西園寺桜月
「はい、聡君。あ~ん」
桜が満開に咲いたような笑顔で、差し入れの林檎を食べさせてくれようとした桜月を見て、俺は頬を引くつかせた。
「もしかして、今は林檎の気分じゃないのかな駄目だったかな?それなら他にも色々持ってきたから、何か食べたいものがあったら言ってね?」
天然で猪突猛進なところが西園寺桜月の魅力の一つなのだが、実際それをやられてみると、嬉しさよりも恥ずかしさが勝ってしまう。
「あの、1人で食べれるから……」
「駄目だよ!聡君はまだ病人なんだから。お医者さんにも絶対安静と言われたでしょ?」
「いや、それも目覚めた直後の話だって。俺の身体もだいぶ癒えてきたから。これ以上、桜月の手を煩わせるのは悪いっていうか……」
まだ身体を動かすと痛みはあるが、それでも随分動くようになってきた。もうそろそろベッドに寝ているのに飽きてきた。
つまり、何が言いたいかと言うと、飯を食うのに一人でも大丈夫なのだ。
「じゃあ、もう私は必要ないの……?」
「え、いや、そういうわけじゃなくて」
「私はもう用済みなんだ……」
俺としては身体が動けるまで回復したからもう桜月の手を煩わせる必要はないというニュアンスで言ったつもりだった。もしかしたらちゃんと伝わっていないのかもしれない。
「ほら、俺の身体もだいぶ動くようになっただろ?だから、もう、ッ」
身体を動かして、もう大丈夫だと安心させようとしたが、無理に動かした箇所が痛んだ。
「ほら。まだ全然大丈夫じゃないのに、無理してるじゃん。それなのに、私がいらないんだ。ふふ、命の恩人にも必要とされないんじゃ私は一体何のために生きてるんだろうね……」
桜月はスカートをぎゅっと握って下を向いてしまった。
「役立たずでごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
そして呪詛のように謝罪の言葉を呟く無機質な機械のようになってしまった。
重すぎるんだって!?
「桜月!」
「あ、ごめんね。私みたいな根暗で役立たずな私がいても空気が悪くなるだけだよね?もう二度とここには来ないから」
全然大丈夫じゃねぇ!?
ハイライトが消えた瞳のまま椅子から立ち上がった桜月の腕を左腕で掴む。ギギギと俺を見た。ここでかける言葉を間違えると終わる。
「ち、違う違う!俺は桜月にはずっと感謝してるんだ」
ピクっと反応した。良かった聞く耳は持ってくれるようだ。
「そんな恩人を少しでも安心させたかったから、強がっただけなんだ」
「……本当?」
「俺も男なんだ。可愛い女の子の前では見栄を張りたくなる。まぁ見栄すら張れないくらいにボロボロだったようだけど……」
これは俺の純粋な本音だ。さっきまでベッドの上で暇すぎて身体を動かしたいと思っていたけど、まだまだ無理だというのが分かった。
「だから、まだ桜月に手伝ってもらわないといけない……と思う。申し訳ないけど」
「……ううん。ごめんね。私が勘違いしてたよ。そうだよね。男の人だもんね」
良かった。桜月の瞳に光が戻ってきた。心なしか病室内も少し明るくなった気がする。そして、俺の左手を優しく両手で包み込んだ。
「私に恩人って言ってくれたのは嬉しいよ?だけど、私にとって、聡君は救世主なんだよ?お手伝いやお世話ぐらいじゃ恩返しにもなっていないの。だから、『一生かけて』返していくから、用済みにならない限り一緒に居させてね……」
「ああ、うん。よろしく」
「うん!えへへ」
だから、重すぎるんだって!?なんだよ一生って!?
桜月が屈託のない笑顔を俺に見せてくれているが、背筋を嫌な冷や汗が伝っていく。絶対にバレないようしなければならない。
「それじゃあ、私が林檎を食べさせてあげるね?はい、あ~ん」
そういって爪楊枝に差した林檎を俺に向けてくる。当然、俺に断る選択肢はない。
「あ、あ~ん」
めっちゃ恥ずかしいよぉ!?
