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あぶれ者たち  作者: 冷やし中華はじめました
廃墟の入口

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12/14

12

 リリィの身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。  レオンが滑り込み、その身体を抱き留めた。


「……ッ、るぅ……」


 レオンの腕に残った感触は、驚くほど頼りなかった。体重がないのではない。「存在」そのものが希薄になっている。まるで、幽霊を抱いているかのような虚無感。


 リリィはうっすらと瞼を開けた。焦点は合っていない。  だが、その口元には、自嘲めいた笑みが浮かんでいた。


「……ざまあみろ、です……。消して、やりました……」


 それは聖女の言葉ではない。あぶれ者の意地だった。  ガルドとミアも、泥と血にまみれてへたり込んでいる。誰もが限界だ。指一本動かすのも億劫な沈黙の中――。


 パチ、パチ、パチ。


 場違いに乾いた音が、広間に響いた。  拍手だ。  瓦礫の山と化した回廊の陰から、埃ひとつついていない清潔な靴が踏み出された。


「ブラボー。実に素晴らしい働きだったぞ、廃棄物ドブネズミども」


 アーロンだ。  彼はまるで観劇を終えた貴族のように、満足げに頷いていた。周囲の惨状とは無縁の、一点の汚れもない法衣が、レオンたちの神経を逆撫でする。


「テメェ……!」  ガルドがナイフを構えようとするが、手が震えて取り落とした。「クソッ、力が入らねぇ……」


「無理をするな。君たちの役目は終わったのだ」  アーロンは愉快そうに瓦礫を跨ぎ、レオンたちの前で立ち止まった。


「感謝するよ。あの黒い影は、長年の呪いで固まった『殻』でね。中にある純粋な『神の力』を取り出すには、誰かに殻を割らせる必要があった」


 アーロンの視線が、レオンの腕の中――薄く発光し始めたリリィへと注がれる。  その瞳は、信仰心ではなく、実験動物を見る研究者の冷徹さで濁っていた。


「見ろ、美しい。極限のストレスで精神を焼き切ることで、ようやく『受信機』が完成したわけだ。……さあ、その娘を渡したまえ。私が正しく管理してやろう」


「……管理、だと?」  レオンが低い声で唸る。立ち上がろうとするが、膝が笑って動かない。


「そうだ。教会に戻れば、彼女は『聖女』として祀り上げられる。君たちのようなゴミと野垂れ死ぬより、よほど幸せだろう?」


 アーロンが手を伸ばす。  その指先には、護身用の結界魔法が何重にも張り巡らされ、眩いばかりの魔力の光を放っていた。


 その時だった。


「……プッ、アハハ!」


 突然、ミアが吹き出した。  恐怖で壊れたのではない。それは、決定的な「喜劇」を目撃した者の、乾いた嘲笑だった。


「な、何がおかしい」  アーロンが眉をひそめた直後。


 ボコッ、ジュルリ。


 嫌な音がした。  アーロンの足元の瓦礫の隙間から、黒い粘液が湧き出したのだ。  リリィの光で焼き払われたはずの「影」。その燃えカス――灰のように降り積もっていた黒い粒子が、意思を持ったように集まり、アーロンの足を掴んでいた。


「な、なんだこれは……放せ、汚らわしい!」


 アーロンが足を振るう。  だが、粘液は離れない。それどころか、彼の身体から溢れる「魔力」の匂いを嗅ぎつけ、飢えた獣のように這い上がってくる。


「……わからないの、司教様?」  ミアが、口元の血を拭いながら冷たく告げた。


「そいつは『飢えてる』のよ。私たちみたいな空っぽの出し・・・にはもう興味がない。……でも、アンタは違う」


 レオンたちには、もう一滴の魔力も残っていない。影にとって、彼らはただの石ころと同じだ。  だが、目の前には、たっぷりと魔力を蓄え、結界で身を固めたご馳走アーロンがいる。


「ひッ、あ、あっちへ行け! 私は選ばれた……うわぁぁぁ!?」


 黒い泥が一気に膨れ上がった。  結界の魔力そのものを食い破り、アーロンの口を、鼻を、眼球を塞いでいく。


「んぐ、ご、ぼ……ッ!!」


 助けを求めるように伸ばされた手。  その指先が、レオンの鼻先をかすめる。  レオンは動かなかった。助ける力がないからではない。ただ、冷ややかな瞳で、その断末魔を見下ろしていた。


「神の力が欲しかったんだろ?」  レオンが唾を吐き捨てる。 「たっぷり食わせてもらえよ。……俺たちみたいな『汚れ役』には、高尚すぎて味がわからねぇからな」


 ズズッ、バクン。


 下品な捕食音が響く。  アーロンの身体は黒い泥に包まれ、圧縮され、やがて――プチリと弾けた。


 あとには、ボロボロになった豪奢な法衣だけが残された。  彼を飲み込んだ泥もまた、魔力を吸い尽くして満足したのか、今度こそ乾燥して砂のように崩れ去った。


「……あっけないもんだな」  ガルドが這いつくばったまま、ヒヒと喉を鳴らして笑った。 「ざまぁみろ、なんて言う気も起きねぇ。……ただの事故死だ」


 広間には再び静寂が戻った。  元凶は死んだ。だが、ハッピーエンドには程遠い。


「レ、オン……」


 腕の中で、リリィが震えた。  見れば、彼女の指先が――光の粒子となって、透け始めていた。

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