南条朱奈
「暇だ……」
桜月も麗音も今日は用事があって来れないらしい。やることがないから、俺は読みたくもない参考書を読み続けている。
早くスマホが欲しいよぉ……
それでも、もう少しで退院だ。激しい運動はまだ不可能だし、歩くのにも一苦労だが、退院できるのは嬉しい。もう少し入院するかとお医者様に提案されたが、丁重に断った。入院費がかかるのはもちろんだが、家にいた方が気が休まるのだ。病院の空気感は全く好きになれない。
家といっても一人暮らしだ。前世の知識で好き放題していたら、両親との仲に溝ができたので、高校入学と同時に絶縁した。警察にも届け出を出して、絶対に俺のことを探さないようにしてもらおうとも思ったが、それも必要はなかった。
一応、スマホに登録されている両親の連絡先からは一向に連絡が来ない。あっちとしても、俺がいない方がいいのだろう。一応、未練のようなものは微かにあったのだが、愛されていないということが分かったので、本当にどうでもよくなった。
縁を切った家族のことは置いておいて、帰った後のことを考えた方が生産的だ。
「まぁ当面はアマゾンとウーバーで繋ぐしかないよな」
そのためにはまずスマホを買いにいかなければならない。それがなければ、配達にすら頼れない。退院したら、まずは携帯ショップに行こう。
「ん?」
扉の向こうから足音が近づいてきて、病室の前で止まっていたのが、すりガラス越しに分かった。そして、コンコンと叩く音が病室に響いた。
「どうぞ」
「失礼しま~す」
力が抜けるようなゆる~い声音が病室に響く。身体の力が抜けてしまった。
「こんにちは~、聡君。元気かな~?」
「まぁまぁかな。南条はいつも通りだなぁ」
「そんなことないよ~、これでも心配で心配で毎日仕方がないんだから~。それより、苗字じゃ悲しいよ。ちゃんと、名前で呼んでね~?」
「あ、ごめん。朱奈」
「えへへ~、嬉しいなぁ」
ほわほわしてるなぁ……
不思議とケガもよくなっている気がする。
南条朱奈。【LoD】のヒロインの一人。
ふわふわなブラウンのロングの髪を巻いている。第一印象で親しみやすく、誰が相手でもそのマイペースを崩さない。
俺たちの代の生徒会長で【聖女】と呼ばれて親しまれていた。困っている人を放っておけないのだ。
そして、特筆すべきはそのスタイルだ。何がとは言わないけれど、大きいヒロインたちの中でもひと際大きい。これにお世話になった男子たちは多いはずである。
「お見舞いありがとう。いつも助かってるよ」
「いいよいいよ~。気にしないで。『好き』でやってることだからね~」
俺のすぐ左側の椅子に座ると、さっそく謙遜してきた。
「突然ですが、聡君。君はずっと寝っぱなしで、退屈なんじゃないのかなぁ~?」
「え、ああ、まぁ」
なんだ、この間延びしたクイズ……
声にメリハリが全くないので、ズッコケそうになる。
「そんな聡君にプレゼントで~す。じゃじゃ~ん、ゲームを買ってきましたぁ~!」
そういって渡されたのはゲームボー〇。しかもカセットは太古のポケモ〇。二十年以上前に発売されたブツだった。
え?古すぎね?
俺が驚いていると、朱奈が申し訳なさそうに笑った。
「私、お金がないからこんな最新のゲームは買えなかったんだ~。だから、こんな中古になっちゃった」
「あ、そうなんだ」
むしろ良く見つけて来たなと関心してしまう。
「本当は最新のやつを買ってあげたかったんだけどさぁ……どう工面してもお金が足りなくてね~本当私って駄目だよね~命の恩人にすら、こんなものしか渡せないんだから……グス」
えええ!?
