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7/30

東雲紫乃

朱奈が帰った後、続きをプレイしようと思ったら、データがすべて初期に戻っていた。昔のゲームにオートセーブはないらしい。朱奈と頑張ったあの時間はすべて徒労に終わってしまった。


この虚しさもレトロゲーの醍醐味だと思うことによって、持ち直した……気がした。


そもそも俺は入院中だ。この程度のことなど些事に過ぎない。むしろ、暇つぶしの時間が増えたとも考えれる。


ポジティブ思考って大事だな。退院までもう少しだし頑張ろう。


「それにしても、佐野の奴、随分嫌われたな」


自業自得だから、同情はしない。


ざまぁ見ろ。


俺はあいつとヒロインたちがハッピーエンドを迎えるために文字通り死ぬほど努力した。


大金で解決できるなら本当に温いのだ。佐野と偽って俺が代わりに成果を上げたり、ヒロインを陰から助けて佐野の手柄にしたりといったことが何よりも辛かった。だって、何をしても佐野の成果になるし、報酬は俺が生き残れる可能性だけだ。


何度、虚無感に苛まれたことか……


ヒロインの笑顔を報酬だと思うことにしたが、このバッドエンドを迎えたから一生恨み続ける。


まぁ色々大変だった。一番厄介だったのは世界の強制力だ。【LoD】のシナリオと大きく乖離すると邪魔されるから表立ったことができなくて本当に大変だった。


「いや、マジでアレがなければどれだけ楽だったことか……」


「アレとはなんでしょう?」


「ああ、世界の……うお!?いつからいたの?」


すぐ隣に彫刻のような美しい顔があったので仰け反った。


「ふふ、ついさっきですよ。考え事をしていらっしゃったので、邪魔してはいけないと思い、音を消して入らせていただきました」


「心臓に悪いからやめて……普通に声をかけてくれよ」


「そうします。聡様」


「……頼むから普通に呼んでくれ。東雲財閥のご令嬢に様付けで呼ばれたら、色々不味いだろ?」


「ふふ、そうでした。では、聡さんで」


楽しそうに口元を抑えて笑う。桜月、麗音、朱奈の三人といい、なぜ俺を『聡様』と呼ぶのか。確かに、命を助けた。だけど、その呼び名は少しやり過ぎだ。


命の恩人だからといってここまでかしこまる必要はないんだけどなぁ。


それと、この少女はむしろ俺から様を付けるべき身分の御方だ。とても、俺が様付けの敬称で呼ばれていいものではない。


「私のことも、紫乃とお呼びください。水臭いですよ。私と聡さんの仲ではありませんか」


「ああ、ごめん。紫乃」


一体どんな関係なのか……


前三人で学んだ俺はここで苗字呼びなんてしない。彼女たちが名前で呼べと言ったら呼ぶべきなのだ。女の子とはそういうものなのだと俺は学んだ。


東雲紫乃(しののめしの)。【LoD】最後のヒロインだ。


夜空を切り取ったような深く神秘的な黒髪を靡かせる清楚な美人だ。うちの高校で学年トップの頭脳を誇るだけでなく、全国でもトップクラスの成績を誇る天才だ。文武両道でなんでもできる。大和撫子という言葉はこの子のためにあると言っても過言ではない。


東雲財閥のご令嬢で、貧乏苦学生の朱奈とは真逆の立場にいるヒロインとして比べられていた。


どっちも好きだから優劣なんて付けられないんだけどな。


「それで、何を考えていたのですか?」


「あ、ええと」


世界の強制力について話すわけにはいかない。


「金のことだよ。そろそろ今投資している会社が頭打ちだと思うから別の会社に投資しようと思っててね」


うん。話の逸らし方下手すぎだな。


こんなの「へ~」と言われて終わりだ。少なくとも、高校生の女に子に話す内容ではない。


普通ならな。


紫乃をそんじょそこらの女と一緒にしてはいけない。


「そうですか。でしたら、ホシネットなどいかがでしょう?新興株で人材派遣サービスという目新しいビジネスを展開して、急成長している会社です。経済アナリストの予想だと、一年後に売上は二倍、いえ、三倍になっている予定です」


