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ドォォォォンッ!
背後で空気が爆ぜるような轟音が響き、強烈な風圧が四人の背中を叩いた。 レオンが即座に振り返る。だが、そこには先ほど開けたはずの重厚な扉も、外の夕暮れも見当たらなかった。 あるのは、冷たく湿った、継ぎ目のない石の壁だけだ。
「……ハッ、やっぱりな」
ガルドが壁に歩み寄り、コンコンと短剣の柄で石面を叩いた。 焦る様子はない。むしろ、「予想通りで清々しい」とでも言いたげな薄ら笑いを浮かべている。
「おい、どういうことよ!」 ミアが悲鳴に近い声を上げる。 「出口がないじゃない! これじゃ完全に……」
「閉じ込められたんだよ。鼠捕りにかかった鼠と同じだ」 ガルドは肩をすくめた。 「『回収』なんて建前だ。入ったら最後、死ぬまで出られない。……ま、最初から片道切符のつもりだったんだろ?」
ミアは唇をわななかせ、青ざめた顔で自身の二の腕を抱いた。 閉塞感。逃げ場のない石の棺桶。 彼女の呼吸が荒くなる。禁断症状による震えと、閉所恐怖が混ざり合い、理性を削り取っていく。 (……薬。薬を飲めば落ち着く……) 彼女の手が腰のポーチへと伸びかけるが、ギリギリで止まった。まだ早い。ここで使えば、肝心な時に足りなくなる。彼女は爪が食い込むほどポーチを握りしめ、脂汗を流して耐えた。 その中身がすでに空っぽであることも知らずに。
「進むしかねえな」 レオンが低い声で唸る。 退路確認などしない。どうせ帰る場所などない連中だ。前に進んで死ぬか、ここで餓死するかの二択しかない。
「リリィ、前はどうなってる?」 レオンが問うと、リリィはビクリと身体を震わせた。
「……五月蝿い……」
リリィは両手で耳を塞ぎ、うずくまるようにして震えていた。 「……壁の中に、溶けてる。さっきの騎士たちが……まだ、死にきれずに……」 彼女の瞳孔は開ききっている。 「『痛い』『熱い』『出してくれ』……何十人も、何百人も……私の脳みそに直接、叫んでくる……ッ!」
「チッ、役に立たねぇな」 ガルドが舌打ちをする。「おい、そこの狂人。敵はいんのかいねぇのか、それだけ言え」
「……きます」 リリィが虚空を睨みつけた。 「吐き出されます。……消化しきれなかった、汚物が」
その言葉と同時だった。 フッ、と。 回廊の空気が凍りついた。
「ッ! 構えろ!」 レオンが剣を抜き放つ。
回廊の奥、光の届かない闇の深淵から、それは滲み出るように現れた。 足音はない。気配もない。 ただ、そこにある闇そのものが質量を持ち、人の形を模して立ち上がったようだった。 輪郭はあいまいに揺らぎ、まるでインクを水に垂らしたように不安定だ。だが、その頭部と思わしき部分には、眼球の代わりに虚無のような暗黒が二つ、ぽっかりと空いていた。
「……なんだ、ありゃ」
ガルドが短剣を握り直す。その手にはじっとりと脂汗が滲んでいた。 魔物ではない。亡霊でもない。 もっと根源的な、生理的嫌悪感を催す「泥」の塊。
「ヒッ……」 ミアが喉の奥で悲鳴を漏らす。 本能が警鐘を鳴らしていた。あれに触れてはいけない。あれは、魔法使いにとっての猛毒だ。
影がゆらりと動いた。 人間には不可能な速度で距離を詰め、実体のないはずの腕が、鎌のようにレオンの首を刈り取りに迫る。
問答無用。 遺跡という巨大な胃袋が、異物を消化するための活動を開始した。




