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アーロンを飲み込んだ泥が崩れ去ると同時に、遺跡の鳴動が激しさを増した。
ゴゴゴゴゴ……!
天井から巨大な石塊が落下し、床を砕く。 だが、恐ろしいのは物理的な崩壊ではなかった。 広間の端、壁の向こう側から、景色が「白く」なり始めているのだ。
「おい、ありゃなんだ!?」
ガルドが指差して叫ぶ。 壁が崩れた先には、闇も、岩肌もなかった。 ただ、何もない「空白」が広がっていた。触れた瓦礫が音もなく消滅していく。
「……空間が、削り取られてる」 ミアが絶望的な声を絞り出した。 「封印の宝珠は、この遺跡という『亜空間』を維持する要石でもあったのよ。それが砕け、代わりの魔力も失われた今……この場所自体が世界から切り離されて、消滅しようとしているんだわ」
「消滅って……俺たちもか!?」
「そうよ! 出口なんて探しても無駄。この空間ごと『無』に還るのが先か、私たちが押しつぶされるのが先か……どっちにしろ終わりよ!」
ミアは杖を投げ出し、髪をかきむしった。 勝利の余韻など微塵もない。あるのは、遅効性の死刑宣告だけだ。
「……まだ、手はあるはずだ」
レオンは、腕の中のリリィを抱き締め直した。 彼女の身体は、抱きしめている感覚がないほど軽くなっていた。 指先だけでなく、足元から、衣服の端から、光の粒子となってサラサラと解け始めている。
「リリィ、しっかりしろ! お前、一体何をしたんだ!」
リリィは虚ろな瞳をレオンに向け、弱々しく微笑んだ。 その頬に触れようとしたレオンの手が――彼女の肌をすり抜け、空を切った。
「ッ……!?」
レオンが息を呑む。 ガルドとミアも、言葉を失ってその光景を見つめていた。
「……代償、です」 リリィの声は、鈴の音のように透き通って響いた。
「あの影は、人の力で消せるものではありませんでした。だから……私自身を『聖なる供物』として捧げ、一時的に世界の理を書き換えたのです」
「供物だなんて、そんな……」
「私の命を燃やして、光に変えた。……だから、もう私の身体は、この世に留まることができません」
彼女の告白は、あまりに残酷だった。 皆を守るために使った奇跡が、彼女自身を殺す毒だったのだ。
白い浸食が迫る。 広間の半分がすでに消失し、絶対的な「無」がすぐそこまで迫っていた。
「嫌だ……」 レオンは首を振った。幼子のような拒絶だった。 「こんな結末があるか。お前を守って、生きて帰るんじゃなかったのかよ!」
「レオンさん」 リリィは、透き通りかけた手で、レオンの震える手をそっと包み込んだ(ふりをした)。触覚はない。けれど、温かさだけが心に伝わってくる。
「このままでは、全員が消滅します。……でも、一つだけ方法があります」
「なんだ、言ってみろ! 俺の命でも何でもくれてやる!」
リリィは首を横に振った。
「封印を、再構築するのです」
「宝珠がないのにか!?」
「ええ。宝珠の代わりに、私が『新しい核』になれば」
その言葉に、全員が凍りついた。
「核になる……それって」 ガルドが掠れた声で言う。「お前が、あの石ころの代わりになって、永遠にここに閉じ込められるってことかよ?」
「閉じ込められるのではありません」 リリィは静かに、けれどはっきりと告げた。
「私はもう、肉体を維持できません。だから、残った魂を使ってこの空間を安定させ、あなたたちを外へ弾き出します。……それが、私に残された最後の役目」
彼女はゆっくりと、レオンの腕から離れようとした。 その背中には、もう迷いはなかった。 死ぬための歩みではない。仲間を生かすための、誇り高い一歩を踏み出そうとしていた。