そうくるか……


「いや、ホシネットは駄目だ。このまま伸びていくとは思えない」


「なぜでしょう?人材サービスという新しいビジネスモデルは目新しく、投資家からしても、美味みのある会社なのではないですか?」


「理由はいくつかあるけど、第一に人材サービスは真似しやすい業態なんだ。資本のある大手会社、それこそ、東雲財閥がこのビジネスモデルを丸パクりさえすれば、すぐに利益なんて出なくなるんじゃないか?」


これでどうだ?


「ふふ、流石の慧眼です。お見事」


そういって嬉しそうに拍手してきた。


よく言うよ。俺を試していたくせに。


大手会社が良くやる手段だ。良いビジネスモデルや商品が出たらそれを大量の資本を投入して似たような商品を作る。俺はそれを卑怯な手段だとは思わないが、中小企業にしてみればたまったものではないだろう。


「ご明察の通り、我が東雲財閥はホシネットと同じ業態の会社を設立する予定です。資本金も人材もホシネットの何倍も投入する予定です」


「えげつねぇ……まぁでも、パクられる方が悪いか」


「ええ。社会というのは弱肉強食です。弱みと旨味を見せる方が悪いんですよ」


それを言い切る辺り、一般の人間とは常識が隔絶している。これでホシネットが潰れれば路頭に迷う人間がたくさん現れるということを知っていて、言っているのだから。


「それにしても聡さんの慧眼には舌を巻くばかりです。私以上の頭脳と知恵を持つ人材が私と同じ学年にいるとは思いませんでした」


「買い被り過ぎだって。そもそもテストでも紫乃に勝ったことがないんだから。そういう意味では佐野は凄いな」


「ふふ、その名前を出さないください。殺意が湧いてしまいますので」


「あ、はい」


佐野君はヒロイン全員に嫌われてしまったようだ。


まさに二兎ならぬ四兎を追った結果、何も得られなかったようだ。残念。


紫乃が俺たちの平凡な高校に入ったのは友人探しだ。上流階級には自分と並べる人間はいないらしい。模試でもノーベンで全国トップクラス常連だしな。


それで、わざわざ普通の高校に入学した。環境を変えれば、面白い人材がいるんじゃないかと期待してのことらしい。


そして、そんな中で見つけたのが佐野君だ。良かったね?


紫乃は人を試す癖がある。さっきの会社関係の話もそうだ。そうやって自分と話すに値する人間かどうかを見定めるのが趣味らしい。


俺は紫乃のフィルターに通ったらしい。おかげで紫乃との会話を楽しめる。


「動機は分かりませんが、テストでは手を抜いていたのでしょう。能ある鷹は爪を隠すといいますが、細く長く生きるには目立たないのは賢明だと思います」


分かってますよと言わんばかりに意味深に笑う。


いや、マジで学校で一位を獲りに行ったんだけどな……


世界の強制力のせいで俺の成績は常に中ぐらいにさせられていた。


この辺りで『世界の強制力』について説明しておく。


この世界は【LoD】というギャルゲーの世界。つまり、シナリオがある。これを変えるような動きをすると、辻褄合わせのために、世界で修正が始まる。


例えば、俺は紫乃が自分と並べるくらいの知恵を持つ人間を求めていることを知っていた。だから、モブでもヒロインと関わりたくて、全教科で満点を取った


━━━はずだった(・・・・・)


返ってきた点数は惨憺たるものだった。もっと言えば、合っているのに×にされていたりして、大幅に減点を喰らっていた。何度抗議しても、ダメの一点張り。誰に聞いても、俺の答えが間違っているという始末。俺が間違っているかと思ったら、隣の席の奴はそれで丸が付いていた。


最初は意味が分からなかったが、これが【LoD】からの修正だと気付くのにそこまで時間はかからなかった。紫乃は佐野に恋するまでは、学年一位を取り続ける天才という設定があった。それを俺が破ったから世界がそれを修正してきたといことだ。


