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あぶれ者たち  作者: 冷やし中華はじめました
1回限りのクラン

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7/14

7

影が、決壊したダムのように広間へ溢れ出した。  それは単なる闇ではない。数百年分の呪いが発酵し、腐り落ちた、黒い汚泥の濁流だ。床を這い、壁を舐め、触れるものすべてを腐食させながら、生き物のように脈動している。


「チッ……!」


 レオンが舌打ちと同時に剣を薙ぎ払う。  銀閃が黒い奔流を捉えた。だが、手応えは泥を叩いたように鈍い。  斬り裂かれた断面から、血の代わりに黒いもやが噴き出すが、傷口は瞬く間に癒着し、何事もなかったかのように再び膨れ上がる。  物理的な干渉を拒絶する、圧倒的な質量。


「下がれ、レオン!」


 背後でミアが叫んだ。  彼女の目は血走り、呼吸は荒い。魔力欠乏の震えが、恐怖でさらに加速している。  (燃やす。燃やし尽くせばいい。……魔力が要る。燃料が要る!)


 彼女の手が、痙攣しながら腰のポーチをまさぐった。  そこに、あの「青い小瓶(安定剤)」があるはずだった。あれさえ飲めば、震えは止まり、脳が焼き切れるほどの火力が出せる。


 だが。


「……え?」


 指先が触れたのは、空虚な布の感触だけだった。  ない。  あるはずのポーションがない。


「嘘……なんで? さっきまであったのに!」


 ミアが悲鳴を上げ、ポーチの中身を地面にぶちまける。  枯れた干し肉、小銭、化粧道具。……だが、命綱である青い瓶だけが、神隠しに遭ったように消え失せている。


「ない、ない、ない! 私の薬! 誰よ、どこやったのよ!」


 錯乱するミアの背後で、ガルドが「あーあ」と小さく顔をしかめた。  彼の懐には、硬いガラスの感触がある。  (……今さら返せねぇよなぁ。ま、死んだら死んだで頭数が減って取り分が増えるか) ガルドは冷めた目で、パニックに陥るミアを見つめた。罪悪感など微塵もない。あるのは、面倒事に対する徒労感だけだ。

 ここで「俺が盗みました」と名乗り出れば、影に殺されるより先に、この狂った魔女に焼き殺されるだろう。  彼は沈黙を選んだ。仲間の命より、自分の保身を選んだのだ。


「早くしろ! 来るぞ!」  レオンの怒声が飛ぶ。


「う、うあああああッ!」


 追い詰められたミアが、破れかぶれに両手を突き出した。  外部の燃料ポーションがないなら、自身の生命力オドを燃やすしかない。  彼女の鼻からツーと一筋の血が流れる。血管が悲鳴を上げ、皮膚が裂けるほどの負荷。


「消えろぉぉぉッ!」


 詠唱破棄。代償と引き換えに放たれた紅蓮の炎が、影の奔流へと着弾した。  轟音と熱波。  広間が一瞬、真昼のように明るく照らし出された――はずだった。


 ジュッ。


 炎が、消えた。  燃え広がることはなかった。まるで砂漠に水を撒いたように、黒い泥が炎を「吸い込んだ」のだ。


「……は?」


 ミアが呆然と口を開ける。  影が、ごくりと喉を鳴らすような音を立てた。  攻撃を受けたのではない。「食事」を提供されたのだ。  ミアの削った生命力ごと魔力を貪り食い、影は爆発的にその体積を膨張させた。


 どろりと垂れ下がる黒い粘液が固まり、一つの形を成していく。  巨大な骸骨を模した頭部。人間よりも遥かに長く、節くれだった異形の腕。  肋骨の隙間には、たった今捕食したミアの残り火が、心臓のように赤く、嘲笑うように明滅していた。


「あ……あ……」


 ミアがへたり込む。  魔力切れ。薬もない。あるのは、自分を餌として認識した化け物の視線だけ。


 異形の怪物は、空洞の眼窩で四人を見下ろした。  声帯を持たないはずの喉から、風切り音のような咆哮が放たれる。


 ——ギィィィィィィンッ!


 空気が震え、鼓膜が破れそうなほどの圧力が襲う。  レオンは脂汗を流しながら剣を構え直すが、その切っ先はわずかに震えていた。  物理は通じない。魔法は餌になる。退路はない。


 完全な詰み(チェックメイト)。


「来るぞ!」


 影の巨腕が、天井をこするほどの高さから、絶望的な質量を持って振り下ろされた。

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