表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あぶれ者たち  作者: 冷やし中華はじめました
1回限りのクラン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/14

6

石の回廊を進むにつれ、肌を刺す空気が変わった。  湿ったカビの臭いは消え、代わりに、鼻の粘膜を焼くような強烈なオゾン臭が充満している。


「……ッ、オェ……」


 ミアが口元を覆い、えずいた。  彼女の顔色は、死人のように青白い。魔力に敏感な彼女にとって、この空間は放射能汚染された原子炉の中を歩くようなものだ。  震える手が、腰のポーチを探る。だが、そこにあるはずの「安定剤ポーション」は、もうない。  (ない……なんで……?)  彼女は血走った目で周囲を見回すが、今は問い詰めている余裕すらなかった。


「……うるさい、うるさい……!」


 リリィもまた、限界だった。  両手で耳を塞ぎ、うわ言のように呟きながら歩いている。ここに来て、「声」のボリュームが脳を破壊するほどの音量に跳ね上がっているのだ。


 レオンは無言で顎をしゃくった。  回廊の突き当たり。闇の奥から、不気味な青白い燐光が漏れ出している。  ガルドが舌打ちをし、短剣を逆手に持ち直す。  四人は、腐った空気を吸い込み、広間へと踏み込んだ。


 そこは、かつて礼拝堂だった場所だ。  高いドーム状の天井。壁一面に刻まれた幾何学模様。  そして中央、崩れかけた祭壇の上に、それは鎮座していた。


 封印の宝珠。  だが、それは美しい宝石などではなかった。  ガラスの表面を、内側から黒い泥が叩いている。まるで、生まれたがっている奇形児の胎動のように、ドクン、ドクンと脈打っている。


「……趣味の悪い宝石だこと」  ガルドが顔をしかめた。「あれじゃ金にはならねぇな」


「……誰か、いる」


 リリィの悲鳴のような囁きが、静寂にヒビを入れた。


 祭壇の前。  冒険者たちの煤けた格好とは対照的な、一点の汚れもない清潔な法衣を纏った男が立っていた。  男は、侵入者であるレオンたちに気づいているはずなのに、振り返りもしない。ただ、愛おしい恋人の肌に触れるような手つきで、汚染された宝珠を撫で回している。


「……素晴らしいとは思わないか?」


 よく通る、朗々とした声だった。  男がゆっくりと振り返る。  整った顔立ち。慈愛に満ちた瞳。だがその奥には、狂気という名の濁った泥が沈殿していた。


 その顔を見た瞬間、リリィが凍りついた。


「あ……あ……」  呼吸が止まる。ガタガタと歯が鳴る。それは、生物としての根源的な恐怖。


「司教……アーロン……様……」


「おや」  アーロンと呼ばれた男は、眉を上げて微笑んだ。 「見覚えのある顔だと思えば……私の修道院から廃棄処分にした『失敗作』ではないか。まだ生きていたのかね、リリィ」


「知り合いか?」  レオンが問うが、リリィは答えられない。ただ首を横に振り、後ずさりする。


「失敗作とは失礼な」  アーロンは愉快そうに笑った。 「彼女の脳に『神の受信機』を埋め込んだのは私だよ。もっとも、感度が良すぎて発狂してしまったがね。……使い物にならないから捨てたのだが、まさかこんなゴミ溜めで再会するとは」


 リリィの「声」の原因。  それは神の奇跡などではなく、この男による人体実験の結果だったのだ。


 レオンの中で、何かが切れる音がした。  任務だの、報酬だの、そんなものはどうでもいい。  ただ、目の前のこの男が、たまらなく不愉快だった。


「……テメェか。この女を壊したのは」


「壊した? 崇高な実験だよ。……さて、感動の再会は終わりだ」


 アーロンの視線が、リリィから宝珠へと戻る。  その指が、宝珠の表面にぐり、と沈み込んだ。


「褒美だ、廃棄物ども。お前たちのその汚れた魂を、最初の餌にしてやろう」


「やめろッ!」


 レオンが床を蹴る。  殺意のままに踏み込み、錆びた剣を一閃させる。


 だが、遅かった。  アーロンの指が、宝珠を貫通した。


 ——ピシリ。


 硬質な音が、広間に響き渡った。  世界が反転する。  宝珠から溢れ出したのは光ではない。数百年分溜め込まれた、行き場のない「呪い」の濁流だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