1+1=2が×で0点にされるのび太の回答のようなものだ。


実際、やられてみると結構腹が立つ。シナリオに干渉しようとスポーツや模試などで本気で結果を獲りに行ったが、世界の強制力で邪魔され続けた。


50M走で一位を取ろうと思ったら、転んだし、模試で点数を取ろうとしたら、名前が書いてないという理由で0点になった。


この辺りで俺は身の程を覚えた。どう頑張ってもモブはモブなのだ。シナリオが絶対でそれに従うしかなかったのだ。


そもそも、シナリオを変えられたら、自分の命を犠牲にして、ヒロインを助けようとなんて思うわけがない。


「聡さんのその頭脳、ぜひ、東雲財閥のために使ってほしいものです」


「やめてください……」


さっきのホシネットの件だって、本当は前世の知識を使っているのだ。この世界は俺がいた現実世界と酷似していて、時間軸としては俺がいた時よりも過去だ。流石にすべて同じというわけではないが、それでもほとんどの物が同じだった。


前世の世界でホシネットの終わり方を知っていた。そこにこっちの世界で学んだ理屈を併せてそれっぽい推論をしただけだ。


ちなみに俺が株やFXに詳しいのは前世が関係している。ニートでダメな俺は家族に申しわけなくなって、一発逆転の術を考えた。それが株やFXだった。


なけなしの元手を一気に膨れ上がらせるために本気で勉強した。結果、有り金はすべてなくなり、罪悪感だけが残った。


そんなわけで、前世で俺が生きていた年を超えたら、途端に無能になるから、今のうちに稼いでおこうと思ったのに、クソ野郎のせいでもう有り金がほとんどなくなったんだよなぁ……


そろそろズルがきかなくなるから、本気で不味い。


「本当に、聡さんが死ななくてよかったです……!」


「え?」


俺が将来の身を案じていると、紫乃が俺の胸に飛び込んできた。そして、嗚咽交じりの声が聞こえてきた。


「私のためにあそこで亡くなっていたらと思うと、怖くて怖くて……聡様が目を覚まさない日々は毎日寝ることもできませんでした。万が一の時は私も追いかけるつもりでした……」


ええええ!?重すぎるぅぅぅ!?


せっかく助けたのに地獄で再会なんてことにならなくて心の底から安堵した。


「紫乃、俺は生きてるんだから、そんなことを考える必要なんてないんだ」


「ですが、私のせいで……」


紫乃が俺の胸から離れると俺の右腕を一瞥した。


「この右腕の怪我は名誉の勲章だ。何もない空っぽの俺が紫乃みたいな可愛い子の命の恩人になれたんだ。それだけで一生誇れる。だから、これ以上自分を貶めることを言わないでくれよ」


前世も含めて、誰かの役に立てたなんてことがなかったのだ。そんな俺が自分の身を犠牲にして、誰かを助けることができた。それが【LoD】のヒロインならなおさらだ。


「……その言い方はズルいですよ」


そして、俺の膝の間に再び顔を埋めると、少し拗ねたように言ってきた。


やっぱり聡いな、紫乃は。


これ以上自分を責めることは命を助けた俺に対する冒涜になる。そんなことを義を重んずる紫乃ができるわけがない。その意図を汲んでくれた紫乃は改めてイイ女だ。


……それは良いんだけど、随分長いな。


「紫乃?」


「ごめんなさい。後、十分このままで、はぁはぁ」


「あ、そう」


「はい。ごめんなさい。涙が止まらなくて。はぁはぁ」


嘘つけ!?


