#16 手をつなぐ意味
俺は鈴木。いつもは、田中っていう奴の面倒ばっかり見てる男子高校生だ。あいつ面倒くさいんだよな。なんかよくわかんないけど、冗談言ってほしいみたいなとき多いし。いつも俺を頼るくせに強気な態度とってくるし。そこが可愛くもあるんだけど。今日は、その田中が一緒に帰りたいっていうから仕方なく付き合ってやることにした。
放課後、学校の正門で待っていた田中に声をかける。
「お~い、田中!帰るか~」
声に気づいた田中は振り返ると笑顔で、
「待ち合わせの時間より、2分38秒遅い。この分は後で返済してもらうからね」
意味不明なことを言った。こいつ、そんな細かい秒数までカウントしてたのか。それと、あとで返済って何なんだ。何されるんだよ!怖いなぁ。
「遅れたのは謝るけど、後で返済って何?怖いんだけど」
「いいからいいから。ちゃんと後で返済させてあげるから」
答えになっていない!うわ~...なんかおごれとか言われそうだな~...と思っていると、不意に田中が手をサッと出してくる。
「なにこれ?金出せってこと?カツアゲ?」
早速返済の時が来たか?
「違う!え~っと...その...手を繋いで!」
は?手を繋いでほしいのか?甘えん坊だなぁ。
「なんで?」
当然の権利として理由を聞く。
「聞かないで!」
なんだこいつ...まあいいけど...
「お前の手、あったかいな」
「あんたの手が冷たいんでしょ...バーカ」
なんか最後に小声でバカって言われた。可愛い。俺がバカなことあったか?いや、結構あったな…
「人のことバカって言うなよ。お前よりは頭いいんだから。性格的なこと言ってるなら、別にいいけど」
まあな~、俺って結構バカだから損することとかあるしな~
「うるさい!バカ!さっさと帰るよ!」
いきなりキレる田中。まさに理不尽。あと、たまに指をモニョモニョさせるのはちょっと恥ずかしいからやめてほしい。
二人で帰っていると、いろいろな面白いものが見れた。そこら辺を歩く白い猫だったり、高収入を謳うバイトの広告トラックだったり、祈るようなポーズをしたのちに両の掌を地面にたたきつける変わった人たちだったり...それらを見るたびに、
「お、かわいい猫ちゃん!」「可愛いね。餌持ってる?」「持ってない」「そう。触れないのが残念ね」「だね~。俺が行って連れてこれるか試そうか?あの猫とは仲いいし」「だめ!...触るなら私も!」「じゃあ無理だな。あの猫ちゃんは人見知りだから。餌持ってないなら余計に近づかないな」
「それじゃあ、また今度会ったら触ろうね」
「高収入バイトか。俺もしてみたいな」「なんで?金なら十分あるじゃん」「誰かさんのせいで、大部分が付き合いで消えてるんでね」「へ~...その誰かさんってすごい素敵な女性なんだね」「ああ、素敵だよ。たまに俺の体を使ってくるところとか特に」「女子に使ってもらえて何よりでしょ?」「全く以てその通り。毎日のように使われて、俺ぁ幸せもんだよ」「なら良かった。これからも使ってあげるね」「別に誰も、お前のことだなんて言ってないけどな?」「...」「...」「まあ、感触はいいし使われて悪い気分ではない...痛い痛い!手をそんなに強く握るなよ!お前握力強いんだから!」「ひどいね。あんた。もうちょっと女子の気持ちとか考えたら?」「お前は俺の痛みを考えろ!」
「何やってるんだろうな?あの人たち」「さあ?祈るようなポーズしてるし、何かの儀式じゃない?」「それにしては、地面叩きすぎじゃないか?」「気のせいでしょ。絡まれないうちに行くよ」「ああいう宗教系の人たちって、大体やばいからな...」「そうよね。前に一回勧誘されたことあるけど、本当に話が通じなくて怖かった...」「へぇ~、そうなんだ。まあ、今なら勧誘来ても大丈夫だな」「私のこと守ってくれるの?」「三十六計逃げるに如かず」「最低。誉とかないわけ?」「ないね。そんなもの。追いかけてきても手は離さないから安心していいぞ」「...そう。良かった」
そんな話をしていたら、前から二人の小学生が歩いてきた。どうやら、兄妹のようだ。俺たちみたいに手を繋いで帰っている最中のようで、
「ねぇお兄ちゃん!帰ったら一緒にゲームしよ!」
「えぇ~、嫌だよ。お前弱いじゃん」
「やだやだやだ!絶対ゲームするから!」
妹のほうが泣きそうになる。すると慌てた兄が、
「わかった!わかったよ!一回だけな?」
と返事をする。優しいなぁ
「うん、ちゃんと約束守ってよ!」
「はいはい。一緒にやってやるから手を放すんじゃないぞ。危ないからな」
はーい、と返事をする妹。絶対一回じゃすまないだろうなぁと思いつつ、兄妹の微笑ましい光景を見ていると、田中もそれを見ていたようで声をかけてくる。
「ねぇ、あれってちょっと私たちっぽくない?」
言われてみればそうだな。あのわがままな妹とか特に田中っぽい!田中って自分を客観的に見ることができたんだ!
