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あぶれ者たち  作者: 冷やし中華はじめました
1回限りのクラン

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5/14

5

レオンの怒声が合図だった。  影が鞭のように腕を振り下ろす。石畳が豆腐のように無音でえぐられ、砕け散った破片が散弾となって四人を襲う。


 ガルドが床を転がって回避し、影の死角へと回り込む。盗賊特有の音のない足運び。  彼は影の背後から跳躍し、愛用の短剣をその首元へと突き立てた。


 ズブッ。


 だが、手応えがなかった。まるで濃密なヘドロに棒を突っ込んだような、気持ちの悪い感触。  影の輪郭がぶれ、傷口がガルドの手首ごと飲み込もうとうごめく。


「ッ、この野郎!」


 ガルドは慌ててナイフを引き抜き、バックステップで距離を取った。  だが、手元を見た瞬間、彼の顔が引きつった。  愛用の短剣――刃こぼれひとつなかった業物が、強酸に浸したようにボロボロに腐食し、煙を上げていたのだ。


「……ふざけんなよ」  ガルドが呻く。 「これ一本で金貨二枚はしたんだぞ……! 弁償しろよ、クソお化けが!」


 商売道具の破損。彼にとってそれは、自分の指を折られるのと同じくらい痛烈な損害だった。


「どきなさい!」


 後衛のミアが叫ぶ。彼女の両手には、すでに脂汗と共に練り上げられた魔力が赤熱していた。  レオンとガルドが左右に開く。射線が通る。


「消えろッ!」


 放たれた火球が、唸りを上げて影の顔面へと直撃した。  爆音と熱波。狭い回廊が紅蓮に染まる。


「……やったか?」  レオンが腕で顔を庇いながら目を細める。


 だが、煙が晴れた先にいたのは、無傷の影だった。  炎は影の表面で揺らめき、そしてズルズルと内側へ「吸い込まれて」いった。


「……は?」


 ミアが間の抜けた声を漏らす。  効かないのではない。影は、火球の魔力そのものをかてにして、さらに巨大に、より濃密な闇へと変貌していた。


「嘘……食べた?」  ミアの声が裏返る。 「ふざけないでよ……私の魔力いのちなのよ! 返してよ!」


 それは恐怖というより、貴重なリソースを奪われた薬物中毒者のヒステリーに近かった。


 影の虚ろな眼窩が、明確な意志を持ってミアを捉えた。  魔力を持つ者。最も美味な餌。  影が膨れ上がり、無数の黒い触手となってミアへ殺到する。


「ッ……!」  ミアは腰がすくんで動けない。


 万事休す。  誰もが最悪の結末を覚悟した、その時。


「――静まりなさい」


 鈴を転がすような、しかし氷のように冷徹な声が響いた。  リリィだ。  彼女はパニックに陥る戦場の中で、一人だけ不気味なほど静かに佇み、両手で耳を塞いでいた。


 彼女の唇が紡ぐのは、慈愛に満ちた祝詞ではない。もっと利己的で、切実な拒絶の言葉。


「うるさい。……消えて。……私の頭の中で、わめき散らすな」


 リリィの全身から、音のない波紋が広がった。  光線ではない。ただ、その波紋に触れた空間から「色」が抜け落ちていくような、透明な衝撃波。


 それが影に触れた瞬間、怪物は悲鳴すら上げられなかった。  黒い泥が白く泡立ち、乾燥し、砂のように崩れ落ちていく。物理攻撃も魔法も通じなかった不死身の影が、リリィの「拒絶」に触れた部分から、存在そのものを世界から削除されていく。


 数秒の後。  回廊に残されたのは、僅かな黒い塵と、荒い呼吸を繰り返す三人のあぶれ者たちだけだった。


「……おい」  ガルドが、引きつった顔で壊れた短剣を捨てた。 「今のはなんだ? 僧侶の浄化魔法ターンアンデッドにしちゃあ、効きすぎだろ。まるで『存在ごと消し去った』みたいだったぞ」


「……ただの祈りです」  リリィは無表情のまま、頭痛に耐えるようにこめかみを押さえた。 「彼らは、ここに留まることを許されない『異物』でしたから。……だから、追い出しただけです」


 レオンは剣を鞘に収めながら、リリィの横顔を無言で見つめた。  彼女が教会を追われた理由の片鱗を、見た気がした。それは救済というより、強制的な「排除」に近い。


「だが、助かった」  レオンが短く言うと、リリィは小さく首を振った。


「いえ……喜んでいる場合ではありません。今の影は、ただの残りカスです」 「残りカスだと?」 「あれは、封印から漏れ出した『汚水』のようなもの。中身が腐り落ちて、外に溢れ出している……つまり」


「……最深部じゃ、もっとヤバいのが待ってるってことか」  レオンが吐き捨てるように言った。


 扉は開いていた。影が溢れていた。  それは、この遺跡がすでに「死んでいる」ことの証明だった。


「行くぞ。……止まるわけにはいかねぇ」


 レオンが駆け出す。  回廊の奥、闇の向こう側から、ゆらゆらと青白い燐光が漏れ始めていた。

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