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あぶれ者たち  作者: 冷やし中華はじめました
廃墟の入口

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あぶれ者たちの挽歌


 アーロンの死と共に、遺跡の崩壊が加速した。  天井が落ち、床が抜け、世界の境界線が「白く」削り取られていく。


「……空間が、死んでいく」  ミアが絶望的な声を上げた。「私たちも一緒に消滅するわ。逃げ場なんてない!」


「まだ、手はあります」  レオンの腕の中で、透け始めたリリィが呟いた。  彼女は、まるで重荷を下ろした旅人のような、穏やかな顔をしていた。


「……静か、なんです」


「あ?」


「あんなに五月蝿うるさかった『声』が、今はもう聞こえません。……アーロンが死んで、私の脳みそを掻き回す受信機も壊れたみたい」


 彼女はうっとりと、消えゆく自分の指先を見つめた。  それは死への恐怖ではない。狂気からの解放、初めて訪れた安眠への安堵だった。


「リリィ、お前……」


「私は残ります。……この崩壊する空間を私の魂で縫い止めて、あなたたちを外へ弾き出します」


「ふざけるな!」  レオンが叫ぶ。「……損な役回りを引き受けるんじゃねぇよ」


 リリィは首を横に振った。 「帰る場所なんて、私にはありませんでした。……でも」  彼女は透き通った手で、レオンの頬に触れた(ふりをした)。


「あなたたちは違った。汚くて、乱暴で、誰もが嫌う『あぶれ者』だったから……私の傍にいても、あの『綺麗な音』で私を苦しめることがなかった。……一緒にいて、楽だったんです」


 それが、彼女なりの愛の告白だった。  聖なる絆ではない。傷を舐め合うような、底辺同士の共鳴。


「だから、行ってください。……私の安眠を邪魔しないで」


 ドンッ!  拒絶の風が、三人を押した。


「リリィ!」 「クソッ、あばよ聖女様!」 「……バカ女ッ!」


 視界が白く染まる。  最後に見たのは、崩れゆく瓦礫の中で、赤子のように安らかに眠るリリィの笑顔だった。


          ◇


 気がつけば、森の入り口に転がっていた。  背後にあったはずの遺跡は、跡形もなく消滅していた。ただの風化した岩肌だけが、最初から何もなかったかのように鎮座している。


「……終わった、のか」


 ガルドが泥を吐き出し、ミアがへたり込む。  生還した。だが、そこに歓喜はない。  彼らは無言で、重い足を引きずり、街へと戻った。


          ◇


 ギルドの応接室。  革張りの椅子に深々と座ったギルドマスターは、報告書を読み終えると、面倒くさそうに溜息をついた。


「……なるほど。遺跡は崩壊。『封印の宝珠』は消失。そして、視察に訪れていたアーロン司教が行方不明、と」


「行方不明じゃねぇ。あいつは化け物に食われて死んだ」  レオンが低い声で訂正する。


「ほう? 高潔なる司教様が、魔物に食われて無様な死を遂げたと? ……そんな報告、教会が認めるわけがないだろう」


 ギルドマスターは冷ややかな目で、薄汚れた三人を見下ろした。 「事実はこうだ。アーロン司教は殉教された。……あるいは、金に目がくらんだ『素行の悪い冒険者たち』によって殺害された」


「ッ、ふざけるな!」  ミアが机を叩こうとするが、レオンが制した。  理解したからだ。  最初から、これはそういうシナリオだったのだ。成功すれば儲けもの、失敗すれば全責任を押し付けるための「あぶれスケープゴート」。


「……で? 俺たちの首を差し出す気か?」


「まさか。死人に口なしだが、君たちを捕まえれば余計な雑音が漏れる」  マスターは、革袋を二つ、机の上に放り投げた。  ジャラリ、と重い音がした。


「約束の報酬、金貨五十枚だ。……もう一袋は『退職金』だよ。これを持って、今すぐこの街から消え失せろ。二度と戻ってくるな」


 口止め料。そして追放宣告。  世界を救った代償が、これだ。


 レオンは黙って革袋を掴んだ。  抗議も、弁解もしない。  彼らは背を向け、ドアを開けた。


          ◇


 夕暮れの路地裏。  繁華街の喧騒から遠く離れた場所で、三人は足を止めた。


「……へッ、悪くねぇ味だ」  ガルドが金貨を一枚噛み、ニヤリと笑った。「中身がどうあれ、金は金だ。これでしばらくは遊んで暮らせる」


「私は……東へ行くわ」  ミアがポツリと言った。震えはもう止まっていた。 「あそこの闇医者なら、クスリ抜きができるって噂だから。……リリィに笑われたくないしね」


「そうか」  レオンは短く答えた。  別れの言葉はない。連絡先も交換しない。  彼らは最初から、金で繋がっただけの関係だ。


 三人は、それぞれの方向へ歩き出した。  背中には「司教殺し」の汚名と、決して語られることのない「英雄」の記憶。そして、死んだ仲間の静かな笑顔だけを背負って。


レオンは路地裏の闇に紛れながら、懐の硬貨を、指が白くなるほど強く握りしめた。 冷たい金属の感触。だが、そこには確かな重みがあった。 汚れた手には、汚れた金がお似合いだ。


「……行くか」


 世界は何も変わらない。  今日もまた、どこかで誰かが食い物にされ、誰かが肥え太る。  あぶれ者たちは、そんな掃き溜めの日常へと、再び還っていった。

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