何度されても全く慣れない。
「ど、どう?美味しい?」
不安そうに桜月が俺を見てくる。その上目遣いは反則だ。ゲームで何度も見たその映像に俺の心は鷲掴みされた。
「……うん、美味しい」
「良かったぁ!えへへ」
可愛いからもうどうでもいいか。味もいつもよりも百倍くらい甘かったし。
そこからは桜月と談笑した。といっても、桜月の話を俺がうんうん言って聞いてるだけだ。撮影がどうだの、大学が楽しみだの、楽しそうに日常を話してくれる。
こういうのだよこういうの。
ありふれた変化を本当にうれしそうに話す桜月が好きで【LoD】をプレイしていたのだ。決して、闇落ちする姿が見たくてプレイしていたわけではない。
「主人公ってズルいわ……」
「━━━」
【LoD】の主人公の佐野の立場を羨ましいと思ってしまう。こんな可愛い女の子に好かれているのだ。それが四人もいるのだ。改めて死んでほしいな。
「ねぇ……」
「ん?ああ、ごめん。考え事をしてた」
何か話していたのなら申し訳ない。本当に聞いていなかったので素直に謝った。
「ううん。気にしないで。聡君はさ、”佐野優斗”のことをどう思ってるの……?」
「佐野?」
質問の意図が分からない。
俺と佐野優斗はほとんど関係がない設定だ。だから、アイツのことを詳しく知っているというのはおかしいだろう。俺は当たり障りのない話をするだけにした。
「直接関わったことはないから、ほとんど分からないなぁ。だけど、学校でも有名だったよ。噂じゃうちの【四方美女】を全員堕としたって」
「……」
【四方美女】というのは【LoD】のヒロインたちの総称だ。西園寺桜月のように、東西南北の名前がそれぞれ入っているので、そう呼ばれている。
それにしてもなぜ突然佐野の話を始めたんだろ……ああ、そういうことか。
何かの本で女の子は恋バナが好きだという話を聞いたことがある。これはそういう話をしたいというサインなのだろう。
あんなことがあったというのにまだ佐野のことが好きなのだ。
それなら話がしやすいように配慮するのが紳士ってものだろう。
「まぁ、高校で数回見かけた程度だけど、佐野は良い奴だって分かったよ……優しいし、いい奴だ」
我ながら、褒めるの下手くそ過ぎるぜ。
これは許してほしい。俺たちをバッドエンドに導いた主人公でもあるので、恨みこそあれ、感謝なんてあるはずがない。嫌いな奴を褒めるって結構難しいぞ。
まぁこれでも、良いパスは出したつもりだ。桜月の性格なら好きな人の話を嬉々として話し始めるだろう。俺は血涙を流して聞こうと思う━━━桜月の様子がおかしいな?
「どうした?」
「ねぇ。本当に”佐野優斗”のことをそんな風に思ってるの……?」
何かに縋るようなそんな視線だった。そこには嘘をつかないで欲しいという懇願の意味が含まれているように感じた。
「ああ、そう思うよ」
それでも俺は嘘をついた。嫌いと言っても意味がないからな。ただ、無意識に桜月の視線を逸らしてしまったことに気付いたので、俺は言葉を巻くし立てることにした。
「ま、まぁ噂でしか知らないけど、佐野は桜月が好きなんだと思うぞ?これも噂で聞いたんだけど、佐野は桜月のことが好きだって聞いたことが「やめてよ」……え?」
鋭いナイフのような拒絶が俺に投げかけられた。桜月を見ると、無表情で笑っていた。
「私、佐野優斗のことなんてちっとも好きじゃないよ」
「え……いや」
それは無理だろ。だって、告白までしていたじゃないか。
すると、桜月は俺の右側に回って、俺の右腕に触れ始めた。感覚がないから感触は味わえないが、異常な行動に興奮よりも疑問が勝ってしまう。
「昔は好きだったよ……それこそ幼馴染で、ずっとね」
ポツリとこぼすように俺に伝えてきた。
「グラビアアイドルを始めたのだって、苦手な料理を頑張ったのだって、一緒の高校に受かったのだって全部、優斗と一緒に居たかったからなんだ……」
実際にプレイしていたからその設定はよく覚えている。どれだけアピールしても靡かない佐野に焦った桜月は有名になることで、佐野の気を引こうと頑張っていた。
不器用な考え方だけど、そんな一途に頑張る桜月を俺は推していたんだ。
「けどね。それは、私の意思じゃなかったんだよ」
「え?」
聞き間違いか……?
俺が真意を問いただそうとすると、侮蔑の表情を浮かべていて、ゾッとした。今までのヤンデレの表情じゃない。唾棄すべきものに対して、嫌悪感が現れていた。感覚がないが、掴まれている右腕に強烈に力が加えられているようだった。
俺の視線に気づいた桜月がすぐにニコリと笑った。
「あ、ごめんね。何が言いたいかっていうと昔は好きだっただけで、今はもうあいつのことなんてクソクズ野郎としか思っていないから。二度と会話なんてしたくないし、想像しただけで吐き気がするよ」
「あ、ああそうなんだ」
考えてみればセフレになろうなんて最低な提案をされたんだ。そりゃあ愛想も尽きるか。
「うん。ごめんね?あんなクズの話なんてしちゃって」
「いや、いいよ。口にすればスッキリすることもあるだろうしな」
「優しいね……聡君は」
桜月が俺の右手を持ち上げて自分の頬にくっつけた。そして、恍惚の表情を浮かべると頬ずりした。このまま舐められるんじゃないかというくらいの色気だった。
「……私はもう君のことしか見えていないから。ずっと一緒にいようね?」
「あ、ああ」
頬を上気させて、得体の知れない笑みを浮かべた桜月に俺は曖昧な返事を返すことしかできなかった。
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