、声からして今の田中はめちゃくちゃ怒っている。そう囁くんだ、俺の直感が。こういう時はどうすればいいか!平謝りだ!言い訳はそのあと!
「ごめんなさい!!でも、これは誤解でぇ...」
結局、田中に真実を知ってもらうまでに1時間半ほどかかり、今度の休みは絶対に田中と一緒にいると約束させられた。