朱奈が涙を流して、嗚咽交じりの声で俺に謝罪をしてきた。
余りにも突然のことに俺はわたわたと慌てることしかできなかった。
「ごめんね。ごめんね。命の恩人に、誰かが使い古した中古のゲームを贈ることしかできない私が許せないよ……」
朱奈の家はドが付くほどド貧乏だ。元々、朱奈の両親は一代で財を成したやり手の事業家で朱奈自身は社長令嬢だった。
けれど、信頼していた部下に会社のお金を横領されてしまった。しかも、それをすべて、競馬やらギャンブルに使われ、犯人だと分かった時には一銭も持っていなかった。
金のない人間から取り立てることはできない。そこから、会社の業績は右肩下がりで、今は赤字で借金を繰り返しながら、なんとか会社を経営していた。
朱奈は高校入学と同時にバイトを始め、家計の足しにしている。『貧乏であったとしても心は貧しくならない』を家訓にしているらしい。生徒会長になって、人助けをするのもそういうところを根底にしている。なんともいじらしいことだ。
一応、【LoD】では朱奈の会社を主人公が助けるという話があるのだが、まぁ、バッドエンドの時点で色々察してくれ……
「朱奈、顔をあげてくれ。プレゼントありがとな?」
「……ううん。むしろゴミを渡しちゃったようなものだもん。ごめんね?」
「そんなことない。朱奈は俺が病院で退屈なのを知って、わざわざ選んでくれたんだろ?その気持ちだけで嬉しいさ」
「でも……」
「でもじゃないんだって。そもそも古いゲームを触る機会は中々ないから、内心ワクワクしてるんだ。最新もいいけど、レトロなのも趣があっていいさ」
「……本当~?」
瞳にハイライトが戻ってきた。俺の本心が伝わってくれたらしい。もう一押しだ。
「嘘じゃないって。ほら、朱奈もこっちに来てくれ。一緒にやろうぜ」
「うん……ありがとね~」
「お礼を言うのはこっちの方だって……」
自分が貧乏だというのに、他人にお金を使える人間がどれだけいるだろうか。この子を不幸にしようとした制作陣と主人公はくたばってほしいわ。
それにしても、古いゲームって全然起動しないのな。前世の俺が生まれるかそのぐらいにできたやつだから無理もないか。これも含めて、レトロゲーの楽しみ方なのだろう。
「へ~、すっごくカクカクしてるね~」
朱奈は目をキラキラとさせて俺のゲームを覗いてきた。スマホすら持っていないんだから、仕方がないか。
それにしても近すぎるぞ?
甘い花びらの香りと、柔らかな温もりが混じり合ったような匂いがする。横できゃっきゃっとゲームに夢中になっている朱奈は気付いていないが、俺との身体の距離はゼロだ。相当ゲームが珍しいのだろう。
ただ、健全な男子高校生には刺激が強すぎる。俺は一旦深呼吸をして、ゲームに集中することにした。
しかし、思った以上に大変だ。左にある十字キーは容易に押せるのだが、右手が動かないので、右側のABボタンを押すのに一苦労。左手だけでプレイするにはしんどいものがある。
「あれ~、聡君どうしたの?」
「ん?いや、右手が使えないから、右ボタンを押すのが大変だなって思ってさ」
「ああ~そうだったね。気が利かなくてごめんね~」
そう言うと、左側から重みが消えた。それと共に謎の喪失感が俺の心を支配した。
大事なものってその時には気づかないって本当なのね……
なんてことを考えていたら、朱奈は俺のベッドを一周して。逆側に移動した。そして、右側からしだれかかってきた。そして、俺の動かない右側から、ゲーム機に触れた。
「私が右側から、ボタンを押すよ~。こうすれば一緒に遊べるね~」
ぐいぐいと右側から幸せな感触が押し寄せ……ない。右腕の感覚がないから、幸せも半減だ。クソぉ!
