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あぶれ者たち  作者: 冷やし中華はじめました
廃墟の入口

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11/14

11

呼吸をするたび、肺が焼け付くように痛む。  口の中は鉄錆てつさびのような血の味で満たされていた。


「ガアアアアッ!」


 レオンは獣のような咆哮を上げ、迫りくる黒い触手を斬り伏せた。  だが、手応えはない。斬った端から再生し、数が増える。剣の刃はすでにボロボロに欠け、腕の感覚は麻痺して鉛の棒を振り回しているようだった。


「クソッ、きりがねぇ……!」


 横合いからガルドが投げたオイル瓶が、影の表面で砕ける。  すかさずミアが、最後の魔力を絞り出して着火する。一瞬だけ炎が上がり、影が怯んだ。


「今よ! 時間を稼いで!」


 ミアが叫ぶが、その顔色は土気色だ。  魔力が尽きかけている彼女は、自身の生命力オドを削って火をおこしている。鼻からツーと一筋の血が流れ落ち、杖を握る手が痙攣していた。


「わかってらぁ!」


 ガルドが瓦礫を蹴って飛び退く。  その左足は、不自然な方向に曲がっていた。先ほどの攻防でやられたのだ。脂汗を流しながら、それでも彼は盗賊の意地だけで動き続けている。


 誰もが限界だった。  肉体も、精神も、すでに千切れている。


 それでも背後には、一心不乱に祈りを捧げる少女がいる。


「――主よ。迷える羊に、断罪の光を……」


 リリィの声は、戦場の喧騒にあっても澄み渡っていた。  彼女の周囲に淡い光の粒子が集まり始める。  だが、遅い。  あまりにも、影の再生速度が速すぎる。


 影の巨人が、邪魔な羽虫たち――レオンたちに苛立ったように身を震わせた。  その虚ろな眼窩が、背後の光源リリィを捉える。  本能が理解したのだ。自分を滅ぼしうる脅威は、あの祈る女だけだと。


 ズオッ、と影が膨張する。  レオンたちを無視し、巨大な黒い奔流となってリリィへ殺到した。


「しまっ……リリィ!!」


 レオンが叫び、身体を割り込ませようとする。  だが、足が動かない。限界を超えた筋肉が悲鳴を上げ、地面に膝をついてしまう。


 届かない。  間に合わない。


 影のあぎとが、祈る少女を飲み込もうと大きく開かれた。


「――終わりか」


 絶望が脳裏をよぎった、その瞬間。


「……受け入れなさい」


 リリィがカッ、と目を見開いた。


 音が、消えた。


 轟音も、悲鳴も、崩落の音も。  世界からすべての音が吸い取られたような静寂。  直後、リリィの身体を中心として、音のない爆発が起きた。


 それは、暴力的なまでの純白の光。  視界が真っ白に染まる。  熱くはない。ただ、恐ろしいほどに冷たく、清浄な光が広間を満たした。


 影が――あの不死身の怪物が、悲鳴を上げることすら許されず、光に触れた端から分子レベルで分解されていく。  黒い泥が、雪のように白い灰へと変わっていく。


 圧倒的な「神威」。  それは奇跡と呼ぶにはあまりに強大で、恐ろしい光景だった。


 やがて、光が収束する。


 レオンは薄目を開け、呆然と目の前の光景を見つめた。  影は消え去っていた。  塵一つ残さず、完全に浄化されていた。


 広間の中央。  リリィが一人、ゆらりと立ち尽くしている。  その法衣はボロボロで、肌は透き通るように白い。


「……リリィ?」


 レオンが掠れた声で呼ぶ。  リリィがゆっくりと振り返った。  彼女は微笑んでいた。聖画の中の女神のように美しく、そしてどこか――この世の者ではないようなはかなさで。


「……終わりました」


 彼女の声は優しかった。  だが、レオンの背筋に冷たいものが走った。  勝ったはずだ。助かったはずだ。  なのに、なぜこんなに不安になる?


 足元で、何かが崩れる音がした。  見れば、祭壇の上の宝珠――その破片すらもが光になって消え去ろうとしていた。


 この遺跡には、もう「封印の器」がない。  だとしたら、彼女は今、一体「何を使って」あの影を消し去ったのか?


 レオンの問いが形になる前に、リリィの身体がぐらりと傾いた。

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