嗚咽が全く聞こえないし、むしろ気色ばんでる。


本人には言えないが、紫乃のことでもう少し付け加えるとするならば、紫乃は【四方美女】の中で一番エロい。好奇心旺盛な女はエロいというが、紫乃はそれが特に顕著である。


ただ、ショックだなぁ。


紫乃は好きな相手に対して、エロくなるのだと思っていたが、俺みたいな人間でも欲情してしまうのだ。大学に入った時、ヤリサーに入らないか心配である。


そんな心配をしていると、紫乃が何でもない風に顔を上げた。


「少し堪能……取り乱してしまいました」


「元気になったならいいよ」


紫乃は漆黒の髪をファサッと靡かせて、取り繕う。俺は鈍感なフリをすることにしたが、観察してみると、紫乃の血色はここに来た時より良くなっていた。やはり心配である。


「ふぅ……楽しい時間はここまでですね。これから会食がありまして……」


「流石社長令嬢。大変だな」


「ええ。面倒ですが、家のためには仕方がありません。また来ますね」


「ああ、気を付けて」


紫乃椅子から立ち上がると、病室の扉に手をかけたが、そこで、手が止まった。


「聡さん……」


背を俺に向けたまま、俺に問いかけてきた。


「ん?何か忘れ物?」


「いえ、最後に一つだけ聞きたいことがありまして」


「聞きたいこと?」


「はい。聡様には心の底から恨んでいる人間はいないのですか……?」


「え?」


扉にかけた手を離して、俺の方を振り返った。そして、真っ直ぐな視線が俺に注がれた。


「例えば、聡様を車で轢いた輩についてはどう思っているのですか?」


ああ、そういうことか。俺がこんな体になった原因、紫乃からしたら、トラックの運ちゃんがそういうことになるのだろう。


「いや、全然。恨むなんてとんでもない。むしろ相手が気の毒だなぁとすら思ってる」


「え……?」


実際、俺を轢いた奴と話をしたが、話を聞いていて論理的整合性がなかった。この感じは世界の強制力のせいでおかしくなった人間たちと酷似していた。そう考えたら、この世界のシナリオの奴隷である彼には同情してしまった。だから、医療費も請求していない。


「聡さんは優しすぎますよ……」


困ったような微笑を浮かべて、紫乃が俺を見た。


「いやいや、そんなことないって。俺だって恨んでいるやつはいるよ。お前らを殺そうとした神様とかね」


「━━━え?」


俺と紫乃の間を沈黙が支配した。


しまった……意味深なセリフで格好つけすぎた……


とはいっても、制作陣を恨んでいるのは事実だ。後は、佐野。こいつらにはせいぜい地獄の日々を送ってほしい。


「聡様は……いえ、なんでもありません。それより、聡さん、右手を出していただけますか?」


「そうしたいところだけどごめん。まだ全然動かないんだ」


動かそうにもかろうじて、手を震わせるくらいだ。


「そうでしたね。では」


紫乃は振り返って、俺の右側に来ると、俺の手の平を両手で優しく持ち上げた。そして、騎士がするようなキスを手の甲にした。


「な、何を!?」


あまりのことに狼狽していると、紫乃が頬を赤くして、俺を見上げた。


「聡様。私は貴方に助けられた御恩は忘れません」


「ああ、うん」


「貴方に降りかかる火の粉は私がすべて排除します━━━貴方が私にしてくれた(・・・・・・・・・・)ように(・・・)


「は?」


紫乃の真意を訊ねようにも、既に立ち上がって、すたすたと病室の出口に向かって歩いて行ってしまっていた。


「……では、ごきげんよう。一日も早い回復を心より祈っています」


「ああ、うん」


音が鳴らないように扉を閉められた。さっき音もなく入ってきたのはそういうことなのだろう。扉の開閉一つとっても技巧があるんだな。


それよりも俺の心にあるのは違和感だ。紫乃だけじゃない。他の三人からも感じていたものだ。ただ、それを言語化できない。


「まぁいいか……俺の疑念は多分気のせいだし」


もうすぐ退院だ。そうなれば、もう【LoD】のヒロインたちとは関わることはないだろう。そう考えると少しだけ惜しい気もする。


ただ、四月になれば、前世も含めて、初めてのキャンパスライフだ。そう考えたら未来が明るいものに思えてきた。


ポジティブってやっぱり大事だな。うん。

『重要なお願い』

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