「ふふ、これが噂に聞く協力プレイなんだね~」
「多分違うと思うな」
こんなリア充仕様の協力プレイなら、もっと売上が上がったはずだ。
実際、右手が使えなくて困っていたから、朱奈が手伝ってくれるというのはプラスプラスで超プラスだろう。朱奈に心の中で土下座で感謝を捧げた。
「ん~どうかした~?」
「いや、何も。そっち側は任せた」
「うん!『初めて』の共同作業だね~」
「そうだな」
事実としてそうなんだけど、随分『初めて』が強調されていたな……まぁ気にしても仕方ないか。
そこから二時間、色々な意味でドッキドキのゲームタイムが始まったが、楽しい時間が過ぎるのは本当に早い。病院では何もないから娯楽に飢えていたのだろう。面会時間の終わりがもう来てしまった。
「あ~、もう終わりなんだ~」
「残念。また今度だな」
俺は電源を消した。安易に電源を落とした行為を後悔するのはもう少し後である。ヒントは『レポート』。
「朱奈はこれからバイトか?」
「うん。まかないが出るからね~。閉店まで頑張るぞ~」
「偉いなぁ」
フンスと気合を入れているが、それで本当に気合いが入っているのだろうか。むしろ気が抜けてしまいそうである。
朱奈は表面がボロボロになり、所々穴が空いたコートを身に纏う。不思議とみすぼらしさは感じさせられない。むしろ、朱奈という魅力を引き立たせるものとなっていた。
「あんま無理しないでな。倒れたら元も子もないから」
「ありがとね~、でも大丈夫だよ~。私は元気だけが取り柄だから~」
顔の横でピースをした。本人なりの大丈夫のサインらしい。
「ならいいけど。困ったら、いつでも言ってくれよ?何があっても助けるからさ」
「━━━え?」
え?何その表情?
朱奈がボーっと俺を見ていた。その表情からだけでは何を考えているか分からない。だけど、俺を一心に見続けていた。
「朱奈?」
あまり見続けられるのは慣れていない。俺は地雷を踏まないように、朱奈に問いかけた。
「ん?ああ、いや、なんでもないよ~」
「ならいいけど」
弱々しく微笑んで、なんでもないと手を振る。その微笑に何か含みがあるのは見て取れるが、追及してほしくなさそうだった。だったら、俺も特に何もする気はない。
が、朱奈が口を開いた。
「……最近さ~、お父さんの会社がうまくいっててね~。おかげで私は大学に行けることになったんだぁ~」
「おお!それは良かったな」
「うん。誰かが大量注文してくれてね~。なんとかギリギリ私の学費を捻り出せたんだよ~。天の恵みだよ~」
それは良かった。それならその功労者の名前を教えておこうか。例のごとく、彼の名前を。
「それって佐野じゃない?『朱奈と一緒の大学に行くんだ!』って息巻いてたのを聞いたけど?」
朱奈の両親の会社は今年度マジでピンチだった。本当に倒産するんじゃいかというところで、奇跡の大量注文が入る。それが佐野君だ。自分の有り金と足りない分は自分で稼いで補填していた。
「ねぇ、聡様」
「ん?」
朱奈を見るといつもの微笑を浮かべているのだが、温かみがない。笑っているのに、無表情。矛盾したものが混在しているように感じた。そして、こっちに向かって歩いてきた。
「ちょっと、耳を貸してね~」
「?まぁいいけど」
別に病室に誰かいるわけでもないのに、こんな行為は意味があるのか。思わず耳を貸してしまった。すると、
「━━━嘘つき」
「え?」
くすぐったいウィスパーボイスが耳に届いた。真意を訊ねようにもいつもの笑顔で、俺を見ているだけだった。
「それと、聡君。私、アレのことなんてもう興味ないから、変な気を遣わないでほしいな~」
「え?ああ、うん」
桜月たちと同様、朱奈も佐野に興味がないらしい。
どうでもいいけど、あの最低な発言でお前を好きだった子たちがどんどん見限ってるんだが……気分はいいけど。
「私が尽くすのは聡君だけだよ━━━死ぬまでね」
「あ、うん」
だから、重いんだよ!?
間延びした喋り方が、朱奈のチャームポイントなのに、最後はしっかり言い切った。そこに本気を感じて、余計に怖くなった。
「それじゃあ行くね~。また一緒にゲームしようね~」
「あ、ああ。またな」
ひらひらと手を振って、朱奈は病室から出て行った。
早く、退院したいなぁ……
『重要なお願い』
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