「言われてみればそうだな。しかし、見れば見るほど俺たちっぽいよな。お前の感じなんてあの子にそっくり」
「そんな...いきなり恥ずかしいこと言わないでよ!私あんなに胸大きくないって!」
田中がはしゃいだ声で答える。なぜそんなにはしゃぐ?お前の胸は絶対あの小学生女子よりあるだろ。
それに、そんな恥ずかしかったか?いつもあんなことしておいてこれで恥ずかしいとか今更ある?
「お前って、小学生と同じようなことしてるからなぁ。恥ずかしい気持ちはわかる。でも大丈夫!俺はしっかりわかってるからな!」
「え?」
「は?」
いきなり田中が驚いた顔でこっちを見てきた。え?なんだ?なんかおかしいことあったか?
「えっと...あんた、あのカップル見てるんだよね?」
「...いや、俺はさっきから小学生の兄妹見てたけど?」
お互い、全く違う方角を指さす。
「...」
「...」
「...」
「...」
「「はぁぁぁ!?」」
もしかして、田中はあの濃密イチャイチャカップルと俺たちが同じだと言いたかったのか?え、マジで?そんなイチャイチャしてたか俺たち?っていうか、あのカップル手をつなぐどころか彼氏が彼女の肩に手を置いてるじゃん!頑張れば揉めるじゃんそれ!そこの彼氏!そんなハレンチなポーズすんな!あと、彼女も彼女だよ!なんだその露出多めな服!彼氏かそれ以外の男性か、誘惑するのはどっちかだけにしとけ!よしんば可愛いと思ってるんだとしても、もうちょっとなんかあったろ服!
「おい、ちょっと待て。俺たちとあのカップルのどこに共通点あるんだ?どう頑張っても男女ってところしか合ってないんだけど」
「あんたこそ!なんで私たちがあの兄妹と一緒だって言えるの!せめて姉弟でしょこれは!私が可愛すぎる姉で、あんたは姉に劣情を抱くクズ弟で...」
ブチぎれる俺たち。その妄想をここで言うな、近所の人に聞こえたらまずすぎる。
「お前の性癖は分かったから、ここで言うのはやめてくれ。世間体とかあるだろいろいろと...」
「それで、あんたはいっつも私の体を見てて、たまに私がお風呂に入ってると風呂場でゴソゴソ...」
本当にやめろ。何なんだこいつ!溜まってんのか?早く場所を移さないと!
「その詠唱やめろ!死ぬぞ!社会的に!」
聞こえてない...駄目だこいつ...早く何とかしないと...あまり手荒なことはしたくなかったが仕方ない!「おい!行くぞ!手を離すなよ!」
「え!?イク!?」
マジでこいつの頭どうなってるんだ。汚染されすぎだろ。どんだけ昂ってたんだ…そう思いつつ、田中の手を引っ張りながら猛ダッシュで家まで走る。幸いにもすぐ近くに俺の家があったので3分ほどで家に着いた。
「着いたぞ。お前の性癖は聞かなかったことにしてやるから、今日はもう家に帰って休め」
やっと落ち着き始めた田中にそう言うが、なぜか手を離そうとしない。さっきのがよほどショックだったのか?
「ねぇ」
30秒ほどして、やっと田中がしゃべり始めた。
「あの、兄妹と私たちが似てるっていうのは本気で言ったの?」
恐る恐る聞いてくる田中。...直感的にそう思っただけだが、本音ではあったな。
「なんとなくな。お前って俺にしか甘えてないだろうし、あの兄妹からもそんな感じがした」
田中が少ししょんぼりしながら「そうね...」と呟く。
「どうしたんだ?今日は変だぞお前。ちょっと疲れてるんじゃないか?よかったら、良くなるまでうちで...」
休んでいくか?と最後まで言う前に田中が返事をした。
「うん!休んでいくからあんたの部屋を早く案内して!」
こいつ...本当に...まあいいや。なんだかんだこいつのことは嫌いじゃないし、少しゆっくりさせていくか。
「じゃあ、これで今日の遅刻は返済ってことで」
そう言って家に上がる田中。気のせいか、一瞬だけ彼女の背中から哀愁を感じた。